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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと迷宮の底に棲まうモノ
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第五話

『ちちうえー!』

 小さな手足をいっぱい動かして走ったミルは、大きな手に掴まれてひょいと持ち上げられる。口髭の紳士が『軽いなぁ』と振り回すのにきゃっきゃと喜ぶと、台所から顔を出した母親が腰に手を当て『男の子じゃないんだから、乱暴しないで』と怒った。

 平謝りする父親を半目で見上げる兄が『父上、食事の準備手伝ってください』と母親の横で口を尖らせている。

 暖かい空間だった。

 六歳頃にあった出来事のはずだとぼんやり思う。

 小さなミルの姿で日々は続き、優しい家族に囲まれて幾度目かの誕生日が過ぎた。

 ミルは十歳になった。

 落ち込みながら父親と帰ってきたミルは、自分の才能の無さに打ちのめされていた。

 家が沈んだように暗くなり、不安と責任を小さな体に抱え込んだ。

 時が流れ、あるときミルは尋ねる。

『父上、私はもらわれっ子なの?』

『誰がそんなことを言ったんだ!』

 そうだ、思い出した。

 あのしつこい司祭がそう言ったのだ。

 テーブルに拳を叩きつけて怒鳴った父親の顔は怖かった。けれどそれ以上に安心する。

 だが両親が過保護になるほど愛が重く感じ、真綿で首を絞められるように辛かった。贅沢な悩みだと人は言うだろうが、気持ちを整理する方法を知らなかった。

(本当にあったことだわ。でも……これは過去)

 その瞬間、ガラスが砕けるように空間が壊れて散った。

 暖かな空気は霧散し、冷たい風が吹くように不安な情景が浮かんでくる。

 十歳のあの日、両親に見捨てられ、誰にも顧みられなかったらどうなっていたか。

 怒鳴り声に、想像の中ですら聞きたくない冷たい言葉を投げかけられ、ゴミのように無関心な態度をとる家族が流れては消えていく。

 もしもシャリオスと出会わなかったら、未来がどうなったか。

 苦しい現実にミルは打ちのめされただろう。

 すでに命を落としていたかもしれない。

「でも、これは現実じゃない。私は前に進みたいと思います」

 過去は過去であり、もしもの空想は、やはり空想でしかないのだ。

 背筋を伸ばし、歩き出した。

 どこまでもついてくる悪夢は、やがて灰色に染まっていった。

「これ、なにかしら?」

 灰色の情景が避けるように、扉が出現した。

 白い木製の扉で金色のノブがついていた。恐る恐る捻ってみると、目も眩むような光があふれ出す。

 気付けば見知らぬ場所に寝かされていた。

「キュアキュ?」

 起きた? と聞いてくるアルブムを撫でながら上半身を起こすと、シャリオスが振り返るところだった。小さな焚き火に横顔が照らされている。その近くにズリエルが眠っていた。

「私達はあれからどうなったのですか?」

「入った瞬間、罠が発動したみたいだ」

 肩を竦めると、お茶のカップを差し出される。

「変な夢を見ました」

「これは心の中の望みと畏れを見せて、起きないようにするものだと思う。周りを見てごらん。他の冒険者の屍がある。夢から自力で覚めないとだめみたい」

 それほど広いとは言えない室内。端に並べられるようにして物言わぬ骸が並べられている。すでに身分証明ができるものは回収され、布がかけられていた。隙間から見える遺体は白骨化している。

 多くの冒険者達が最高到達点を超えていたが、帰れなかったのだ。

 黙祷したミルは視線を戻す。

「ズリエルさんは……」

「起きるまで待とう。駄目そうなら帰還する」

 そっと窺うと、深い眠りに落ちているかのようにピクリとも動かない。

 二日経ってもズリエルは起きなかった。

 シャリオスは夢だと気付いた瞬間、空間を切り裂いて脱出。

 アルブムはシャリオスの後にコロリと出てきた。美味しいものをいっぱい食べてもお腹が膨れないと怒ったら、夢が襲いかかってきたので蹴散らしたのだそうだ。

 ズリエルが起きたのは更に翌朝の事だった。

 瞼が動いたかと思うと素早く起き上がり、二人を見つけ珍しく恥ずかしそうに笑う。どこか幼い表情だった。

「申し訳ありません。しばらく父と暮らしてしまいました」

「そっか」

 ユグド迷宮から父親が帰還した夢を見ていたのだろう。冒険者の願望をも読み取って優しく残酷な夢をみせた六十八階層にモンスターの姿はない。

 夢だと気付いてなお、立ち止まらずにいられなかったのだ。

 耳をしおらせている姿に、それ以上の詮索は不要だ。

「黒門はありましたか?」

「それがどこにも。体は平気?」

「問題ありません」

 一同が、さてどうしようと周囲を見回したとき、壁が青白くぼんやり光り文字が現れた。


――惑わしの庭(レベ・ソグラ)は眠る


 文字が煙のように消えていくと、黒門が現れた。

 もう言葉は必要なかった。

 頷きあった一行は、黒門へ身を滑らせた。



 六十九階層は穴蔵のようだった。

 一階層の入り口を彷彿とさせるような岩の入り口に、左右に像が四体並んでいた。

 戦士を模した甲冑姿のたくましい男性像は長剣を持っている。

 杖を持った長衣の女性像は伏せ気味に地面を見下ろしていた。

 長弓を持ったすらりとした体格の男性像は、長い髪を一つに結い、矢筒を背負っている。

 最後は尖り帽子をかぶった、長杖にローブ姿の老人魔法使いの像だった。

 どれも三メルトを優に超えている。

「来ます!」

 ズリエルが剣をしまい、大盾を取り出す。

 像の目が光り、動き出したのだ。

 聖魔法使い、魔法使い、剣士、弓兵。

 迷宮探索で定積と言われる布陣である。

 ズリエルは真っ向から剣士と対峙することになった。なぜ大盾に持ち替えたかすぐにわかった。魔法使いも弓兵もズリエルを集中攻撃しだしたのだ。

 全身を覆う盾でなければ既に丸焦げだったろう。

 さらに、石の矢が雨のように降り注ぐ。

 矢も炎もアルブムのブレスで落とすことはできた。だが、全ては無理だった。

「くそ、弱点はどこだっ」

 悪態を吐くシャリオスは、剣士の石像に切りつけては後退し矢の襲撃を避ける。時には飛来する火球魔法を二つに切りとばす。

 しかし剣士についた傷は、聖魔法使いが一瞬で癒やしてしまう。

「ズリエル、ちょっと我慢して!」

 埒が明かないと背後に隠れたシャリオスは目を瞑ると呪文を唱える。

 足下の影が水のように蠢き、一直線に聖魔法使いへ向かう。気付いた弓兵が矢を射るも、実態の無い影だ。あっという間に聖魔法使いへ近付き、その足を絡め取った。

 宙づりにされた像は足下の影を引きちぎろうと手を伸ばす。しかし、シャリオスが限界まで持ち上げる方が早かった。

 六十九階層は長い正方形の空間だった。天上は高く、薄暗くてわからない。けれど吸血鬼のシャリオスは真昼のように見えていた。

 赤い目が確かに天上ギリギリまで持ち上げるのを確認し、そのまま思い切り地面へ叩きつけた。

 像は堅く、一度では砕けなかった。

 シャリオスは何度も聖魔法使いを振り回し、腕や頭を砕いていく。

 その傍らで、ズリエルは猛攻を受けていた。

 目にも止まらぬ速さで繰り出される剣劇は反撃する隙もない。強烈な一撃を一歩も引かずはじき、耐え抜いていた。

「アルブム!」

「キュアキュ」

 刺さった矢を身を振って落とした使い魔にポーションを投げる。

 一瞬で傷が癒やされ、ミルは障壁を飛ばし弓兵を牽制する。

「あった、目だ!」

 そのとき、シャリオスが叫ぶ。

 頭がもげても動き続けていた聖魔法使いが、とうとう動かなくなった。両目にはめられたガラス玉が粉々に砕け散ったからだ。

 だがその瞬間、全ての床が消え去った。

「なぁ!?」

「<障壁(ウォール)>!」

 十六枚の障壁が素早く足場を形成し、一行はなんとか落下を免れた。

 底は暗く見えなかった。

 光りを飛ばしたミルは小さく呻く。

 底に敷き詰められた大量の針山が見えた。落ちれば即死だ。

「くっ、奴らは空間を歩くのか!?」

 敬語が飛んだズリエルが悪態を吐く。

 まるで床など消えていないかのように、三体の石像は微動だにしないどころか、攻勢を強めていく。

「これは、一体消す、ごとにっ! くっ。何か起きます!」

「でもやるしかない」

「私が道を作ります!」

 攻撃力増加魔法と移動補助魔法を交互にかけられた障壁が、浮遊階段のように出現した。踏むたびにシャリオスの肉体に強化付与が重ねがけされていく。

 肉眼で見る事が不可能な速度でシャリオスは駆けた。

 魔法使いは腕の先から薄切りにされ、かと思えば半ばで両目のガラス玉を砕かれて停止した。

 今度は壁という壁に穴が空き、槍が降り注ぐ。

「こちらへ!」

 飛来する槍はまるで鏡写しのようにどれも同じ形をしていた。管止めすらなく、棒に穂を付けただけの状態だ。

 槍の雨が体を貫く前にミルは五重の障壁で全員を囲い込む。槍は反対側の壁に深々と突き刺さると、煙を上げて消えた。

「次」

 シャリオスからの合図は一瞬だった。

 欠け残った障壁の残骸に爪先を乗せて進む。弓兵は一度に十二の矢を放つが、その全てを二つに裂かれ、もしくは弾かれる。かと思えば奪い取った矢に、自らの両目を射貫かれ動かなくなった。

 シャリオスはくるりと柔らかい弧をかきながら宙返りをすると、剣士の背後へ着地した。

 刹那、最後の変化が訪れた。

 剣士の体から三対の腕が生えた。弓と杖を二本持ち、まるで石像全てが溶け合ったような姿となる。

 どの腕を最初に切るか全員が知っていた。

 聖魔法使いの細い女性的な腕を根元から切れば、初めて痛みを感じたように剣士の口が大きく開く。舌の根すら見えそうなほど開けられた喉の奥に青白い炎が溜まっていく。

「キュオオオオオ!!」

 しかし、もはや間に合わない。

 無防備な背中を晒すしかなく、たった一振りで細切れとなった。

 爆発するように吹き出た青白い炎もアルブムのブレスで鎮火されていく。

 崩れ落ちた石像は全ての能力が消え、落下し始めた。

 それを障壁で釣り上げたミルはマジックバッグにしまうと、額の汗を拭った。

「シャリオスさん、調子が良さそうですね」

「体が軽いし、ここ暗いから。ドロップアイテムはなさそうだ」

「お二人とも。奥に黒門が出たようです」

 七十階層は口を開けて待っていた。

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