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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと願いの代価
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第五話

 意図せずゾンビを増やしてしまったシャリオスは、軽装になったことで動きが変わった。元々モンスター討伐は抜き出て上手かったが、剣の腕が冴え渡っている。ゴーレムが一撃で真っ二つになるところを見ながら、ズリエルが一番剣が上手いと言っていたのを思い出す。

 階層攻略は順調だった。

 順調すぎた。

 迷宮内でありながら、どこか気の抜けた雰囲気が出てきたのはすぐで、持ち場を離れたお姉様方がまとめ役に一喝される場面が何度も出た。

「シャリオスさん、大人気ですね」

「暗黒魔法の一発でもぶち込めば正気に戻るでしょ」

 そう評価するアリアは、ポーチからバターたっぷりなクッキーを取り出すと、後ろに三つ放った。ぼーっとしていた双子のムムとユユが目にも止まらぬ速さで齧りつく。

「あいつら、燃費が悪いのよ。――ちょっとユーズド! アンタも食うのよ、さっさと肥えなさいよ!」

「にゃうっ」

 首と尻尾を縮めて、クッキーを口に放り込んだ。半泣きで一生懸命飲み込んでいる。

「まったく。いつになったら丸々太るのかしら」

「なんかさ、家畜を丸々太らせて食べようとしてるみたいだぞ? 痛って!?」

「うるさい肉壁」

 尻を蹴り上げられたイルは「暴力反対」と患部を庇う。

「ていうかアンタ、何しに来たのよ。前配置でしょ」

「沼地に入るから魔法使い呼んで来いって」

「そう言えば視界の端で灰色の王(バニッシャー)が死んでましたね」

「昔、とても苦戦したのですが……」

 ほろ苦く思っていると「行ってきなさい」とアリアに尻を叩かれる。びくついたユーズドもイルの後に続く。

「あの」

「にゃうっ!?」

 話しかけると、尻尾の毛が三倍に膨れ上がりミルは慌てた。

「すみません、驚かせるつもりはないのです。もうお聞きかもしれませんが、私はミルと申します。よろしくお願いします」

「ユーズド……です。よ、よろしく」

 自信無さそうな声だ。目も泳いでいる。

 三十五階層へ続く黒門の前で一行は立ち止まり、付与魔法使いが集まっている。装備は一様に古く、肩身の狭そうな表情をしている者も多い。

「これでもさ、良くなったんだぜ?」

「え?」

「付与魔法使いの待遇。ムムもユユも魔法適性がなくて、他で酷い扱いだったんだ。チビだし。アリアは馬鹿だ馬鹿だって言ってるけど、大事に思ってるんだぜ。あんたに声かけたのもさ、不遇職を引き入れようと思ったんじゃねぇの? アリアは変な奴パーティに入れるの好きだしさ。まあ、あんたは自分でどうにかしたんだし胸張ってろよ」

「そうだったのですか」

 口の悪いアリアだが、実は捻くれた優しさを持っているようだ。肩を竦めたイルは「これ言うと夕飯のおかず減らされるから内緒な?」とニヤニヤ笑う。

「全員そろったな。これから俺達で毒蛇(ウェネーヌム・オピス)を倒して三十九階層まで一気に抜ける。道中、くれぐれも頼むぞ。それで、ミル・サンレガシはどこだ」

「ここにいます!」

 突然まとめ役に名前を呼ばれた。返事をすると、周囲を見回していた彼は顔を顰める。よりによってか、と呟く声が聞こえた。

「言っておくが、依頼を受けている以上、特別待遇はしねぇぞ。わかったなら働け」

 そう言って背中を見せると門へ進んでいく。

 ズリエルと顔を見合わせると他の魔法使い達と共に後に続いた。

「今の言葉の意味、わかりますか?」

「あまりよくないというのは感じましたが、理由までは。注意しておきます」

 嫌な予感はしたが、シャリオスの明るい声に誘われて三十五階層黒門をくぐった。



 これが終わったらなんだけど、と依頼票を置いたシャリオスは口の回りのソースをぺろりと舐める。

 場所は変わって三十九階層。四十階層へ続く黒門前で小休止を取っている。相変わらずジメジメとした空間だ。

 全員を運び終わり、今は魔力を回復させているので食事はない。ただシャリオスは小腹が空いているので、ドーマが作ってくれたビーフシチューを取り出して食べている。

「最深部まで目指そうと思ってる。装備変えたおかげで前より速く動けるよ」

 すでに残像でしか追えなかった動きが更に速くなったと聞き「私の障壁魔法、足場に間に合わないかもしれません」と遠い目になる。

「そこはジャンクゴーレムにした時と同じように、先に障壁を展開してくれれば大丈夫! ただ、鎧の重さが減っても薄くしないでほしいんだ。もうちょっと踏み込み強くしたいし」

「加減してたのですか?」

「うん。鎧がね、元々お屋敷くらいの重さがあったから、着地の時に埋まるんだ。そうなると影を伝って出るしかない」

 消費魔力がかかる、と言って続ける。

「殆ど脱いだし今は軽い鎧になった。熱くてイライラしないし、痒くないし、戦闘力落ちない」

「あんた、苦労してたんだね」

「ミルちゃんが来てから殆ど解消した。へへへ、ありがとう」

「いえ、とんでもないです」

 しかしぎゅっと手を握るのはやめてほしいと、背中に突き刺さる視線に震えながら思うのであった。アリアの忠告むなしく、グサグサと刺さっている。

(め、迷宮に潜りたいわ……深く)

 そんなとち狂った考えさえ浮かんでくる。

「メンバーはどうするんだい」

「薬師は一緒に来るでしょう? ズリエルはどうする? さすがに危ないと思うけど」

「最後までお供します」

「じゃあ決まり。次の探索は、今の四人と一匹で最下層を目指す。たぶん最下層が近いよ。モンスター属性はほぼ出きってるし、残ってるのは闇くらいだ。新種モンスターも多く出るけれど、新しい属性が出ても、初見だから行くしかない」

「興味深いお話をされていますね」

「こんにちは、クリム教授。休憩は終わり?」

「ええ。そろそろ出発したいと思いますが、大丈夫ですかな? あなたは吸血鬼だと窺っておりますが」

「ミルちゃんが日光を弾いてくれてるから平気」

「それはそれは。よいパートナーと出会えましたな」

 目を丸くしたクリムは柔らかく微笑んだ。

 人付きのする笑みを浮かべたシャリオスは、立ち上がるとミルの背中を押す。

「私は障壁移動時以外は中心待機なのですが」

「この先で人を下ろした経験があるのは君だけだ。沼地で見てたけど他の付与魔法使いはユティシアと同じくらい傾くし、見本を見せたほうが安全だと思う。どうせすぐ着くんだから、纏まってたほうがズリエルも安心だろうし」

「仰る通りです」

「薬師も一緒に行こう」

「はいよ」

 そういわけで、背中に突き刺さる視線を感じながら四十階層へ続く黒門をくぐり、四十二階層へ向かった。

 嫌そうな顔をしていたまとめ役は、それでもシャリオスの言葉に逆らわない。現在の最高到達点を更新した冒険者であり、地図を更新したのもシャリオスなら人選をしたのも彼だからだ。

 アルラーティア侯爵家の正統な後継者を救い出すため依頼を受けた話は、吟遊詩人が現在最も請われる人気の話になっている。ちなみに、グロリアスが十年間生存を諦めず探し続けた部分は、巷の女性達の間で大人気だ。本人と話をしたら幻滅するに違いない。

 前方組は良い顔をしない者が多かった。ただ四十二階層の浮遊階段を降りたとき、数人に「悪かったな」と肩を叩かれた。

 他の付与魔法使い達がコツを聞いてきたので、詳しい事情は聞けなかった。

 わかったのは一度離れたズリエルが帰ってきてからだった。

「初期の噂を覚えていた冒険者がいたようです。まとめ役には訂正を入れておきました。残りは嫉妬でしょう。アウリール様は見目もよろしいので」

 まとめ役が軽く手を上げたので、ミルは小さく会釈を返した。

 制裁をしっかりやっておけば、という表情のズリエルに苦笑いを返す。

「問題はルールックです。使えない付与魔法使いと言い触らしているので、調査隊の印象は最悪です」

「ルールックさんは、どうして私を目の敵にするのでしょうか。他の方にも辛く当たっているみたいですし」

「性格でしょう。そう言う者はどこにでもいます」

 すっぱりと言い捨てたズリエルはルールックを見る。

「貴族であるのも関係しているのでしょうが。彼はジェントリだそうです」

「そうでしたか」

 ならば冒険者に落ちぶれた同じジェントリを見下すのもわかる気がした。貴族の気位が平民に混じって肉体労働をしている同階級の者を許せないのだろう。せめて学者や聖職者になっていれば印象も違ったのだろうが。

 そう言う面で人を変えるのは難しい。

「アウリール様に伝えますか」

「帰ると言いかねないので、止めましょう」

 溜め息を吐いたミルは「ご飯できたよ」と呼ぶシャリオスの元へ小走りで駆けていった。

 本日の食事は乾パンに干し肉。薄いスープが一品。四十二階層のモンスターは研究対象なので持ち帰りだ。事前情報で食事の匂いに釣られてモンスターが襲ってくるのは知られていたため、火を熾さず、冷たい物で腹を満たさなければならない。

 ユグドも調査隊には伝えたようだ。冒険者にも順次情報が開示されていくのだろう。

「持ち出し食べちゃおっか。これじゃ全然足りないし」

 腹部をさすったシャリオスは、ひもじそうに口の回りを舐めている。その艶めかしい動作が周囲の異性を釘付けにしている。

 遠い目になったミルは、ドーマに作ってもらったホールケーキを出した。周囲がぎょっとするほど分厚く重ねられたクリームやスポンジは、ミルの腰より笠がある。祝い事でもここまでは重ねないだろうという大きさだ。

「わ! ありがとうもぐ」

 一切れお裾分けをもらったミルは、一口食べて残りをアルブムの口の中に放り込む。濃厚なカスタードプリンとクリーム、甘酸っぱいベリーソースにぎゅっと甘みの詰まった果物が美味しい。

 ペロリと食べきったシャリオスは、その後も冷たいトマトスープを鍋ごと飲んだり白身魚のカルパッチョをペロリと平らげる。どれも暖かさこそ無いが、お腹に溜まって美味しい料理だった。


 冒険者達は未分類モンスター相手に大立ち回りを演じ、綺麗に獲物を狩っていく。調査隊は、その死骸を見聞し、または解剖して成分を簡単に調べながら書類に書き付けていく。

 魔法抵抗力から胃の内容物まで丸裸にするように。鱗の一つ一つを丁寧により分け、骨の筋一つ残らないようガラス瓶に詰めていく。

 手慣れた動作は本職の人間ならではだ。

 調査日程は一週間。この階層のモンスターは倒しても入り直すと再配置されているので純粋な生物とは言いがたいのではないか。それでも未分類ならば分類しなければならないとばかりに、研究者達はやってくる。

 そう言った迷宮生物専門の分類もあるようだ。

 何度か食事を共にすると少し誤解も解けたようで、研究者達が話の種に教えてくれた。

 なかなかに奥が深いようだ。

「起きろ! 階段踏んだ奴が来たぞ!」

「クソが死ね!」

 怒声に飛び起きた冒険者達は、付与魔法使いをせっついて上がっていく。

 六十階層の仕掛けが解かれ、情報が持ちかえられてから大量の冒険者が迷宮に潜っている。今までは滅多にすれ違わなかった四十層にも人が多くなり始めていた。

 荒っぽく悪態を吐きながら各々武器を抜いていく。騒ぐモンスターに爆裂音。壁を叩く大槌が煙を巻き上げる。

 こほこほと咽せているうちに戦闘は終わり、薬師が水を差しだしてくる。

「ありがとうございます。新規さんでしょうか?」

「みたいだね。端に呼び出してシメてるよ。まったく、どいつもクソ野郎だね」

 平謝りする冒険者の胸ぐらを掴んで「舐めてんのかゴラァ!」という会話が聞こえてくる。

「貴方達も仕事をしてほしいものですね」

 半目になったルールックが嫌みを言いながら横を通り過ぎた。

 そのときだった。

 端で揉めていた冒険者達が爆風で吹き飛んだ。

「なんだ!?」

 とっさにルールックを引っ張った薬師。ミルは障壁をずらし、飛んでくる石から二人を守る。土埃で視界が隠れ、奥から悲鳴が次々に上がる。

 何かが近づいていた。

「教授! クリム教授をお助けしなければ――!」

「待って、動かないでください!」

「黙れ付与魔法使い風情が!」

「きゃあ!」

 振り払われたミルは、地面に転がった。

 ルールックは教授がいた場所へ走って行く。

 眼前で誰かが立ち止まった。はっと見上げると、黒いフードの人物が見下ろしている。下から見上げているにもかかわらず、フードの中は暗くてわからない。油の切れた不気味なぎこちなさで首を下げ、こちらを見た。

 瞬間、自分が死ぬのだと思った。

 振り上げられた腕には血の滴る長剣があり、心臓の音が耳の奥でゆっくり聞こえる。

 殆ど無意識だった。

 展開していた障壁が相手の顎をかち上げた――と思ったのもつかの間。相手は叩き上げられるのと同じ速度で仰け反り避けた。

 だと言うのに、腕だけは振り下ろしたままだった。

 避けられない。

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