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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと願いの代価
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第二十一話

 知り合いの悪魔はかなり多いので、シャリオスはイルと再会するまで、気付かなかった。

「もしかしてイル? なにしてるの」

「おー? なんだ、お前も帰ってきてたのか」

「なによこいつ」

 ジロリと睨んだのは手の平に乗りそうなほど小さな子供。頭が大きく、ちんまりとした手足でようやくバランスを取り、背中にあるコウモリのような羽で飛んでいる。炎のように赤い髪に見覚えがあった。

「まさかアリア?」

「そうだぜ、生まれたてほやほや」

「なにやってる!」

 小さいアリアは「はぁん?」とメンチを切る。その頭にはイルそっくりの角が出て、パタパタ飛んでいるのだ。シャリオスは動転した。

「しょうがないだろ、死んじまったんだから。幸い体と魂が無事だったから悪魔に創り直せたんだ。やー、皇帝にバレずに終わって良かった。牢屋にぶち込まれた時はどうなるかと思ったぜ」

「永遠にぶち込まれてればよかったのに……うわ、もうこれどうしよう」

「まあまあ。じゃ、見つかっちまったもんはしょうがねぇ、爺ちゃんは牢屋に戻るから、お前はアウリールさんちに世話になんだぞ」

「なによこいつ。どういうことよ!」

「だって俺、これから牢屋にいなきゃだし。暇になったら顔見に行くから」

「そういう事じゃないだろ! ウィリアメイルは他の仲間を連れて故郷に帰ったんだ。それなのに、なんでイルは勝手にこんな……」

「うお、マジか。あいつら帰ったの? アリアの頭がはっきりしたら迎えに行くわ。そういや【遊び頃(タドミー)】の頭が誰かわかったか?」

「イルはもう外に出られないだろ。なんで聞くんだ」

「そうかよ。じゃあなー」

 悪びれずに言ったイルは、手をひらひらと振って飛んでいった。

 困り顔でアリアに視線をやる。よく見ると灰色みがかった肌をしていた。

 アリアはシャリオスを見ても何も覚えていない様子で「ここどこよ。アンタ誰よ」とあまり生前とかわらない口調で問いかける。

「僕はシャリオス・アウリール。君のお爺さんが脱獄したから探しに来たんだよ。本人は戻ったみたいだけど」

「ふーん」

 あまり興味がない様子だ。

「どうしてここにいるかわかる?」

「知らないわよ。さっき目が覚めたと思ったら、あいつアタシのジジイだっつって名前つけてポイよ。保護者とか鼻で笑っちゃうわ。辞書で意味引いたことないのかしら。あら? 辞書って何だったかしら」

 首をかしげている。

「生まれたばっかりで、生前のことは抜けてるのかな……。君は人間だったんだけど、悪魔の血を引いてたのはわかる?」

「ジジイがそんなこと言ってたわね」

「とりあえず僕と行こう?」

「暇だからいいけど。でもアタシ、浮くのが限界で進めないの。乗せてってくれない?」

「いいよ、こっちおいで」

 手の平で包み込むようにすくい取ると、アリアはほっと息を吐いて羽の手入れを始めた。小さな手で皺のついている所を伸ばしながら悪態をつく。

 帰宅するとシェスカが「また人数が増えて!」と喜びげんなりする。

 問題はバーミルで、静かにアリアを眺めたと思えば目の色が物理的に変わっていた。赤から紫へ変色していく様は背筋が寒くなる。

 アリアは客室で寝起きする事になった。体が小さいので、子猫が入るような籠の中にタオルや枕を入れたものを寝床にしたのだが、ミルもズリエルも戸惑った。

 特にミルは、助けられなかった知り合いがいることに複雑な思いを抱える。種族が変わり、何も覚えていないのにアリアは何も変わっていない。どう接すれば良いのかわからなかった。


 混沌とし始めた客室内だが、時間は平等に過ぎていく。

 十日もすると、シャリオスの身長が伸び始め、棺桶の中が窮屈になった。以前と同じ身長に戻る頃には二ヶ月が過ぎ、ズリエルが一度連絡を取りたいと言う。

 バーミルと話したあと、数日で侯爵家から書状が送られてきた。

 帰還しても問題ないという内容だった。

「辛気くさい顔やめて、さっさと行きなさいよね」

「アリアさんもお元気で」

「ベソかかない! ……ちょっと、握ってないで離しなさいよっ!」

 アリアはそう言って、小さな手でミルの頬を押す。羽をばたつかせて指の間から抜け出ると、バーミルの肩へ逃げた。まだ生前のことを思い出せていないが親近感は持ったようだ。

 名残惜しそうに手を彷徨わせたミルだが、残念そうに引っ込める。

 イカダの上に荷物を置くと、バーミルは持っていたランタンを差し出した。

「星の光が入っている。欠片だが」

「こんな大切なもの、いただいていいのですか?」

「君にふさわしいものを贈るだけだ。魔王は勇者と共に永遠の眠りについた。もう、人間達とも和平を結べた。君達の旅立ちに祝福を」

 そう告げて、一歩下がる。

 イカダが小さく揺れると、一気に持ち上がった。クラーケンが触手で持ち上げたのだ。

 そのまま三人と一匹は海岸を離れ、一気に大陸まで連れて行ってもらった。

「クラーケンおじちゃん、ありがとー!」

「おー、気ぃつけてなぁ」

 海に潜っていくクラーケンを見送りながら、イカダを漕いで岸に上がる。人気はなく、静かだった。

「お昼の時間だね。ここはフライが美味しい土地」

「よくご存じですね」

「上陸した時、お金の存在知らなかったから、無銭飲食しちゃって」

 恥ずかしそうに頬を掻いた。

 皇国には商店はあったが、物を交換していた。アウリール家は生臭い木の実と交換していたので、物々交換ができる土地柄かと思っていたが、そもそも通貨が無いようだ。

「大変だったのですね」

「しばらく働いたら許してくれた」

 案内された先の小さな食事処は優しい面立ちの店主が揚げ物をやっていた。お腹いっぱいまで食べると、ズリエルの財布が空になったので、すぐ迷宮へ向かう事にした。

「え、またグロス領へ行くのですか!? や、止めましょうよ……」

「いや、一回仕返ししとかないと」

「何の仕返しですか!?」

 振り返ったシャリオスはこう言った。

「冒険者は舐められたら終わりだ」

 好戦的に言うと、グロス領のリトス迷宮へ向かう。

 振り返るとズリエルは肩を竦めただけだった。



 なぜか依頼を二つ受けるように言われたミルは、リトス迷宮の二十九階層――つまり最下層へ行く事になった。

 一人で。

 アルブムさえいない。

(対象レベルが二十五だからって酷いわ。……しかも杖がない)

 涙目になりながら無理強いに頷いたのは、シャリオスの「一人で考えて攻略してごらん」と背中を押されたからだ。

 いつまでも誰かに助けて貰ってばかりでは、今回のように一人になったときに困る。これは自分のためでもあるのだ。

(……寂しい)

 他の冒険者はパーティを組んで潜っている。ドロップアイテムや鉱石で荷袋をパンパンにしている。

 リトス迷宮はゴーレムや土系モンスターが中心だと事前情報で確かめていた。ウズル迷宮と違って砂ミミズ(サンドワーム)のようなモンスターはいないので、歩いて進んでいる。

 迷宮で一泊した後、ミルは最下層である二十九階層へ行く。

 黒門から一面クリスタルの洞窟が見え、宝石のような色とりどりの輝きをもった細長い蛇が徘徊している。まるで毒蛇(ウェネーヌム・オピス)のように巨大だ。この階層主(アートレータ)の名前は鉱石蛇(エルツ・オピス)。体が全て鉱石でできている。

 障壁を細長く伸ばし、鉱石蛇(エルツ・オピス)の体を締め上げていく。

 急に体が動かなくなり、鉱石蛇(エルツ・オピス)は暴れた。けれど、ミルの締め上げる力の方が強く、鉱石の体に罅が入り粉々に砕け散った。

 砕けるまでにかかったのは三時間。

 汗を拭って青ポーションを飲むと、欠片を全て回収していく。

「シャリオスさんからの注文は、持てるだけ持って鑑定士のところへ行くことですよね。……行かなきゃ駄目でしょうか」

 今日のためにほぼ空っぽにしていたズリエルのマジックバッグを取り出す。

 ミルの買った物は、クラーケンから貰った飴を入れていたせいで洗濯されている。出す時にネトネトした物が付着してしまったのだ。今頃宿の窓際で太陽の光を浴びているに違いない。

 鉱石蛇(エルツ・オピス)を入れ終わると、周囲を見回して、いくつか鉱石を採っていく。

(依頼書の魔石は黄色、青、緑に赤……持てるだけ全部。なら<空間収納(バッグ)>も使ったほうがいいのかしら)

 ちゃんと聞いておけば良かったと思いながら、魔力量を考えて、ほどほどの所で引き上げた。

 翌朝、長い列に並ぶ。

 件の鑑定士は、また来たのかという顔をして「さっさと出せ」と言う。

 振り返ると、シャリオスが親指を立てていたので、そのままマジックバッグをひっくり返す。既に空間収納から出して入れ替えていた。

 鉱石蛇(エルツ・オピス)の頭に、鑑定士や後ろの冒険者達も仰天する。

「盗んでません」

 ミルは言われるであろう言葉を先に言うと、空間収納から持ってきた鉱石も全て乗せた。カウンターに乗り切らず、こぼれ落ちた石を誰かが持ち去っていく。

 止める声は、暴徒のように襲いかかってきた冒険者でかき消された。

 とっさに障壁でカウンターを覆うと、狂ったように叩かれる。 

「何をしている、速く個室へ案内しなさい!」

「はいっ」

 慌てた職員に促されて個室に案内されると、揉み手をした職員がやってきて、買い取り金額を口頭で伝えられる。

 困惑したミルは、内訳がわかる書類を出して欲しいと言った。これほど速く鑑定ができるとは思えなかったからだ。

(……全部シャリオスさんの言ったとおりになってるわ)

 長々としたおべっかを聞きながら、茶菓子まで出されて待っていると、最下層の階層主(アートレータ)が倒されたのは三ヶ月ぶりで、運ぶ手間を考えると一人で持ってきたぶんミルは儲けることになる。

 どうやって運んできたかをしつこく聞かれ口をつぐむと、職員が一人また一人と増えていく。

「いつになったら、内訳をいただけるのでしょうか」

 しびれを切らしたミルは、話が切れたところを見計らって問いかけた。すると、しばらく待ってほしいと返される。

「先ほどお伝えいただいた買い取り金額の内容を出すのに、これほど時間がかかるのですか?」

 迷宮に二泊し、昨夜は遅くまで魔石を数えていたので疲れていた。

「申し訳ありませんが、日を改めて来ます。素材の返却をしてください」

 出口に向かうと職員が立ちはだかるが、障壁で押さえて無理矢理出る。すると通り過ぎていた職員がぎょっとし、運んでいた箱を取り落とした。中から鉱石蛇(エルツ・オピス)の素材が転がり出る。彼が慌てて拾おうと屈んだとき、胸元から鉱石蛇(エルツ・オピス)の目とおぼしき物が転がり出る。

 絶句していると、職員は全て拾い上げて逃げるように去って行く。

「ここは、この迷宮ギルドは泥棒の集まりなのですか!」

 たまらず叫ぶと、背後の職員は一瞬だけ狼狽えた。けれどふてぶてしく「何のことだか」と言う。

「すべて返してください!」

「しかし、このような高額買い取りを行える場所は、他にありませんよ。ええ、多少お安くなっても移動費もかかりますし、何よりお客様もおやりでしょう?」

 まだミルが物を盗んだと思っているのだ。

 もう我慢がならなかった。

「私は誰の物も盗んでいません! あなた達の方が冒険者の財産を掠め取る泥棒ではありませんか! もうこんな場所たくさんです、買い取りはユグド領の迷宮ギルドへ頼みますから返してください! 領主様なら、このようなこと絶対に許さないのに!」

 逃げた職員を追ったが、返却されたのは鉱石蛇(エルツ・オピス)のみで、最下層から採ってきた素材は殆ど戻ってこなかった。

 ギルドから追い出されたミルは、待っていたシャリオスの元へ行くと事の顛末を話し、悔しさに泣き出した。

「嘘なんて吐いてないです!」

「あの人達は、本当のことはどうでも良いんだよ。ただ君が弱いから搾り取れるとふんだんだ。こういうことになると、もうレベルは関係ないって具合で。冒険者は舐められたら終わりなのはわかった?」

「ひ、ひぐっ、ぐすんっ」

 小さく頷くと「よし」と頭を撫でたシャリオスは続ける。

「泣き寝入りせずに反論したのは偉かったよ。そうじゃなきゃ半分も返ってこなかった。それじゃ、こういうときどうするか、お手本を見せるから横で見てて」

 次はちゃんとするんだよ、と言われてハンカチで顔をごしごし擦られる。不機嫌そうにグルグルと鳴いていたアルブムは、ぴょんとシャリオスの肩へ乗った。一緒に行きたいらしい。

 ギルドへ戻ると、ざわついた空気が残っていた。

 シャリオスは真っ直ぐ買い取りカウンターへ行くと、順番待ちしていた男達を押しのけた。

「おいあんた、順番をまも――」

「グルガアア!!」

 言葉は途中で止まった。

 アルブムが吐き出したブレスでカウンターの半分が凍り付き、さらにシャリオスが、短剣を深々と突き刺したのだ。

 肩を掴んでいた男の手がぱっと離れ、ミルは驚きで涙が止まる。

「ギルド長を今すぐ連れて来い。ここへだ」

 ガクガクと鑑定士が頷くのを見て、自分には絶対真似できないな、とミルは思った。

 なぜだかギルド中が静まりかえっている。

「内装や調度品はギルドの財産。ひいては領主の財とみられる場合があります。アウリール様はあえて調度品に傷をつけたので、領主へ直談判も辞さずという意思表示になります」

「はぁ、そんな意味があったのですか……」

 二人がこんな会話をしているうちにも、事態は動いていた。

 ギルド長は、揉み手しながらやってきた職員だった。面倒そうな顔をして「要件は何だ」とぶっきらぼうに言っている。

「あの子から盗んだ物を全て返せ」

 ギルド長はチラリと見ると視線を戻す。

「ふん、雇われた強請屋か? 残念だったな、脅そうとしても我々は潔白だ。盗んだという証拠は何もない。訴えられたくなければ即刻帰れ!」

「あんたは、彼女から何も盗まなかったと言い張るわけだな。法廷でも同じ事を言えるわけだ」

「当然だ! ――おい、何をする! 兵士を呼べ! この馬鹿者をつまみ出して出入り禁止にしろ!」

 顔を真っ赤にするギルド長の襟首をシャリオスが掴み上げた。

「僕はしつこい方だ」

 そう言って投げ捨てると、ギルド長は尻餅をついた。

 唖然とする周囲を置き去りにして、今度は領主家へ向かう。通報を受けて駆けつけた兵士は、向かう先がどこか悟り、シャリオスを必死に追い始めた。

 しかし、アルブムに乗ったシャリオスには追いつけなかった。領内の中で一番広い庭を持つ邸宅の門をアルブムが破壊する。

「領主を出せ!」

 この時点で、ミルは引っ繰り返りそうになっていた。

「お、大ごとに……大ごとになってますっ!」

「気をしっかりお持ちください。本番はまだ先です」

「ええっ!?」

 気絶したい、と思いながら半ば引きずられるようについて行くと、既にシャリオスは邸宅に侵入しており「領主を出せ!」「なんだお前達は、うわあああ!」中から悲鳴が聞こえてくる。

 正面玄関から貴族然とした装いの紳士達があふれ出し、護衛達が剣を抜き放っている。芝生が踏み荒らされて少し可哀想だ。

「ここで待ちましょう」

「シャリオスさんは大丈夫なのですか?」

「領主に殴り込みをかけたので、そのうち出てくるでしょう。……来ましたね」

 言うが早いか、アルブムがひょこりと顔を出す。

「ズリエルさんはいつも冷静ですね」

「どの領地でもたびたびあることです」

「……生まれてこの方、見たことがないです」

 困り事ができた領民が「領主様ー!」と助けを求めてくることは何度かあったが。

 ぼそりと言うと「父君は素晴らしい領主ですね」と無表情に褒められる。

(思ったより世界は危険で溢れていたのかしら……きっとそうだわ)

 遠い目になりながら現実逃避をしていると、メイドが兵士二人と走って行くのが見えた。その後ろから仏頂面の紳士達を引き連れたシャリオスが現れ、手招きする。

「盗まれたのは全て彼女の持ち物だよ。――ミルちゃん、真ん中のお爺さんが領主のグロスさん。爵位はないって。で、右から人事と護衛と経理と、秘書の人。これから真偽を確かめるために審問をするから、呼ばれたら前に出て正直に答えてほしいって」

「記憶違いでしたらすみません。審問は魔法契約により行われるものですよね?」

「おっしゃり通りです。領内のことですので、領主が真偽を確かめ判定を下します。不服の場合は裁判所へ申請を出します」

「ありがとうございます、ズリエルさん」

 やっと常識が通じる場所へ来た気がしてほっとする。

 場を整えるために使用人達が大急ぎで椅子とテーブルを配置する。契約書の数は二十枚を超え、兵士がどこからともなくやってくる。

「領内を完全に閉鎖せよ。虫一匹通すな!」

 そんなふうに領主は声を張り上げている。

「シャリオスさん、何をおっしゃったのですか?」

「ギルドぐるみで鉱石を盗まれたでしょ? 手口があからさますぎるから領主が黙認してるのか聞いたんだ。そうなら他の領地で売るから、全部返却してほしいって。そうしたら審問をするって」

「領内の問題は他貴族にとって甘い蜜のような物です。恥になりますから。けれど、領外へ問題を持ち出されれば恥だけではすみません」

「そういえば、私はユグド領へ持っていくと言いました。管轄はアルラーティア侯爵家に繋がる方ですものね。ジェントリが睨まれればひとたまりもありません」

「侯爵が出てこなくとも、御領主様は爵位をお持ちです」

「もっと不味い状況でしたか……」

 気が動転して冷静さを欠いていた。

 とんでもないことを言っていたと青ざめる。

 迷宮で出た物は、基本的に領内で売価される。無論、厳密に決められているわけではなく、貴族同士の縄張りをお互いに荒らさないと言う暗黙の了承だ。なので欲しい素材を冒険者経由で手に入れたり、自ら採りに行く事は非難されない。

 今回の場合は違う。

 買い取りに出したら素材が盗まれた。他領で売るから全部返せと主張しているのだ。本当ならば不正であり、真偽を確かめずに冒険者が他領で売った場合、領地の評判は間違いなく落ちるだろう。

 管理責任を問われ、最悪領主交代の可能性もある。職を探しているジェントリは多く、手ぐすね引いている状態なのだから。

 よほど深刻に考えているのか、ギルドの職員の殆どが兵士に連れられてやってきた。聞けば、業務の全てを停止し入り口を閉めたのだという。

 ギルド長は平民の戯言を聞くなんてと憤慨して契約書へサインするのを拒んでいたが、領主にクビをちらつかされて、ようやく書き込んだ。

 契約書への署名は緑のインクだった。

「それでは審問を開始します」

 人事担当者が茶色い木製のガベルを叩くと、魔法が発動した。

 クルクルと魔方陣が契約書から飛び出し、地面に大きな円を作る。全員が中に入ると蔦の文様が現れた。

「ではギルド職員は全員偽りを述べないことを誓ってください」

 誓いの言葉を言った者の足下の蔦が蠢いて離れた。

 嘘を言えば言うだけ、証拠としてこの蔦が絡みついていくという。

「では申し立てをした者達は全員偽りを述べないことを誓ってください」

 宣言すると、ミルの足下からも蔦が離れた。

「ギルド職員へ問います。冒険者が持ち込んだ素材やドロップアイテムを盗んだことがありますか」

 ぎょっとした何人かは慌てて「していません」と答えた。だが、三人の足に蔦が絡む。

 経理担当者の目の色が変わった。罵倒するのを抑えるように奥歯を噛みしめている。

「ギルド職員へ問います。冒険者が持ち込んだ素材やドロップアイテムを規定以下の値段で買い取ったことがありますか」

 今度は七人に蔦が巻き付いた。全て鑑定士だった。

 輪から抜けようとした一人の男に、兵士が剣先を向けて止める。

「待ってくれ、これは一体何だ!?」

「審問です。聞いていなかったのですか? 健康被害は出ませんのでご安心を」

 呆れたように言い放って、人事担当者は続ける。

「では申し立てをした者は前へ出て、名前と出身を答えなさい」

 一歩進むと、蔦が避けるように引いていく。円の真中まで来ると、ミルは答えた。

「ミル・サンレガシと申します。サンレガシ領から来ました」

「父君は、かの有名な錬金貴族でお間違いありませんか」

「光栄なことに、皆様からそう仰っていただいております」

 シャリオスの「えっ、そうなの!?」声が聞こえた。あとで質問攻めにされるかもしれない。ミルは苦笑いをする。

「あなたは我が領内にて得た迷宮品をギルドへ提出したところ、買い叩かれた、あるいはアイテムが返還されなかったと主張しています。間違いありませんか」

「ありません」

「ではギルド長、前へ」

 進み出たギルド長は精彩を欠き、チラチラとミルを気にしている。

「ミル・サンレガシ様の主張に異議がありますか」

「私は今すぐギルド内を捜索して品物を全て探そうと思います!」

「ギルド長、ミル・サンレガシ様の主張に異議がありますか」

「ええ、ですから今すぐ捜索させます。全てお返しします!」

「ギルド長! 貴様、質問に答えられないのか! 答えよ!」

 グロス領主の怒声にギルド長はすくみ上がった。滝のような汗を流し始める。そして、弱々しい口調で「いえ、その……」と口ごもる。

「ギルド長。ご実家が爵位があるので、グロス領主があなたの主張を信じると思われていたのかもしれませんが、それは勘違いです。再度問います。あなたはミル・サンレガシ様の主張に異議がありますか」

「……ございません」

「では、ミル・サンレガシ様から盗んだ物をどうするつもりでしたか。言っておきますが、隠せば罪が重くなるだけです。彼女達はアルラーティア侯爵の管轄領に迷宮品を売りに行くと主張しております。これがどういう意味か、今わからなければ近いうちに後悔しますよ」

 領主の背後にいた護衛が、鍔を親指で跳ね上げては戻すという動作をし始める。目が据わっていた。

 ギルド長は、観念して話し始めた。

 親戚を頼って就いた職だが、給与が低く愛人も持てず退屈をしていたこと。冒険者は字も読めない者が多いので、何人かと話を付けてちょろまかすのは簡単だったこと。

 聞いていると耳が腐りそうな主張を全て聞き終えた後、人事担当者はギルド職員にいくつか質問し、けっきょく十三名が牢屋行きとなった。

 グロス領主は直々に迷宮ギルドへ赴き、兵士達に中を調べさせ、屋敷の使用人を動員してミルが持ち込んだ素材を調べ上げた。

 巧妙に見た目が似ている鉱石に混ぜられていたので、書きかけの帳簿がなければ見つからなかったかもしれない。

 冒険者は外で遠巻きにしていたが、兵士に睨まれるとすごすごと帰っていった。

 ミルは「他領に持ち込むのは控えて欲しい」と上乗せされた料金を貰って素材を引き渡した。鉱石蛇(エルツ・オピス)の素材のいくつかは両親に送るので、手元に残したが。

 領主家で詫びを出すと言われ一日だけ泊まったあと、一行は領地を出てユグド領へ向かう。


「というわけで、他の国でもやり方はあんまり変わらないよ」

「そ、そうなのですか……」

 ギルドの備品を壊し責任者を呼びつけたあと、要望が通らなければ領主家へ殴り込む。

 良い笑顔で親指を立てながらシャリオスはそんな風に言う。

 白目を剥きそうになった。

 冒険者は思った以上に野蛮だ。

「ところで、目立って大丈夫だったのですか?」

「大丈夫、たまに良くあることだから」

「皆、すぐに忘れるでしょう」

 都会って怖いな、と思いながら歩いていると、うずうずうしたシャリオスが聞いてくる。

「ミルちゃんの実家って魔導具作ってるんだね。前から詳しいと思ってたけど、お父さんが仕事してたから?」

「はい。私もよく手伝いをしてました。と言っても、ひたすら材料を練ったり混ぜたりする単純作業で、魔力を使う工程は一切関わってなかったのですが」

「そうだったんだ。だから魔石に魔力入れる方法を知らなかったんだね」

「お恥ずかしい限りです」

「ううん! ぜんぜん! そ、それ、それで……ミルちゃんのお父さんは、何の魔導具を作ってるの? どんな人かな」

 目を潤ませながら聞かれる。心なしか目元も赤い。

 つい「父は結婚し、私という娘もいまして……」と答えそうになる。

「お二人とも、見えてきました」

 ソワソワしている二人をズリエルが生暖かい目で見ていた。

「ユグド領だ。帰ってきたって感じがする。お昼はドーマの所がいいな……カリカリのポテトフライ」

「磯辺揚げ」

「げんこつ揚げ」

「ゲタカルビ」

「ビーフシチュー」

「!? ……。チュー……」

 昼食は山盛りピザと鶏鍋だった。

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