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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第二十四話

「まさか全員揃って戻るだなんて……もうやだ」

「いいじゃねぇかよ。水魔法使いもいるし、収穫もあったんだからよ。不死鳥とクジラが何とかなりゃ、一気に上層だぜ」

「この迷宮、食うもんは多いしな」

「俺は酒を飲む。帰ったら酒を飲む」

「人生は冒険と諦めと勇気が肝心だとユリスちゃんは思うのであった」

「凄い矛盾だぞ、お前」

 保護した冒険者達の中に不死鳥を攻略する方法を知っている者がいた。女性達を連れて逃げ切ったあの男性だ。彼は闇属性魔法の使い手なのだという。

 それを知った冒険者達は少しでも生還の確率を上げようと、帰りたがるシャリオスを必死にとどめた。

 要救助者達の装備は、全員が余剰分を分けあうか死体から剥ぎ取り、靴は木を削り出して作った。全員が準備をするために一カ所に集まることとなり、五十名を超える規模となった。

 黒門の下に集まった面々は、先行隊の四人を見送る。

「それじゃよろしくね」

「はいよ、リーダー。にしても障壁魔法は使えるな。風で飛ぶとどうしても揺れるんだよ」

「おそれいります」

 索敵魔法が使える男は軽く黒門に顔をつけ様子を見た。

「大丈夫だ、岩クジラが一匹しかいねぇよ。さっさと釣って、額の石砕いちまえ」

「ユリスちゃんの美技に刮目せよ」

 木の葉の矢を構えて上半身だけ潜らせる。シャリオスも同じように体を入れると魔法を唱えた。

「<纏う闇(ダークネス)>」

 影が動き、しばらくすると火の海から岩クジラが飛び上がった。瞬間、額にあった小指の先ほどの青い石が射貫かれる。

 闇魔法は障壁のように火の海に触れても溶けて燃えないのだという。思えば日光を遮断するのだから、熱に耐性があるのも頷ける。シャリオスもまた、闇魔法の特性を全て理解しているわけではなかったのだ。

 岩クジラが額の青い石を割られた刹那、体がただの岩となり、赤い海に溶けていく。

 三人は一斉に五十九階層へ身を滑らせた。

「道の奥にモンスターの気配ねぇな!」

「ミルちゃん!」

「持ち上げます!」

 全員を乗せた障壁が五十九階層への黒門まで浮き上がる。

 子供達には騒いでモンスターを寄せられては困るので<沈黙魔法(サイレンス)>をかけている。

 全員が出たのを確認すると、ミルは光を屈折させるのをやめる。露わになっていた六十階層の全貌は隠れ、静かに風が流れた。

 薄暗い通路を進んだ一行は、不死鳥の目前まで到着する。

 この日のために食事制限をしていたシャリオスが、優雅に飛んでいる不死鳥を見つめながら唱える。

「<吸血魔法(ドレイン)>」

 強風に煽られたかのように不死鳥が纏う炎が揺らめき、甲高い絶叫があがる。みるみるしぼみ、最後は親指と人差し指をつけたくらいの小さな卵に変わった。落ちてくる卵を影で引き寄せ、瓶に入れる。

「これが不死鳥の卵か……熱っ」

 密閉すれば温度は上がらないので、すぐに蓋をするとマジックバッグに入れる。この不死鳥は再び現れるので、大慌てで大断層を横断することとなった。

 火竜の巣穴は<(ライト)>で照らし、数に物を言わせて殲滅する。ようやく洞窟から出た一行は、一気に四十三階層を目指す。対毒アイテムを持っていない者は口に毒消しの薬草を噛ませた。

 丸一日かけて目的地へたどり着けば、ようやく大休止を挟むことができた。

「お腹は大丈夫ですか?」

「戦闘でいろいろ使ったら落ち着いた。ごめんね、妊婦さんとか運ぶの任せちゃって」

「いいんです。それより明後日の朝には戻れますね」

「頑張ったよね」

「シャリオスさんも」

 ミルは居住まいを正し、改まった様子で頭をさげる。

「私の我が儘を聞いてくださって、ありがとうございました」

「それはグロリアスから聞きたいな。まぁ、終わってないんだけど」

 聞こえていたのか舌打ちし、ファニーにこれこれとたしなめられている。

 たっぷりと夕食を取って、その日は眠った。

 夜番は交代制だが、今回は人数が多いからと免除されている。申し訳ないがありがたかった。


 ゆっくり休んだ後、早朝に出発となった。

 あれほど見たくなかった四十二階層が懐かしい。

 トラップを避けるため全員を障壁で運ばなければならないのは、魔力的にも大変だった。しかし沼を抜け濁流の都を素通りするまで進行速度を緩めることができない。

 十五階層へ到達したときには、見物でやってきた冒険者で迷宮が溢れかえっていた。

 一級冒険者達が大量に帰還するのだ。

 目立たないわけがない。

 先頭に領主とそっくりな紫髪の女がいるとなれば、その衝撃はすさまじい。


 一階層。

 眩しいまでの太陽の光を浴び目を細めた先に、一台の馬車が止まっている。

「大きくなったな。見違えた」

 ファニーは口の中で呟いた。

 待てずに降りていた男は、ファニーを見た瞬間、唇をわななかせ奥歯を噛みしめた。

 堅く抱き合った姉弟に歓声が上がった。このときばかりは冒険者だけではなく、領民達も集まって泣いていた。

「同行者は全員死んだ。試練を超えるのに、十年かかった。待たせてすまぬ。不甲斐ない姉を許せ」

「いいえ、いいえ。ご無事にお帰りになられて、なによりでした。姉上」

「グロリアス、僕らは依頼を果たしたよ」

「……助かった」

 かすれた声で手を差し出す。

 握り返したシャリオスは、背中を叩いて姉弟達の元へ送り出した。

 周囲は大騒ぎだった。

 死んだと思っていた父親が戻ってきたと喜ぶ子供。再婚して慌てる元奥様や、酒を飲みたいと叫びながら軍資金のためギルドに走る冒険者。心くじけた女性達は教会に身を寄せるため、連れられていく。そして帰還しなかったと嘆く者もいた。

 怒りと笑い悲しみで混沌とした空間が広がっている。

「さすがにきつかった」

「そうですね。私も日が高いのに、もう眠いです」

「では課金申請は自分がやります。おそらく二週間は順番待ちでしょうが。のちほど宿屋で合流しましょう」

「ありがとう、ズリエル! 頼りになる。――薬師も宿暮らしだよね。僕らと同じでいい? ご飯美味しいよ」

「地上の料理は久しぶりだから楽しみだね。風呂屋はまだやってるかい?」

「宿の部屋にあるよ」

「そりゃ豪勢だねぇ。案内してくんな」

 ふわわ、と欠伸をして目を擦っていたミルは、途中シャリオスの背中に回収されながら宿屋に着いた。

 見るなり「生き残りは」とドーマが聞く。

 一人だと答えると、小さく頷いて「今日の代金はいらねぇよ」とにやりと笑う。

 出発した状態で保存されていた一室に入ると、ミルは風呂場に飛び込んだ。

 装備を脱いで、水を溜めてお湯に変えると足を付ける。肩まで浸かると体の芯が伸びていくような気がした。

 アルブムもしっかりと洗い、服を着替えたミルは、食事もせずベッドに潜りこむ。

 夢も見ないほど深い眠りが訪れた。

 シャリオスも身を清めてベッドに転がると、糸が切れたように眠りについた。



 ウズル迷宮の最高到達点が更新された。

 領地はもたらされた富み――特に不死鳥と火竜の素材で賑わった。

 一攫千金を求める冒険者、政治的に注目する為政者や他国までもが持ち出される素材に注目する。

 六十階層の不可思議な空間や生態系、新種モンスターの情報が、空位となっていた侯爵家の正統な後継者が帰還した事と共に伝わると、国中に衝撃が走った。


「まずは姉上の死亡届が撤回されたこと、お喜び申し上げます」

「うむ。……しかし魔石の買い取り金額が下がっていたのは、これが理由か。ディオニージ」

「いい冒険者でしょう」

 新しく見つかった仕掛けの話を聞くと、ファニーは紅茶のカップを置く。

 目を細め微笑むディオニージ・ユグドは、とっくに義兄になっていたはずの男を眺める。昔より研がれた刃のようになっていた目つきや雰囲気が、ファニーの帰還後。柔らかくなった。伸びすぎた髪を整え、増えた傷は綺麗に治っている。

「一般兵を付けたのは、どういう意図なのだ? 無論、アイクの忘れ形見であることは知っている」

「あのパーティならば、いずれ魔剣にたどり着くのではと。ならば私兵を供えなければ我らに情報は入りますまい? 魔剣さえ戻れば、義兄さんも迷宮に潜らずに済むのだから」

 姉が死んだ時、五十七階層が最高到達点と予想していた。もっと下に潜ったとも。何があったかわからないが、十年も到達者が現れないところを見ると、強力なモンスターの巣窟なのだろうと考えていた。

「かの有名なドラゴニア迷宮と同等の規模の火竜の群れに、大断層には不死鳥。ご無事で戻られ、本当によかった。継承の議はいかがされますか」

「うむ。叔父上を虐殺してから考えよう」

 静かな言葉にユグドは保ち続けていた笑みを消す。

 人を従わせることに慣れきった者は言葉を飾り立てるが、今の姉にそのつもりは無いようだ。

「問題の魔法契約はどうなっておりますか」

「早朝、郵便で届いた。足取りを追わせているが無駄であろう。叔父上にこのようなことはできまい。さりとて入れ知恵している者は、あの鬼灯の刺し印がある魔法剣士でもなかろう。さて、高貴なるどなたが我が青き血に剣を向けたのか」

「我が王国――いえ、アルラーティア家はずいぶんな方々に目を付けられたようですね」

「仕方あるまい。我ら勇者の意志を継ぎ、大地を歩む者なれば、闘いは永遠なのだ」

 そう言って茶のカップを掲げる。

 微笑みを浮かべたユグドも同じようにカップを上げ、酒樽のように打ち合った。

「それにしても、義兄さんが彼らを選んだのは僥倖でしたね。決め手でもありましたか」

 窓の縁に座るグロリアスは外を見ていた。金の瞳が光を吸い込んでいるように綺麗だ。

「あの魔法使い、称号を持っていた」

 思い浮かべているのは、薄緑の目に長い金髪をした小さな付与魔法使いのことだろう。

 称号とは、鑑定するとき希に現れる謎の文面だ。意味も理由もわからず、またお伽噺で語られるようなものだった。水グミを口から盗ったとき、一緒に鑑定してしまい、わかったことだ。

「……それは」

鑑定水晶(ア・クリスタ)ではわからないだろう。完全鑑定(ア・テリオス)でも意味が読み解けなかった」

「なんとあったのですか?」

()()()()

 柔らかい日差しが部屋を照らし、小鳥達が楽しそうに、さえずっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近、また読み直しているんですが、最後の言葉じーんときました シャリオスが導く人っていってたのも、納得
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