第十五話
先行していたシャリオスが帰ってきたのは数時間後だった。
食事も終え、一同は集まり地図を渡される。
「二股に分かれた先なんだけど、右は不死鳥、左はまだ下に続いてる。でも、壁に×印がついてたんだ」
「誰か通ったって事かい」
「ここまで来た冒険者は一人じゃなさそうだ」
呟きながら印を指さす。
「×印の先には大量の死体があった。たぶん不死鳥以外の何かが棲み着いてる。全部白骨化してたから、どんなモンスターかわからない。不死鳥の横を通る以外、道が無さそうだ。すぐ下に横穴があって矢印が書かれてた。古い印で、入り口には下半身が焼けた死体が引っかかってた」
それも白骨化していたという。
「失敗すると不死鳥に気付かれて燃やされる」
「骨が残ってたなら、かなり遠くまで誘き寄せたのですよね? それでも炎が届いた」
「恐らく。――グロリアス、×印の方を先に確認する? どっちも危険だから、好きな方を選んで良い」
「その前に聞きたい。矢印の端は内側に曲がっていたか? こんなふうにだ」
マジックバッグから取り出した古びた紙を開いたグロリアスは、一部を指さした。
「そうそう、こんな感じだった」
「ライムが書いた印で間違いない。奴はファニーの従者だ。そこを通っている」
腹の奥が沸騰したように熱くなった。それは全員だったのだろう。
十年前に失踪した冒険者達の手がかりが入った。奇跡的だった。
生存の可能性が高まり、グロリアスは目をギラつかせる。
「その方法はあるのかい?」
「さっき大断層に石を投げ込んだときも確認したけど、不死鳥は落ちてくるものを気にしてた」
そういえば、と思い出す。
なぜあんなことをと肝を冷やしたが、確認だったようだ。
「影を通して石を落とす。注意が逸れた隙に姿を消して飛び降りる」
まてまて、と薬師は両手を振った。
「さっきみたいに影で全員を向う側に連れてくことはできないのかい?」
「明るいところでは魔力消費が大きいし、攻撃を防げなかったら蒸し焼きだ。防ぐ手はないよ。水魔法使いの精鋭部隊を編成して、今すぐ連れて来られるなら話は別だけど」
「その前に水蒸気爆発で死ぬだろうけど」と続け肩を竦めた。座り込んで青ポーションをあおり、疲れたように目元を揉んでいる。
「大休止を取りますか?」
「不死鳥が上を気にしている間に進みたい。大断層の側面、見ればわかると思うけど宝石だらけだった。かすっても瀕死になる。僕達は五人と一匹だ。安全が確認できない横穴の中で、何かに出くわしても面白くない」
近づいて来たグロリアスは、強くミルとシャリオスの背中を叩く。
よろしく頼む、と言う事だろう。
二股の道を右に進み、シャリオスが影を通し、上から投げ込んだ石に不死鳥は反応した。飛び去っていくのを見た瞬間、思い切り障壁を動かす。
一秒あるか無いか。姿も見えない、音もしない――にもかかわらず、不死鳥は高らかに鳴く。だが、まだ猶予はあった。敵の姿を見られず鼻も良くない。
巨大な炎の渦は肌を焼くが、逸れていく。その隙に、一目散に奥へ突き進む。
しかし、確実に迫っていた。
「あそこ! 地面が焦げてない!」
もう少しで追いつかれるというところで火は届かなくなり、ミルは転がるように膝をつく。
「不死鳥、大きかったですね!?」
「一匹で良かった。あんなの何体もいたら死ぬ」
「火傷したなら<回復魔法>かけるが、どうだい」
「いや、魔力は温存しよう。これならポーション回しのみで行けるはず」
「コレを使え」
「あっ! あんたねぇ、自分が他人の口つけたもん飲みたくないからって――まあいいや。代金はそっち持ちだしね」
一人で納得しつつ、グビリと煽った。次に手渡されたミルも一口いただく。ひりついて赤くなっていた肌はツルリと戻り、シャリオスに渡すと酷く動揺したように挙動不審になっている。
「おい、さっさと飲め」
「ずるいよグロリアス。こ、ここここれは間接的に触っちゃうじゃないか!」
「吸血鬼のくせに何を言っているんだ?」
「アウリール様、一度こちらに渡してください」
布で縁を綺麗に拭ったズリエルは一口飲むとシャリオスに渡す。救世主を見たかのような表情に、珍しく半目になっている。
最後にアルブムがペロリと舐めて回復すると、再び一筋の光も当たらない横穴を、シャリオスを頼りに歩いた。モンスターの影や食べられそうな物も一切ない。
「今日はここで待機。見張りを立てて休憩しよう。道は続いてるけど、休めるのは最後かもしれない」
「と言いますと?」
「黒門があった。次は五十九か六十階層だと思う」
「五十九階層でしょう」
ズリエルは言い切る。
火山の海で見た黒門の距離を考えるとそろそろ出てきておかしくない。五十八階層へ続く黒門は、おそらく見逃している。
「階層主は不死鳥と考えていいのかな……。ウズル迷宮は十階層ごとに決まって出るって法則もないし、予測が難しい」
他の迷宮はユグドほど無秩序ではない。
明かりが点ると寄ってくる何かがあるかもしれないので、火を付けず冷たい食事を取る。蒸し暑い中ではそちらの方がいい。
腹を満たした後は全員一緒に眠った。ここで襲われたら全滅なので、全員が眠ったほうが次階層で不調も起きにくい、というのがシャリオスの提案だった。
気が立っていた事もあり、ミルは何度も寝返りを打つ。
すると、シャリオスが声をかけてくる。
「眠れない?」
『魔法の部屋』の中では、静かな寝息しか聞こえてこない。ミルは小さく返事を返す。
「そっち行って良い?」
「? はい」
するりと布団が盛り上がり、驚く間もなくシャリオスがベッドの中に潜り込んで来る。影を伝ったのだ。
「へあっ!?」
「しー! 起きちゃうから」
「こ、こここ困ります。ど、同衾は結婚した旦那様でないとっ」
「迷宮内ではずっと雑魚寝だったじゃないか。今更何を言ってるの? ……僕だって恥ずかしい」
もぞもぞと動いたシャリオスはミルを端に追いやって場所を確保すると、抱き枕のように腕を絡めてくる。
「アルブムぐっすりだね。今日はたくさんブレス吐いたから、疲れてるみたいだ」
欠伸を噛み殺し、頭の上に頬を付けてくる。ミルは内心「ひええええ」と悲鳴をあげた。
真っ暗で顔が見えないのが救いだった。もし見えたら、あまりのことに失神していたかもしれない。
「下に降りるの怖い?」
う、と息を飲む。
「私が決めたことです。お二人を巻き込んだこと、申し訳なく思っています……。なのに弱音なんて」
「アルブムは別?」
「私の使い魔ですし、一蓮托生です」
「僕もズリエルもそうだよ。パーティは苦楽を共にし、強敵に挑む。一人じゃできないことを皆でするんだ。ミルちゃんが死ねば、僕達は一生地上には戻れないどころか、生き残ることも難しいと思うよ。だから自信を持って、怯まず前に出て。今は深く眠るのが仕事だけど」
「はい。……でもなぜシャリオスさんがここに」
「眠れないって言うから。人肌は落ち着くでしょう?」
「ぐ、お風呂に入ってないのが気になるというか」
「僕もだよ。でも不思議だ、良い匂いがする」
「ギャ! 嗅がないでくださいっ」
「ごめんごめん。ね、足からめてもいい? なんか寝ずらい」
「はへッ!?」
「アルブムひんやりして気持ちいい……へへへ」
「ぴ」
「よく寝られそう」
「へぁ」
おかしな鳴き声を上げていたミルはそっと毛布を鼻先まで引き上げた。
耳元でスヤピと寝息を立てるシャリオス。完全に眠っている。
(他意はない、他意はないのよ! ……でもシャリオスさん、やっぱり私よりお胸があるような気が!?)
触れた場所から伝わる胸筋の気配。
女性としての尊厳死の気配に震えながら目を瞑っていたミルだが、そのうち疲れもあって寝息を立て始める。
聞き耳を立てていた大人達は忍び笑いをする。
「背中が痒くなっちまったよ。いつもあんななのかい?」
「本人の前でからかうのは止めていただきたい。こじれると困りますので」
たまに魔導具談義に熱中するあまり、部屋の四隅に追い詰められているミルを思い出し、ズリエルは目を瞑ったまま眉間に皺を寄せた。
シャリオスはおそらく、外見と精神年齢が見合っていない。長命種にありがちで、外見と中身が釣り合っていないシャリオスは特に顕著だ。
なので、ズリエルはこう言った。
「アウリール様は年長者ぶりたい年頃ですので」
「そうかい。なら寝ようかね。どっかの誰かさんも、あれくらい可愛げがあれば付き合い易いんだけどねぇ」
当てこすりに「うるせぇ」と鋭く舌打ちしたのを、ズリエルは聞かなかったことにした。
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朝からミルクを一気飲みし、活を入れたミルはキリリと表情を引き締める。けして負けてはならないもう一つの闘いを、悲しくも思い出してしまったからだ。薬師にさりげなく勝利方法を聞き出さねばならないだろう。
黒門の先は塗りつぶしたようにわからない。
そこに門があるのも、言われなければ気づけないような暗闇だ。
顔を付けたシャリオスは「周りにモンスターはいなかった」と呟く。黒門の後ろにはまだ道は続いていたが、腹を満たし体をほぐした一行は、えいやと黒門を通過した。
暗闇は一変し、大地が赤く流動しているのが見える。そして凄まじい蒸気が霧のように視界を覆った。
「水の気配?」
「灰色の水に火の海が混じってるね。……ずいぶん色が薄いね」
「濁流の都から流れた水でしょうか。魚類系モンスターの死骸が混じっていますね」
「この迷宮はどこで繋がっているか、想像が難しいね」
尻尾を揺らしたズリエルは、湿気の酷さに毛皮が濡れると耳を震わせた。生き物の気配はなく、ただ水が流れ続けているように見えた。蒸し暑いサウナのようだ。
「止まってください」
一番最初に気付いたのはズリエルだった。
立ち止まり耳を澄ませたかと思えば左側を見る。
「音がします。鈴の音に似ている。魔法ではないようだが、同じ場所で鳴り続けています。アウリール様、いかがしますか」
「行ってみよう。他に目標もないし」
音は冷えて黒く固まった大地の先にあった。
「門だ」
そこから入ってくる風が鈴のような音を運んでいる。
顔を付けたシャリオスはすぐに振り返った。
「環境が変わってる!」
「何だこれは」
次に顔を入れたグロリアスは、顔を顰める。
推定六十階層は、見渡す限り緑が広がっていた。見たこともない植物、聞いたことのない鳥の「アンギャー」という鳴き声。
右を見ても左を見ても、覆い尽くされている森の広大さは地平線まで続いているのだろうか。しかし目をこらしてわかったのは、まるで球体の内側にびっしりと植物が生えているかのよう。
小石を落とした。それはどこまでも落ちたかと思えば、ある地点から右に曲がる。
「重力が無茶苦茶になってるのか?」
黒門は空に浮いているように見えた。太陽が無いのに周囲は明るく、晴天が広がっている。シャリオスは門から後ろをのぞいて理由を知った。
「世界を丸めて作ってるみたいになってる。見て、カーブしてるのに木が真っ直ぐ伸びてる。上を向いてない」
グロリアスも渋い顔をしながら「これはどういう地形だ?」と首をかしげていた。
そのとき、襟首を掴まれて引き戻される。
見れば火の海から、巨大な海洋生物が飛び出すところだった。なだらかな形は三日月にも似ている。岩でできた、巨大なクジラだった。
クジラが宙返りをしたとたん、溶けた岩が波のように襲いかかってきた。
「全員六十階層へ!!」
ミルは全員を障壁で覆うと、落ちるように黒門をくぐった。
それが不味かった。
腹を押し上げられるような浮遊感。目が回り、呼吸の仕方を一瞬忘れた。
瞬間、制御を引き剥がされるように魔法は霧散し、驚愕に思考が鈍る。とっさに新規展開した障壁も精度が落ち、恐ろしい勢いで魔力が減っていく。いつもの十分の一にも満たない威力だというのに。
「きゃああ!」
「ミルちゃん!」
石が方向を変えた場所よりも更に手前。浮遊感はそのままに、体だけが方向を変えた。まるで何かに弾き飛ばされたように、パーティが散り散りにされていく。
とっさにアルブムを投げたシャリオスは、真反対に吹き飛ばされた。




