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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第二十二話

 間引きは終わり、採取も調査も終わった。

 ファニー達は希望者を募って六十階層を回りきり、地図と分布図を作成した。不思議な事にモンスターは、全貌が明らかになった後も移動した形跡がない。迷宮から生まれた彼らには元々惑わされないのか、長年住んでいる経験があるのかだろうか。

 結論はわからないが、情報は得た。

 間引きは済み、岩を削って作った大槍に縄を付け死骸は引きずり下ろされた。このときばかりはローテンションではなく、出られる者全てで縄を引いた。

 巨大クラゲの死骸は森に落ち、木々を薙ぎ倒し、触手は残った雷を吐き出すかのように触れた物全てを一瞬焼いた。衝撃で土埃が上がり、納まった後は消し炭になった木々と、巻き込まれたモンスターが骸を晒している。

 地面が焦げていない事に気付いたのは誰が最初だったのか。さざ波のように情報が伝えられ、雷には土属性が効くのではないかと誰かが呟いた。

 ウズル迷宮が他迷宮と違い学説が通用しない事が、また一つ証明される。

「だからこそ、魔剣ゼグラムは試練の場に選んだのだろう。さて、お次はメインディッシュだ。手があると言っていたな? 階層主(アートレータ)をどう料理するつもりだ」

「簡単に言うと、叩いて押す」

「アウリール様、肉体労働の予感がするのですが」

「鋭い!」

 警戒しきった目で窺う。仕掛けを確かめるために百万回ゴーレムを殺したことを、忘れていない目つきだった。


 さっそく階層主(アートレータ)が縫い付けられている場所に着いた一行は、蝶の胴体がずれないように岩で押さえをした。

「脚はミルちゃんにお任せ」

「関節縛っちまえば叩き折るなんざできないよ」

「は、はい」

 杖を構え、止まらない冷や汗で背中を湿らせる。

 良いのだろうか、と心の中で何度も唱えていた。

「それじゃ頑張って押していこう! 角度を間違えないように少しずつね」

『テメェら、覚えてろ。今日のことぜってぇ忘れねぇからな、忘れねぇ。忘れねぇよ覚えてろォオオオ!』

「大丈夫だゼグラム、終わったら手入れをしてやろう」

 ファニーが爽やかに告げた。

『当たり前だチクショー!! こんな使い方しやがって!』

 柄に縄をかけられたゼグラムは、刀身の目を極限まで開いて怨嗟の声を上げる。縄を持った一行が、かけ声と共に引く。

 ゆっくりと階層主(アートレータ)の首に向かって魔剣ゼグラムの刃が迫る。暴れるが羽が縫い付けられたまま。鱗粉を出すこともできず、細長い三本の足も動かない。

「あ、ズレた」

「ならば持ち主として修正してこよう。そなたはここで指示を頼む」

「いいの?」

「洗うのだからな問題なかろう」

『問題しかねぇだろ!? このオレサマが足蹴にされるだと!? 末代まで祟ってやるぁああ……!!』

「それはありがたい。いつまでも我が家にいておくれ」

『違ううううう! そうじゃないいいいい!』

 そよ風のように恨み言を流したファニーは飛び上がると鍔に着地し、柄を蹴り上げた。

 魔剣ゼグラム大激憤である。

 無事に首を落としたあと、ゼグラムは刀身を縮めてグスリと涙ぐんだ。

『オレサマはとっても偉い魔剣なのに、ギロチンの変わりをさせられた。屈辱すぎて罅が入りそうだぜ。どう落とし前付けてくれるだ? エェ!?』

「洗うと言ったであろう」

『そんなんですむかボケェ! そもそもテメェがこんな所で道草食ったのが始まりだってんだよクソが!』

「すまないと思っておる。だが、格式ある名家の魔剣が下品な言葉を使うでない。うんちと言うのだ」

『同じだボケ、クソがー!!』

「うんちと言うのだ」

『クソがー!!』

「うんち」

「まあまあ。無事に階層主(アートレータ)も片付いて、魔剣も手元に戻ったし」

 しかし、魔剣は凄んだ。

『クソ吸血鬼、テメェも許さねェかんな!』

「すまんな、少し情緒不安定なところがあるのだ。本当は良い奴でな、山で遭難したときなど一日中励ましてくれたのだぞ。『大丈夫だぜベイビー、オレサマは魔剣だからな。魔物なんざこの眼光で消し炭よ』と幼心に頼もしく――」

『ヤメロ!? オレサマのちょい悪イメージが崩れる!』

 完全にへそを曲げた魔剣ゼグラムは、しょぼくれた声で『この屈辱よ、屈辱よ!』と叫ぶと目を閉じてしまった。振っても叩いても返事がなく、まるでただの剣。禍々しい見た目が、なぜかもの悲しく感じられた。

「チッ。相変わらず五月蠅い剣だ」

「そう言うな。気の良い奴なのだ。さて、用事はすんだ。是非、我らを地上に導いておくれよ、リーダー」

「依頼を受けたからには、全力を尽くすよ」

 シャリオスは任せて、と胸を叩いた。



 帰還だ。

 問題は五十九階層にいる岩クジラだが、ユリスが対処方法を知っていた。額にある石を貫けば一撃なのだという。

「小休止した場所まで駆け抜けよう。僕が前列、救助者は中。グロリアスとミルちゃんは後ろ」

 黒門の向う側へ顔を入れていたシャリオスは、全員を振り返って告げる。

 メンバーは七人。全員がミルの張った障壁の上で待機している。

 行こう、とシャリオスが促したときズリエルが振り返った。

「何か聞こえます」

 耳を動かしながら目を眇めている。手が鞘に添えられた瞬間、尻尾が膨れた。

「どうした?」

「要救助者がいます。……こちらを目指している」

 しかし、と言葉尻を濁す。今は階層を出ようとしている直前で、場所は六十階層なのだ。罠の可能性もある。しかも護衛対象を引き連れている。

 共に間引きをした冒険者なら助けを求めるより同行を願い出るだろう。魔物に襲われているなら、言葉を濁すことはない。

 考えられる理由が一つしか思いつかず、シャリオスは身を堅くし、ミルを振り返る。緊張したように瞳を揺らめかせているのは、同じ答えを出したからだ。

「シャリオスさん、私……」

「僕らは依頼を受けてここに来た。誰彼かまわず助けるわけにはいかない。優先順位を間違えちゃ駄目だ。相手の人数も、連れていけるかもわからないんだ。ここは迷宮。僕はリーダーだから、全員を道連れにして死ぬわけにいかないし、一人で行くことも許さない」

「ふむ、道理だな。だがそなたらの目の前にいるのは、この階層へたどり着いた冒険者でもある。ゆえに、こちらから頼もう。彼女らには後がない。できなければ集落に預け、手勢を率い、自ら討伐に赴こう。なに、魔剣が手に戻ったもとより、そのつもりであった」

「今更何を言っている」

『諦めろ。ここで引くような奴なら、オレサマと契約できてねぇ。邪悪と対を成す魂の生き方だけが、オレサマを従属させる。お前も知っていたはずだ。キヒヒヒヒ!』

「助けを求められんかぎり、同情も手出しもできぬのだ。なにせ誰もが選択の果てに道を選び進んでいる。気に入らないと不必要に干渉すれば、歪んだ結果を生むであろう。許せよ、婚約者殿」

 薄く目を開けた魔剣が呟き、グロリアスは舌打ちする。斧に手をかけ抜き放った。

 シャリオスは静かに頷き下を見た。もうズリエルほどの聴力がなくとも声が聞こえていた。

 助けて、置いて行かないで、私達も連れて行って、逃げ出したのがバレた、追手が来てる! 殺される、いや死ぬよりも辛い折檻をされるのだ――耳の奥に淀みが溜まるような声で泣きじゃくりながら叫んでいる。

「少しだけだよ」

「付与魔法いきます。<障壁(ウォール)>、<攻撃力増加魔法(アタックアップ)>、<移動補助魔法(ラピド)>、<魔法攻撃強化魔法(アルメナーラ)>」

 障壁を動かせば、全員が武器を引き抜いた。

「追っ手は鏖殺せよ」

「ひゃー、野蛮な姫様になっちゃって」

 癇に障るような笑い声を上げ、魔剣ゼグラムは鞭のようにしなった。蛇のように食らいついたのは大柄な冒険者。彼はゼグラムを目で追うことすらできず、喉を裂かれた。

 激しい血飛沫が体の半分と地面を染め上げ、既に事切れているのにもかかわらず、目を見開いたまま断末魔をあげる。野太い声が奇妙に高く、澄んだ空に通った。

 足を止めた追手の数は十にものぼるだろう。全員が一瞬手を止め、ぐるりと上向く血走った目。正気を保っているのか疑うほど濁っていた。

 その中の一人が指笛を吹く。

 直後、ユリスの弓が額にめり込んだ。浮遊クラゲを射貫いた威力そのまま、矢は貫通し、小さな穴を開けた。

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