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付与魔法使いは迷宮へ  作者: コトブキ/灯絵 優
【一部】付与魔法使いはパーティを組みたい
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第七話

 ウズル迷宮二階層。

 階層主(アートレータ)は倒したばかりなので今は一階層と同じ難易度になっている。ミルは新しい装備を身に纏い、きりりと表情を引き締めている。

「今日は魔法の練習! と! 三階層へ行く! レベルアップも!」

 来るときにギルドで確認したら、なんとレベル四になっていた。新しい魔法の発現は一切無いが、旅立ちの日よりずっと前進している。魔法使い一人というのは心許無いがきっと出来るはず。

「おーい、お嬢ちゃん」

「あれ? お爺ちゃん先生!」

 いえーいとやってきたのはヘテムルだった。ミルは走ってくるのを待って周囲を見回した。

「ひぃ、走ったわい」

「見てました」

 ふうふう言っているヘテムルに水グミをあげると、ひょいと口に入れて噛んだ。

「生き返るわい、もしゃもしゃ」

「今日は探索ですか?」

「いや、お嬢ちゃん捜しにきたんじゃ。こないだ特上級の魔法書使ったじゃろう?」

「な、なんでわかったんですか?」

「鐘が鳴ってのぅ」

 にやにやしているヘテムルは「うぷぷ」と謎の笑い声を上げる。こっちゃおいでと手招かれたミルは、後ろをついて行った。

「ここは変わらないのぅ。ワシも若い頃はブイブイ兎狩りしたもんじゃ。さて、おじょうちゃん。特上級の魔法を使えたこと、まずはおめでとう。どういう状況で魔法が使えたか教えておくれ」

 階層主(アートレータ)が出たときの事を話すと、ヘテムルは仰け反って笑った。倒れそうになったので背中を支えてあげる。

「窮地! そして勝利は要らぬときた。なるほど誰も黄金の鐘を鳴らせぬわけじゃ。完全な呪文がこのような形じゃったとは」

 ヘテムルはずっと、呪文が途中までしか読めなかったのだという。それは今まで出会った光魔法使いもそうだったようだ。

 呪文が見えるようになるには、相応の環境と心が必要だと言うのがわかってすっきりしたらしい。

「いやぁ、良く笑った。ワシは帰るでの。今日は面白い話をありがとう。もし興味があるなら魔法塔を訪ねておいで。この紹介状があれば、塔の門は開く」

 そう言って灰色のカードを差し出される。

「魔法塔って王都にある魔法使いの住んでいる研究所ですよね? お爺ちゃん先生はそこに住んでいるんですか?」

「そうじゃよ」

「なら! あの、私に光魔法を教えてもらえないでしょうか!」

「そりゃ無理じゃ」

「ええっ」

 そんな、とガックリしていると、肩を叩かれた。

「いやぁ、お嬢ちゃんが今、一番光魔法が上手なんじゃよ」

「またまた」

「マジでマジで。ワシ、特上級の魔法書殆ど読めなくての。風魔法の方が得意じゃぁ」

 ヘテムルもこの本を先輩からもらったものの、持て余していたのだという。そういうわけならしかたない。ミルは諦めて、ヘテムルを見送った。

 気を取り直して探索だ。



「そして今日も、パーティに入れないのでした……」

 ほろりと涙を飲む。

「回復魔法、回復魔法さえ使えれば……」

「ねぇもんはねえ。あるもんで勝負しなァ」

 ドシンと牛乳とお魚定食を置かれたミルは、テーブルにへばっていた頬を上げる。ドーマがミルを見下ろしていた。

 ある物と言えば付与魔法と光の合成魔法。

「自分が価値ある物じゃないから、パーティ組めねぇと思ってんのか?」

「う」

「パーティ組めなきゃ戦えねぇか?」

「攻撃魔法も、あるはありますが……威力が心許無く」

 三階層では同じ土蜂(ランド・ビー)なのに恐ろしく強かった。彼らが自爆攻撃をしなかったらミルの命は危険に晒されていただろう。最初に出会ったのが土蜂(ランド・ビー)でよかった、と心から思う。

「なら、使い魔を買ったらどうだ? 西通りに店があったぞ」

 テイマーが捕まえてきたテイムモンスターのことを使い魔と言う。モンスター達はギルドに許可証を発行され、領地内での移動も可能だ。馬車や荷物を運ぶために捕まえられる時もある。他には迷宮内で戦闘の補助などもしている。

 ミルは勧められたとおり、行ってみることにした。



 西通りは落ち着いた雰囲気の店舗が多く、住宅街も近かった。地元の冒険者が住んでいることが多く、店は日用品や食品売り場もそうだが、道具の修理屋が多い。

 そんな中、硝子張りの店頭を見つけ、外からのぞき込んだ。

 海鯨(オスプル)の幼生や、東方でしか見かけない銀麒麟(ウ・ヴォージャ)の子供が入れられている。両方ともすやすやと眠っている。目を細めて店内を見れば、他にも水槽や飼育箱が見えた。鳴き声も聞こえる。

「可愛いでしょう? その子は乗れるし飛べるんですよ」

 横を見ると外を掃き掃除していた丸眼鏡の男性が、銀麒麟(ウ・ヴォージャ)の子供を指して言う。

「私はこのペットショップの店主。マーリンです」

 そう言って青い目を細めて笑う。

「お客さんですよね? 良かったら見てってください。他にもたくさん種類がいますから」

 ほらほらと背中を押されて押し込まれると、中には鳥や大型の魔物もいる。檻もいくつか積んであって、店内は思った以上に広かった。

「市が終わったばかりだから、品揃えは豊富ですよ。一年を通して売るので、今が一番充実してます」

 そのぶん高いですけれどね、と茶目っ気たっぷりに笑いながら店内に入る。木箱や檻の中にいる使い魔達が品定めするようにジロリと見た。なにやら物々しい雰囲気にびくついていると、何匹かが顔をそらす。そのとき「ハッ」と馬鹿にしていたのをミルは見逃さなかった。

 思わず凝視してしまうほど表情豊かな使い魔に驚いていると、肩を叩かれた。

「お客様はどんな子を探してますか? 観賞用、ペットと色々ありますよ」

「一緒に迷宮に潜れる相棒を探してるんです」

「あ、もしかして付与魔法使いでした? 良くいらっしゃるんですよね! でしたらこっちです」

 世知辛い付与魔法使いの事情をさらりと流し、マーリンは奥へ手招く。

「この三匹がお勧めです。値段も手頃だしレベル一ですが、潜れば上がります」

「モンスターにレベルあるんですね」

「そりゃ人間にありますし。気に入ったのがあればお金が貯まるまで取り置きしましょうか?」

「うぐぅ」

 さすが手慣れた商人。ミルの懐事情さえ見透かしている様子だ。財布の中身を思い浮かべながら悩んでいると、マイペースに右から説明される。

「植物系の魔物の黄色の貴婦人(イエローフ)。見ての通り虫と植物が合体したようなモンスターで、風魔法が得意。お値段は当店一お手頃」

 黄色い花弁がうぞうぞ動いているモンスターが挨拶するようにふわりと浮く。

「隣はお化け茸(グックトート)。毒鱗粉とか飛ばして相手を弱らせる攻撃が出来る。障壁が張れるなら、時間はかかるけど安全な所で死ぬのを待つのもありですよ。他には痺れさせたり混乱させたり、レベルが上がればいろいろ技が増えます」

 赤と白の斑点が目に毒々しいキノコがぴょんと跳ねた。足と、よく見ると短い手が付いている。

「最後は夢羊(スヤシープ)。状態異常や相手を眠らせたりする魔法が得意です。レベルを上げればどれも体が大きくなって、騎乗できるようにもなりますよ」

 メエ! とキリリとした表情でアピールしてくる羊。ふわふわもこもこの毛を触りたい。

「おーいアホ店主! アンタいい加減にしろよなー!」

 扉を叩き割るような勢いで入ってきた冒険者は、小脇に抱えていた使い魔を放り投げた。

「うわっと!」

「返品だ! さっさと返金してくれ」

「え、お客さん、何があったんですか? 高貴なる女王狐(クイーンテイル)が何か?」

「夜中に奇声をあげて暴れるわ、泉に突進して浮いたまま帰ってこないわ、言う事聞かねぇどころか役に立たねぇよ!」

 いらいらしている冒険者は、夜泣きのせいで寝不足のようだった。塗ったような隈が目の下に出来ている。マーリンは事情を聞くと短気になっている冒険者へ返金するため、金庫を開けた。

「はぁ、これで三度目だ。お前、一体どうしたって言うんだ?」

 うぞうぞ動いている使い魔は、檻に入れられた途端、体を鉄格子に擦りつけて尻尾を振った。小さな狐に尻尾が九本。毛は雪のように白く、目が赤かった。

「それ高貴なる女王狐(クイーンテイル)ですよね? 小さくありませんか?」

「よくご存知ですね。高貴なる女王狐(クイーンテイル)は体の大きさを変えられるんですよ」

 西の雪山にしか生息せず、錬金術の素材にもなる滑らかな白い毛は高級素材。目を光らせて涎を飲んでいると肩を叩かれる。

「止めとけ。むちゃくちゃうるせぇから」

 もともと高貴なる女王狐(クイーンテイル)は大人しくて戦闘向き。騎乗も出来るので冒険者に人気。しかし安いからと買ったら酷い目にあったと、冒険者は言う。

「アンタも冒険に連れてくなら別の使い魔にした方が良いぜ。面倒くさくてもレベル一から育てるよ。おーい店主! 代わりに夢羊(スヤシープ)くれ。そこので良いから」

「毎度ありー」

 なんと話を聞いているうちに売れてしまった。ショックを受けていると檻から出された夢羊(スヤシープ)が冒険者の肩に乗る。

 マーリンは魔石を取り出すと、ふわふわもこもこの毛をかき分けて首輪を探しあてる。そこに付いていた魔石に冒険者の血をつけて登録すると、使い魔契約は完了らしかった。

 溜め息をつきながら高貴なる女王狐(クイーンテイル)を見ていると、気付いたのか顔をあげる。

 夜泣きが酷いというがどれくらいだろうか。兄に貰った音を遮断する魔導具を寝床に入れれば夜は大丈夫かもしれない。だめなら実家に送ろう。家族は喜ぶだろうし、毛がとれるので長い目で見れば安い。最悪外の小屋に住まわせれば夜は静かだろう。

 ミルはジロリとマーリンを見た。

「ねぇあなた、何か気に入らないことでもあったの?」

「キュン」

 一鳴きした高貴なる女王狐(クイーンテイル)は寄ってきて、擦っていた右の横腹を前足でしきりにかいたり、舐めて毛繕いをする。かなり落ち着きがない。

(痒いのかな?)

 檻の隙間から指を入れて触ってみると毛皮の下はふわふわで滑らかだった。

「何してるんだ! 危ないですから手を引っ込めてください!」

「すみません!」

「噛まれませんでした?」

 冒険者に頭を下げて見送ったマーリンは、大慌てでミルの手を確かめた。

「主人登録をしてない使い魔の檻に手を入れると、たまに囓り取られるんです。危ないので止めてくださいね。……こいつは買い取ったときも安かったんですよね。良い買い物だと思ったんだけどな。はあ……」

「あの、おいくらなんですか?」

「金貨五枚」

「嘘ですよね?」

「本当ですよ? こいつは西からはるばる来たので輸送費もかかりますし」

「通常料金ですよね?」

「……はい」

 しょっぱい顔をしたマーリンは項垂れる。

「銀貨五十枚なら出せます」

「ちょ! それは暴利ですよ! いくら何でも安すぎますって!」

「いや、先ほどの冒険者さんは金貨一枚と銀貨三十枚お返ししてましたよね? しかも三回も返品される事故物件。安いと思って仕入れたけど、けっきょく高く付いちゃったんじゃないですか?」

「いやいやいや! それでも五十枚は無いですよ! 金貨一枚と二十五で!」

「このままだと餌代もかさんでいきますよ? まあ、どうしてもその値段で売りたいなら、あっちの一番お安い使い魔をいただきます」

「ああ! ちょ、ちょっと待って下さい! 金貨一枚!」

 一気に二十枚も下がった。これは安いと思って仕入れたが、返品が相次ぎ、でも貴重なモンスターだからと捨てられずにずるずる来ている流れだ。

 半目になりながらそう言うと、マーリンはしょんぼりと項垂れる。

「ここらへんで正直にならないと、あとあとお店の評判にも響いてきますよ? そもそも高貴なる女王狐(クイーンテイル)の毛は高く売れるのに、どうして研究所に売りつけないんです?」

「うう……実はその高貴なる女王狐(クイーンテイル)、テイム後も何度も脱走した曰く付きだとかで」

 それならばしっかり管理し、売るときに冒険者登録をすれば逃げることはない。実際に店の檻に入れてからは脱走することもなく、夜泣きもしなかった。一度返品された後は錬金術師に売ったのだが、また同じ理由で帰ってきたという。

「仕入れ値はいくらだったんですか?」

「銀貨七十八枚です……」

「銀貨六十枚なら出せます。返品は無しで」

「う……お買い上げ、ありがとうございます」

 そういう事で、ミルは高貴なる女王狐(クイーンテイル)を手に入れた。

 登録をしたあと、直ぐに薬局に行くと獣人用の痒み止めを買って塗ってみた。ツンとした匂いを嫌がっていたが、包帯を巻いてしばらくすると、しきりに気にしていたのが嘘のように大人しくなり、ミルの腕の中で目を閉じて眠った。あまり寝られていなかったのは高貴なる女王狐(クイーンテイル)も同じだったのだろう。

 宿に帰ってドーマに事情を話したミルは、高貴なる女王狐(クイーンテイル)を木箱の中に入れ、内側に声が漏れないよう、魔導具を取り付けた。今夜は様子を見て、駄目そうなら蓋をして寝るつもりだ。

「名前どうしようかな。ユキちゃんは適当すぎるし……。ブランカ……男の子だから却下。うーん、アルブムでいいかしら」

 白という意味の名前だ。あまり最初と変わってないがいいやと、ミルはお風呂に入ることにした。

「所持金はあと銀貨八十枚……臨時収入がなきゃ何も買えなかったわ。シャリオスさんには本当に感謝しないと」

 お風呂から上がるとアルブムが起きていて、箱の中から頭を出していた。ミルが抱えられるサイズだとすっぽり収まって頭は出ないのだが。

「キュン」

「わー! 本当に大きさ変えられるのね。あなたの名前はアルブムよ。よろしくね。それで、その痒いところをどうにかしましょうか」

「キュンー!」

 いらない麻布を床に引くと飛び上がって出てくる。本人も痒くて大変なのだろう。しきりに鳴いて尻尾を振っている。

「じゃあ右側を上にして寝てね。頭良いなぁ」

 コロリと横になったアルブムを調べてみると、問題の部分が熱を持っていた。カミソリを出してそっと毛を剃っていくと、赤く腫れた皮膚が出てくる。ひっかいたせいかと思うが、痒み止めをお湯で拭いてみると、一部がボコボコと動いて青く点滅した。

「キュワー!」

「うわっ! これ青火(あおび)ノミだっ!」

 領地で蔓延して家畜が大暴れしたこともある、痒いノミだ。宿主に寄生すると痒み成分を出して暴れさせ、力尽きたところを食べてしまう最悪なノミである。

「これは明日、迷宮に行ったら取ろう。部屋の中で絶対無理だわ」

 もがき始めたアルブムを押さえて痒み止めをたっぷり塗る。直ぐに大人しくなったが、一晩持つだろうか。ミルは半分無くなった薬を見て顔をしかめると、必要な道具を買いに出かけた。

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