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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第十七話

 ツルリとした甲冑を撫でながら首を巡らせる。

 一人飛ばされたシャリオスは、寝違えたような痛みに顔を顰める。

「障壁が壊れた」

 注意深く見回す。

 周囲は夜空のような輝きと幻想的な美しさの川に、一面の花畑。モンスターの姿は一匹も見えず、小鳥や蝶が舞っている。しかし花の下には白骨化した冒険者や、モンスターの死骸があった。この花達は、骸の上に咲いている。

 そして新たに増えた骸へ胞子が根を伸ばし、再び数を増やすだろう。

 切り捨てたのは三人。

 これを多いと言えば良いのか、シャリオスは悩む。

 火竜の群れと不死鳥を超えた冒険者達は六十階層に留まり、襲撃者に変貌していた。

 理由は困窮故だろう。

 痩けた頬、手入れのされていない装備は今にもちぎれそうだった。助けを求めるわけでもなく無言で襲ってきた彼らを、シャリオスは切り伏せた。

「話を聞けたらよかったんだけどね」

 死体を検分してわかったのは彼らの首に奴隷の首輪がはめられていた所だ。犯罪者を従事させる時に使われる魔導具で、当然迷宮に存在して良い品ではない。国が厳重に管理しているからだ。

 ギルド証も所持しており、犯罪者ではないだろう。ふと、気付いたシャリオスは、遺体の口を開く。思った通り、舌が切られていた。

 喋ることができず、ボロボロな装備。虚ろな目は意志を放棄していた。どんな命令が下されたかはわからないが、碌な事をされなかったらしい。

 奴隷の首輪はベルトを巻き付けたような形だが、鍵穴が無かった。切ろうにも堅く、剣も入らない。

 マジックバッグから細い真鍮製の針を取り出して鍵穴に差し込む。動かすごとに火花が散り、やがて奥がぐるりと回って留め具が緩む。外した三人分の奴隷の首輪をギルド証と共に袋に詰めると、少し考えて、瞼に触れる。

「まさか魔導具師に注意が必要になるなんて……」

 今できるのは彼らの足跡を追うか、避けるかの二つ。

 敵か味方かわからない連中は避けるべきだ。

 シャリオスはアルブムを投げた後、ついでに蹴り飛ばしたズリエルが怒っていないと良いけど、と思う。一番心配で重要な魔法使いの落下地点に仲間を集めるのが最善だったのだ。

 踵でバランスを取りながら、なだらかな花畑を滑り降りる。

「ミルちゃんが死んだら絶体絶命だ。うん、やっぱり合流を目指そう。僕への魔法は解けてないし」

 さんさんと降り注ぐ太陽の中、部屋の中に隠れるしかなかったとき。シャリオスに手を差し伸べたのはミルだった。日傘のように魔法を使い共に迷宮を抜けた。この魔法が続く限り、ミルは無事である。

 一歩踏み出すとブニャリと気味の悪い感触がする。剣が刺さっても魔法をぶっ放しても問題ないことは先ほどの戦闘でわかっているが、いつまで続くかわからない。

「見渡す限りのこれが、全部モンスターだなんて。ウズル迷宮は王家担当じゃないのが不思議だな。……潜れた方が嬉しいから、このままでも構わないけど」

 貴族が管轄する迷宮は王家が裁量を任せても良いという、危険度が低い物が多い。王家が管轄する迷宮は群を抜いて危険で、演習と費用捻出のため軍が攻略を進めている。

 ウズル迷宮は話に聞く基準を全て満たしているように思えた。

 全貌がわからないほど巨大なモンスターは、今は彼の足下で深く眠っている。

 ユグド領を超えるのではないかという巨大さに圧倒されながら、そのモンスターから降りようと花畑の終わりを目指した。



 酷い鈍痛を覚えて目を覚まし、体のどこが痛むのか確かめる。

 頭だ。

「ちっ、手加減しろってんだ」

「アンタみたいなゲス野郎、いっぺん死んどきゃいいのさ」

 目を開けたグロリアスは額を押さえ上半身を起こす。反対側の牢に捕らわれている薬師は、こめかみを引きつらせながら悪態をついた。いい気味だというように。

 周囲は地面を掘った洞窟で、山賊の根城のような有様だ。空気が籠もり、光はランタンが一つ。油ではなく、動物の脂に乾いた蔦を削って作ったようだった。柵の代わりに岩を積み上げ、殴ればすぐに崩れそうだ。素人が作った牢にしては良くできている。

「言っとくけど、出るんじゃないよ。壁には爆薬、遠隔魔法に目眩ましさ。見張りは三人いて、にやにやこっち見てるんだろうよ」

 声は聞こえないが、気配で何かが笑っているのがわかる。看守は魔導具でも使って、姿を消しているのだろう。

 武装は全て解除され、アイテムボックスも没収されている。

「どれくらい寝てた」

「三十分ってとこさ。人のこと差し出しておいて、言う事はそれだけなのかい?」

「テメェは犯されないだろ」

 鼻を鳴らし、壁に触れて確かめる。指先から魔力の気配が伝わってきた。確かに破るのは簡単だが、破った後は恐ろしい報復を得るだろう。ここまで降りてくる冒険者に、わからないはずがない。

「はぁ!? っアンタね、あいつらに好きにしろって突き出しておいて――」

「お前は聖属性持ちで薬学に通じている。ここは迷宮の中だ。相手は空洞頭の山賊じゃなく冒険者。いくら女に飢えていようと、自分の身が第一だ。いざというとき治療に手を抜かれちゃ困るのはあっちだ。馬鹿が、こんな事もわからねぇか」

「その手を抜くっての、アンタの時にやってやろうか?」

 ぎりぎりと拳を握るが、顔が見えるくらいの穴しか空いていないため、グロリアスには全部見えない。見えたとしても、彼は無視するだろうが。

「連中、お前を懐柔したいはずだ。だから俺も生かすだろうと思っていた。馬鹿は長生きできないのが迷宮だ」

「……だったら、何でアンタをぶん殴って気絶させたのさ」

「お前は長生きできないな」

「話を要約できないほうが馬鹿だと思うけどねぇ」

 遠回しに勿体ぶるな、話が長いと言う薬師。

 気が短いと小馬鹿にするように顎を突き上げた。

「獣と一緒だ。俺の方が強い、お前が従えと連中は言ってる。冒険者共は破落戸と紙一重だ。下だと体に覚えさせなきゃ納得しねぇ」

「で、従うのかい?」

「馬鹿か」

 とくれば道は一つ。

 壁に噛みついたグロリアスは、土を咀嚼すると吐き出した。

 完全鑑定(ア・テリオス)は口に入れた全ての物を鑑定する。それは物、生き物、魔法に関係なく、制限すらない。

「跪くのは、あいつらだ」



 ファニーの言う本拠地は大樹の洞だった。

 中で眠っていたのは一人の女冒険者で、他にメンバーはいないという。

「彼女が私の仲間であるユリス。卓越した弓の名手だ。気さくで明るい人柄でな、よろしく頼む」

「なになに? クッッソ真面目顔で人生つまんなそーな顔してるね。お、犬人族じゃん。チッスチッース。半分だけだけど同胞だよー。てか、やっと前衛が増えた。遅いよお姫さん」

「む、すまぬな」

 無礼を気さくで明るいと言って許す度量に困惑していると、ユリスは片手を振った。

「いいって、いいって。こっちのちみっちゃいのも、よろしくね~。かぁいいねぇ。よしよし。お姉ちゃんって言って良いんだぞー?」

「ズリエルと申します」

「ミルです。こちらは使い魔のアルブムです。あ、あの……お姉ちゃん?」

「サンレガシ様、従わなくてけっこうですので」

 あまりにも鋭い眼光だったので、ミルは首の骨が鳴るほど素早く頷く。

 ユリスはケタケタと笑い、茶色の髪をかき回す。同じ色の耳がぴくぴくと動き、深い藍色の目を細め「それで?」と問いかけた。

「昼間に起こした理由は自己紹介するだけじゃないんでしょ? 本題行ってみよーよ」

「話が早くて助かる。彼らのパーティが散り散りになっててな」

 事情を聞き、婚約者が乗り込んできた下りでユリスは大笑いし、腹を抱えた。

「トンデモ野郎だとは聞いてたけど、本当にとんでもない! あー面白かった。よし、いっちょ探すの手伝ってやるよ。なぁに、このユリスちゃんにかかれば四人と一匹分の一の働きをして進ぜようではないかー」

 大丈夫か不安になる口上を述べると、彼女は短パンをはたき立ち上がる。勢いをつけて飛ぶと、そのまま森の中に消えていった。

 一人で大丈夫なのかと思っていると、背中を叩かれる。

「なに、気にするな。我々は反対側へ行こう」

 しかし、周囲が暗くなるまで探したが、形跡すら見つからなかった。

 慰めるようにファニーは言う。

「落ち込むことはない。また明日、探そうではないか」

 ユリスは夜番なので、今は短い睡眠を取っている。

 夕日が沈むように天上の光が陰り、空はオレンジから紫へ変わろうとしていた。枯れ果てた大樹の洞から見える光景は、やがて黒く染まり、星のような光の粒が現れ幻想的な光景が見られるのだという。

 それはモンスターや花の胞子が光っているからだと、隣に座るファニーは語る。

 子供が二人や三人いてもおかしくない年となった彼女は、グロリアスの婚約者。十年前に行方不明となり、生存が絶望視されていた女性とミルは邂逅している。

 不思議な感覚だった。

「それでなぁ、あやつはほんっっとうに気が短く凶暴で、怒ると殴って鎮める以外に方法がないのだ。顔を合わせたら、何をされるかわからない」

 うぃーひっく、と酒場の親父のごとくグデグデに酔っ払ったファニーは、顔を真っ赤にしながら、縁の欠けた木のカップに口を付ける。

 彼女が眠っている場所に引きずり込まれるように招かれたミルは、マジックバッグから食料をごっそり徴収された。

 久しぶりにまともな食料を手に入れた喜びを抑えきれず、料理酒で酒盛りを始めてしまい、ミルは酔っ払いに変身した彼女の相手をしている。

 もしかしたら、婚約者が来ていると知って、彼女も落ち着かないのかもしれない。

「しかしアイクの息子が来るとは。亡霊と出会ったかと思って嬉しくなってしまったではないか」

「失礼ですが、顔を近づけないでいただきたく」

 ぷはりと酒気に濡れた息を吐きかけられ、ズリエルは顔をそらす。尻尾が二倍に膨れていることから、人族では感じないレベルの凄まじい酒気を感じているのだろう。

 と柔らかな腐葉土に座っていたミルは、はふりと息を吐く。持ち込んだオレンジジュースの香りが広がった。ズリエルに「酒を飲まないように」と視線で示されたので、一滴も飲んでいない。

「そなたの父君は、本当に良い戦士であった。彼のおかげで、我らは生き残ったようなものだ。大いなる精霊と戦士の生き様、この出会いの奇跡に祝杯を」

 彼女のパーティは六十階層まで落ちるように進み、当初二十四人だった一行は、八名まで数を減らす。内五名は十年の間に、病やモンスターによって命を落とし、道を違えた。

 最後まで残っていた従者のライムは、昨年命を落とした。巨木の裏側に墓が並んでいるのをミルは知っている。

 ファニーの捜索隊は今までもあり、そのうちの数人が六十階層へ降りたものの、帰還方法が見つからず、足止めされているうちに命を落としたのだそうだ。

 ユリスが、その最後の生き残りだという。

 たまに「迷宮に腰を据えちゃう?」と嘯いては笑っている。全て、突破法が見つからないせいだ。新顔にも期待していないのだろう。歓迎しても帰還の話は出なかった。

「それにしても、ここでは人族が多いのですね」

 襲撃者もそうだが、獣人が少ないように思えた。

 その答えをファニーは知っていた。

「鼻が利くから、暮らすだけでも辛いのだそうだ。どうも、この階層は臭いそうでな」

「そうなのですか?」

「……かなり」

 控えめに言うが、もしかしたら酒気と混じって、とんでもなく嫌な臭いを嗅いでいるのかもしれない。ズリエルは息をするのも辛そうなそぶりを見せている。ユリスは人と犬人族のハーフなので、それほどでもないのだろうか。

「六十一階層への道を探すか上層を目指し、みな消えていった。年中花や腐臭で頭が痛くなると」

「大丈夫ですか?」

「……ええ」

 これはかなりのものだ。

 居心地悪そうに絡んでくる酔っ払いを牽制しているズリエルだが、いつもより表情筋が緩んでいるように見えた。匂いだけでなく父親の死を受け止め、生きているかもしれないと知り、また死んだと言われれば落ち込みもしよう。

 気遣わしげに見つめていると、アルブムがすくっと立ち上がった。耳をピンと立てている。

 同時にユリスが起き出し洞を出た。得物を抜く。

「この六十階層を我々は『万華鏡の森』と名付けた。あるはずの道が消え、地図すらまともに見えぬ有様の階層に住むのは、幻想系モンスター。恐るべき戦場を、今宵は解説してやろう。なに、新入りは先達に教わるものだ。遠慮などいらぬ」

 ファニーの見ている先に、夜空の隙間から顔を出したように、ふわりと現れたモンスターがいた。ドアを開けて入出するかのように、手足を伸ばす姿はクラゲに似ている。丸いふわふわとした体に、触手が八本。内臓が透けて見えた。

「浮遊クラゲと名をつけた。雷を纏い、金属類だと感電して死ぬ。なかなかに厄介だ」

 言葉が終わった直後、待っていたかのように頭を膨らませた浮遊クラゲの体に、黄色い光が走った。周囲を威嚇するように放たれる雷電。バチバチと夜空に似合わぬ音が響く。

「一矢射る。木の葉の矢だ。鉄は焼けてはじかれ効かぬゆえの苦肉の策だが、あれが存外有効だ」

 青々とした葉の先が、柔らかい体を一突きにする。見る間にしぼんだ浮遊クラゲは絶命した。

 軽々と言っているが、木の葉を鏃にし、貫くのは神業だ。六十階層で生き残った者は、誰もが一流だ。

 ファニーは指を奥の空へ向け、ミルは背筋を伸ばす。

「そら、群れがやってくる。幻想的だが、死の香りがするであろう?」

 夜空の広がる星々のような光が全て敵の群集だ。

 まるで誘うように囁くファニーは、紫の瞳を「何も恐れることなどない」と向け、柔らかくミルを抱きしめる。幾度も越えた夜を今宵も越えるだけだと呟いた。

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