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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第二十一話

 露わになった六十階層の全貌は階層に住まう冒険者達を動揺させていた。希望を得た者もいれば、警戒する者もいる。

 ファニーが行くまでもなく、向こうから接触を持つため方々から足を運んできていた。

 万華鏡の森も目眩ましが消え、モンスターも冒険者もどこにいたのかと驚くほどだ。

「まずは持て成し、感謝しよう」

「率直に話がしたいだけだ。こうなりゃ場所はどこだって関係ねぇだろ」

 そう言うのは一番大きな集団を作っていた冒険者達のまとめ役だ。村人ではなく『集落』と便宜上呼ばれる集団だった。

 まとめ役の名はオッグ・カーレン。南島の出身で、最後に見た時より頬が痩け、やつれた印象だ。

 今は彼らの拠点で小屋の一室を借りている。無論、掘っ立て小屋だ。

 他に散っていた冒険者達も周囲で聞き耳を立てており、仲間達が警戒するように見張っている。

 椅子に座り、噛めないほど堅いクッキーを出されたファニーは、記憶より人数が増えたことに懸念を持った。人は多くなるほど統制が難しくなる。なにより守る者が増えるなら、迷宮は牙をより広く伸ばすだろう。他にも、徒党を組まれて襲われたならば、ひとたまりもないという点を上げられるが。

「あの空、やったのは新入りか? 後ろのがそうか」

「後ろのではない。ついでに言えば私の婚約者でな」

「嘘つけ」

「本当だ。グロリアスと言う。わざわざ手勢を率い、長年攻略を進めていたようだ」

 オッグの背後には集落の住人が並び、油断なく武器を構えている。小屋の周辺にも大小様々なパーティが息を潜めて会話を聞いていた。

「最初に意志を聞きたい。そなたらは迷宮に住みたいのか否かをだ。子供も生まれたと聞いておる」

「チッ。そうだよ。まったく。ガキが三人、妊婦が二人。言っておくが俺のガキじゃねぇぞ。――責めてねぇからな」

 わざわざ振り返ったオッグ。気まずそうに頬を掻いた幾人かが父親だろう。それを見て、女性に小突かれる者もいた。

 顔を戻したオッグは「全員一致。戻れるなら戻りてぇ」と呟く。

「そもそも、出たくねぇ奴は集まっちゃいねぇよ」

「そうか。ならば情報共有といこうではないか。他の者達も、代表を出せ。そのかわり、手伝って貰うが良いな?」

 声が通るように張り上げると、何人かが小屋の中に滑り込んでくる。人数とパーティ数を確認し、浮遊クラゲについて話すと、オッグは細かく質問を挟む。

 執着な質問の後、嫌そうに舌打ちして言った。

「話はわかった。クラゲ共を間引くのは理に適ってる。手伝うぜ」

 他からも賛同の手が上がり、全員が合流する事になった。このまま拠点へ行くのは危険だが、脱出する最後の機会だと自分の勘が言っている。そもそも、これで駄目なら迷宮で朽ちるしかないのだ。

 ファニーは代表を連れて戻ることにした。

 今回の引率役兼リーダーに、話を通さなければならないからだ。

「では、連れて行くに当たって契約書を書いてもらおうか。無いとは思うがギルド職員が立ち会っている。馬鹿な真似はするなよ」

「は? 職員だ?」

 進み出たズリエルの仏頂面に、オッグが顔を引きつらせる。

「ちょ、ちょっと待て、そいつ兵士か!? 何でこんな所に!?」

「お疑いのようでしたらギルドに直接問い合わせをしていただきたく。では、書類に必要事項を記入の上、署名をお願い致します。内容はこちらに」

「マジかよ」

 酷く慌てるオッグに、このためだけに居るとでも言うように、ズリエルは取り出した紙束を差し出した。



 優しく揺すられ薄目を開けると、シャリオスが「起きて」と囁いていた。上半身を起こすと、腹の上に乗っていたアルブムがコロリと転がり、楽しそうに鳴いた。

 まだ明るい。

 眠ったのは短い時間だが、疲労感は抜け、頭はすっきりとしている。

「起こしてごめんね。体調はどう?」

「すっかり良くなりました」

「よかった。皆が戻ってきたから、いったん起きて」

「ひえ」

 簡易テントから頭を出すと、見知らぬ冒険者がじろじろと見ていた。思わず首を竦めると付いてきたアルブムが肩に乗る。頭を擦りつけてきた。

「キュ? キュアキュ」

「大丈夫ですよ。ちょっとビックリしただけですから」

「テイマーか?」

 聞いてきた男はしげしげと眺めた後、ミルの襟首をつまみ上げて立たせた。

 恐縮しながら礼を言う。

「お前らもガキ連れてんだな。どいつのだ?」

「成人済みの冒険者です!」

「……お前、チビだなぁ」

 しみじみと言われ、ううと奥歯を噛む。何も反論できなかった。

「この人はオッグ。集落のまとめ役なんだって。他にも各パーティの代表者がいて、間引きの話し合いをするから集まったみたいだ」

「おや? 我らのまとめ役は自覚がないようだ。よろしく頼むぞ」

「はいはい」

 ファニーが手を打つと、焚き火を囲うように全員が円形に座った。総勢二十人ほどいる。

 シャリオスの隣に座ったミルは、膝にアルブムを乗せながら話を聞いていく。

 浮遊クラゲの総数から侵攻計画や連携、持ち回りはどうするか。それじゃお前らの所だけ楽だろう、こっちは人数が少ない。出せる人数には限りがある。黙れ黙れ、それじゃ討伐が進まねぇ。こちとらメシも狩らにゃ飢え死にだ、人数を減らせ馬鹿野郎が――冒険者達は喧々囂々と言葉を投げつけては殴り合いの寸前まで発展する。

 酒場でよく見る光景に、どこへ行くっても血の気が多いと遠い目になったミルは、そっとアルブムの背を撫でる。

 シャリオスは混沌とする会話に、両手を叩いて注意を引きつける。

「それぞれの状況はわかった。五名以下の小規模パーティは僕らと合流して、間引きが終わるまで共同で暮らそう。食料調達が分担できる。冒険者なんだから、そこら辺でも眠れるでしょう? 広さはあるし」

 集落の者は子供がいるので、防衛も兼ねて余力を残すべきだとシャリオスは言う。仕事を終えて帰ったら、壊滅していましたじゃ間引く意味がない。

「異論はないよね。風属性じゃなくても良いけど、上手にモンスター釣れる人は?」

 全員の顔を見回すと、幾人かが名前を挙げる。

「ローテーション決めよう。持ってるアイテム数も正直に申告してほしい。魔力切れでうっかり死ぬのは避けてほしいから」

 全員が一級冒険者だ。わかっているというように頷いた。

「集落にはポーションがねぇぞ。使っちまった」

 出産もあったろうからしかたない。だが、良く思わない者もいて「俺達はやらねぇぞ」と吐き捨てる者もいた。

「僕らが出すよ。物々交換できる? お金でもいいけど――なに?」

 そっとマジックバッグから取り出したポーションを手渡すと、シャリオスは首をかしげる。誇らしげに胸を反らしたミルを見て、まさかと思い出す。

「ヘイ、シャリオスさん! コレの出番ではないでしょうか!」

「コレか!」

「コレですよ!」

 目を輝かせキリリとした表情には期待があった。何の期待かシャリオスにはわからなかったが、そのままオッグに渡す。限りなく透明に近い緑色の液体瓶を見て嫌そうな顔をしている。誰が見ても薄めたポーションだった。

「テメェら舐めてんのか?」

「心配しなくても、これは百倍に薄めたポーションに<回復増加魔法(ヒールアップ)>を十回重ねがけしたやつ。時空魔法で固定してるから、出しっぱなしでも一月は平気。普通のポーションと同じ回復力だし、これなら瓶と交換でいいけど、どうする? あ、でも食事当番変わってくれるので、いいかも」

「マジックバッグに入れておけば、もっと長持ちですよ!」

「お、おぅ。とりあえず鑑定持ちに見せてから決めるぜ」

「グロリアスが持っておるぞ?」

「チッ」

 厳密なる検査の結果、効能は証明され、一本で百本計画ポーションは大人気となった。たくさん集まった空瓶を手に「せめて洗ってあれば」と思っていると、期待に満ちた視線を周囲の冒険者達から向けられる。

「青ポーションも頼むよ!」

「これで魔力切れとはおさらばだな」

「魔法がこれでもかと使えるわ……神よ!」

「あっ、これは駄目なパターンでしたか」

 褒められて鼻高々になっていたミルは、積み上げられた空瓶を見上げ冷汗を流す。その肩を優しく叩いたファニーは「洗浄は任せよ」と優しく微笑む。

 当番は全て免除されたが、大変なことになってしまった。

「青ポーションは話が終わってから交渉しよう。他に何かある?」

「すみません、私から一つ質問が。魔法の維持はどうしましょうか」

 周囲の冒険者達は首をかしげた。

「空を何とかしたのは、あんたの使い魔か?」

「いや、全面的にミルちゃんの魔法。どれくらい維持できる?」

「そうですね……。この状態で連戦すると青ポーションの消費はいつもより多くなると思います。規模が大きいですから。鏡か何か設置できればいいのですが、物が無いですし。でも、さすがに迷宮を出る時には解除したいと思っています」

 オッグは片眉を上げたが「そうか」と質問を切りあげ、話し合いは終了した。

 少人数パーティはすぐに帰還する。比較的人数が多い場所は青ポーションや他に足りない物の交換希望を出す。彼らはこの後、メンバーと持ち回りを決めないといけないので、そのためにも必死だ。

「サンレガシ様、合流するパーティが諍いを起こさないよう地面に線を引きましょう」

「まさかそんな……いえ、わかりました。面積が同じになるようにしますね」

 空いてる場所を見ながら障壁で線を引いていくと、一番最初に帰ってきたパーティが好きな場所を取り、最後のパーティは選べずに機嫌を悪くした。

 酒と食事と娯楽が無いと、冒険者は心が狭くなるようだ。


 間引きが始まった。

 一度に参加するのは十五人。三つに分かれ、二パーティが弓や投擲でモンスターを釣って倒し、最後のパーティは後ろに控える。地上から別のモンスターが来たときや、崩れたときの保険だ。一戦ごとにローテンションで変えていく。

 三日で触手一本分ほどモンスターを減らすが、触手から浮遊クラゲが湧き出している様子はなかった。

「凄い帯電ですよね、あの巨大クラゲ」

「攻略法見つからないと困るね。ズリエル、何か思いつく?」

「溶かすのはどうでしょうか」

「酸か……三十六階層まで戻って毒蛇(ウェネーヌム・オピス)から採取する?」

「あんた達、平和だね」

 呆れた薬師に同意するのは他の冒険者達だ。

 ゆらゆらと揺れている巨大クラゲの死骸。はた迷惑な事に黒門に引っかかってしまったあれのせいで、どれほどの冒険者達が死んだことか。

「もう一匹いるから倒し方は考えないと」

「そりゃそうだけどね。昼間は起きないんだろう?」

「みたいだ。間引きが終わったら死因を探すよ。駄目なら魔法ぶち込むしかないけど」

「寿命じゃないといいねぇ」

「な、なんとか見つけましょう! おー!」

 暗黒魔法を見たくない一心で、ミルは力強く拳を握った。


 拠点に帰ると、既に食事ができていた。

 共同生活を始めて全員が喜んだのが、暖かいスープに具がたっぷり入る事だった。薬師が食べられる植物を見分け、シャリオスの秘蔵調味料ストックを出したのも大きい。久しぶりに濃い味の料理を食べた彼らは涙ぐんでいた。数年閉じ込められていたので、手持ちの調味料は底をついていたらしい。

 話題に上るのは、ここまでどうやって降りてきたのかが中心だった。特に不死鳥の攻略は幾度も議論され、誰も倒した者はいない。シャリオスのように習性を見抜いて通り抜けた者もいれば、水魔法で叩き落とした隙に、という話もあった。

 現在六十階層に留まる冒険者の話も出た。

 特に顔を顰めて話されるのは村人の事だった。

「帰りたくない奴に碌なのいないから」

「オークかよ」

「オークだろ? 女と見れば見境ないよ。あーやだやだ。同じ男でもゲロ吐きそうだぜ」

「俺、赤ん坊の死体が落ちてたの見たことあるんだ……」

「言うなら食欲が減退したような表情でスープ飲むのやめよ?」

 シャリオスは憂うように言う。

「襲って来たら、皆殺しにするしかないね」

 そうだな、と賛同の声が上がる。木皿をもって焚き火を囲みながらこうして話すと、怖さは薄れるが、やはり良い気分にはならない。

「にしても、吸血鬼と光魔法使いのパーティって、なんらか不思議らよね」

「おい、どこに酔っ払う要素あった。酒はどこだ!?」

 ベロベロに酔っ払ったユリスは赤い顔をしながら「酒なんて飲んでないらよ!」とフラフラしている。横の冒険者は皿の中を覗いたり周囲を機敏に見回している。

「俺は酒が飲みたい!」

「肉に料理酒を入れた。焼いたときに飛んでるけど」

「酒がほしい!!」

「すまんな、ユリスはオレンジで酔っ払うのだ。おそらくソースであろう」

「は? 犬人族じゃない?」

「ハーフれすが何か!?」

 なんかごめんね、とソースの持ち主(シャリオス)が謝罪すると満場一致で無罪判決が出される。首を振った冒険者達は今や調味料を与えた吸血鬼の信奉者である。崇拝していると言っても過言ではない。

「ファニー様らのパーティは、間引きが終わったら速攻地上に戻るの?」

 頷けば、グロリアスは鼻を鳴らして言った。

「てめぇも年貢の納め時だ」

「や、やめてくれ……。おかしいな、それは男が言われる台詞ではなかったのか」

 弱々しく顔を反らすファニーは、眼圧に屈したように狼狽している。かといって結婚を嫌がっているわけではなく、複雑な乙女心を抱えているようだ。

(羨ましいわ、結婚……)

 ヒュー、と口笛を吹いた冒険者達は手を叩いてはやし立てている。相手が貴族とわかっているのに、全く遠慮がない。

「みなも地上に戻るのであろう?」

「もちろん! その前に素材狩ってくけどね。先立つものはいつも金ってわけよ」

「今は酒が欲しいけどな」

「それは上に帰ってからのお楽しみ。野暮なこと言うんじゃないよ」

「へいへい」

 当初の険悪さは消え、冒険者達は和やかに食事を囲んでいる。

 オレンジ色の薪が燃え尽きる頃、闇は深まり六十階層の景色が一変する。星のようにきらめくモンスターは眩しいほど大量だった。

 ミルとシャリオスに順番が回ってくる。障壁で叩き落とすと、シャリオスが内臓を抉るように双剣を滑らせ、止めを刺す。

「魔力はどれくらい?」

「<止まれ(ストップ)>の消費が大きいです」

「<障壁(ウォール)>で刺すのはどうかな」

 しばらく考えた後、首を振る。

「ほぼ同じです。浮遊クラゲの表面は弾力があって、鋭さよりも重さで押しつぶす方が効果的です」

 双剣を払って体液を飛ばしたシャリオスは、鉄靴で踏み潰す。内臓が四散し、しぼむように体内の雷が弾けて消える。

 危険なやり方に目を見開くと「足の裏に<纏う闇(ダークネス)>してるから平気だよ」と返ってくる。証拠を見せるように、関節部分からニュルリと影が出て、ミルの手を取って握手をした。

「お互い魔力の節約方法を模索しないとだね」


 翌朝、二人は巨大クラゲを観察するために障壁に乗った。

 外傷は無く、丸い皿のような部分を見たシャリオスは違和感を感じる。

「質感変わってる? 触手は干からびてるのに、頭の丸いところは柔らかそうだ。何か投げてみよう」

 投げた石は弾かれず死骸の上に落ちた。弾かれない事に試しに降りてみると、ぶよぶよとした感触があり、ナイフを突き立てれば根元まで刺さる。

「持ち帰って調べよう。うわ、臭いな……ズリエルが嗅いでる腐臭ってこんな感じか」

「こちらの瓶を使ってください」

 口の大きな瓶いっぱいに部位を入れ帰還すると薬師が調べるため、薬皿をいくつも並べ、巨大クラゲの死骸の欠片を入れていく。

「死骸が腐らなかったのは、防腐剤代わりの何かがあったせいだろう。成分が出てる。生来か摂取かは知らないけどね」

「少なくとも十年は腐らなかったってことか」

 遠くでグロリアスに詰め寄られているファニーを見る。彼女が降りたときには既にこの状態だった。

 次に浮遊クラゲの死骸を解体する。

「あの、これ見たことがあるのですが」

 胃の内容物を見たミルは、強ばった表情で垂れている液体を見た。

「どこで?」

 草むらに上半身入れると、何かを持ち上げた。白いもふもふしたアルブムだ。おやつ代わりの食虫植物から緑色の液体がはみ出ていた。

 無言で口を擦った布を薬皿に入れた薬師は、半目で言う。

「同じ成分だね。やだやだ、こいつが防腐剤だなんて……。このクラゲ共はこんなもん食ってんのかい」

「頭は触手よりも速く腐ってるのか」

「まさかあいつ、黒門に引っかかって餓死したんじゃないだろうね?」

「そうだったら、なんだろう……心が辛いかもしれない」

 巨大クラゲが、どういうわけか黒門に引っかかって死んだ。あとは食虫植物を食べ腐りにくくなっているせいで、冒険者達が二次被害を受けている――かなり間抜けな話である。是非違うと言ってほしい。

「話はわかったのですが、アルブムは大丈夫なのでしょうか。健康被害とかは」

 蒼白で、小刻みに震えている。

 持ち上げられたアルブムはぺろりと口の回りを舐めていた。

「死んだとき腐りにくくはなるだろうね。まあ、それもモンスターなんだし、食えない物の区別はつくだろ」

毒蛇(ウェネーヌム・オピス)の毒袋を囓った事があるのです」

「毒耐性があるんだろう?」

「ないです。普通に毒にかかってました」

「待って、すぐ解毒薬出すから」

「先に吐かせな!」

「ギュ!?」

 恐ろしいものを見るような目で薬師はアルブムを奪うと、ひっくり返した。しかし何も出てこない。むしろ新しい遊びと思われて喜ぶ有様である。

 しびれを切らした薬師が懇懇(こんこん)と諭すことで怒られていると気付いたが、本人はやだやだ美味しいもんと聞く耳を持たない。

「駄目だって言ってるだろ! 拾い食いすんじゃないよ!」

「ギュー! キュアキュ! グルル!」

「主人に心配をかけるなと言ってるのさ。あんた、それでも使い魔なのかい? 契約を交わしたんだろう」

「ギ、ギュ……」

「ほら、こんなに青ざめちまってるじゃないか。脈も速いね。こりゃ早死にしちまうよー? 心配で早死にだねぇ。あー、可哀想に。あー、あんたのせいだね」

「ギュ!?」

 脈を取られたときに首がグキリとしたせいで脈が速くなっているのだが、薬師はアルブムに「おら。どうすんのさ」と詰め寄っている。

「……キューン」

「わかったならいいんだよ。お前は偉いから、夕飯に出す予定だった肉をやろう」

 ぺたりと伏せていた耳が一瞬で立ち上がり、機嫌よく後を付いていく。ふりふりした九本の尻尾を見送ると、労るように頭を撫でられた。

「わかってくれてよかったね」

「はい」

 飼い主としてもっとしっかりしなければ、とミルは思った。

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