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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと迷宮の底に棲まうモノ
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第八話

「一度帰還してみましょう」

 ズリエルの提案に頷き、一行は道を戻り始めた。

 まるで王の帰還を恐れるかのように、モンスターが一匹も見当たらない。

 帰還の道すがら、まさかと顔を見合わせる。

「迷宮を完全攻略すると、モンスターが出なくなるのですか?」

「各迷宮ごとに違うけど異変が起こるのは共通してる。……そっか。リトス迷宮はすぐに帰ったからわからなかったよね」

 どうやらリトス迷宮の場合、採掘場から出る鉱石が倍に増えるのだという。

「二十五階層まで上がって来たのに、どなたもいませんね……」

「採掘している冒険者ならば、あちらにいますよ」

「話を聞いてみよっか」

 話しかけるとびくりとした五人組の冒険者は訝しそうな表情をする。

「仕事中にごめんね。冒険者が少ないんだけど、皆どこ行っちゃったの? あとモンスターって上層まで出てこない感じ?」

「何言ってるんだ? ここ一ヶ月、上層にも出てきてないぞ」

 彼らは顔を見合わせると、窺うようにシャリオスを見た。

「あんたら、最下層から来たのか?」

「さぁ? どうだろう」

「採集目的の奴がうろついてる以外、冒険者はいない。それより速いところ地上に戻った方が良いぞ。我こそは迷宮踏破者なりって奴がゾロゾロ出て、問題になってるんだ」

「領主が審問して虚偽申告者を牢屋にぶち込み始めて……もう二週間か?」

「そ、そうなんだ」

 礼を言って別れるとシャリオスは困ったような表情をしていた。最下層が攻略された前提で、しかも詐欺師が出たという状況に困惑するなと言うのは無理である。

「とりあえず、このまま真っ直ぐ領主の家に向かおうか。ギルドに顔を出すと、なんだか面倒そうだし」

「では、ギルドへの通達は自分が行きます。裏から入れますので」

「いつもありがとう」

 そういう事になって一階層付近でズリエルと別れた。

 上層に来ると、ずいぶん人が多くなっていたが、ピクニックのようにシートを広げている子供達を見つけた。お弁当を広げてはしゃいでいる。親が冒険者なのかもしれない。

「行くのはラーソン邸じゃないのですよね?」

「うん。僕達がパーティ組んだお屋敷だよ」

「あ、シャリオスさんお面!」

「しまった! 危ない、捕まるところだった……」

 お腹を空かせてくったりしているアルブムの口に干し肉を入れる横で、シャリオスはマジックバッグから狼を模した面を出してかぶる。

 そのまま領主家へ向かうと冒険者が集まっていた。兵士も多く、なんだか不穏な空気だ。その中にセシルを見つけ、片手を上げて挨拶をする。

「これ何の集まり?」

「迷宮調査だ。我々は長いこと迷宮に籠もっていたからな。直接来たのか」

「そうだけど、まずかったかな」

「英断だ。ギルド前はスリやハイエナ共がうろついている。奴ら、少しでも情報を得て金を得たいのだ。モンスターが出なくなり、食い詰めている者もいる。わざと牢屋に入ろうとする者もいるくらいだ」

「それって迷宮踏破者のこと?」

 そうだ、と頷いてセシルは続ける。

 白い尻尾が苛立ちを現すように地面を打った。

「あんた、すぐにでも中に入った方が良い。嫌な話が聞こえるぞ」

 ジロリとセシルが睨む先に目をやれば、いくつかの集団がこちらを見ているようだった。すぐに目をそらす者もいれば、さりげなく遠ざかる者もいて、どうも注目されているらしい。

「でも順番があるでしょう?」

「我々は今日で三度目の呼び出しだ。順番も……来たようだ。この札をもって行け」

「なんかごめんね。ずっと待ってたんじゃないの?」

「なに、かまわん」

 二人はセシルに背中を押され、札の番号を呼ぶ使用人の元へ行く。

 訝しそうな表情をしたが、事情を話すと一度下がり、アリーシオを伴って帰ってくる。どことなく疲弊した雰囲気だったが、二人を見ると深い緑の目が一瞬だけ驚く。

「ようこそ、おいでくださいました。セシル様には、後日改めてご訪問をお願いします」

 使用人が頷いてセシルの元へ行く。

 アリーシオについて行くと、屋敷の中にも兵士が常駐しているようだった。何度もすれ違う。もしかしなくても巡回しているのだ。

「どうぞ、こちらへ」

 案内された二人は「どうした」と顔を上げたユグドを見た。以前よりも表情が鋭くなっている。痩せたのかもしれない。

「これはこれは、珍しい客人だ。アリーシオ、休憩にしよう」

 書類を捲っていた手を止め、インク壺にペンを差し込んだユグドは立ち上がった。素早く茶器が用意され紅茶の良い香りがした。茶菓子はサクサクのクッキーで、バターがたっぷり入って美味しかった。

「それで? わざわざ訪ねて来た要件は何かな」

「迷宮の事を聞いて、領主様のところに最初に行くべきかと思って……思いまして」

「いい、普通に話しなさい」

 柔らかく微笑んだユグドは、紅茶の香りを楽しんだ後、一口含む。

「姉上とは気軽に話しているのだろう?」

「うーん、そういうなら。……どこから話せば良いのか僕にもよくわからなくて。迷宮にモンスターが出なくなって一ヶ月くらいだって聞いたけど本当? 僕達、七十階層の階層主(アートレータ)を倒したんだけど、黒門を見つけられなくて帰ってきたんだ」

「それはまた……」

 一瞬言葉を失ったユグドは茶器を置く。

「ドロップアイテム、倒したモンスターの部位は」

「全部持ってきたよ。ギルドにはズリエルが報告に行ってくれた。裏口から入るって」

「よろしい。アリーシオ、ギルドの一室を借りてきてくれ。一番大きな部屋だ。鑑定士も厳選してほしい。心配なら魔法契約を」

 静かに一礼して去って行ったアリーシオを見送る。

「出てきたのは暗がりの城(ドンクル)だったんだけど、大丈夫かな」

「そ、うか……。過去を遡ってもユグド迷宮でこのような事が起こったことはない。おそらく、君達は迷宮踏破者だ。階層主(アートレータ)を鑑定すれば真実がわかるだろう。この煩わしい騒ぎも、終了だ」

 そう言って、実に機嫌良く微笑んだ。


 話したその足で迷宮ギルドへ向かうと、ズリエルが待っていた。

 ユグドは「よくやった」と言葉をかけズリエルは敬礼で返す。

 ギルドは冒険者のたまり場になってしまったかのように、暇を持て余した者でごった返している。素行不良者がひしめいている有様は、まるで裏社会をのぞいているような気分にさせた。

 彼らが騒がないのは、兵士に逆らうほど馬鹿ではないからだ。そう言う輩は話に聞いたとおり、すでに牢の中だ。

 案内された部屋は、今までで一番広かった。普段の部屋の二つ分は超えており、火竜の持ち込みが増えてから壁を抜いて作ったのだという。

 まち構えていたアリーシオは「契約完了しております」と短く伝えると壁際へ下がる。

 ギルド長と鑑定士が二人。それを手伝う職員が三人いた。彼らは荷物を運ぶ係だろう。

「では見せてくれ」

 あまりにも大きく、人力で引き出すのは無理があるので、ミルが障壁を滑らせて取り出した。ちぎれた前足、頭、胴体とマジックバッグから取り出すとユグドは唸った。

「確かに広く話に聞くドンクルの特徴に違いない」

「鑑定します」

 二人の鑑定士がまるで襲われるのを怖がるかのようにそっと近づき、鑑定していく。

 間違いなくドンクルであり、迷宮七十階層の階層主(アートレータ)であると証明された。

「迷宮の最下層から持ち出されたものには共通項があります。このモンスターには確かに<終着の者>とありました」

「おめでとう」

 ユグドが手を叩くと、職員達も皆拍手をしてくれた。

「そっか、最下層突破してたんだ」

「もっと続くかと思ってました」

 なんだか現実とは思えない。けれど褒められて悪い気もせず、二人は頬を緩めた。

「ズリエル、一緒に探索してくれてありがとう」

「なんだか不思議な感じですが、ありがとうございました!」

「こちらも良い勉強になりました」

 生真面目に返した兵士はピクピクと耳を動かした。尻尾が心なしかしぼんでいるように見えて、じんとしてしまう。

 迷宮を突破したら、シャリオスはどうするのだろうか。

 ずっとこの時間が続くような気がしていたミルは、突然次に何をするべきかわからなくなってしまった。

 もしもウズル迷宮から違う迷宮へ流れるなら、ズリエルとはここでお別れだ。

 しんみりしながら宝箱を取り出すと、ふとシャリオスが緊張している事に気付く。

 不思議に思っているとユグドが囁いた。

「彼の望みは叶うだろう。もし悩むならば、ユグドに留まれば良いのでは」

「ええと」

「返事は気長に待とう」

 確信している口調に、鑑定を待った。

「宝箱の中身はどちらも軽減の輪(レーンタシー)と出ました。不利な種族特性を軽減する効果があると出ています」

「貸して!」

 奪い取るようにリボンを持ったシャリオスは首に巻き付ける。ミルは言われるまでもなく魔法を解いた。

「痛くない」

 小さく呟くと、面を外しゴーグルに手をかける。

 薄目を開けたシャリオスは弾かれたように両手で目を覆った。

「シャリオスさん!」

 素早くポーションをかけると、首を振って水滴を落としたシャリオスはゴーグルを戻す。

「だめだったみたい。でも、これでミルちゃんに負担をかけずに済むね」

「……シャリオスさん」

「それじゃ、全部鑑定してもらおっか」

 気を遣ってシャリオスは話題を変えた。

 逆に気を遣われて申し訳なく思うも、何かしていた方が良いのかもしれないと他の戦利品を出していく。

 一行の鑑定は間違いなく最優先で行われた。

 領主が見守る中、終了したのは夜も更けてからだった。

 仕事を放りだして良かったのかと思ったが「結果を見届けてからの方が、短縮される」と言っていたので何か考えがあるようだ。

 いつもどんな仕事をしているかわからないが、政変も収まりきっていないし、ミルがかけてしまった迷惑の処理が終わっているかすら知らない。

 それでも颯爽と帰っていく背中はすっと伸び、疲れ知らずに見えた。

 ミルはズリエルにお願いして軽減の輪(レーンタシー)を譲ってもらった。迷宮最下層の階層主(アートレータ)から出たドロップ品の中では一番見積もりが低く、十分買い取れる値段だった。

 そのままいくつか出てきた素材を詰めて、相談の手紙と共に発送の手配をする。

(シャリオスさんの願いが叶いますように)

 荷物はすぐにサンレガシ家に送られた。

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