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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと願いの代価
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第一話

【前回までのあらすじ】

パーティ【探求者】のリーダーであるグロリアスから婚約者救出の依頼を受けた一行は、見事それを果たし、地上に戻ってきたのだった。

 グラスに入っていた蒸留酒が絨毯に飛び散った。

 見る間に広がる茶色のシミに肩を竦めたのはいったい誰が先か。ガラスケースに入れられた人形達が「あーあ」と溜め息を吐く。

「うんざりしたいのは私の方だ! なぜとどめを刺さなかった!」

「ふわぁ……魔剣ゼグラムを封じるためだよぅ」

 大欠伸を一つ零した少女は眠たそうに瞼を擦った。目尻にたまった涙が零れている。

「魔剣など破壊してしまえば良かったのだ! なぜしなかったのだ!」

 わめき散らす老人は、肥え太った腹を揺らして怒鳴る。

 やれやれと肩を竦めるのは部屋の端に立っている青年だ。

「契約内容を忘れたか、小僧」

 凍てついた声音に、やっと自分が何を言ったのか思いだした老人は青ざめる。

 一歩青年が近づくだけで、部屋の温度が下がるような寒気を感じた。年若い青年に小僧と言われたことに文句を言うことも、吹き出す冷汗を拭うことすらできず立ち尽くす。

「お前は言ったな。――侯爵位が欲しい。手に入れたあかつきには、我らに便宜をはかろうと」

「そ、そうだ」

「アルラーティアの魔剣は魔法契約が施されている。魔剣を壊したところで、貴様の元には何も残らぬ。継承者を殺しても、貴様はゼグラムに選ばれない。生きたまま迷宮深くに留め置くのが最上の策だった。それは貴様も認めていた。故に契約は交わされた」

「お前達が、見張っていれば……ひ」

 いつの間にか抜き放たれた長剣が、老人の首に食い込む。血が一筋流れ、襟に染みていく。

「だがな小僧、貴様が言ったのだ。後継者が這い上がった場合の対策は要らぬとな。俺達相手にそこまで口を出したことは称賛してやる。が、それ以上なめた口を聞けばわかるな? お前は不要だと言った。さあ答えろ、どうだったんだ。え? なぁ?」

「あ、ああそうだ! そうだとも! 不要だと言った! だが、なぜ証拠を渡すようなことを言った!」

「面白いからだ」

「なんだと!?」

 酒の回った頭に沸騰したような怒りが湧く。唾を飛ばしながら怒鳴った。

 首に食い込む剣を一時忘れた姿に、おやおやと再び人形達がため息を吐く。

 その中で、青年だけは違った。口元をニヤけさせ毒々しい笑みを浮かべたのだ。

「俺はな、小僧。他者が困り果て、嫌がり、むせび泣き、這いつくばってるのを見ると、どうしようも無く興奮して、生きていて良かった。俺の生まれた意味を見つけたんだと、新鮮な気持ちになるのだ」

「クズめ!」

「踊れよ小僧。俺は楽しみがほしい」

「依頼はどーするのぅ。無いなら帰りたいよぅ」

「そうだな」

 青年は気を取り直したように剣を引き、思い出したように言う。

「期を見て襲撃する」



 ふわふわと浮かぶ、ぽわりとした光。

 赤、青、黄色、緑、白――それらがくるくるとミルの周囲を回る。

 宿屋の隅、おやつの山盛りプレートパフェを食べていたシャリオスは、十六回目のお代わりをしながら問いかけた。

「さっきから何してるの?」

「付与魔法の練習です。ほら、数が多いと制御が難しいじゃないですか」

「いつも障壁十六枚以上一気に出して操って使ってるのに? 別のこと考えてるでしょ」

 全くもってその通りだった。気まずくなって視線をそらす。

「う。どうしてわかるのですか?」

「僕はミルちゃんのこと、いつもジロジロ見てるから」

「ジロジロ……」

 麗しの吸血鬼は小首をかしげた。バイザー越しでもわかる視線に居心地悪さを感じる。

 ひょっとして気付かないうちに、とんでもない場面も見られていたのでは。

 思わず窺うように見上げてしまう。

「今は僕のことを気にして、どうしようかなって考えてる顔だ」

 そう言って、シャリオスは満足そうに笑う。口の回りにベリーソースがべったり付いていなければ、うっかりときめいてしまっただろう。危なかった、とミルは冷汗を拭う。

「あれ、今のは何考えたの?」

「や、止めてください。丸裸にされてしまいますっ」

「破廉恥!?」

「いやいやいや物理的にではなくて、精神的にです!」

「……ごめんね」

 今度はシャリオスが気まずそうに視線をそらす。目元が赤く染まっていた。ミルは時空魔法で暗黒魔法の記憶を消す方法を考えていたのを誤魔化せて、ほっとした。

「そう言えばシャリオスさん。次の予定はどうなったのでしょうか。まだ迷宮は行けませんか?」

「うん。やるなら日帰りで行ける距離にしてくれって。しかも事前連絡しないとだめそう……」

 チラリと宿の入り口を見ると、ズリエルが兵士の格好で見張りをしている。足下には小さくなっているアルブムが丸くなって眠っており、集まった子供達が背中を撫でていた。かなり平和な光景だ。

 領主ディオニージ・ユグドの姉であるファルレニージ・ユグド・アルラーティア――シャリオス達はファニーと呼んでいる――が十年ぶりに生還した報が、国中に轟いた。

 迷宮が六十階層を超えてなお最下層ではないこともだが、長い年月を生き抜き、持ち返った情報や財は、誰の目をも奪った。

 ドラゴニア迷宮と同規模の火竜の群れ、その下に現れた不死鳥。

 持ち帰った不死鳥の卵は一行の手を離れファニーへ、そして王家へ献上された。莫大な金を得たシャリオスは綺麗に四等分したのだが、ズリエルも薬師も、そしてミルも断った。

 シャリオス一人で仕留めたからだ。

 多くの冒険者と共に帰還した今回の件は新聞にも大きく載り、ウズル迷宮へ潜ろうと、名声ある冒険者が遠方から来るようになり、ユグド領はいっそう活気づいている。

 そんな事もあって、ミル達は有象無象が落ち着くまで待機するよう命じられている。ドーマの宿に侵入するのはかなり難しく、今はズリエルが門番のように入る者を選別していた。

「行きたいなら話してこようか? 待機して一週間も経つし」

 おかげで魔法の練習も迷宮ギルドの訓練場を借りられず、宿内でするはめになった。グロリアスから払われた成功報酬は過ぎるほどだったので、懐は温かいが。

「自室に帰って、魔法の勉強をします」

「やることがあっていいなぁ。……魔導具店も見に行けないし、ご飯しか楽しみがない」

 まるまる太ったらどうしよう、と言う呟きに苦笑いを返す。ミルよりも立派な胸筋が、そう簡単に盛り上がりを減らすと思えない。

 煤けた思い胸に、十七回目のお代わりをするシャリオスの横を通り抜け、自室の扉を開く。

 時間があるのは良いことだ。

 記憶を消す時空魔法開発する事を思い浮かべ、怪しく微笑んだ。

 部屋の中には山と積まれた魔法書に、テーブルの上にはインク壺。ベルカから送られてくる手紙もあった。相変わらず職場環境が精神的にきついらしい。



 大通りはごった返している。

 祭りの日を超える状況に、頭を抱えているのは領地の兵士だ。門前には長蛇の列が並び、港は船がつまり、不法侵入者は後を絶たない。

 過労気味の兵士達は気が立っているし、顔色も悪い。

「急に人が増えましたわね」

「高レベル冒険者が入ってきてるようだ。――右に避けて、前から人が」

「あら、ありがとうございます」

 他人の何倍もある獣人を三歩右に歩いて避けたシシリは、丸い耳をぴくぴくと動かす。教会所属の魔法使いが着る白い長衣を纏っているので、変な輩に絡まれる心配は少ないが、それでも余所者は多い。

 何があるかわからないので道中の護衛を頼んだセドリックは、隙なく周囲を見回している。

「ズリエル殿がいますね」

 目的の宿へ着くと、青髪の犬人族が二人を認めて会釈をする。入り口に立ったまま微動だにせず、足下でミルの使い魔が寛いでいる。

「こんな所でどうなさったの?」

「お久しぶりです。面会人が多いので番をしています。お二人はどういったご用件でしょうか」

 この辺でアルラーティア侯爵家の正統な後継者が帰ってきたことを知らないのはモグリだ。それくらい有名な話になっているので、いろいろあるのだろう。

 シシリは大変ねと思いながら用件を伝えた。

「そうですか。サンレガシ様ならば自室にいらっしゃいます」

「ありがとう」

「君も大変だな」

「お気になさらず」

 冒険者になる以前は自らも護衛をしていたこともあり、セドリックは同情的だ。比較的暖かい季節だが、そろそろ風が冷たくなり始めている。

 二人はため息を吐き、ズリエルの横を通った。

 中にいたシャリオスがぱっと顔を上げる。

「あ、こんにちは! 今日は奥さんと一緒じゃないの?」

「彼女の付き添いで来たんだ」

「サンレガシ様の部屋はどこかしら?」

 そうなんだ、とシャリオスはプレートパフェのソースをすくって食べる。

「ミルちゃんの部屋はあっちだよ。……最近怪しげな笑い声を上げてるから、すぐわかると思う。ね、何してるかわかったら、教えてくれる?」

「え、ええ。……お邪魔しますね」

 心配顔のシャリオスに言葉を濁しつつ、シシリは目的の扉を探した。

 木戸の隙間から「ふふふふ」という、確かに怪しげな笑い声が聞こえてくる。もう一度聖水を浴びせたほうが良いのか考えながら叩くと、ノックの音にピタリと声がやむ。

「どちら様でしょうか?」

 ゆっくり空いたドアの隙間から、小さな顔がひょこりと出てくる。

 薄緑色の目はしっかりと焦点が合っているし暗い雰囲気もない。シシリは少しほっとした。

「お久しぶりです。突然ごめんなさいね。今いいかしら?」

「構いませんよ。中は散らかってるので、食堂でいいですか?」

「申し訳ないけれど、あまり聞かれたくない話ですので」

「わかりました、ちょっとお待ちを……」

 すすす、と扉を閉めたあと、物を動かす音や何かを引きずる音が聞こえると、しばらくして扉が開く。


「どうぞ」

 ミルは紅茶にクッキーを添えると、二人に席を勧める。

「良い香りですね。産地はどちら?」

「実家で作ったものです。父は昔から抽出機とか作るのが好きだったので」

「ご実家は錬金術の専門でしたわね」

 それもこれも動力である魔石がたんまり手に入ったためだ。ミルは知らなかったが、遠心分離機などの機械が融合した「お家で紅茶製造機」なるものが実家に誕生していたりする。

「お話とは何でしょうか?」

「近々教会で聖歌祭が開かれるのですが、出ていただけないでしょうか」

 すると顔を俯かせたミルは小さく首を振る。

「そう言うのは全てお断りしているんです……」

「まあ、どうして?」

 遠い目をしたミルは、過去を思い出してみた。

「我が家が、リスメリット領の一部をいただいたジェントリなのはご存じですか?」

「ええ。話には聞いています」

 貴族と言えば全員爵位持ちと思われがちだが、実は爵位を持っていない者の方が多く、まとめてジェントリと呼ばれている。貴族の次男、三男に多く。女性もこれに含まれる。

 爵位は王家が与え当主が後継者に継いでいくものと、一代限りの爵位があるからだ。

 例えば騎士は一代限りの爵位であり、子に爵位は受け継がれない。しかし陞爵した際にいただいた領地は――領地を爵位と共にもらえることは少ないが――そのまま子に財産として受け継がれるのだ。

 複数子供がいる場合、その中の一人に分け与えるか分割される。ここで争いが起こる事が多いのだが、今は割愛する。

 ミルの実家、サンレガシ家は先祖の功績によってリスメリット領主から小さな領地を分け与えられた。希代の錬金術師と名高かった先祖を「仲良くしよう。末永くよろしくね」と留めるためだ。これは王家も承認している正式な譲渡だ。

 ちなみにリスメリット領主は爵位持ちの貴族で、両家は争いごともなく何百年も共存していた。サンレガシ家は小さな領地でも好きに錬金術を実験できる場所ができたし、税収入も入る。リスメリット領主は名高い錬金術師の一家を手に入れ、社会的な地位も向上した。

 そんな中、生まれたミルは他貴族からの良い的になったのだ。

「我が家は、誰それの注文は受けたのに我々の注文は受けられないのか、など……派閥や料金の兼ね合いもありまして、難癖をつけられる事が多いのです。それで、当然私の事も話に上がり……。そこをですね、その、他領の教会の司祭様が、ええと」

「……。いいのよ、おっしゃって」

 言いにくそうに語尾を濁していたミルはシシリを窺いながら続けた。シシリも、次に言われる言葉が何かわかったのか遠い目をしている。

「その、ご息女の事で大変ですね。しかし光属性があるとは神のお導き。巫女見習いにならないかと、熱心にお話をいただきまして」

 毎日毎日、自分の教会をほっぽり出して先触れ無しに現れる司祭。

 最初に父親の堪忍袋の緒が切れた。出世欲の強い司祭が愛娘を奪いに来るのが耐えきれなかったらしい。次に母と兄がぶち切れて司祭は出禁になった。

 教会では病気の治療をしているので聖属性がないと使い物にならない。だが、借りを作ればリスメリット領へ影響力を持てると思ったのだろう。二家が順風満帆なのは周知の事実だ。

「というわけで、催し物に関わって身バレすると困ります。あと、押せば行けると思われても困りますし、教会に興味があると思われても困るのです」

 困るの三段重ねに、シシリは言葉が出なかった。

「申し訳ないわ……ただ、うちの司祭様は違いますからね」

「ええ、それはもう、何事もない時点で実感しております」

 【遊び頃(タドミー)】襲撃の際、わざわざ教会から駆けつけてくれたことも覚えている。シャリオスの特上級暗黒魔法の余波で立ったまま気絶し、とんぼ返りしていたが。

「ならよかったわ。ごめんなさいね、無理を言ってしまって」

「こちらこそ申し訳ありません」

「お気になさらないで。ご実家にも関係するなら軽々しく受けるなんてできないわ。それで、今日はもう一つ話があって来たのよ。浄化魔法を覚えるおつもりはあるかしら?」

 浄化魔法は光合成魔法として魔法書に載っていたのを思い出す。

 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ったシシリは、人差し指を立ててこう言った。

「暗黒魔法の余波は、浄化魔法で拭えますので」

 いつの時代でも闇には光が有効なのである。

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