第四話
ゾンビ討伐のための準備が始まった。聖水を全員に分配し、武器や防具に振りかけていく。こればかりは<回復増加魔法>で薄めたものを使うのは不安なので、そのまま行く事となった。
作戦は全員に伝えられ、あとは飛び込むだけだ。
「行こう」
プラントへ続く扉は鉄でできていた。ゆっくりと扉を開いたシャリオスが素早く影に潜る。その瞬間、ミルは浄化魔法を最大出力で放った。
中にいたゾンビは声なき声を上げる。
光が収まると、全員が一斉に中へ飛び込んだ。
芝生に倒れていたゾンビが、灰色の煙を上げて消えていく。おびただしい数のゾンビが消える前に、ミルは話に聞いていたとおり、開けた場所で鈍足魔法つきの障壁を円柱状に伸ばす。障壁の色は初めから灰色だ。これはセシルが率いていた魔法使いの一人が、障壁魔法に付与魔法を重ねる方法を教えてくれたからできたことだ。
灰色の囲いの中に、ゾンビが次々と飛んでくる。
「こっち大体終わった!」
「右に来てくれ! 部屋いっぱいに詰まってるぞ!」
「わかったー!」
一定の多さになると、ミルは杖を構え浄化魔法を唱える。中にいたゾンビが一気に消え、また次々に放り込まれる。
作戦は、まずミルが入り口すぐの所に障壁で囲いを作り、二つの班がミルを中心に左右からゾンビを捕獲して投げ込むことだった。浄化魔法で始末した方が短時間で終わり、青ポーションの消費が少ないと見積もられた結果だ。
山盛りゾンビを薄目で見ながら溜まっては浄化魔法をかけていくのだが、フレッシュなゾンビと腐ったゾンビの匂いが酷くて辛い。
それから、うぞうぞと動いて出ようとしてくるので、自然と囲いが高くなる。鈍足魔法に触れているのに、なかなか素早い動きで脱出しようとする姿に、一瞬どうしたら良いかわからなかった。肩車三段重ねで挑む猛者もいる。思わずシャリオスに目を向けるが、ゾンビを影で運ぶのに夢中だった。
「キュアキュ? キュブブ」
「! お願いします!」
手伝おうか? と言う風に鳴くアルブムに、一も二もなく頷く。アルブムが吐き出したブレスが、ゾンビを凍らせていく。匂いが幾分か落ち着き、ゾンビの動きも鈍くなる。
プラント内のゾンビが一掃されたのは翌朝の事で、今度はこびりついたゾンビの匂いや欠けた肉片を掃除するため、浄化魔法を連発することとなった。
寝不足でふらついていたミルは、仕事が終わると同時に糸が切れた人形のように、こてんと眠ってしまった。
「起きた? ごはんできてるよ」
目を開けると、大皿にこんもりともられた食事を差し出される。大きく切った魚介類をこれでもかと投入し、たっぷり肉と野菜も入れた混ぜご飯だ。のせられたチーズが、熱でトロリと溶けて美味しそうだ。お腹が鳴った。
「すみません、用意を手伝わなくて」
「ううん。後から合流した人が全部やってくれたから。あとでプラントをもう一回見てみよう。ここの設備、凄かったし」
「はい」
どうやらこの食事もプラントから採れた食材を使ったもののようだ。食材を入れると勝手に作ってくれる魔導具もあって「欲しい!」とシャリオスは大興奮だ。
「そう言えば、ご自宅の洗濯機はシャリオスさんが作ったのですよね? 同じものを作れば良いのではないでしょうか」
「ミルちゃんは何もわかってない。洗濯機はただ回って時間が経つと勝手に止まるだけなんだけど、あの凄い魔導具はとても繊細で丈夫で複雑にできているから、僕じゃ絶対再現できないよ。本職の魔導具師のところに持ち込みたいけど、設備だから持ってけない」
「持ち出そうとすると警備システムが作動し、弾かれました。失われた文明がここまで綺麗に残っているのは珍しいので、新鮮でした」
「試したのですか……」
「ミルちゃんが寝てる間に三十回……追い出された」
しょんぼりしているシャリオスだが、その程度で済んで良かった。あまり酷いと何かが発動してあわや戦闘、と言う事にもなりかねない。
そもそも、ここはロマーナが教えてくれた避難先なのだ。
「ここは凄い場所ですね。もぐもぐ」
たっぷりと塩こしょうが効いて、魚の味も染みている。とても美味しいご飯だった。
プラントの中には水が通っていた。同じ幅に掘られた石の溝に流れている。
ガラスよりも柔らかな透明な素材で覆われた区画にはまるで整頓したように植物が生い茂っていた。果物の木には大きな果実が成り、中には絶滅した品種もあった。
「とても貴重なものが多いのですね。これから荒らされないと良いのですが」
「大丈夫じゃないかな」
定期的に採れる金のなる木を燃やそうとする者もいないだろうし、何より水源が豊富なので燃えきる前に鎮火するだろう。
一晩休んで十分英気を養った一行は、そこでセシル達と別れた。彼らはこのまま地上を目指すようだ。
先へと進んでいくと、話に聞いていた呪いの広場が見えてくる。
中心には黒い木が生えていた。それほど大きくない。近くにある子供が使う遊具と同じくらいの大きさだった。
しかし、幹についている赤黒いポツポツとした目玉がシャリオスを見た途端、弾けた。赤い煙が巻き上がる。
それは呪いの因子だった。
触れた空気すら黒く変色させ、腐らせ殺していく。
ズリエルは右に飛び出した。聖水のかかった剣で幹を断ち切っている。まるで痛みを感じているかのようにうねり、樹液が血液のように飛ぶ。断面は赤く、うぞうぞと、ゾッとするような腐った臭いを放っていた。
「りゃっ」
短い一呼吸で飛びかかったシャリオスは短剣を投げつけた。深々と幹に刺さった瞬間、灰色の煙が上がる。かけられていた聖水が呪いの木を内側から焼いたのだ。
「だ、だずけてくれ! だぁああだだだずげでぇえええ!!」
「殺さないでぇ!」
「ぺぎょっちくるなァアア!! アア!」
断末魔は、枝の隙間から聞こえてきた。胎児を産み落とすように、枝が膨れ果実を落とす。その一つ一つに顔があり、老若男女全ての顔が絶叫を上げていた。
実はボールのように跳ね、破裂すると呪いをまき散らした。
「ひえっ」
思わず鳥肌を立てながら浄化魔法を連発し、転がる実を消していく。だが、あまりにも数が多い。それどころか、物音を聞きつけた食虫植物が忍び寄ってきていた。
シャリオスは幹に刺さった短剣を引き抜きざま、頭上から降る実を両断する。
全身に呪いを浴びた。
しかし呪いは体を蝕むどころか、染みこむことすらできなかった。
「僕を呪うなら運河レベルでも足りないよ!」
「羨ましい限りです」
全身に呪いを浴びながら、ズリエルがそんなことを言う。攻撃を引きつけているせいで、まともに食らっているのだ。ジワジワと体を浸食される気配。頭痛に似た悪寒が広がっていく。呪いが皮膚を這い回り赤黒く広がっている。
「<浄化>!」
ズリエルの背後に庇われていたミルは、杖先を向ける。
一気にズリエルの肌が元に戻り、襲いかかる根を排除する動きにキレが戻る。
「キュオオオオ!」
それでも敵の数が多く、アルブムは地面を凍らせにじり寄る食虫植物を牽制する。今、一行の足場は全て障壁が賄っている。シャリオスに襲いかかるモンスターを阻むミルを、アルブムとズリエルで守っていた。
付与魔法を飛ばし、全員の様子を確かめるというのは目の回るような忙しさだ。
「幹、切ったー!」
地響きを上げ、呪いの木が倒された。シャリオスの短剣が深々と赤い宝石を貫いている。呪いの木は竜の逆鱗を砕かれたがごとくびちびちと跳ねた後、動かなくなった。それと同時に、食虫植物が引いていく。
めいいっぱい浄化魔法を広場にかけている間、シャリオスは周囲を探索した。広場の奥には小さな小道があったが行き止まりで、壁があるばかり。呪いの木が一部変化して弓がドロップしたが、めぼしいものは他に無かった。
呪いの木はすっかり浄化されていたので、マジックバッグに入れる。地上に戻ったら鑑定して、何に使えるか調べるつもりだ。
弓をマジックバッグに入れていると、ズリエルが難しい顔で剣を振っているのが目に入る。
「どうしたの?」
「根元から折れました。呪いで腐食してしまったようです」
「これはもう使えないね」
真ん中からポッキリと折れてしまっている。浄化魔法無しに挑むなら、いくら聖水があっても足りないだろう。これから教会は大忙しになるかもしれない。
そんなことを考えていると、浄化を終えたミルが帰ってきた。げっそりしている。
「どうしたの? 足が震えてる」
「てっきりオバケ大丈夫になったと思ったのですが、やっぱり怖かったです……」
「実が落ちてきた時は僕もぞっとした。こっちおいで、抱っこしてあげる」
「ひんっ、お邪魔します!」
「皆ここを見て。根元に黒門があった」
両手足でしがみついてくるミルをあやしながら黒門へ向かう。
根元にぽっかりと空いている、洞穴のような黒い空洞。
どこまでも落ちていきそうなそれに顔を付けたシャリオスは、そのまま六十八階層へ向かった。