第八話
開けた森の中。
夜中のためか動物達の声はなく、草木も静かに葉を揺らしている。
「むむむ……一つしか盗れなかった、よぅ」
眠たげに目を細めた少女は、小瓶を振る。中に入っていた赤い光の粒が、瓶の側面にむにゅりと張り付いて弾む。まるで抗議しているかのようだ。
月明かりにかざしながら見ていると、背後から声がかかった。
「よぉ」
灰色の髪の男が立っていた。
街でナンパでもするように、大袈裟に両手を広げ近づいてくる。
「俺はイルって名前なんだけどさ、あんたある? 名前。それともただの人形か?」
「シュシュだよぅ」
「名前あんのか。なぁシュシュ。さっき殺した女の持ち物をさ、渡してくんない? 手に持ってるそいつだよ」
「だめだよぅ。持って帰って……お人形にしないといけないんだよぅ。お兄さんのも、貰っていくね」
「やってみろよ」
吐き捨て半歩前に出る。背負っていた大剣が独りでに動き出し、金具を飛ばし宙を舞った。高速で、回転した大剣がシュシュの首を切り飛ばす。
「ありゃー」
間の抜けた声を上げながら、シュシュはクッションから毒液を吹きかける。霧状に蔓延したそれは、イルの肌を酸で溶かし、毒液を体内に染みこませていく。みるみる肌の色が青紫色に変色し、皮膚が溶けていく。
高レベル冒険者を何度も屠ってきた一撃は、しかしイルを止めるに至らなかった。
「おかしいなぁ。目眩に、吐き気に、痺れに、痛みに、ふつーは動けないのになぁ」
「てめぇだって首が胴体と離れても生きてんじゃねぇか」
「お人形さん?」
「だったら良かったな?」
えい、と首をくっつけたシュシュは、ふと手に持っていた小瓶が消えている事に気付く。どころか右手ごと消失していた。
「禁術の解除には専用の武器が必要になる。魔導具、魔法、術者の殺害――基本的にこれだけだ。だが、もう一つ方法を持ってる奴がいる。お? 雰囲気が変わったな」
「お人形さん、お人形さん」
ゆっくりと目を瞑り再び開いたとき、イルの赤茶色の目は深紅に染まり、白い結膜が黒く染まっていた。
シュシュの呼び声に応えた同胞が、木々の影から姿を現す。子供から大人まで、大小様々な姿のそれは、農業服に身を包み、農耕道具を握っていた。
「もう眠りたいの」
「一人でねんねしてろや!」
襲いかかる二十を超えた人形を大剣が弾いて切り伏せる。しかし傷口は瞬時に塞がり、殴っても粘土のようにひしゃげるだけだ。
大剣を避けて頭に張り付いた人形が、殴りつける。額が切れ、血が流れた。
「おいおい、頭はやめてくれ。いろいろ出ちまうだろ」
「あれぇ、禁術、解かないの? 小瓶、どこ行ったのかなぁ」
握っている感覚はあるのだが、腕と小瓶が見当たらない。シュシュはのんびり「困ったなぁ」と繰り返す。
毒が回り、人形達に殴られながらイルは前進する。体は傷つくばかりだ。
イルを見つめていたシュシュは、もう一度小首をかしげた。
てっきり特殊な魔法でも持っていると思っていたのだが、はったりだろうか。それにしては、追手のエルフすらまいたシュシュに気付かれず追いつけたのはどういうわけか。
斧が、ハンマーが、鉈が、刺股がイルの体に突き刺さり、赤い血が飛び散っていく。肌は灰色へ変色し、生きているのが不思議なほどだ。
子供ほどある巨大なハンマーが頭に叩きつけられ刹那、反対側からズルリと何かが飛び出した。ねじり上がった巨大な角だ。黒い光沢のそれは羊よりも立派で、恐ろしいほどの魔力が秘められている。
「頭はやめろって言っただろ。出ちまったじゃねぇかよ!」
イルは笑った。ゲタゲタと面白そうに、大口を開けている。
爛々と輝く赤い目が、愉快そうに細められたとき、周囲の人形が一斉に灰と化して飛び散った。
「……毒じゃ、ない」
「そうだな。俺の肌は元々この色だ。お前の毒のせいで、変身が解けちまった」
「う、そつき……」
「なぁ、シュシュ。こういう話を聞いたことあるだろう?」
月夜に照らされた背から服を引きちぎって巨大な羽が現れる。黒く、コウモリに似た翼を持つ種族は限られている。
「俺達と取引してはいけない」
人差し指をたてた。
再生しようとした人形が、震え、怯えるように縮こまる。感情がないにもかかわらず。
「俺達に名前を教えてはいけない」
歌うように言葉を紡ぎ、灰の山から手を伸ばす。
シュシュは後ずさろうとして、できないことに気付いた。
「俺達の前で望みを口にしてはいけない――魂を取られるぞ」
今や目だけではなく、肌の色さえ灰色に変わったイルは尖った黒い爪をシュシュの目にゆっくりと沈めた。手首から腕、肘まで沈めたところでゆっくりと戻す。
その手には朧月のような光が握られていた。
「取引だ。望みを叶えてやろう」
「ヒギッ」
大口を開けた中に朧月が飲み込まれていく。喉から胃に落ちたのを確認するように撫でたイルは、目尻を下げて口の端を釣り上げる。
「あ、が……あがががが!?」
「禁術ってのはいいな? 此の世にお前みたいのが蔓延れば、俺達は誰の咎め立てもなく空きっ腹を満たせるってもんだ。あぁ、これいらねぇだろ? 俺が貰っといてやるよ」
何もない空間から落ちた腕に握られた小瓶を持ち上げ、不敵に笑う。
体が言う事を聞かず、ブルブルと震える。ゴミのように捨てられた腕も、自分の何かが溶けて行く。まるで消化されるがごとく。眠たげな目が今や見開かれ、恐怖に染まっている。
「あ、あ、あ――悪魔ぁあああああ!」
「それではお嬢様、永遠の眠りをやろう」
気取った風におじぎをする。
頭を上げたとき、悲鳴は途切れ灰色の砂が散っていた。
+
一夜明けた。
部屋から出てきたシャリオスを、待ちかねていたかのように近づいたズリエルが聞く。
「様子はどうでしたか」
「心ここに在らずって感じ。……魔力だけど、少し戻ってきたみたいだ。完全じゃないけど、数日すれば元に戻ると思う」
一夜明け、重苦しい空気が二人を包んでいた。
蘇生魔法発動直後からミルの魔力は失われていた。魔力が戻っても魔法一つ使えなくなっていたので、蘇生魔法を使った影響で一時的に制限がかかったのかもしれない。
魔力が枯渇した場合、失神や命を落とすことが多い。そう考えれば一時的な制限で幸いだった。当の本人は落ち込んだまま、ずっとアルブムを抱いて沈黙しているが。
どこかへ行ってしまいそうな様子に、シャリオスは目が離せなくなった。
「しかたありません。魔法は成功したにもかかわらず、生き返らなかったのですから。……ですが、これで良かったのでしょう。要らぬ火種を抱えずにすみました」
「領主様に言った?」
「いいえ」
ズリエルは閉じた扉を見る。その先の人物を思うように耳がしんなりとする。
「失敗した原因がわからない以上、報告する必要はありません。今は休ませて差し上げたい」
「うん……。ごめんね、ズリエル。迷宮へ潜るのは落ち着いてからにしようと思う。【空の青さ】はどうしてる?」
「聴取を受けていますが動揺しています。一度に二人もパーティが抜け、あの状況です。いなくなったイルも様子がおかしかった。これからどうなるかは……」
「そっか」
探すかどうかはメンバーの意思に委ねられるだろう。
二人に血縁関係があったのかウィリアメイルに聞いたが、彼女は知らなかった。そもそも見かけからして同年代の二人だ。親しそうではあったが、家族に見えたかと言えば疑問が残る。
顔立ちも似ていないし、もしかしたらアリアも知らなかったのではないかとウィリアメイルは言った。彼女はイルがアリアの祖父であると確信しているようだった。
――イルという男は、とんでもない嘘つきでしたので。
ウィリアメイルは嘘を嗅ぎ分けることができる。
日頃から冗談交じりに嘘を吐く者は多かったが、イルはその中でも飛び抜けて嘘つきだった。他者を貶めないだけで、住んでいた場所も過去の話も九割嘘。嘘がわかるウィリアメイルが側にいても、気にとめない。
いちいち暴くのも面倒だし、冒険者は臑に傷を負った者も多い。藪をつついて蛇を出すのも面白くないので、口を閉じていたと言う。働きぶりは問題なかったからだ。
己の名前が言いにくいと言う事は嘘ではなかった。そして正式に名乗ったことがない。おそらく、ギルドに記載されている名も偽名だろう。
唯一の真実に謎めいた真実が追加された、と肩を竦めた彼女は疲れた表情をしていた。
【遊び頃】は途中で見失ったという。現在、領内の兵士が行方を追うため捜索隊が編成されている。また六十階層からの生き残りに注意喚起を行った。すでに行方知れずの冒険者が二桁に上っている。
神殿も警戒態勢を取った。
イルの行方はわかっていない。
「教えてくれてありがとう。食事は僕が持ってくるよ。ズリエルはここをお願い」
「わかりました」
見張りを立てるのは【遊び頃】を警戒している、と言うのが表向きの理由だが、問題は薬師だ。
彼女が迷宮に潜っていた理由は、蘇生魔法を手に入れるためだ。これからどうなるかわからないので、二人は警戒している。
薬師は自室に籠もり毒の成分を調べているので、あれから話していない。
「失礼します。……サンレガシ様?」
返事はなく、訝しんだズリエルは中に入って驚愕した。
「サンレガシ様! しっかりしろ! なぜこのような状況にっ」
「なんだい!?」
「どうしたの、ズリエル!」
駆け込んできた薬師はぎょっとする。
壺をかぶった状態で、両手を投げ出し床に転がっている少女。腹の上にアルブムが乗っている。まるで奇怪殺人現場のような有様に言葉を失う。
「なに? なにかあった? あ、壺外しちゃだめだよ」
「あんた、これどういう状況かわかってんのかい?」
「壺をかぶって寝てる」
「見たまんまじゃないのさ!」
目元の隈を濃くした薬師が、信じられない者を見る目でシャリオスを睨む。普通に考えれば床に壺をかぶって寝る者などいない。
頭から壺を抜き取った薬師は大きな溜め息をつく。すやすやと、健やかな顔で寝息を立てている。アルブムがどうしたの、と言うように薬師の膝に前足をかけて尻尾をふっている。
「なんだって壺なんざかぶって寝てんだい」
「聖水がぶ飲みした後、中に入りたがったから」
まるで酔っ払いだ。
止めない方もどうかしている。
「とにかく、命に別状がないのであれば構いません。寝台へ運びましょう」
「床が良いって言ってたよ。落ち込んでたし、好きにさせたほうがよくない?」
「気の回し方がおかしい。風邪を召されます。アウリール様もいいですね」
「う、うん……今度からそうするよ」
疲れたように「そうしてください」と返す。
人騒がせな、と呟いた薬師は髪をかき回し、シャリオスは問題ないならとドーマの元へ爪先を向けた。
「天然が二人揃うと恐ろしいね……」
「キュアキュ?」
「アンタじゃなくて、ご主人様だよ」
たまに「天然物の毛!」とミルに抜け毛を採取されているアルブムは、意味がわからず耳を動かした。
「……脈も正常だし、息もしてる。まったく人騒がせな魔法使いだよ。ああそうだ、毒の解析はもうすぐ終わるよ。って言っても、結果が出るのに一週間寝かさないといけないけどね」
げっそりしているのは解析のせいだけでは無いだろう。
少し考えて壺を枕元に置いた薬師は、眠そうに目元を擦る。
「あんた兵士だったね? 終わったら資料を領主の元へ持ってってくれないかい? そっちも調べてるだろうけど、情報は複数あった方がいいからね」
「わかりました」
「それじゃ、もういくよ」
欠伸を噛み殺して静かに扉を閉めた。
+
深夜、気配を感じたシャリオスはベッドから起き上がると横を向く。
「ドーマに追い出されるよ」
「空間断絶したから平気だぜ!」
「……まったく」
嫌そうに溜め息を吐いたシャリオスは「用事はなに?」と冷たく聞く。
頬を掻いたイルは視線を泳がせた。
「いや、あの子どうしてんだ? ちょっと気になって。つーか、驚かないのな」
今更何を驚くことがあるというのだろう。
いきなり頭のおかしな事を言って消えたと思ったら突然現れたのだ。だが、イルの言いたい事がそうではないとシャリオスは知っている。
「ススルに暗黒魔法放つとき、イルは特上級魔法だって知ってたでしょう? 皇国の人間以外で知ってる人は、滅多にいないよ」
「うわ。そう言えばそうだ……しくじったなぁ。まぁ、今まで黙っててくれてありがとよ。それで?」
「……。ミルちゃんは、落ち込んでる」
「いや、そうじゃなくてだな」
「わかってるよ。彼女がどうなるかでしょ? 何もわからない。だって蘇生魔法を使ったんだ。これが他の特上級魔法なら何でもなかった。光魔法はもう、この世界に必要とされてない系統だったから」
どうしてくれるんだと目で訴えれば、苦く笑っている。
そもそもシャリオスには、これから言われる言葉が予想できた。その上で問いかけているし、イルも見たところ悪魔だ。相手が何を考えているか知って話を進めている。
二人はお互いの思惑がわかった上で話している。お互いただの確認だ。
「それより、アリアはどうしたの? ……二人が失踪して領主様は【遊び頃】の行方も追わなきゃならないし。頭からはみ出てる角はどういうわけ? いや、わかるけど」
「【遊び頃】はブチ殺した」
「君って馬鹿じゃないの? 殺しただけならマシだったのに、食べただろ! なんでそんな事したんだ」
強く攻められ、悪魔はふてぶてしく笑って誤魔化そうと思った。が、そうすると怒り狂うに違いない。反省を示すために床に大人しく座って、チラチラとシャリオスを見あげる。
「頭にきてたんだよ。自分の孫がさ、魂ぶんどられてお人形にされる瀬戸際だったんだぜ? ああ、あいつら殺した奴の魂集めて人形作ろうとしてた。禁術使ってる割には無茶苦茶弱いけどさ、攻撃がタチ悪いだろ。普通の輩は即死だわ」
弱いのは皇国基準だ。他の冒険者にとっては冗談じゃない強さだ。
アリアがユーズドを庇わなければ、とイルは思わずにいられない。そうすれば死なずに済んだのに。
「この角だってがガンガン頭叩いてくるから出ちまったわけで。不可抗力ってやつ?」
「話が進まないから、嘘吐くのよせ。余計な事されたせいで明日も早いんだ」
「かっかするなよ」
おどけてみせるがシャリオスの視線は冷たいままだ。
実のところ、わざと頭を叩かせ無理矢理契約をし、願いを叶え、対価をいただいた自覚はある。だが途中過程がどうであれ、魂を丸呑みする結果に変わりない。誤魔化すのはちょっとでも説教の時間を短くするためで、けっきょく悪びれていないのだ。
同郷相手でも悪魔は悪魔。これでもイルは誠実な方だが、それを言っても仕方ない。
リアンユ皇国の民が外国へ行く際は、とても厳しい制約が課せられ、魔法的な処置も施される。
もともと魔王の国だったのだ。
魔王がいなくなってずいぶん経つが、国民性もあって周辺諸国は相変わらず警戒し、友好国もない。余計な争いを生まないように、国は他国への配慮をし続けている。
その一つが種族特性の制限であり、吸血鬼のシャリオスは血液摂取量など――これは相手を吸い殺さないためのものだ――を受けている。もともと恥ずかしくて噛むなんてできないが。
ちなみに悪魔の場合は、みだりに契約をし、魂を食わないこと。自らの種族を隠すことが上げられる。
他にもありそうだが、シャリオスは知らない。
悪魔と吸血鬼は外的な評判が特に悪い。他者を食料と見なし、能力的にも外国に太刀打ちできる者が少ないため、恐れられているからだ。
「アリアはイルの孫で、君達は血縁関係で間違いない? 彼女、火属性魔法使ってたけど」
「お前が思うより、こっち長いんだよ」
悪魔が長いというなら、相当な年月だ。
「あいつは皇国じゃなくて、こっちで生まれたわけ。俺が爺ちゃんなのも知らないし、混血で血も薄いから特性はない」
「なんで同じパーティに潜んでたんだ?」
「冒険者業って危ないじゃん。爺ちゃん心配だったんだよ」
「……死んだのは、わかってる?」
「わかってるよ。頭だっておかしくなってない」
なのに「助けてくれてありがとう」と言ったのはなぜなのか。シャリオスは不安そうにイルを見た。彼は視線の意味を理解して、苦笑して答える。
「悪かったよ。あと、領主に上手く言っといてくれないか?」
「悪魔が襲撃者の魂をもぐもぐ食べたから、追わなくて平気って?」
「それは勘弁してくれ……」
「これで駄目なら口をつぐむしかない」
「じゃあそれで」
「パーティに何か伝えることは?」
「脱退するって言っといてくれ。もう外に出られないし」
そこは契約主義者の悪魔らしく守るらしい。もっとも速やかに帰還しない場合、何が起こるかわからないが。
「言いたいことそれだけ? ……ああ、そうなの。じゃあ言うけど本当にイルって最悪な奴だよね。問題起こして全部丸投げ。老害ってレベルじゃないよ。さすが悪魔すぎる」
「本当にすみませんでした」
「他人の人生なんてどうでも良いんでしょ。ミルちゃん僕とパーティ組んでるのわかってる? ねえわかってる?」
「はい、わかってます。すみませんでした。これ以上、謝罪の言葉が思い浮かばないほど申し訳ないと思っています」
「誠意が欲しい。目に見える形で、申し訳なさを表す誠意が欲しい。とても欲しいなー」
「いや、お前……蘇生魔法止めなかったじゃん」
「僕は彼女の保護者的立場だけれど、人生をコントロールする権利なんてない。君だってアリアが冒険者になるのを止めなかった。わかりきった事を言うな」
うぐぐ、と年上なのに立場が弱いイルは、諸々の誤魔化し含めて棒読みのシャリオスへ誠意を見せることになった。
しかしシャリオスも皇国の人間。悪魔の誠意などたかがしれているとわかっているので「はいジャンプ! ジャンプしてください! シャリシャリ言ってるねー」と鬼のような追求で有り金と魔導具に魔導具や魔導具とアイテムを根こそぎ奪う。それでもう十回ほどジャンプ要求をすると「勘弁してください」と床に額を擦りつけたので、追加でマジックバッグを没収した。中にたんまりと入っている財宝に、視線をそらすイル。
悪魔の「勘弁してください」は「まだ出せる」の合図である。
「最後に聞くけど、アリアの遺体はどうするの?」
「皇国に持って帰る。ウィリアメイル達には黙っといてくれよ。たぶん、そのほうが良い」
「そこは同感」
溜め息を吐くと、イルは瞬きの間に消えた。
+
翌朝、聴取が終わった【空の青さ】がシャリオス達を訪ねにやってきた。
どこか寂しそうな表情をしている。後ろの双子もユーズドも、大荷物を抱えていた。
「どこか行くの?」
「ええ、彼らを私の故郷に招きます」
エルフの里は遠い。行き着くだけでも大冒険だろう。
目に涙を溜めたミルの頭を、彼女は撫でた。
「エルフに比べれば、皆の一生は短いとわかっていましたが、このような終わり方を迎えるとは思っていませんでした。彼らは私が連れて行きます。なに、十年もすれば元気になるでしょう」
そう言って、シャリオスに視線を向ける。
「なぜ、イルが言付けを頼んだのか聞きません。しかし私も長寿種。いずれまみえることもあるでしょう。そのときは風穴をあけてやります」
そう嘯いて背中を向けた。
パーティ【空の青さ】の解散だ。
彼らの新しい門出を祝い、シャリオスはイルからせしめたマジックバッグを渡す。
「元気でね」
「さようなら、皆さん」
「さようなら。あなた方に迷宮の加護があらんことを」
双子達も別れの言葉を口にする。
彼らの姿が見えなくなるまで見送ったミルは、俯きながら自室に戻っていった。
+
「三人とも、小休止にしましょう」
大人しく後ろに続いていた仲間達を振り返る。
懐かしかった。
故郷を発つと決め、アリアの後をついて行った時の自分が、こんな感じだった。
『あんたさぁ、協調性とかないわけ? 返事くらいしなさいよね』
蘇る言葉の数々に胸が締め付けられる。
手を引かれていたウィリアメイルは、自分よりずっと年下の彼女に頼りきりだった。口も態度も意地も悪いアリアだが、心根は優しかった。
優しかったから、ついて行ったのだ。