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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第十三話

 世界には悲劇が溢れている。

 その積み重なった悲しみが人を成長させ、命の連鎖となっていく。

 もたらされない望みがあると人々は往々にして知りながら、あるいは現実離れしているとはなから諦め、けれど空想するように欲しがるのだ。

 願いが、叶いますようにと。



 迷宮五十六階層。

 黒門を背に胡座をかいていた一人の女性は、慣れたようにシャリオス達を眺める。

 「薬師」と呼ばれるその冒険者は、一級冒険者の中では時折、話しに上る。条件を認め、魔法契約を交わした時のみ同行するのが決まりで、フラフラと迷宮を巡っては渡り鳥のようにパーティを変えている。けして固定メンバーで迷宮に挑まない変り者だ。

 目的は何だと聞けば、決まってこう答える。

「捜し物をしてるのさ」

 垂れ目がちの目が見上げている。

 ミルはその中に、拭えない疲れの色を見つけた。

 柔らかに笑う薬師は、齢三十を超えているだろうか。目尻に皺があり、化粧っ気のない肌は荒れていた。黒い髪を後ろで団子にし、落ちないよう青い布で押さえている。大きく空いた胸元から豊満な胸が露出し、皮鎧が窮屈そうだ。

「それで、あんたらは何をお求めだい?」 

 下町のおかみが注文を聞くように、彼女は微笑む。

 するとグロリアスが口を開いた。

「以前と同じ条件で、六十階層の探索に同行を頼みたい」

「また行くのかい? 何度目の失敗だか。まあいいさ。今は他に予約もないし、道楽に付き合うよ」

「ふん。だが、今回のリーダーは俺じゃない」

「初めまして。シャリオス・アウリールです」

「へぇ?」

 眉根を上げた薬師は差し出された手を取った。

「グロリアスが他人に従うとは、前回のが相当堪えたようだね。……ああ、こいつは離反者出して、下に潜る目途が付かなくなったんだよ。当たり前さ、誰だって火竜を肉眼で見りゃ、大それた夢を見たと正気に戻るもんさ」

「無駄口はいい。契約を進めろ」

 舌打ちしたグロリアスは、話は終わりとばかりに背中を向けると、周囲を警戒していたアルブムの横に立つ。アルブムは新入りに、もっとあっち見てねとお願いしていた。鼻を鳴らしたグロリアスが静かに顔をそらすと、満足そうに尻尾を振る。

「前回の探索か……。気になるけどいいや。ところで何て呼べば良い?」

「薬師で構わないさ」

「わかった」

 シャリオスは準備していた書類を彼女に渡す。

「で、僕達は回復魔法使いを探してる。教会も視野に入れたけれど、グロリアスは君が良いと言ってたから、最初に声をかけたんだ。契約書に問題がなければ神聖魔法の種類と規模、使用可能回数を教えてほしい。それで、正式に結ぶか決めたい」

「なるほど。試すって事かい?」

「気が進まないなら断ってくれて構わないよ」

「強気だねぇ。老婆心ながら、回復魔法使いは必要だよ」

「わかってる。君が駄目なら上に戻って雇うよ。【探求者】は有名なパーティだから、一人か二人来るだろう。その中から、一番いい人を連れてく」

「自分の事は棚上げかい? グロリアスにリーダーを譲られたんだ。それはそれは有名で実力がある冒険者なんだろうに、謙虚なことだね」

「僕は……」

 少し考えたシャリオスはミルを横目で見ると、立ち上がって肩を抱く。引き寄せられてたたらを踏んだ体は薬師の前に押し出された。

 地上に出ず、ずっと迷宮内で暮らしていると言っても過言ではない薬師は、当然ミルの事も知らない。

「僕達は今回、冒険に行くわけじゃない。――五十七階層を突破し、六十階層へ向かった後、十年前に行方不明となったグロリアスの婚約者を探し、存命であれば救助する」

「はぁ!?」

 皮肉な笑みが崩れ、目を丸くした薬師は弾かれるようにグロリアスを見た。背中を向けたまま答えない姿を、穴が空くほど見つめる。

「まさか、今までの探索もそうだったってのかい? 十年前ったら、死んでるに決まってるだろうさ!」

「彼は生きてると思ってるよ。だから僕らは今、君の目の前にいて話をしている」

「あんた達まで与太話を信じたとでも?」

 そんな馬鹿に付き合うのはごめんだとばかりに顔を顰める。

 迷宮内で行方不明になったら死んでいると考えるのは基本だ。川の流れが上から下に流れるのと同じように。

「そうだと信じるに足る何かがあるんだろう? 僕にはわからないけれどね。ここから下は誰も情報を持ち帰らなかった領域だから、万が一があるかもしれないし」

「なら、結ぼうじゃないか」

 笑みを消した薬師にシャリオスは「いいの?」と問う。彼女は呆れたように溜め息をつくと、こう言った。

「あんたらは阿呆だが、こっちも目的があるんでね。立ち往生してるわけにいかないのさ。それに、阿呆の方が火竜の群れを超えられるかもしれない。たった五人と一匹でここまでやってきた連中なら、多いだけのパーティよりマシさ」

 殴り書きされた契約書は光を纏って消えた。

「当然、考えがあるんだろう?」

「……先に言っておくけど、僕は契約を結ぶ前に話をする事を提案した。だからこれは、僕のせいじゃない」

「帰還した際、証言致します」

「……。なんだってんだい?」

 嫌気がさしたようにシャリオスはバイザーを撫でる。話を聞かない連中が、冒険者には多すぎる。

「僕らに突破できる考えなんてないよ。誰も情報を持ち帰らなかった領域だと、言ったじゃないか」

「はぁ!? じゃあ、何の手も無しに突撃するってのかい!?」

「これから調べるんだよ! こっちだって、君の出来る事を聞いてから契約を結びたかったのに、なんで名前を書くんだ!?」

「そんなのグロリアスが話してるだろ!」

「聞いたけど、細かいところは聞いてない!」

「まぁまぁ。お二人とも、大声を出してはモンスターに気付かれるかもしれませんし、ここは親睦を深めると言う事で、休憩にしませんか?」

「もう設置してる!?」

 振り向けば、微笑みながら『魔法の部屋(マギア・オーダ)』を示すミル。傍らには「見張りはお任せください」とばかりのズリエルが立っている。

 『魔法の部屋(マギア・オーダ)』と『聖灯籠』を見て「何だいこの魔導具。けったいな眺めだね」と言いながら触る薬師は、扉を開けると、言葉を失った様子で周囲を見回した。

「なんだい、この……進歩してるんだねぇ。一回地上に戻ろうか考えちまうよ」

「奥へどうぞ。お茶をお出しします」

「……ここが迷宮か疑っちまうね」

 あまりにもあんまりな流れに溜め息をつくと、薬師は床に座った。グロリアス達は面識があるので周囲の見張りを。アルブムはお気に入りのクッションを確保しつつ、新入りから目を離さない。尻尾はミルに絡みつくように巻き付く。

 それを見て、ずいぶんと調教されている物だと薬師は内心感心する。使い魔は契約を済ませているが、モンスターには変わりない。

「それじゃ、気を取り直して自己紹介しよう。僕は名乗ったから……はい、ミルちゃん」

「初めまして。ミルと申します。こちらはアルブムです」

「キュキュ」

高貴なる女王狐(クイーンテイル)だね」

 首をかしげたアルブムに「今日から、このお姉さんも一緒に探索するよ」とシャリオスが教えている。

 彼女はじっと見つめた後、胡座をかいた膝に肘をついていたのだが、それを止め、背筋を伸ばした。

「見たところ、白い装備は聖属性持ちがよく使うもんだけど、あんたはそうじゃない。火でも水でもない。もしかして付与魔法使い(ワアド)かい?」

 彼女の黒い目がけだるそうに陰る。

(目を見ると、とてもわかりやすい方ね……)

 思えばずっと迷宮に篭もり続けているのだから、薬師にも目的があるはずだ。

 聖属性を持ち、薬学の知識に富み、ソロで生きているだけの力がある。そんな女性から溜め息をつかれるのは心にくる。怯んで、後ずさりたい。

「使用可能属性は、なんだい」

「光属性、無属性、時空魔法です。レベルは三十七。薬師さんのレベルを窺っても良いでしょうか」

「構わないよ。レベルは百八十二。聖属性、風属性、体術も囓ってる。薬学は八年前の物なら網羅してる。外科処置は、できるが得意じゃない。傷口を縫うなら魔法を使った方が早いし感染症も無いからね。薬は解熱や常備薬でポーションは作れない。あれは錬金術の領域さ」

「使える魔法の種類は?」

「<回復魔法(ミナス)>だけ。威力の調節はできるよ。瀕死の重傷も治せるが、万全の状況でも、三回が限界さ」

「ハイ・ポーション並だね。いつも組むときはどうしてた?」

「その前に、あっちの獣人は名乗らないのかい?」

 立ったままだったズリエルは軽く黙礼した。

「失礼。ズリエルと申します。前衛職で必要な魔法は一通り。レベルは七十六」

「僕は八十二。闇属性魔法が使える。派生形の暗黒魔法が一番得意で、前衛」

「なるほどね。攻守揃って、攻撃力もある。バランスは申し分ないパーティだ。雪国のモンスターがいれば、水の心配はいらないときてる」

「そう言えば、今まで水はどうしてた? 水場があるなら知りたいんだけど」

「大気中の水分を集めて、濾過してたのさ。水たまり一つ見たこと無いね。そうだ、水袋の残りが少ないんだ。あとでおくれよ」

 嬉しげに瞳が輝く。

 自分がアルブムの添え物だと思われたことに、内心ミルは苦笑する。冒険者達の良くある反応だったから、しかたない。

 シャリオスは更新した階層図を取り出し、薬師は感心しながら自分が知っている情報とすりあわせていく。

 彼女はグロリアスと同じ五十七階層前まで到着していた。長い時間をかけて火山内を探索し、シャリオスが作った物と遜色ない地図を頭の中に入れている。

「へぇ、ずいぶん調べたもんだ。これ、【探求者】と合わせたやつだね。最後に見た時より情報が増えてるじゃないか」

「火山階層の突破方法を探そう。聞き忘れていたけれど、引き返す場合どうする? 状況によっては一緒に上がってもらいたいけど」

「まぁ、上も発展してるみたいだし、一回出るよ。装備の新調も必要だろうしね」

「潜ってる目的はやっぱり攻略?」

「いや? 捜し物さ。かつて光の精霊が勇者に与えたと言われる、伝説の蘇生魔法をずっと探してるんだ。夢物語だと笑えばいい」

 そう言って自嘲するように笑う。

 陰った瞳が探し続けた年月の重みを感じさせた。

 「笑わないよ」とシャリオスは呟く。

「笑ったりしない。僕は吸血鬼なんだけど、ここへは昼間の景色を見てみたいから来たんだ。そう言う魔導具がドロップするかもしれないから。故郷の仲間は酔狂だと笑ったよ。でも、きっと見つけてみせる」

「私は身を立てることと……新しい魔法が発現させたくて、冒険者になりました」

「ははっ! そりゃ、どいつも大層な望みだね。殆ど変りゃしないじゃないか」

 喉の奥が見えようかという大笑。目尻に浮いた涙を拭った薬師はズリエルへ視線を向ける。

「で、無口なあんちゃんはどうなんだい? アカシックレコード? それとも見たこともない財宝かい?」

「いえ」

 少し考え、ズリエルは再び口を開く。

「強いて言うならば、義務と職務。そして過去を辿るためでしょうか」

「なんだい勿体ぶるね。いいさ、今回は楽しいパーティになりそうだ。さあ、話が終わったなら水を出しておくれよ。たーんとね」

「キュアキュ」

 ごしごしと撫でられたアルブムは、早速氷を吐き出した。歓声を上げた薬師に調子よく持ち上げられ、ますます機嫌を良くしている。

 彼女は水袋いっぱいに氷を詰め込むと、一つ口に放り込み「生き返るねぇ!」と頭を振った。

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