表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと迷宮の底に棲まうモノ
84/154

第三話

「人がいます」

 くん、と匂いを嗅いだズリエルが指す方向には、蹲る男がいた。頭に猫のように尖った耳があり、ピクピクと動く。

「だ、誰だあんたら」

 猫人族の男は怯えたように毛を逆立てる。

「あんた達も子供に連れて来られたクチか? だったら悪い事は言わん、この先に進むのはよせ」

「理由を聞いても良い?」

 怯えた男は答えた。

「ゴースト系の化け物が出るんだ。食われた奴らは全員ゾンビになっちまった。ああ、俺ももうだめだ、そのうちあいつらの同類になっちまう!」

 そう言って涙を浮かべる頬から禍々しい黒いもやが出ている。

「青い果実があれば呪いの進行を抑えられるが、全部食っちまった……。あんた達も俺がおかしくなる前に行ってくれ」

「あの、私は浄化魔法が使えるのですが、試してみても良いですか?」

「聖水もあるけど、どっちがいい?」

「何だって!?」

 希望を見つけたようにばっと立ち上がる。

 試しに聖水をかけてみると、触れた部分からジュと肉を焼くような音がして呪いが引いていく。

「聖水だと量が必要みたいだね」

「じゃあ、今度は私が……」

 さっと影の中に退散したシャリオスを確かめて、ミルは呪文を唱える。すると、一瞬で呪いが消え去った。

「あ、あ……ありがとう! ありがとう!」

 お礼を言う声に、そっと顔を出したシャリオスは拍手をする。

「よかったね!」

「ふふ、どうやら私が輝く時が来たようですね!」

「次はきっと僕」

「何を競っているのですか、貴方達は……」

 呆れた顔で言いながら、ズリエルは猫人族を見る。

「貴殿は六十階層から逃げてきた部類か?」

「ああ、俺は匂いが酷くて耐えられなくてよ。……だが、今思えばこんな所に来るより我慢して留まってりゃ良かった」

「他の生き残りはいるの?」

「六十六階層にいる連中以外なら、最近来た連中だ。どうも上でやらかして逃げてきたようなんだ。ロマーナは知ってるだろう? あの子達に襲いかかって、完全に敵対してる。まともな奴らはとばっちりから逃げて下りてきてる。それが、こんな事になるなんて」

「そういうわけだったのか……」

「なあ、あんたらは救助者なのか? 上はどうなってる? 皆呪いのせいで散り散りになっちまったんだ」

階層主(アートレータ)が暴れ回ってる。六十階層にいた冒険者達は全員救助されて地上に戻ったよ」

「そんな」

 耳がへたり、力なく項垂れる。かと思えば顔上げて「なんで知ってるんだ?」と問いかけた。

「要救助者の中にはアルラーティア侯爵がおりましたので、その関係で国中が知るところとなりました」

「あの話、嘘じゃなかったのか!?」

 驚いたように毛が膨らむ。

「いや、でかい声出してすまない。そうか……なら、もう一度救助が来るのは難しいよな。あんたらも災難だったな。あっちの扉が見えるか? 水も食料もあそこからいくらでも持って行ける。ロマーナはプラント施設がどうのって言ってたが、寝床もある。ただ、中にはゾンビがいるから、それだけは気をつけろ」

「ゾンビと話し合うことはできないのですか?」

「アンタ何言ってるんだ?」

 奇妙な者を見る目を向けられる。

 皇国のゾンビさんとは会話ができたのだが、迷宮のゾンビと意思疎通はできないようだ。

 おほん、とシャリオスが咳払いをして言う。

「君はこれからどうするの? 僕らは最下層に向かう途中なんだけど」

「そ、そうか! なら……申し訳ないが帰る時に拾っちゃくれねぇか。俺は武器も物も無くしちまったが、他の奴らなら手練れも混じってるし、何なら探索に付いてく奴がいないか聞いてもいい」

「強い人がいるなら自分達の力で上層に戻れない? ここから上の地図は揃ってるし、食べ物はプラント? から持ち出せないかな。薬品類なら、こちらで融通できるよ。水もあるし。――ね、大丈夫だよね?」

「は、はい」

 たくさんポーション瓶を洗わされた事を思い出し、思わず視線をそらしてしまうミル。

「と言うわけだから。生き残りがいるなら集めてくれないかな。それで、中のゾンビを全員で退治する。僕らもリトルスポットがあると無いとじゃ全然違うし」

「わかった」

 チラリとミルを見た猫人族はようやく顔を緩めて言う。

「俺はサズリ。よろしく頼むよ。それじゃ話をしてくる」

 サズリは音も無く姿を消すと、七人の仲間を連れてすぐに帰ってきた。

「先に戦えそうな奴に声をかけてきたんだ。他のメンバーは、荷物をまとめたらすぐに来るって」

「あんたがこいつを助けてくれたんだってな。礼を言う。俺はセシル。リーダーはどいつだ」

 白いふわふわの髪を緩く左にまとめた男が言う。宝石のようなアイスブルーの瞳に、体にある黒い模様は雪豹だろうか。どことなく顔つきが精悍だ。

「僕だよ。シャリオス・アウリールだ」

「サズリから話を聞いた。俺達もプラントを安全にすることに賛成だ。ここは呪いと怨念に支配されてしまった。犠牲者も、神の御許に帰りたがっているだろう」

 がっしりと握手を交わした二人は話し込み始めた。

「この先にある広間を、俺達は呪いの広間と呼んでいる。そこに生えている植物系モンスターがゾンビの原因だ」

「ゾンビってフレッシュなのから腐ってるのもいるけど、どういう感じ? 魔法を使ってきたりするかな」

「フレッシュな奴だと使うな。声帯が残っているせいだろう。厄介だが、火で燃やすと呪いが煙に乗って充満する。しかもやつら、触れると感染するぞ」

「うわ、気持ち悪そう……。もしかしてサズリもそれで?」

「ああ。……突然行方をくらまして気を揉んでいた」

「悪かったよ」

 頭を掻いたサズリだが「そのおかげで良い出会いがあった」と開き直る。セシルは肩を竦めた。

「浄化魔法の使い手がいると聞いた。ならば呪いなど恐れるに足らぬ。連れて来たのは全員魔法使いだ。一気に攻めたいがどうだ」

「構わないけど、施設を壊したくない」

「さもありなん」

 振り返ってセシルは視線で仲間の一人を呼ぶ。背の低い女性魔法使いが進み出た。モノクルをかけ、興味深そうに一行を見ている。尖り帽子の影から長い耳が出ていた。兎人族だ。

「水魔法の使い手だ。この場では随一の威力を誇る。火で一気に燃やしても雨で流すことができるだろう」

「や、やめて、過剰な期待を寄せないでちょうだい。……惚れっぽいのよ」

「腕は確かだ」

 完全に無視して言うと、彼女の頬が薄紅色に染まる。慣れた黙殺の仕方に付き合いの長さを感じた。

「そちらから薬品類を提供してもらえるらしいが、いかほどか先に聞いておきたい」

「逆に何本欲しい? 一本のポーションから百本作ることができるけど。あ、マジックバッグはさすがに持ってるよね? 無いなら売っても良いけど、お金はちゃんと出してほしい」

「ふむ、魔導具師がいると?」

「薄めて増やす方法だけど、効果は保証するよ。地上に戻るまで持てばいいわけだし」

「<回復増加魔法(ヒールアップ)>を重ねがけします」

「現物を見たい。それと、効果を確かめても?」

「構わないよ。だからお互いフェアに行こう。略奪もなし」

 ぎょっとしたのはミルだけだった。

 だがあり得る話だった。ここは迷宮なのだ。

 それに、相手は全員が目の前にいるわけではない。

「グズではないようだ。さすが、ここまで下りてくるだけのことはある」

 目を細めたセシルは猛獣のような笑みを浮かべる。

「逃げてきたものが大半だが、俺は攻略のために下りてきたのだ。呪いの広場を抜けても更に先に進むには道具が足らん。共同で進めないか」

「断る。一回戻って、出直してよ」

「よかろう」

 あっさり諦めたセシルは笑みを引っ込める。それに仲間内から「いいのか」と声が上がった。

「サズリの恩人は俺達の恩人でもある。それに死者の前で争えば、ますます怨嗟を深めるだろう。十分死んだ。そして、この先も死ぬのだ。無用な争いは要らん」

 何かを思うように目を伏せた。

 黙祷のような、祈りのような数秒が過ぎたあと、彼の目から憐憫は消えていた。

「そちらの言う事を全て飲もう。助力願いたい」

 深々と頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ