第一話
【前回までのあらすじ】
【遊び頃】の襲撃にあい死亡したアリアを助けるため蘇生魔法を発現させてしまったミルは、薬師に攫われ、その弟を蘇生する。しかしそのせいで追われる身となり、一人でユグド領へ帰還しようとするも、【遊び頃】の魔法剣士に襲撃される。
追ってきたシャリオスと合流し、共に撃退するが、魔法の使いすぎでシャリオスが幼児に。追い打ちをかけるように追手に見つかり、ミルは一人でシャリオスの故郷へ向かうことになった。
そのあと教会の枢機卿と出くわしたり、なんやかんやあってズリエルとアルブムが合流し、面倒ごとを収めて無事ユグド領へ帰れたのだった。
ドーマの宿に戻って数日。
白い封筒をもらい、二人は顔を見合わせる。
「結婚式の招待状でしょうか」
「結婚式ってなに?」
思わずシャリオスを見上げる。本気で首をかしげていた。
説明すると「昼に生きる人達は素敵な儀式をするんだね」と感心していた。どうやら皇国にはないらしい。
「誓いの儀式はあるけど、きっと僕らのとは違うだろうし」
興味はあったが、まずは封筒だ。
中に入っていたのはやはり招待状で、枢機卿が教会で待っているので来るようにとあった。
「枢機卿ってシューリアメティルの時に出会った人?」
「そうかもしれません」
教会側から何か話があるのかもしれない、と二人は結婚式に出るための服を買いに行った。
当日。
貴族や領民へ結婚を知らせるためのパレードが済み、ようやく場が解散した。
誓いの言葉を言うファニーはとても綺麗で見とれてしまったし、白い軍服姿のグロリアスは、髪を切ってさっぱりしていた。
よくお似合いの二人だった。
ただ、少し空が曇っていたのが残念だったので、ミルはこっそり光を屈折させた。幻想的な空間に他の貴族も手を叩いて祝福をしている。ファニーが少しだけ困った奴だとでも言いたそうにミルを見た。どうやらバレてしまったらしい。
結婚式に思いをはせていると、近付いて来た神官が耳打ちした。
「枢機卿がお待ちです」
儀式役として招かれていたのは、なんと聖域の森近くで出会った枢機卿だった。布面で顔がわからないが、儀式中に聞いた声が同じだったので間違いない。
アルラーティア侯爵家は邸宅を構えるのではなく代々城住みで、古い石造りの城内を案内されながら、二人は神官の後に続いていく。使い魔を連れていくのは貴族的に問題があるとして、ズリエルと別室で待機してもらっていた。
「ようこそ。お待ち申し上げておりました」
赤い絨毯の広い部屋だ。天井が高く窓からさんさんと日が差し込み、テラスから見える景色も良い。神官達が忙しなく行き来し、主人の帰還の用意をしていた。
静かに振り返った枢機卿は小首をかしげる。
「お連れになっていた、小さな吸血鬼はどこへ?」
「僕です。あのときは小さくなっちゃってたんですが、お世話になったみたいで、ありがとうございました」
「……それはまた、詐欺に等しいですね」
「え、なに?」
シャリオスは聞き返した。
枢機卿が恨みがましく睨んでいる気がする。
おほん、と咳払いしたのはサシュラだ。
「猊下、お品物を」
「ええ、わかっていますとも。サンレガシ様、こちらの杖に見覚えございませんか」
「私の杖です! 拾ってくださったのですか? ありがとうございます」
枢機卿が示した箱から出てきたのは、カンデラ木の白い長杖だ。
持ち上げると手にしっくりとくる。
「もう同じ杖は持てないと思っていました。あの、どこに落ちていましたか?」
「聖域の森の近くに。失礼ですが、光属性持ちでお間違いないでしょうか?」
「はい。猊下もお持ちなのですね。同じ属性を持ってる方に合うのは二回目です」
しかし枢機卿は首を振るとこう言った。
「いえ、持っているのは聖属性です」
「ええと、でも杖をお持ちになっていたような……」
「ええ。他に持ち運べる方がいなかったので。話に聞くとおり、カンデラ木はえり好みが激しいようですね。旅の良い土産話ができました」
つまり装備屋の店主のように腕力に物を言わせているのだ。見たところ、ほっそりとした長身痩躯の男性だが、人は見かけによらないものである。
「ところで、お二人が抱えていた問題ですが、アルラーティア侯爵家と話し合いを行いました」
とっさに周囲を見ると「彼らは大丈夫です」と枢機卿は続ける。
「我が教会がおこなったことで、大変な思いをさせてしまい、申し訳なく思います」
つまり、目の前に居る枢機卿が勝ったのだ。
わかっていたが改めて言われるとほっとする。
「お二人のことは我々の心の中にとどめておくことになりました。ですが、何かあればいつでも訪ねてください。白銀の枢機卿と神官に伝えれば、こちらへ連絡が来ます」
「枢機卿の名前は原則非公開。理由も非公開。でも何人もいるからこうやってわけてるわけ。つーことで閣下、俺はあっちの手伝いをしてるから、客人に無礼なことはしないでくれよ」
護衛とは思えない態度で手をひらひら振って、サシュラが出ていく。気付けば片付けが終わり、周囲の人気がなくなっていた。
「これはただのお願いですが、教会へ登録していただきたいのです」
「すみません、そう言ったお話は全てお断りしているのです」
「無論、リスメリット領やご家族を意のままに操ろうとしているわけではないのですよ」
全て知っているという様子で、枢機卿はミルの手を取った。
「教会の権威は落ちつつあります。是非光属性持ちの巫女を迎えたいと思っているのですが、いかがでしょう。先ほどの式でやったように、光を使った魔法をしていただきたいのですが。とても美しかったので」
枢機卿にもバレていたようだ。
内心慌てながら首を振った。
「すみません、お世話になっていながら申し訳ないのですが……。今は先約もありますので、難しいです」
「そうですね。約束を破るのはいけないことです。ですが気が変わったらいつでも言ってください」
あっさり手を離したが、枢機卿は残念そうだった。
「そうだ、お聞きかもしれませんが、あの双子のご姉弟はこちらで一時的に保護させていただきました。ほとぼりが冷めた頃、セロンラフルは父君の元へ戻ることになっています」
「アストン伯爵はどのようにお考えなのでしょうか」
「しばし混乱をしておりましたが、今は蘇生されたことを喜んでいます。アストン家はサンレガシ様に感謝しておりましたよ。クースィリアの方はまだ本人の意志が決まっておりませんが、彼女も好きなようにできるでしょう。教会か、アルラーティア侯爵家か、はたまた実家に戻るのか、嫁に行くのか。本人の自由です」
「何から何まで、ありがとうございました」
杖が手元に戻り、二人の進退もわかった。
部屋を辞した二人は、そのままファニー達に挨拶をして夜会に備えることになった。
夜会は昼間と様相を変え、オレンジ色の柔らかな蝋燭が点った大ホールで行われた。一曲はダンスを踊らなければいけないので、二人はカクカクした動きでなんとか回る。
「緊張しました」
「僕も。……なんだか、今回は絡まれなくて不思議」
「いつもは凄いのですか?」
「わらわら来るよ。採ってきて欲しいもの頼まれたり、酔っ払いにお尻掴まれたりして嫌だったけど、今日はどうしたんだろう」
「その胸の花を見て絡むような阿呆はいまい」
振り返ると、グロリアスがファニーを伴って立っている。
「品性と酒癖の良い者しか、我が夜会へ来られぬのだ。ほれ、我が夫殿」
「……踊れ」
背中を叩かれたグロリアスが進み出て、もの凄く嫌そうな顔で言った。思わずファニーを見上げると赤く塗られた唇が悪戯っぽく持ち上がる。
「理由なく断ると社交界での評判が落ちてしまうぞ?」
「では、喜んで」
しかし身長が違いすぎて、グロリアスはほとんどしゃがんでいるように見える。踵の高い靴にしてみたが、それでもミルが低すぎた。
「ちっ、手を上げろ」
「すみません。ひぎゃ」
曲が始まってしまい、苛ついたグロリアスが険しい顔で胴体を持ち上げた。子供のように持ち上げられ、足がぷらりと浮く。
「え、ええと、これはええと」
「問題ない」
グロリアスは勝手にステップを踏み、それを見た招待客がクスリと笑う。冷たい笑い方なら半泣きだったかもしれないが、微笑ましそうである。釈然としないものは感じるが。
「この期を逃せば接触が難しい、耳かっぽじってよく聞け」
「は、はい」
「お前には称号がある。おそらく生まれつきだ」
「……称号。あ、新しい力が!?」
「違う」
舌打ちせんばかりの不機嫌顔をする。
「それは新しく発現した魔法の方だろうが。阿呆が」
「すみません……、ちょとどうしたら良いかわからず、混乱が」
「ちっ」
曲が終わる前にとグロリアスは早口で言う。
「意味を読み解けなかったが、道開く者とあった。他人の願いに関係するものだろう。ユグド、俺、クースィリア、どれも困難な願いを持っていたが、お前が現状を打開した。おそらく、シャリオス・アウリールもその一人に加わる」
「お手伝いできるなら嬉しいです。こういう話をこの場でしても大丈夫なのですか?」
「駄目だ。今は魔導具で口の形も声も盗み聞きできないようになっている」
ネクタイピンがそうなのだと言う。
「教会はなにやら感づいている。絶対に鑑定水晶以上の精度がある魔導具に触れるな。ファニーはああいう奴だから見捨てはしまい。だが、いつも間に合うと思うな」
「わかりました」
少しだけ表情を緩め、グロリアスは続ける。
「お前には感謝している。……称号が何かは調べておけ」
「……」
わかったふりは高速でバレていた。
+
皇国から持ちかえった星の光だが、鉱石蛇の素材と一緒に実家へ送った。吸血鬼を傷つけない光は珍しいので、少しだけでも見せたかったのだ。シャリオスは問題ないと言っていたので、大丈夫だろう。
結婚式から帰宅すると、迷宮攻略の準備が待っていた。
ミルの装備は杖以外無くなってしまったので、新しく制作中である。
終わればようやく迷宮攻略に入れるという所で、ズリエルがこう言った。
「しばらくユグドを離れます」
「え、ズリエルどこに行くの? 僕の事が嫌になった!?」
「えっ、ズリエルさん出て行っちゃうんですか!?」
「墓参りに行くだけです」
飛躍したシャリオスに釣られてしまったミルはほっとする。
「でも、皆そう言って帰ってこなかった……」
ギクリとズリエルを窺うと、目頭を揉んでいる。こいつは……という心の声が聞こえてきそうだ。
「本当に帰ってきます。毎年のことですから」
そう言ってとても行っちゃヤダ雰囲気を醸し出していた二人を置き、ズリエルは旅立った。
三日経った頃、二人は宿の中でズリエルの影を探すようになった。
あまりの寂しさにくっついて寝だす四日目。
そして、一週間ほどして帰宅したズリエルは、我が目を疑った。
「ズリエルさん、 そろそろ体を洗った方がいいのでは」
「男の人とお風呂に入るなんて破廉恥だよ! ズリエルは僕と一緒に入ればいいでしょう?」
見間違いじゃなければ、食堂の椅子に座った二人が、一抱えくらいの人形に話しかけている。いつもズリエルが座っていた椅子に乗せられたそれは、青い髪に、獣耳を生やし、認めたくないが自分とそっくりな色合いと衣装を着ているぬいぐるみだ。ご丁寧に食事まで用意されている。
ドーマを見ると肩を竦めて台所に引っ込んでいった。
恐る恐る問いかける。
「……。あなた方は何をしているのですか」
「えっ、ズリエルが二人もいる!?」
「いません」
ズリエル人形を見て引き攣る本物のズリエル。
それを見て更に混乱する二人の目付きは、明らかにおかしかった。
無言で解毒薬を口に突っ込むと、本物と偽物の区別がつかなくなっていた二人は何度もズリエルとズリエル人形を見て、驚いている。
「ズリエルが一人になった……」
「元から一人です。一体何があったのですか」
たった数十秒の間に疲れ果てたズリエルが聞いた話はこうだ。
ズリエルが故郷へ墓参りに帰って、五日目。どうしても寂しくなった二人は、ズリエル人形を作ることにした。
しかし、どうしたことか一日経つと、ズリエル人形がズリエルにしか思えなくなってしまったという。
しばらく無言になったズリエルはズリエル人形に近づくと、迷い無く頭をもぎ取った。引きちぎれた部分から内容物が飛び出す。
左右から「ズリエルが!」「ズリエルさんが!」と悲鳴が聞こえてきたが無視した。
「誰ですか! ヨモギリ草など詰めたのは!」
「私はイトカシの糸しか入れてないです。ほら、逆立てると綿みたいになるじゃないですか」
「僕もヨモギリ草を摘んだ覚えはないよ」
「……ギュ」
ズリエルはジロリとアルブムを睨む。犯人は反省したように腹を見せて降参した。悪気は無かったらしいが、危なすぎる。
ヨモギリ草はウズル迷宮十二階層で採れるのだが、情緒不安定になるので取り扱い注意なのである。
ズリエル人形製作中に混入し、二人は丸一日一緒に生活したせいでこうなってしまったのだろう。ズリエルは頭が痛いような気がしてきた。
「何故このようなものを作ったのですか」
「だって寂しかったんだよ。もう帰ってこないかと思うと」
「帰ると言ったでしょうに」
「そう言って皆戻ってこなかった」
「それは聞きました」
「ベルカさんも帰ってこなかったです」
「彼は騎士になったので帰るも何もありませんが。……全く、目を離すと何をしでかすかわからない」
ちぎれたズリエル人形を見ながら嘆息する。
「燃やします」
「待ってズリエルさん、ズリエルさん人形に罪はありません! それに、我ながらよくできてると思いますし!」
「そうだよ! ズリエル人形は被害者なんだから、中のヨモギリ草を取って洗えば良いじゃないか!」
「燃やします」
全て手作りズリエル人形はズリエルの強い意志によって燃やされ、二人はたいそう悲しんだ。
ミル「シャリオスさん、称号というのを持ってたみたいなんですが、調べたら眉唾ものなのですね。お伽噺にしか書いてなかったです」
シャ「僕もファニー様から聞いてびっくりした」
ミル「ちょっと思ったのですが」
シャ「うん」
ミル「ドロップアイテムが頑なに出ないのって」
シャ「……この話はここでやめておこうか」