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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと願いの代価
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第四話

 改まった様子で向かい合う二人。傍らにはズリエル。半目になった薬師は部屋の隅で積み上がった医学書や薬学書と睨めっこしている。

「クリム教授の依頼だけど、ルールック性格悪そうだから断りたいな」

「いやいやいや。領主様からの紹介状がありますし、断ったらまずいですよ」

「だってルールック性格悪そうだし」

 同じ事を二度言うシャリオスは、気乗りしない顔をしている。珍しい光景だ。いつものぽやっとな笑顔が見る影もない。

「その前に、なんであんたら人の部屋に集まってんだい」

「薬師も人数に数えられてたから一緒に聞いた方が良いかと思って。ここなら忙しくても手を止めずに済むでしょう?」

「そりゃありがとうよ。あたしゃ勝手に行く事になってる事の方が問題だと思うけどね」

「もちろん断るよ」

 あれから会食を済ませて帰ってきたクリム教授は、日程変更に頷いて一度王都へ帰った。次に来るのは調査団を引き連れての事になるようだ。

「でも受けたじゃないですか」

「居座られそうだったから。直接領主様に断ってもらうよう言ってくる」

「まずいですって」

「まずくないよ。受けた方がまずいよ。あいつ見下してるし、一人だけ食費が持ち出しなんて! 信じられない。酷すぎる。食費出さないなんて常識が無い。人として歪んでる。霞を食べて生きてる人だけがそれを言っても――やっぱり酷いと思う! 察する力が弱い!」

 まるで部屋に入り浸って生活費を切迫させてるのに気付かない系彼氏を持った女みたいな言い草に、薬師が半目になる。

 通常、護衛任務は食事諸々含めた代金を推奨されている。けれど、ルールックはミルにそのぶんの代金を出すつもりがないので、契約金は他より低くなるだろう。正直受けるメリットはない。

 けれどこれは領主の紹介状を持った教授からの依頼なのだ。指名依頼と言っても過言ではなく、クリムの依頼を受けるようお願いを重ねた。

 終始ぶすっとしていたシャリオスだが「そこまで言うなら」と最終的に受ける事にした。

 後日改めて来る頃には、シャリオスの機嫌も直っているだろう。他の護衛もいるのだし、直接関わる機会は少ないはずだ。



 品評会までにする事と言えば、小切手の用意だった。

 今回は手紙ではなく薄い箱。中にペンと小切手が入っており、リボンは前回と同じだ。黒、赤、金、銀の順で小切手の値段が上がる。

「今年も賑わってますね。参加人数増えてますし、前回の評判が良かったのでしょうか」

「聞いてみる?」

 振り分けられたスペースに飾られた作品数は去年より若干増えていた。魔導具師達も身なりをいつもより整えている。

 前回ほど観光客は集まっていないようで、比較的通りやすくなっていた。

 シャリオスは真っ直ぐ端にいる青年に話しかけた。

「ああ、人数が増えた理由ですか? 領地主催の品評会は人数制限がないんです。審査に通ればどこからでも。それに旅費の半分を出してくれるし、前回は個人的に支援してくれる方がいたとかで。中には高額だった人も! 皆気合いの入り方が違います!」

「へぇ! そんな人がいるんだね」

 そんな人なシャリオスが、感心したように言う。自分の話だとは夢にも思わない口調だった。

「他にもお忍び貴族がいたらしく。噂を聞いてパトロンを得ようと遙々やってきたというわけです。どうぞ、見ていってください」

 気さくな青年は展示品を指し、シャリオスは喜んで話に入っていく。

 相変わらず相づちを打つだけの人になったミルは、アルブムを撫でさする。

 シャリオスが特に話し込んだのは愛想の良い中年男性だった。未だに展示品を並べきれずに右往左往していた。お世辞にも仕事ができそうには見えないが、人ノ良さそうな紳士だった。

「ああ、すみません。まだ全部出し切ってなくて」

「よかったら手伝おうか?」

 身なりを確かめた彼はシャリオスの上腕二頭筋を見て「どうもすみません」と困ったように微笑んだ。見ず知らずの人に物を頼むのは危険だが、一秒でも早く展示品を公開しなければ審査に影響することと、天秤にかけたようだった。

「色々な人が出展してるんだね。でもおじちゃん一人なのはどうして? 他の人はご飯買いに行ってるの?」

「いえ、私だけなんですよ。あ、すみません。申し遅れましたがヒュージと申します」

 腕まくりをしながら木箱を漁り「あったあった」と紙束を寄越した。

「これ名簿です。魔導具や他の技師達と話をするのが好きでして、色々な論文を読ませてもらってるのですが、偏屈で出不精な人が多くて」

「わかる気がする」

「そうですか! いや、作品は大変良い物ばかりなんですよ。多くの人達に知ってもらったら、彼らの生活も楽になるし、私もいいものをもっと見せてもらえるので、こうして足を運んできたわけです」

 せっせと論文を棚に並べ、見本品を納めていく。あまりにも多すぎて棚が足らず照れたように頭をかいている。

 少し考えたシャリオスは木箱を積み上げると、その中に資料を並べる。

「シャリオスさん、この木箱は横倒しに積んで大丈夫ですか?」

「後ろに板を立てたほうが安全そう。待って、僕がやるよ」

 サクサク進めていくと、すぐに作業が終わった。

「ありがとうございます。私だけでは並べきれなかったでしょう。どうぞ、お茶を飲んでいってください。たいした物を出せず申し訳ないですが」

 出された紅茶を飲みながら、シャリオスはゆっくりと資料を読ませてもらった。総勢二十名にも上る出展者達は、その道ながらの考えや技術品を出している。魔導具ではないものも沢山あったが、シャリオスは目を輝かせた。

 やがて全てを見終わった頃、周囲は同じように人だかりができていた。小さなサロンのようにお茶のカップを持ちながら話をする中には、隣のスペースの魔導具師などがいる。

「いろいろ話を聞かせてくれてありがとう。これ、名前を書いたから出展者の人に渡してくれる?」

 ヒュージは小箱を二十個もらい、リボンに書かれた名前に顔をほころばせた。

「ありがとうございます。皆さん喜びます」

 二人はブースを後にした。

「シャリオスさん、銀のリボンの人がいましたけれど、何の研究ですか?」

「魔導船製作! 実現すれば燃料が三分の一になるから、皇国との交易も可能になる。行き来が簡単な方が、実家に手紙を出すとき、輸送費が安くなるんだ」

 ミルは苦笑した。

 渡した金額に比べれば手紙の輸送費の方がずっと安い。けれど、そんなことは関係ないとばかりに笑っている。銀のリボン箱を受け取った魔導具師は目を剥いて驚くだろう。

「世の中はどんどん便利になっていくね? この先も誰かの発見が、未来とたくさんの幸せを創っていくんだよ。ね、ドキドキしない?」

 子供のような笑顔だった。柔らかく細められた目に、始めて全身鎧じゃなくて良かったと思う。喜んでいる顔をはっきり見られると心が温かくなるのだ。

 その後、ぐるりと回りきったシャリオスは満足そうに「足りて良かった」と残った箱をマジックバッグにしまう。

 今年は食品の出店こそ減ったが、そのぶん内容が充実した品評会として終わった。



 見上げるほど高い天井。ゴツゴツした岩肌の入り口はウズル迷宮へ繋がっている。

 集められた冒険者は各々荷物を持って待機している。

 日程は一月の予定だ。

 新装備の黒い鉄鎧を着たシャリオスは迷宮へ行くので仮面を外していた。ぽかんとしながら歩いて行く冒険者の多いことといったら。彼らが今日、無事に帰還できるよう願うしかない。

(まずいわ、目が眼福すぎて皆さんの気もそぞろになってしまう……)

 眩しそうに薄目を開けるミルは、ズリエルのピクリとも動かない真面目顔に救われながらついて行く。吸血鬼とは、なんと罪深い種族なのだろうか。

「あー! いたいた。こっちよ、こっち」

「アリアさん!」

 火のような赤髪の魔法使いが手を振っている。

 彼女は意地悪そうに微笑むと、ミルの頬を人差し指で突いた。

「元気そうじゃない。ドーマの宿はもう入れるの? あいつらがうるさいのよ」

「問題ありません」

 一時外出自粛のため出入り口を見張っていたズリエルが、生真面目に頷く。

 大荷物を背負っていた彼女は「ならいいわ」と簡単に返事をすると、こう言った。

「そっちのは新しいメンバー?」

「いや、前の依頼で一緒になった縁さ。まあ、次に潜る時は一緒に行こうかと思ってるけどね」

「あんた達って、正規メンバー集まらないわね。そっちの兵士は借り物だし。まあいいわ。アタシらも同じ依頼を受けたのよ。同行者としてよろしく頼むわ。あっちに他の奴らもいるから。新しく入れた付与魔法使いが全然で、まだ三十五階層から下に行けてないけど、あんたらがいるなら大丈夫でしょ。あ、名前はユーズド。猫人族の男よ。黄色頭で耳が黒い奴いるでしょ?」

 アリアが指を指した先にいた男が、けだるそうに振り返る。フードの下から見える、うっそりとした視線。目の下の隈は塗ったように黒い。まるで不眠症のように生気の無い表情だ。

「神経質で扱い辛いのよ。ビクビクしっぱなしだから、たまにケツ蹴り上げてんの」

「そ、それはやめた方が良いのでは」

「しょうがないじゃない。あいつ夜泣きすんのよ」

 思わず見ると、小刻みに首を振っている。

 アリアは腕を振り上げた。

「嘘吐くんじゃないわよ! 昨日の夜だってスンスン言ってたじゃない。寝かし付けたの誰だと思ってんのよ」

 明らかに成人した二十代頃の猫人族である。

 もう一度見ると、やはり小刻みに首を振っている。

 アリアは歯ぎしりした。

「まったく、付与魔法使いはどいつもこいつも卑屈でビクビクしてんだから。あんたがうちのパーティ来てたら、こんなに苛つかなかったのよ!」

「ちょっと待って、ミルちゃんを引き抜こうとしても無駄だから」

 一瞬で肩を引き寄せられたミルは、踵が数セルチ浮くのを感じる。

「ふふーん? 焦ってるからそんな言葉がでるんでしょ。アタシ達の方が、どこかの誰かさんと違ってパーティバランスもいいのよね? どこかの誰かさんと違って!」

「うぐぐ」

「そんなこと言ってるけどさ、ユーズドのこと気に入ってるだろ。昨日だってパン二斤食わせてたし。……よ! 久しぶり」

 そう言って柔らかくイルは笑う。

「あいつがガリガリなだけで、気に入ってなんてないわ!」

「はいはい、わかったから行こうぜ。出発の時間だし」

 調査団は護衛を含め、三十五名での出発となった。

 クリム教授の話を聞いた後、各々指定された配置につい迷宮へ潜る。

 シャリオスとミルは配置を放された。ズリエルは領主の命令という名のごり押しでミルの隣にいる。アルブムは尻尾を振りながら、今日はどうして離れてるの、と言うようにミルを窺っていた。

「まったく、護衛付きで迷宮に入るとは。本当に冒険者とは思えませんね。今帰るなら違約金は無しにして差し上げる」

 呆れ果てた声はルールックだ。

 わざわざ先頭から後ろまで来て話をしにきたらしい。

「お言葉ですが、サンレガシ様がいらっしゃらなければ苦戦するのはそちらですよ」

「何を世迷い言を。兎に角忠告はしましたからね」

 あっという間に去って行く背中を、あっけにとられながら見送る。

「あのド素人なんなの? マジないんだけど」

 心底嫌そうな顔をしたアリアが吐き捨てる。すると、背中の弓の弦を撫でながらウィリアメイルが言う。

「まあ良いじゃないですか。ああいう生意気なのが真っ先に死にますし。今日だといいですね」

「さすがの私も引くわ。辛辣すぎでしょ」

「じゃあ、依頼期間中に」

「やめなさいよ。アンタどうしちゃったの?」

「ムムとユユを見て、こんな子供に仕事ができると? 荷物持ち程度の額なら出しましょうと言い放ちました。アリアはお手洗いに言ってたので聞いてなかったですよね」

「無罪決定。あいつは死んで良し。ていうかなんで今言うのよ! もっと早く言いなさいよね!」

「言ったら依頼却下になるでしょう? 四十三階層まで見られる機会、滅多にないので」

「やっぱ有罪だわ」

 どのパーティにも暴言を吐いているようだ。自分だけじゃなかったと安心すれば良いのか悩む。

 乱暴に赤髪を払うと、アリアは腰に手を当てながら言う。

「もういいわ。それよりアンタ、ただでさえぼへっとした顔つきなんだから、嫌み言われたときくらい、しゃきっとしなさい! 今度言われたら、這いつくばらせて靴を嘗めさせんのよ。依頼人だからって、許される態度じゃないわ」

「それは人として許される行為じゃないと思うのですが」

「じゃあ頭を踏み潰す」

「いやいやいやいやいやいやいや」

 げっそりしながら迷宮内を進んでいく。

 度々来るモンスターは魔法の一撃で綺麗に倒されていく。倒したモンスターは、そのまま冒険者の取り分か、食事に上がるので積極的だ。

 二度リトルスポットで小休止をとって十五階層を抜け、押し寄せるモンスターを蹴散らしていく。なぜか前方で上がる悲鳴。

 小さく合掌したミルは、場所が離れていて良かったかもしれないと思った。

 二十階層を超えると階層主(アートレータ)に出くわす回数も増えてきた。冒険者達が囲って苦戦した節操無しの岩人(ジャンクゴーレム)もあっという間に片付いていく。

 レベルが上がると言うことは、迷宮の難易度が下がることを意味している。

 改めて実感しながらピロロキリンの横を素通りし、二十七階層へたどり着いた。

「本日はここで休憩します。明日は沼地に入り、四十三階層へ向かいます。各自ローテーションの確認と休憩準備をしてください」

「ローテは俺から説明する! 各パーティの代表者は来てくれ」

 ルールックの後に声を張り上げたのは、護衛の冒険者のまとめ役だ。一時とは言え破落戸をまとめるのに長けた人選をしなければならない。

 今回はユグド領に長く滞在している顔の広い冒険者を選んだとのことだった。

「やっと休憩だ。僕、護衛依頼向いてないと思う」

 ぶっすりとしたシャリオスがミルの横に腰を下ろすと、肩に乗っていたアルブムを抱き上げた。

「お利口さんにしてた? そう、良い子だね」

「キュフ!」

 口の回りを優しく撫でられ、耳の後ろをこしょこしょとくすぐられる。アルブムはうっとり目を細め、尻尾を振った。

 突然の色気。幻視する咲き誇る薔薇に、危険な香り。

 戯れているだけなのに怪しげな雰囲気が広がっていく。

 はふりと背後から聞こえる溜め息。現実に戻されたミルは、恐る恐る振り返った。そこにはトロリとした表情で釘付けになっているお姉様方が。

 そっと立ち上がったミルは、こっそり側を離れる。

(人が恋に落ちる瞬間を見てしまったわ。……しかも複数)

 大変まずい予感がする。今、この瞬間をまずいと言わず何がまずいのかわからない。

 ミルは唐突に理解する。

 シャリオスのファンクラブは、こうして人数が増えたのだ。

 どこかで見たことがある女性が、俯せに倒れていた。他にも「あ、あの使い魔は私……わたしのけしん」「暗黒騎士しゃま」「代わってにゃ」などと呟きながら、顔の周りに血だまりを広げている女性達。我を忘れた数人がフラフラと、もしくはずるずると這いずってシャリオスに近づこうとしている。まるで魅入られた愛の奴隷(ゾンビ)。花に群がる蝶。

 三十回も下着を盗まれた男は、一味も二味も違う。

「ヤバいヤバいとは聞いてたけど、本当にヤバいわね。あんた、身辺には気をつけなさいよ。後ろからグサっとやられるわよ」

「ま、まさか」

「とばっちり、来ないと良いですね」

 完全に引いた声で言ったアリアとウィリアメイルに同情した視線で見られる。

 ぶるぶると震えているミルの後ろで「あんたら何やってんだい」と呆れた薬師が呟いていた。

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