第十六話
【グロ描写が駄目な人用の前ページのあらすじ】
ファニーの存在を認めないぞー! と言っていた叔父は、本城でぐっすり眠っていたところを禁軍に囲まれてぴゃー! っとなっているところにファニーに決闘を挑まれてぷあー! っとなって、最終的に降参。
命乞いをしたけれど、ファニーは自分を助けたご褒美にユリスちゃんにあげてしまう。
すると、かつて両親をエグい方法で叔父に殺されていた隠れ絶対復讐完遂戦士ユリスちゃんは【自主規制】後ぶっ殺した。
ユリスちゃんはその後、幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
そしてズリエルとアルブムは、シャリオスとミルを探しに旅へ出た。
三頭犬は地上で繁殖するモンスターでも代表的だ。茶色の毛並みに連なった牙。三つの頭はケルベロスを彷彿とさせるが、大きさは一抱えほどである。
しかし、群れを成すと狼系のモンスターに匹敵する危険度で、農村では冒険者に討伐依頼を出すほどである。
「<障壁>!」
尖らせた障壁で胸をつけば絶命する。しかし群れの数は時が経つほど増えていた。
荒い息を吐きながら、杖がどれほど補助をしていたのか痛感する。
頭上ではウックロク鳥が虎視眈々と狙いを定めている。こちらも時が経つほど数が増える。倒した三頭犬を啄むためだ。
なだらかな平原では、身を隠す場所がない。
「<鈍足魔法>、<毒状態付与魔法>、<感覚低下魔法>、<不調和魔法>!」
動きを鈍らせた個体から屠っていくがキリが無い。
息を吸うと、覚悟を決めて唱えた。
「<止まれ>」
頭上のウックロク鳥が石のように降り注いだ瞬間、障壁に飛び乗り宙へ舞い上がる。飛びかかる三頭犬の爪から逃れ、全力で北へ向かう。
これほど地上にモンスターが多かったことを、ミルは知らなかった。始めて冒険者を目指そうと家を出てユグド領を目指したときも、襲われた事は無い。
幸運だったのだろう。
だが、その幸運に今は見放されている。
マジックバッグを落とし所持金もない。手荷物は渡された身分証が二枚だけで、ギルドから預金を下ろすこともできない。当然食料の手持ちもない。
血の滲む腕でシャリオスを抱え直し、心を奮い立たせる。
(今倒れたら、シャリオスさんを守る人がいなくなってしまう)
三頭犬はしつこく追いかけていた。何度か目眩ましや帯状の障壁で足を引っかけて数を減らすが、他のモンスターが混じっていく。まるでスタンピードだ。
「<障壁>――ッ!!」
全てのモンスターを囲い込み、同じ広さの障壁で押しつぶしていく。苦痛に鳴く声を全て無視し、動かなくなるまで止めなかった。
ウックロク鳥は、踏み潰されてしまったのか、追ってこない。
魔力不足でふらつく。座り込んだ状態で何とか飛ぶが、数時間と保たず草原に転がった。
「こんな場所じゃ、こんなところじゃ……」
這うように進むが限界だった。魔法剣士と戦った時に消費した魔力が多すぎた。
「お願い、焼かないで――」
障壁で丸く周りを覆い、太陽に願った。何かの拍子に魔法が解けるのではと思うと怖い。無駄なのはわかりきっていたが、願わずにはいられない。
自分の身体の下にシャリオスを抱き込む。が、気絶すると共に解けてしまう。
押しつぶされたモンスターの山。血の臭いで近付いて来た一羽のウックロク鳥が襲いかかる。しかし滑空しようと翼を閃かせた瞬間、矢に貫かれ絶命する。
「……。まさかとは思いましたが」
細い指が前髪を払い、土で汚れた頬を擦る。転がったシャリオスを一瞥すると、背後からのぞき込んだ男がぼそりと呟く。
「吸血鬼っすかね。……ちょっ、口の中に手ぇ突っ込んでんじゃねー!」
「牙を見ようかと思いまして。いや、立派なものです。いたたたた」
「何やってんの!?」
口だけ別生物になっているシャリオスはもにょもにょと噛んだ後、不味そうに吐き出す。
「イラッとしました……」
「血ィ吸われなくてよかったですよ。まったく……どうすんですかこれ」
「もちろん、持ち帰ります」
何がもちろんかわからず溜め息を吐く。
「女の子はこちらで運びます。そのような満足に衣服も纏っていない生物は任せます」
「へいへい。……根にもってんな」
涎をシャツに擦り付けて立ち上がると、白い長衣が衣擦れの音を出し、白銀の長い髪がさらりとこぼれ落ちる。
顔が見えないよう布面を付けていた彼は、その奥で小さく笑う。
「いくらなんでも……置いて行きましょうよ。吸血鬼っすよ」
「この子が庇っておりましたし、日光で焼けもしない。よいシューリアメティルかもしれません」
「……はぁ」
男は長々と溜め息を吐くと、仕方なくシャリオスを拾い後に続く。
歩き出す彼らの衣服にあるのは女神の横顔。
教会の紋章だった。
+
瞼を開ける。
式布の上に寝かされていた。周囲は分厚い天幕で覆われている。生成り色の布から光が差し込んでくるので、まだ気絶してそれほど経っていないはずだ。
(どなたか、親切な人に助けていただいたのかしら)
だが、シャリオスの姿がない。
拭いきれない不安を肯定するように入ってきたのは、銀の鎧を着込んだどこか軽薄そうな男だった。オレンジ色の髪に褐色の瞳。肩幅は広く、まくった裾から見える腕は鍛えられている。
ズリエルと行動を共にしていたせいか、立ち振る舞いでわかる。兵士だ。
「一緒に男の子がいませんでしたか」
彼は持っていた水差しから木のカップに水をそそぐと差し出した。
「まずは飲みな。……よし。自分がどこで倒れてたか覚えてるか? その顔はわかってるな。わかりやすくていい。倒れてたあんたらを高貴な御方が助けた。で、今はその方の好意で寝床を提供中。あんたの連れはその方の天幕にいる。言っとくが他意は無い。男と女を同じ天幕で寝かせるわけにはいかないって話だ」
おっと、とおどけたように言うとナバーナを一本くれた。
「俺の名前はサシュラ。お嬢さんの名前はなんだ?」
一瞬答えそうになり、はっと止める。首に提げていた身分証を確認していない。別人の名前だったら後々困るだろうか。
助けてもらったのにと思いながら首元に触れると、下げていたはずの荷物がない。
「枕元」
「ありがとうございます」
そっと布袋の中身を確かめる。二人とも本名で書かれている身分証だが、ギルド証のように細かい情報は入っていない。名前と発行した領地の名前、印章のみだ。
ほっと振り返ると、サシュラが覗いていてぎょっとする。
「ミルって名前なのか。あっちの吸血鬼はシャリオスね。ほいほい、そんじゃ名前もわかったことだし、顔を見に行くか。くれぐれも高貴な方に失礼の無いよう頼むぜ」
天幕の外には白い衣服を纏った神官が洗濯や料理をしており、一気に青ざめる。
「あの……貴方方は教会の方なのですか」
「言ってなかったか? 総本山へ帰還途中なんだ」
息が詰まるかと思った。
つまりサシュラは兵士ではなく神兵ということだ。
総本山という事は、高貴な方は司祭より上位者になる。見渡した限り、三十人は神官がおり、神兵の姿もちらほら見える。護衛が付いているとなると、嫌な予感しかしない。
大人しく後に続きながら、頭の中は「逃げなくちゃ」でいっぱいになる。
招かれた天幕は真っ青な布でできていた。出入り口は神兵で固められていて物々しい雰囲気である。
「この子、目が覚めたからつれてきたけど猊下はどうよ」
「中でお待ちです」
ジロジロと睨まれながら中へ入った瞬間、ミルは悲鳴を上げた。
白装束の男性が、シャリオスの口に分厚い干し肉をねじ込んでいる。
「ちょっ! アンタ何やってんだ! 固まりのまんまじゃねぇかっ」
「フフ……見てください、まるで飲み物のように吸い込まれていきます。それにしても凄い音ですね……おっと」
びちゃ、と飛んだ干し肉の欠片がかかる前に、素早く動いた神官が布でガードする。シャリオスの顔面は半分干し肉にまみれた。
「枢機卿ともあろう者が寝てる奴に悪戯するって……仕事辞めたい」
「良いじゃありませんか。それよりご紹介ください。そちらの女の子のお名前は? 見たところ成人前に見えますが」
枢機卿という単語に白目をむきかけていたミルは「え、いえ……」とっさに否定の言葉を吐いてしまう。
気のせいかも知れないが、布面の奥で目がキラリと光った気がした。
「おやおやおや。成人していたとは。失礼致しました」
ずずいと詰め寄られ慌てて後ずさると、サシュラが半目で枢機卿の肘を掴む。枢機卿は若い男性のようだが、想像していた貴人像と違い、気さくに見える。
「ミル」
思わずサシュラを見ると、彼はじっと見下ろしていたのを止め、枢機卿に視線をやる。
「って名前らしいですよ。あっちはシャリオス」
「そうでしたか。いろいろご事情を聞きたいと思っていたところです。どうぞ、座って話しましょう」
「いえ、私達はこれで失礼させていただきたいのです。助けていただいてありがとうございました。お礼はいずれ、教会に贈らせていただきます」
「それはありがとうございます。ですが、魔力も満足に戻っていないというのに?」
たおやかに首をかしげ、枢機卿は手を取ると木製の椅子へ導く。折りたたみ式のようだった。
「失礼ながら三頭犬に追いかけられていたご様子。もし行き先が同じ方向でしたら、ご一緒しませんか」
「すみません、逆ですので。あの、手を……」
「それは残念です」
「……その、手を離していただけると。あのぅ」
しかし痛くはないが振りほどけない力で握られ続ける。
「あんたちょっといい加減にしろよロリコンが」
「失礼な。椅子から落ちないよう気を使っていただけですのに」
「お嬢さん、こういうのを紳士じゃないほうのロリコンって言うんだぞ」
ボロクソに言われている本人は「失礼な。慈しんでいるだけです」と嘯いている。
けっきょく手もサシュラが振りほどいた。
椅子から降りたミルはシャリオスの元へ行き、顔色を確かめる。いつの間にか顔面が綺麗になっていた。怪我も無く、寝かせていたままのようだ。
(この方達は私達の事を知らないのかもしれないわ)
総本山に帰還途中だと言っていたし、外部と連絡を取っていないのかもしれない。
逃げるなら今とばかりにシャリオスを抱き上げようとすると、神官達に押しとどめられてしまう。
「お待ちなさい。ミル、我らはシューリアメティルの途中なのです」
「シューリアメティル?」
「光の導きのままに各地へ赴くことを言います。あなたと出会ったことも光の精霊の導きでしょう。どうぞ、今宵は留まってください。共に星を見ましょう」
「あー、やらしい意味じゃないんで。俺も控えてるから恩人の頼みを聞くと思ってさ」
神官達も口々に「お願い致します」とミルを囲う。
「や、止めてください!」
障壁をずらし、神官を押しのけると隙間に身を滑らせシャリオスを抱き上げる。
「おっと! 騒ぎは無しだぜ。……変に構うから怖がっちまっただろ。お嬢さん、そういう事だから落ち着いてくれや」
逃げようと入り口に走ると、サシュラが先にふさいでしまう。
宥めようとする言葉も伸ばされる手も怖くて、とっさに光を屈折させて姿を隠す。
驚いた彼らの隙を突き、外に出たミルは障壁に乗って舞い上がった。
魔力は心許無い。
周囲を見回しながら街道を探し、北へ北へ進んでいった。
「うわ、何だありゃ。消える魔法なんてあったっけか」
「馬鹿神兵! 直ぐに猊下をお守りしてください」
「攻撃されてないから」
ツッコんだサシュラは溜め息を吐く。
「そもそも猊下が悪いんですよ。あんなに詰め寄るからドン引きしてたじゃねーっすか。ロリコンも大概にしてほしいわ」
「失礼な。私は小さい幼女に性的な興奮を覚えたことはありません。男女ともに子供が好きなだけです。あわよくば頭を撫でて手をにぎにぎしたいですが、控えているでしょう」
「ショタコンもわずらってる!」
はて、と首をかしげられる。
もう教会は駄目かもしれないとサシュラは思った。
「で、追いますか?」
「いいえ。支援できなかったことは残念ではありますが、シューリアメティルがあれば再びお会いすることもあるでしょう。お名前は間違いなかったのでしょう?」
「まあ、ええ……」
ミルと呼んださい、偽名であれば反応が遅れる。真っ直ぐ顔を上げた目には何の含みもなかった。問題は持っていた身分証の印章だ。
興味が無さそうなので問い合わせをするつもりはないが、一国の侯爵のものだ。
さてさて、と内心面倒ごとの匂いを感じながらサシュラは騒ぐ神官達を諫めるため声を上げた。