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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと願いの代価
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第三話

 待機要請が開けたのは三日後だった。

 情報開示が終了したので出歩いても大丈夫になったらしい。何をどう情報開示したかわからないが通常通り動いて問題ないと連絡が来て、シャリオスは喜んでいた。食料消費率が凄いことになっていた。

 街の様子もずいぶん変わっているとシシリ達から聞いていたので、二人は連れだって散策することにした。

「なんか避けられてる?」

「避けられてますね」

 大通りはごった返しているのだが、二人が歩いている周辺だけはなぜか人が避けていく。目が合うと服装を確かめられ、はっとしたように避けるのだ。

「私なにか服についてます? もしくは匂いますか?」

「ううん。良い香りがするよ。朝食べたヨーグルトの匂い」

「……もしかしてシャリオスさんの良い匂いは、全部おいしそうがつくのでは」

「そうだけど?」

 どうしたの、と問いかけられて言葉もない。

 そういえば吸血鬼だったな、と思いつつ半目になる。破廉恥要素がなければ、シャリオスにとって、そこら中の人達が美味しそうなご飯なのだ。

 しかしヨーグルトの匂いがわかるとは、獣人より匂いに敏感なのでは。けれど六十階層で臭いと言っていた話を聞かなかったので、謎が深まった。

 道行く人が避けていく謎現象は既に頭にない。

 シャリオスはそんな勘違いをされたとは知らず、新しい屋台で食品を買ったり、店を冷やかして品物を買ったりした。

 二人は公園のベンチに座るとドーナツを頬張った。

「なんだか栄えてませんか」

「栄えたよね」

 地元の領地と比べるべくもないが、ユグド領が更に発展している。街の混み混みした感じが消えつつあるし、郊外は開発で建設途中の建物が多い。

 この公園も整備されたばかりで綺麗だ。

「ところで相談なんだけど、もぐ」

「もぐ。なんでしょう」

「鎧を薄くしてみようと思って。目以外はつけなくても平気みたいだから」

「え?」

 よそ見をした隙に肩に乗っていたアルブムがドーナツを奪う。そんなことにも気付かない衝撃がミルを襲っていた。

「え、試したのですか!? ずっと魔法をかけてますけど、危ないじゃないですか!」

「待機中、暇だったし。ポーションも薄めたの使ったよ」

 そう言う問題ではないのだが。

 とにかく、しっかり実践したシャリオスはここぞとばかりに力説する。

 今まで鎧が重くて如何に大変だったか。中は蒸れて熱いし、痒くても背中を掻けない。体力を使うから腹も減る。そもそも双剣使いは速さが大切なのに、鎧の重さでイマイチだ。甲で視界も狭まる。なのに耐久力や防御力はそれほど高くない。

 思いも寄らないデメリットをあげ連ねているが、比べるモンスターが火竜などの超危険モンスターばかりだ。いや、これから挑むなら準備万端にしたいというのは当然のことだけれども。

「でも視界は駄目だったんですね」

「やっぱり日中の景色を見るためには、それ用の道具が必要なんだと思う。あ、視界の方は皇国を出る時につけてたゴーグルがあるんだけど、それに戻そうかなって。他の装備は鎧に作り直しちゃったし」

「……。それは、ちょっとまずいのでは」

 アンティーク調の年代を感じるゴーグルを取り出したシャリオスは「どんな状況でも外れないように魔法がかかってるんだよ」と説明するが、そうではない。

 今はバイザーで目元しか見えないのだが、そのゴーグルは銀と黒の金具以外ガラス製で、殆ど顔が露出している。普通に笑っても淫靡な雰囲気になってしまう吸血鬼の顔面が丸見えである。赤い目が、特に周囲から注目を集めてしまうだろう。

 想像するだけで脈拍がおかしくなってくる。

 できるなら、今までのように薄らぼやっと対面していたい。切実に。

「大丈夫! 予備も、予備の予備も観賞用とその予備も持ってるし。このゴーグルは視界を夜のように見せてくれるから、今までと勝手が変わる事も無いから安心だ」

「魔導具なんですね」

「そうなんだよ! 外に出る人用に皇国で作ってる物なんだけど、千年経っても壊れないように設計されてるんだ。洗濯物が遠くに飛んでったときに便利でね――」

 皇国事情も交えつつ、話は四時間続いた。

 人の話を最後まで聞いてしまう癖のあるミルは、けっきょくゴーグルを止めるように説得する機会を失ってしまう。

 夕方になると、シャリオスは装備屋の店主に新しい装備を注文してしまった。ついでにミルも剥がされるように装備品を取られ「小まめにメンテナンスしろよ」と小言をいただく。

 シャリオスの鎧に使われている素材は、滅多に採れない上等なものなので、溶かして再利用するらしい。その場で鎧を引き渡すことになり、マジックバッグから取り出した予備も渡してしまったので、シャリオスは白いシャツと黒いパンツ姿だ。

 例のゴーグルを頭につけただけなので、体型も表情もまるわかり。しっかり見える男性的な顎のラインは、えも言われぬ色気があった。

「ふはっ。熱かった」

 湿って張り付いた襟元をつまみ、何度も空気を入れている。パタパタと扇ぐ音が聞こえるたびに、ミルはこめかみから汗を流し、じりじりと後ずさる。杖を両手で構えたのは無意識だ。

 半目になった店主がタオルを投げ寄越し「着替えてこいよ」と奥へ押し込まなければ、厳戒態勢のまま出入り口まで下がっていたかもしれない。

「まあ、あいつは吸血鬼だからな。なにしても色気撒いちまうんだろ。これから大変だろうが、ま、頑張れよ」

「だったら止めてくださいよ!」

「テメェらは最下層行くんだろ? 本人が一番実力出せる状態に持ってかねぇとだめだろ。安心しろ。一回潜っちまえば変な女なんざ付いてこられねぇよ」

「ううう、下着泥棒が来たらどうするのですか! ……あ、ドーマさんの宿で泥棒は難しいですよね」

 一瞬にしてミルは落ち着いた。

「そう言うこった。道中気をつけろよ」

「シャリオスさんに言ってくださいよ」

「お前はとばっちり受けるほうだろ」

「嫌です」

「諦めな」

 着替え終わったシャリオスが戻ってくると、げんなりとしたミルはアルブムに頬をベロベロ舐められながら店主に追い出された。

 重い物を脱げてまったり顔のシャリオスが大通りへ出た途端、事件は起こる。

「キャアアア!」

「や、やめてぇっ! わたしには夫と愛する息子が五人いるのよ、はぐっ」

「俺には妻が、妻がいるんだぁ!! ぐふっ」

「おにいちゃん、あそこのおにいちゃんムグッ」

「馬鹿見るな! うう、目眩がっ」

 黄色い悲鳴と葛藤の絶叫の中を二人は抜けていく。

 広がる血溜まり。懊悩する人々。上がる悲鳴。

 老若男女関係なくバタバタと倒れていく様子に、遠い目になった。

「具合悪い人、多いのかな。伝染病じゃなさそうだけど。あっ、大丈夫ですか」

 ぷるぷると震えていた老婆は血色が良くなりすぎた頬に手を当てて「爺さんかい? 死んだ爺さんに瓜二つじゃぁ」と血迷っている。

 ある意味感染している。

「シャリオスさん、ここは私が。お婆様、どうぞ私の手を取ってください」

 ふらついた老婆に手を差し出すと、あからさまに舌打ちされる。こっそり傷つきつつ道の端に座らせると、シャリオスの背中を押して走り出した。

「急いで戻りましょう! ……シャリオスさん怖いですし」

 後半はぼそりと呟く。

 人が倒れるような色気を無意識で撒くとは。耐性がなければミルもやられていたに違いない。

 もう移動中は影に潜っていてほしい。

 歴代のパーティが怖がった理由を、また一つ見つけてしまったのだった。


 夜、帰宅後に呼び出しを食らったシャリオスは、領主家へ連行されていった。

 帰ってくると「これ付けないと、出歩いちゃ駄目だって言われた」釈然としない顔で付けている仮面を指す。

 落ち着いた光沢のある黒い狼を模した仮面で、金の装飾が施されている。おそらく、仮面舞踏会か何かで使うような品だ。顔の半分が隠れ、怪しい雰囲気になっている。

 どこかの民族出身者かな、と思う程度のシンプルな装飾が色気を軽減し、良い塩梅だ。目の部分だけ加工が必要だが、心からの感謝をユグドに捧げた。

 ちょっと歩いただけであの惨事。【遊び頃(タドミー)】の仕業と言われても否定できない無差別攻撃だった。

 いつの間にかできていた迷惑防止法に引っかかるから、とむっつりしたシャリオスは、仕方なく仮面をかぶって移動することとなった。

 二人に尋ね人が来たのは、その翌朝のことだった。



「迷宮を案内してほしい?」

「ええ、是非お願いしたいのですが」

 王宮研究員クリム・センジェル。

 同じ王宮研究員のギャルズから紹介を受けてやってきたという老紳士は、柔らかく目元の皺を歪めて笑う。

 白髪を束ね立派な口髭を蓄えた紳士の頭には尖った獣耳。アルブムがしきりに匂いを嗅ぎミルを振り仰ぐ。種族が狐人族なので、仲間だと思ったのかもしれない。

 ギャルズとはよく生態研究で顔を合わせる仲なのだという。ギャルズは、初めてゴーレム魔石をギルドに納品したとき居合わせた王宮研究員で、少人数チームのまとめ役をしていた。そのときの記憶が、彼の中に残っていたのかもしれない。

 紳士はにこりと笑うと、身をかがめてアルブムを撫でた。

「この子は高貴なる女王狐(クイーンテイル)だね。よく手入れされています。私は雪国の出身なのですが、もしかしたら雪の匂いが染みついているのかもしれませんね」

 優しく頭頂部から喉を撫でられ、ぐるぐると嬉しそうに鳴いている。

 座り直したクリムにすっかり懐いたアルブムは尻尾を振って後ろ足で立つと、そのまま膝に乗って頭を擦り付けた。

「昔から生物に懐かれやすいのです」

「教授、これから会食の予定がございますので……」

「おっと、そうだった」

「後はお任せください」

「すまないね。お二人とも、この子はルールック・ファブレ君です。私の助手をしているのだが、申し訳ないが彼から依頼内容を聞いていただきたい。ルールック君、後は任せたよ」

 彼は幾重にも失礼を詫びると、足早に宿を出た。馬の嘶きが遠ざかると、後ろに控えていた青年は、クリムの座っていた椅子に腰を下ろす。

 水色の髪をした、シルバーフレームの眼鏡をかけている。切れ長の瞳が冷たくミルを一瞥すると、まるで背景のように視線を反らす。

「教授はご多忙ゆえ、瑣末なことに拘っている余裕がありません。さっさと済ませてしまいましょう」

 貴族的な笑みと庶民的な笑みを変えるように、ルールックは横柄に言う。

 二人は、思わず顔を見合わせた。クリムの前では物静かな青年だったからだ。

「依頼内容は、新種モンスター調査団を四十三階層まで護衛すること。総勢二十名、他に護衛の冒険者を雇うつもりです」

「クリム教授は案内だと言っていたけれど?」

「教授は世間知らずなところがありますから。貴方が迷宮地図を更新したのでしょう? 他の冒険者よりずっと腕が立つのだから、使わない手はありません。それも吸血鬼を。ああ、でもそこの役に立たない魔法使いに払うつもりはありませんので、置いて行ってください。食事代も出しませんし」

 不機嫌そうな顔をするルールックに見下ろされている。

 ミルは遠い目になりつつ溜め息を飲み込む。付与魔法使いであることは既に知っているようだ。

 眉を上げたシャリオスは素っ気なく肩を竦める。

「ああ、そういう。でも依頼は受けられないよ」

「なぜです?」

 険しい表情をしたルールックに、シャリオスは懐から取り出したチラシを見せる。今朝届いたばかりの擦りたてだ。

「依頼期間中に第二回魔導具品評会が開催されるんだ。絶対こっち優先するから!」

 魔導具マニアは力強く声を張り、ルールックはこめかみを揉む。何を言っているか理解したくないという表情をしていた。

 厳かな顔をしたミルは思った。

(シャリオスさんを他領に出さないための措置。……領主様の恐ろしき知略)

 と言うべきなのだろう。

「……。わかりました、日程をずらしましょう」

「え、無理しなくていいよ」

 思わずといったシャリオスの言葉に、ルールックはこめかみに青筋を浮かせた。

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