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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いにできること
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第一話

【前回までのあらすじ】

とうとうウズル迷宮を完全攻略し、シャリオスの願いも叶い、パーティは解散した。

ミルは王都で会おうとシャリオスと約束し、ヘテムルのいる魔法塔へ向かう。

 麗々たる聖堂の扉は閉ざされて久しい。

 聖剣の輝きが失われ多くの時が過ぎたが、それが正解なのだとある者は言った。



 世界にはモンスターが蔓延り、迷宮へ続く深淵のような黒門が口を開けている。

 それは人々の生活に溶け込むほど数が多く、危険と富をもたらすものだった。

 迷宮がいつから存在しているのか人々は知らない。賢者は世界ができた時にできたと言い、聖者は世界が滅びたからだと告げる。

 真実を知る者はどこにもおらず、確かめることさえできない。

 ここヨズルカ王国の王都にも、そんな迷宮が存在していた。

「――迷宮?」

 しかしウズル迷宮ともリトス迷宮とも違う出入り口にミルは困惑する。

 重厚な鉄でできた巨大な扉は十メルトを超え、横幅は更に広かった。扉の前に常駐する兵士はギルド証を確認している。まるで検問だ。

(夜は閉めるのかしら)

 横を通り過ぎたミルは色々な迷宮運営のしかたがあるのだな、と感心しながら目的地へ足を伸ばす。

 王都と他領の違いは他にもあり、常駐しているのが騎士だった。国王しか動かせない禁軍とは別の軍隊で、王都周辺を守っている。いざというときは真っ先に派遣されるので、兵士と違い、装備品も機微も鋭い。

 途中アルブムが吠えてスリや当たり屋を追い払う場面があったが、ミルは何とかヘテムルのいる魔法塔にたどり着いた。

 魔法塔は大きな木のように太く、蔦が隙間を埋めるように絡みついていた。レンガでできており、敷地は王城に匹敵するのではと思うほど広かった。

 遠目からでも五つの鐘が見える。それは塔の壁に飾りのように設置され、黄金、青、赤、緑、茶、白色の順で並んでいた。白い鐘が一番大きく、黄金の鐘は小さかった。

「大きいですね」

「キュキュ。キュー!」

 そうだね、と言うように鳴いたアルブムはミルをせかす。ご飯の時間が迫っていた。

「そこの君、ここは関係者と許可がある者しか入れな――あ」

「ベルカさん! わっ。お久しぶりです」

「キュ!」

 ポニーテールの青い髪に緑色の瞳。最後にあった時よりも精悍さが出ているが、相変わらず女性のように可愛いベルカ・バーウェイがそこにいた。

 手紙で先輩上司達の「人でなし感が強い。私も同類に見られているらしく辛い」という手紙が最後だったので心配していたが、どことなく影を背負っている以外無事なようだ。

「ミル殿! どうしてここへ――はっ!? 私には婚約者がいる」

「もー、違います!」

「では勧誘か? 申し訳ないがこの通り、未だ騎士の身だ。冒険はできないのだが」

「人を訪ねにきたのです。許可証はこちらに」

「なんと! それは失礼した」

 若干新品の香りがする甲冑を揺すりながら、ベルカは後ろ頭を掻く。

 少し周囲を見回して、彼は耳の横に手を当てると手招きした。

「許可証を見せびらかすのは危ない。ここに入学したい魔法使いは存外多いのだ」

「入学ですか?」

 はて、と首をかしげると反対側にベルカが首をかしげる。

 とりあえず許可証をしまう。

「魔法塔は試験を受ければ入学できるのを知らないのか? 貴族が素養のある子供を入れているから、学校もある」

「えー!?」

「知らなかったのか……」

 ベルカはふと腰にぶら下げていた懐中時計を見ると顔を顰める。

「すまない、休憩時間が終わる。また時間があるときに顔を合わせよう。ではな」

「お元気な姿を見られて良かったです。気をつけていってらっしゃいませ」

「……ああ」

 どこか濁った闇深い目になりつつ、ベルカは片手を上げ去って行く。

 職場は未だ辛いようだ。

 真顔になっていたミルはそのまま振り返り、魔法塔を見上げる。

 魔法使いの住んでいる研究所と聞いていたのだが、学校もあったのかと気後れする。ミルは一度も学校に通ったことがない。父や兄は「騒がしいところだよ」と言っていたの思い出していた。

 同じ年頃の子供が集まる場所にちょっとした憧れを持っていたので、窺うように左右を見ながら敷地の中へ入った。

 芝生の上を歩いていると、同じ服に身を包んだ魔法使いが歩いている。黒のローブに、女性はスカート、男性はズボン。背中に金の刺繍があるローブを着ているのは研究職か教員なのだろうか。じっと見ていると、その人と目が合ってしまう。

「君、生徒ではないようだが。用件を聞こう」

「ヘテムルという魔法使いに面会をお願いしたいのですが」

「ふむ」

 差し出した許可証をひっくり返して確かめると、彼は丸眼鏡を押し上げて「白の塔へ行きなさい。この時間ならそこだ」と言う。塔の場所を告げると背中を向けて去って行く。興味深そうにミルを見ていた魔法使い達も一緒に踵を返していった。


 ヘテムルは白の塔にいた。

 ちょうど出入り口の所で出くわしたミルは「お久しぶりです」と声をかける。

「元気そうでよかった、よかった。して何用かの?」

「実は調べたいことがあるので、お力添えをいただきたいのです」

「うむうむ、熱心なのは良い事じゃ。前に送った魔法書は役立ったかね?」

「はい、とても」

 相変わらず腰が曲がり、小刻みに震えている。長いローブと尖り帽子は白く、他の魔法使いと違った装いだ。なんとなく気になっていると、ヘテムルはにやりと笑う。

「なんじゃ? ワシの格好が気になるかの」

「もしかしてお爺ちゃん先生は、魔法塔の先生なのですか?」

「いんや? 研究しとる。もしやローブの魔法使いに会ったかの。黒色じゃ」

「はい。道を教えてもらいました」

「学生共じゃの。ここも研究一筋じゃ食っていけん者が多くてな、金策じゃよ。今は研究者の方が数が少なくなってしまったが、そう言う者達はワシと似たような格好しとるわい。おっと話が脱線してもうた。調べたいこととはなんじゃ?」

「禁術についてです」

 しばし口を閉じたヘテムルは何事かを口の中で呟くと、小さく頷いて、白の塔の中へ続く扉を大きく開く。

「わけを聞こうかの」


 部屋の隅に置かれた六つの天秤が独りでに揺れ、時折ガラスを鉄で叩くような音を立てる。独りでに動く羽根ペンが白紙の紙に書き付けてる。キラキラと七色に光るクリスタルが一定の速度で上下し部屋の中を照らしている。

 壁にぎっしりと並べられた本棚には隙間が見当たらないほど書籍が詰め込まれ、大きな机が一つあった。

「ここなら他人に話を聞かれまい。なぜ禁術のことを知りたいのじゃ」

「【遊び頃(タドミー)】を誰が作り、どうやったら人形達が解放されるのかを知りたいのです」

「ふむ。……近頃聞く名じゃ。お嬢ちゃんは、そう言えばユグド領で活躍しておったの。誰ぞ攫われてしまったのかの」

「……ご存じなのですね。【遊び頃(タドミー)】が魂を盗んで人形を作っていることを」

 ヘテムルはそれ以上何も言わなかった。厳しい表情をしている。

「ススル・ドミトルトと言う人が、【遊び頃(タドミー)】は脚本を課せられた人形だと教えてくれました。彼を解放したいのです」

「ほほう。剥製狂の禁術は解かれたはずじゃが」

「これもご存じだったのですね」

「そりゃ、ワシ魔法塔の偉い人じゃもん」

 お茶目に片目を瞑ったヘテムルに苦笑する。

「ススルさんが解放されたとは思えないので、ここへ来ました」

「そうか」

 ヘテムルは笑みを引っ込め。長い長い沈黙が続いた。

 背もたれの長い椅子に背中を預けたヘテムルは、天上を見ながら深く何かを考えているようだった。髭を撫で、やがて顔を下ろしたヘテムルはこう言った。

「お嬢ちゃんに特別許可証を発行しよう」

 ミルの許可証の裏にサラサラと赤色のインクで署名したヘテムルは続ける。

「これを持って図書館にお行き。探している物の答えがあるじゃろう。なぜ禁術が生まれ、消し去ることができずにいるのか」

 禁術が生まれた理由をミルは教えてもらえることになった。


+++


 もったりとした闇の中を進むシャリオスは、朽ちかけた王城へたどり着いた。日の光が一筋も差し込まない大地は荒れ、育つ植物は全て変質している。

 独りでにうねる木々を避けながら鉄柵を越えて中に入った。

「誰かいるー?」

 シャリオスがここへ来たのは呼ばれたからだ。

 しかし、城内には誰もいないようだ。

 外へ出て周囲を見回しながら手持ち無沙汰にしていると、蹄の音が聞こえてきて、黒馬に乗ったローブ姿の男がやってくる。

 シャリオスは破顔した。

「こんにちは、ナディルさん。僕の父親を見なかった? 呼ばれたんだけど、どこにもいないんだ」

「あんないを たのまれている」

 促されるままついて行くと、城から離れた場所にバーミルが立っていた。軽く手を上げて左手に持っていた剣をシャリオスの手に乗せると、そのまま頭をぽんぽんと撫でる。

「これをお前に渡そう」

「なにこれ?」

「聖剣だ」

 思わず取り落としそうになると「鞘に入っているから大丈夫だ」とバーミルは続ける。

「この聖剣は既に役目を終えている。我々を傷つけまい」

「それなら良いんだけど、僕が持ってどうするの?」

「持ち主を選ぶのさ」

「聖剣の? 誰が選ぶの?」

「お前が」

「なんで!?」

 そんなことをしたら間違いなく教会に追いかけ回される。

「教会に渡すならばそれでもいい。勇者はもういないのだから。だが一番必要としている者に渡すことになるだろう」

 どこか予言めいた口調で言うと、バーミルは首のチョーカーに目を向ける。赤色の目が柔らかく細められた。

「願いが叶ったな」

「そうなんだよ! ウズル迷宮の最下層で出たのを、ミルちゃんのお父さんが作り替えてくれたんだ。へへへ」

「お前が嬉しそうで、お父さんも嬉しいよ。もう皆に見せてきたのかな。終わったら大陸に渡るんだろう」

「うん! そろそろ行くつもり」

「そうか。……シャリオス、人族の一生はとても短い。友人を大切にするんだぞ」

「わかってるよ。うるさいなぁ」

 仕事が残っていると、ぶすっとしたシャリオスを追い払った。

 その日中に皇国を出たシャリオスは、真っ直ぐミルのいる王都へ向かった。

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