第十二話
薬師は五十六階層付近に居る事が多いと言う。マッピングしたのは四十八階層までなので、八階層を少人数で攻略する必要がある。
「方針は変えずに慎重に行く。気になる事があったら教えてね。ミルちゃんは具合悪くなったらすぐに言うこと」
「子供ではあるまいに、うるさい奴だな」
「はいそこ、契約内容を確認! リーダーは僕!」
「チッ!」
よしよしと撫でられていたミルは顔を引きつらせる。日に日にシャリオスの過保護さが強くなっている。思い当たることもなく、何か彼の中であったのだろうか。
見ているだけで苛つくとばかりに顔をそらしたグロリアス。
一行は三階層を進んでいく。
途中出くわすゴブリンをぞんざいに蹴り飛ばして倒したり、おつまみのようにアルブムが食べていく。
四十一階層で夜を明かした後、火山へ向かう。
火山地帯はリトルスポットも見つかっていないので、休憩所がない。マッピングが終わっている四十八階層まで最短で進む。
「十年もあったのに、五十七階層を攻略したパーティは本当にいないのでしょうか?」
「それは僕も思うよ」
シャリオスはそんな事を言う。
帰ってこない一級冒険者達。考えられるのは、死んでしまったか、大断層から登ってこられないかの二つに一つ。
「見てみないとね。火山地帯はどこまで続いているかわからないし、水場もない。あれば生存の可能性はあるけど、どうだろうね」
「確かめなきゃですね」
「その前にあのカーリーをどうにかしないとね。物理系の攻撃は効かないから、ズリエルは受けるの中心で頼む」
カーリーは精霊に似たモンスターで魔力の固まりと言われており、上半身は子供のエルフに似ている。下半身は岩のようなクリスタルで、炎を纏っていると言われている。
それが目の前に居た。
僕がやる、とシャリオスが言った刹那、手の平に収束した黒い炎が火花を散らす。あ、と思う間もなく放たれた暗黒魔法がカーリーに直撃し、それはそれは痛そうな悲鳴と共にモンスターが消滅する。
「……………」
「よし、魔法攻撃の効果は抜群、と……」
しっかりメモしている。
気づかわしそうに視線を投げ寄越したズリエルは、死人のような目をしたミルを見た。
大丈夫だ、まだ生きられる。
そんな気分になりながら小さく頷き返した。
「先に進みましょう」
続く五十階層はヘルハウンドの出現だ。犬に酷似した外見だが、頭が二つと炎を纏っている。体感温度は軽減する魔導具を持ってしても防ぎきれず、滝のような汗が流れた。
時折アルブムが吐く氷で涼むが、体力は削られるばかりだ。全身鎧のシャリオスはもっと熱いだろう。
「背中凍ってるから涼しいよ? ありがとね」
「キュフ」
「それにしても、凄い景色ですね」
地図は間違いがなく、確認したかぎり隠しマップの気配もない。
黒門の位置を確認するが、その向こうに見えるのは真っ赤な海だ。ここまで来ると黒門の存在意義がわからなくなりそうだ。
「今日はここで休もう」
「食事の準備はお任せください」
「『魔法の部屋』と『聖灯籠』の設置をします。アルブムは周囲の警戒をお願いしますね」
「お手伝いします。それにしても、野営の準備が格段に楽になりましたね。ベッドを持ち込めるのは、贅沢です」
ミルが使っているベッドの他に、二段ベッドを二つ揃えた。残りは緊急用の物資を入れたマジックバッグだ。水や食料、ポーション一式が大量に入っている。
食事は干し肉の入ったスープとパンで済ませた。グロリアスは音を立てずにスープを飲み干すと、大きな体に似合わない俊敏さで『魔法の部屋』の中に入り、横になった。
ずっとグロリアスに見られていたのは、ミルの技量を測るためだったと話を聞いた。今はどうだ。欠片も視線を寄越されない。おそらく、身辺調査も終わっているのだろう。
「疲れてない? ずっと僕に魔法を使い続けてるよね」
「え? 何かしてましたっけ」
「光を反射してる」
「ああ!」
忘れてたのか、と呆れ顔だ。
吸血鬼のシャリオスにとって砂漠地帯は死地だった。ソロで潜った時は瀕死で帰還した事もある。なのでミルは光魔法でシャリオスに注がれる光を弾いているが、呪文も必要ないほど簡単にできるので、すっかり存在を忘れていた。
(もしかして、そのせいで過保護になってたのかしら)
だとしたら勘違いだ。
そう言うと、疑わしそうな目つきで詰め寄られ、散々質問攻めにされた後、シャリオスは釈然としないながらも納得したようだった。眠ると言ってベッドに転がると、すぐに寝息が聞こえてきた。
「いったいどうしたのでしょうか?」
「サンレガシ様、魔法を使い続ければ普通術者は疲弊します。解除していないのだから気になるのは当然でしょう。しかも、眠るときも解けないときている」
「そんなまさか。レベルも上がりましたし、回復する量よりずっと使用魔力は少ないと思います。本当に、何ともありません。それよりズリエルさんもお休みになられてはいかがでしょうか」
後片付けを手伝ったミルは、アルブムと一緒に火の番をしながら見張りをする。
途中起きるのが苦手なので、ローテーションに気を遣ってもらっていた。
膝によじ登ったアルブムが大きな欠伸をして丸くなる。ぬくくて眠そうになりながら、小枝をポイと投げ入れた。
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ベッドに転がると、シャリオスが声をかける。
「僕はさ、時々不思議に思うんだ。どうして自覚がないんだろうね?」
「付与魔法使いというのが関係しているのかと。どの領地でも歓迎されませんので」
「そう言うものかな」
そして、ミルは貴族だ。特に爵位を持たないジェントリは裕福ではない。領地から上がる税だけで食っていけない者が殆どだ。彼らは事業に手を付け投資をし、暮らしている。それでも矜恃があり、子供が家に見合わない場合は、養子に出すことも多い。
運良く育てられたとしても、肩身の狭い思いは必ずする。
同じパーティと言えど、護衛対象の情報をペラペラ喋るつもりはない。迷宮内では大人しくとも、外へ出ればわからないからだ。ユグドに言われずとも、ズリエルは貴族がいくつもの繋がりと仮面を持っているのを知っている。そしてここには、シャリオス以外の冒険者が一人いた。
ズリエルは目を瞑る。
ミル・サンレガシと言う冒険者は家族の優しさと仲間に恵まれ、才能を開花させようとしている。危うい足取りだが、もう五年もすればしっかりと歩いていくだろう。
このときズリエルは、ミルが持つ、どうしようもなく逃れられない性を知らなかった。
本人さえ気付いていなかったのだから、当然の話だったが。