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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第十一話

 翌日の夕暮れ。

 一通りルートを確認したので、薬品類の調達に商店街へ向かっていた。ズリエルは装備品と消耗品を買い出しに行っている。

 商店街を見ると、どの店も商品が()けて、帰還する冒険者で道が混んでいる。目的の魔法薬店も品物が売れているようで、精根尽き果てた店主がカウンターに頬をつけて目を瞑っていた。

「寝てる? こんばんは、薬品の注文をしたいんだけど」

 揺すったシャリオスが反応の無さにミルを振り返ると、ようやく彼女は頭を上げた。

「ひやぁ……、強盗のような、お客様、が」

「お金払ってますので! 本日は五十七階層に向けた攻略のための物資をですね、注文したいと思いまして」

「あら? なら、魔剣を、取りに行くの?」

「魔剣?」

 二人は左右反対に首をかしげた。

 魔剣というのは特別な剣という事しかミルは知らない。

 ストラーナはおっとりと説明した。

 どうも、魔剣というのは代々家に伝わるような凄い力を秘めた物で、使い手を選ぶ魔剣や、喋る魔剣など様々に存在している。共通しているのは、魔剣が帯びる属性の魔法を使えるようになる事だ。

 例えば水属性の魔法しか使えない者が、火属性の魔剣を持ったとする。本来なら使い手は火属性魔法は使えないのだが、魔剣を使用するときのみ使えるようになるという。

「あれ? シャリオスさんは魔剣に興味ないのですか?」

「特殊な剣だから持ち主を選ぶし、魔導具じゃないし」

 魔導具のくくりは意外と狭かったようだ。

 聖属性が使える魔剣があるか聞くが、無いと返され、目を輝かせたミルはがっかりする。

 もしも回復魔法が使えるようになれば、投げるポーションも卒業だったのに。

 項垂れる頭を撫でたストラーナは、驚いた事に試薬品だというポーションをくれた。オレンジ色をしている。

「何の効能があるのでしょうか?」

「体が、凄い感じに、なるのよ」

「凄い感じに……」

「そう、凄いの、よ。あとは、青ポーションの、原液も出しましょうね」

「今日は普通で怖いですね……」

「どうしたんだろうね?」

 せっせと出されるポーションを買い込んで、何か恐ろしい取引をしてしまったのではと不安になりながら装備屋へ足を向けた。

 いつものすり切れた繋ぎ服を着た垂れ耳の犬人族が、舌打ち交じりに「来やがったな」と言う。投げやりな口調に、なぜ店を開いているのかと言う疑問が込み上げてくる。

「ちったぁ身長……伸びてねぇなぁ」

「もー! それはいいので、装備品のメンテナンスをお願いします。次は五十七階層に挑むので」

「はぁ、とうとうそこまで行ったか。速かったなぁ。メンバー増やしとけよ」

 大人しく一式を受け取った店主は「靴底足しとくか」と独り言混じりに言う。

「【探求者】は知ってますか? そのリーダーのグロリアスさんとご一緒する事になりました」

「なんだって?」

 店主は杖を取り落とした。爪先をぶつけたにもかかわらず、痛そうなそぶりさえ見せない。振り返って顔を伸ばし、疑うようにのぞき込んでくる。

 いつにない反応に面食らっていると、のぞき込むのを止めて首を振った。

「一緒に行くのか」

「え、ええ……何かあるのでしょうか?」

 依頼を受けた事を話すと、店主は押し黙った。何かを考えるように宙に視線をやり、しびれを切らして尋ねれば、腕組みをして呟く。それが低く、心の底を吐き出すように重い声音だったので、思わず黙ってしまう。

「浅からぬ縁って奴だ。女の話は聞いたか。いや、いい。顔でわかった。あいつの婚約者と一緒に迷宮に降りてた冒険者ってのは俺のことだ。潜る前に来てくれてよかったぜ。とりあえず聞いていけ」

 そう言って店主が話すには、当時冒険者だった店主はファニーと共に迷宮へ潜った。

 爵位を継ぐための試練としてファニーは迷宮に挑まなければならなかったからだ。風魔法使いが四名、総勢二十名を超える大所帯で彼女は下へ向かった。大物を仕留めれば終わりだと言う事しか、店主は知らされていなかった。

 とんとん拍子に階層を降り、五十七階層にさしかかったとき、突然仲間達が苦しみだした。解毒薬も効かず、引き返そうとしたそのとき、火竜が次々と襲ってきたと言う。

「残ったのは俺とストラーナ、ドーマの三人きりさ。ストラーナは知ってるだろう? あの足の遅い女だ。あんまりにも遅いもんだから、俺とドーマが投げ飛ばして運んでたんだ。で、近くにいたおかげで、あいつの魔法に助けられたってわけだ。この傷はそのときのもんだ」

 火傷で爛れた顔の半分を撫でる。

「仲間らは火竜に飲まれたり、焼かれたり散々だ。生きて帰ったのが俺達三人きりだ。その後のお家騒動は酷ぇもんだったぜ。跡継ぎのファニーは死んでねぇと婚約者は殴り込みかけるし、叔父は残った弟をはめ、領地や財産を掠め取った。その弟ってのはユグド領の領主のことだ」

「ええ!?」

「住民はみーんな知ってる。知らねぇのは余所者ばっかりだな。あの叔父がファニーを殺すために刺客を送り込んだって、もっぱらの噂だ。業突張りだからな」

「ファニー様は生きていると思う?」

「わからん」

 半目の店主は落とした杖を拾い、壁に立てかけた。

「酷い混戦だったからな。火竜の大群をいなせる技量はあったが……」

「十年も上がってこない」

 重々しくシャリオスの言葉に頷いた。

「そこだよ、そこ。死んでなきゃ上がる。そのはずなんだ。下で何かあったに違いねぇ」

「これは?」

「そんときの記録だ」

 木片を投げた店主は、用が済んだら帰れとばかりに二人を追い出した。

 振り返る一瞬で見えたのは、口を曲げる店主の横顔だった。

 受け取った木片には地図のようなものが描かれていた。


 帰宅後、山盛りの唐揚げを口に入れていたシャリオスは、木片をなぞる。

 本日は唐揚げ定食。ゆで卵にキャベツ、豪快に切られた刺身とバターたっぷりのクッキーもあった。

「おじちゃんと出会ったのはラーソン邸だったんだけど、最下層まで行く気があるか聞かれたんだ。昔から領主様と知り合いだったんだね。――アルブム! ……それは僕のゆで卵」

「キュア~?」

 つるりと落ちてきたゆで卵を口に入れて尻尾を振っている。テーブルから下はアルブムの領域だ。

「この木片、薄汚れて文字がかすれてる。読みにくい」

「十年前の物ですから。当時の位置を記したものなのはわかるのですが、役に立つでしょうか」

「無いよりあった方が良い。にしても、領主様もお家騒動とか……身内に刺客を向けられるのは辛いね」

「ズリエルさんは知っていましたか? ……ズリエルさん?」

 淡々とゆで卵を囓り続けていたズリエルは瞬いた。ゆっくりと視線を巡らせると「失礼、考え事をしていました」と小さく首を振った。

「気がかりなことがあるのですか?」

「いえ、個人的な事ですので。それよりドーマ様も当時一緒に降りていたならば、何か覚えていませんか」

「あいつが言ってんのと同じだぜ。ひでぇ乱戦だった。隊列を組む間もなく横合いから強襲だ。普通、あれほど近くなる前に気付くもんだがよ。索敵の連中が機能しなくなってた。俺達は担いでた荷物は全部投げて、上層に撤退した」

「もう一個聞きたいんだけど、ストラーナさんが魔剣を取りに行くのか聞いてきたんだけど、どういう意味かわかる?」

「迷宮に潜る理由がそいつのせいとは聞いたぜ。魔剣に選ばれた後継者は、資質を試されんだとよ。俺は料理人だったから後は聞いてねぇな。ガキだったしよ。今なら火竜もシメられると思うがな……」

「余裕あれば肉も持ってくるから、凄まないで!」

「忘れんじゃねぇぞ。テメェ」

 むきりと盛り上がった筋肉――胸筋を見て、知らず自分の胸に両手を当ててしまったのは不可抗力だ。ミルはそっと手を離し、ミルクをがぶ飲みする。

 包丁片手に凄んだドーマは、そのまま奥へのしのしと帰っていく。なぜ豪腕のドーマと言われるか、お客様に恐れられているのか、一緒にわかるような後ろ姿だ。


 食事を終えた後、シャリオスはズリエルを引き留めた。

「次の探索は危険になる。気になる事があるなら、早めに言ってほしいんだけど」

「大丈夫です」

「そう見えないから言ってる。僕はメンバーの様子がおかしくなるとすぐわかる。今までの経験もあるし」

 気付いたらソロに逆戻り系吸血鬼は闇深く笑う。ズリエルはバイザー越しでも漂う暗黒臭に目をそらしてしまう。それから「個人的な事です」と小さく言った。

「なら大切な事だね。僕の部屋へ行こう」

 子供のように手を引かれるのはいつぶりか。ミルの部屋を横切る際に聞こえる、楽しそうな声に気を取られながら入出すると、ランプを灯したシャリオスは、そのままテーブルに置く。

 部屋の隅にあった魔導具を起動させると、座るよう促した。

「声は漏れないようにしたから。それで?」

「……父の事を思い出していました」

 観念して、ズリエルは答えた。

「確かズリエルは他領から来たんだよね」

「ええ。父は十年前に亡くなりました。ここに来たのは、父が死んだのがウズル迷宮だったからです。御領主様に誘われるまま兵士として働いていましたが、帰らない理由を知りたいと思っていました。――いえ、わかっています。迷宮で朽ちたのだと」

 あの知らせは突然だった。

 当時、ウズル迷宮攻略の依頼を受けた父親は、ズリエルを残し帰らぬ人となった。知らされたのは迷宮内で魔物に襲われた事のみで、遺留品も無かった。

「父は名の知れた重戦士でしたから、死ぬはずがないと思いました。他に詳しい話はなく、どこの誰とパーティを組んだのかもわからずじまい。だが、父が参加したパーティはおそらくファニー様のいた一行です。出ていくとき、珍しく機嫌が良かった」


――ズリエル、帰ったら冒険者辞めて、母ちゃんのぶんまでお前といるぜ?


 思春期だったズリエルは「いらねーよ!」と返した。憎まれ口を叩きながら、喜ぶ尻尾は押さえられず笑われた。その声も、まだ覚えている。

 孤児となってからは、這いずって暮らした。父親の残したギルドの預金は微々たるものだった。

 宿からは追い出され、スラム街で寝れば初日に剣を盗まれ、盾を使って迷宮に潜ればモンスターに殺されそうになる。

 クズ職と揶揄される盾職になったのは、望んでではない。道具がなかったからだ。

 冒険者家業を続け剣も覚えたが、ふとした拍子に思い出す。

 子供時代が遠い夢のようだ。

「父はなぜ死んだのか、迷宮で何があったのか知りたい。そう考えています」

「なら、見つけないと」

 シャリオスは微笑んだ。

「よろしいのですか。アウリール様は貴族が苦手だったのでは? 今回の依頼、気乗りしないはずでは」

「まあね。でも領主様は僕に酷い事したことないって気付いたから。だったら平気だ」

「なるほど」

「はっきり言うと生き残りがいると思えない。けど、それでも出来る事をやるよ」

「お願い致します」

 ズリエルは深く頭を下げる。

 心して迷宮に挑まなければと、そう思った。迷宮はいつだって、願いや命、あらゆる物を飲み込もうとするのだから。



 全ての準備を終え、装備のメンテナンスもした。食料も道具も揃えた。

 当初、【探求者】の募集が行われると思われていた領内は、一時的に人が増えた。事情が知れてからは、シャリオスに直談判する猛者もいたが、断られて帰っていった。

 周囲が騒がしい中、一行はウズル迷宮の入り口に揃う。

「戦闘時の隊列を確認するよ。前衛は僕とズリエル。後衛はミルちゃんとアルブム。グロリアスは両方の援護。連携は手はず通りに。移動時、グロリアスだけ最後尾に回ってほしい。質問は?」

 シャリオスの背後には一階層へ続く巨大な入り口があった。

「大丈夫です」

「ない」

「グロリアス様、ご自愛ください」

「ふん。お前も年なのだから、養生しろ」

「わ、グロリアス……優しいね」

「黙れ吸血鬼」

 頷いたシャリオスはジロリと横を見やる。

「で、ポロは見送りなのでいいとして、なんで二人はいるの?」

 ユヒトはニカリと笑う。

「顔見とこうと思ってよ。年単位で潜るんだろ?」

「お師匠様、わたしは罠にはまってしまいました。助けてください……行かないでぇ」

 肩車されているユティシアは悲しそうに目元を押さえた。しかし言っていることは完全に保身である。

 ゴーレム魔石の件は許可された冒険者のみ情報開示される。知らずに情報を得てしまったユティシアは【ラージュ】に入るしかなく、悔しさで床を転げ回ったという。

 ユヒトは事情を知る者として、領主から定期的に魔石を納品する契約を交わしたという。

「金が貯まったら俺らも潜るけどな。あとマジックバッグが手元にきたらだが。下であったらよろしく頼むぜ」

「下で? 面倒だな……」

「つめてーな!」

 シャリオスはユヒトの腕を避けて肩を竦める。

「うそうそ。待ってるよ。それじゃ、もう行くから」

「しくじんなよー」

「待って! お師匠さまー! 筋肉の陰謀から解放してください!」

 仲が良いようにしか見えない。

 微笑ましく見ていると、アルブムが歩き出した。

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