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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第十話

 闇が柔らかく頬を撫でている。

 シャリオスは瞼を開け、微睡みたくなる意識を押さえるとベッドから立ち上がる。顔を覆う甲も鎧も着けず、白いシャツとズボン姿で。

 夕暮れの名残で、まだ空気は暖かい。

 だが太陽は去り、もはや何者も吸血鬼を傷つけない。対抗できるたった一人の魔法使いは、ゆっくりと湯船に浸かっているはずだ。ふやけるほどに。

「向かうのは五十七階層? そんなわけじゃないじゃないか」

 独りごちて椅子に座る。

 ファニーがいなくなったのは、五十七階層ではない。瓦解したのが五十七階層なのだ。

 そうなると、上がって来ない以上、彼女達は下層へ行ったと見るべきだ。五十八階層だったらよかった。だが、ウズル迷宮はそう言う迷宮ではない。階層は黒門で区切られている場所もあれば、そうでは無い階層も多い。

 沼地からが顕著だ。

 縦穴に濁流の都から灰色の大河が流れ込み、下へ下へと落ちていく。かと思えば砂漠。水辺はほぼ無く、やがて火山の海が見える。

「区切られているようで上層の名残が見える。それも、十階層を目安にして……。つまり、彼女達がいるとすれば、おそらく六十階層からだ」

 草原が岩となり、水辺から沼へ。砂漠が現れたかと思えば火山となり、岩が溶けた赤い海が広がる。

 次に何が来るのか、見当もつかない。

 どのみち行くつもりだったが、このような事態誰が予想できただろう。弱音を吐くように溜め息をつくと、額に当てていた手を放す。

「いいよ、わかってるよ。僕はリーダーだし、行くって言ったんだから。大人しくルートを模索するよ。ていうかズリエルもなんかおかしいし、ミルちゃんは絶対見捨てないだろうし。……まぁ、だからパーティ組んでくれたんだろうけどさ」

 やさぐれつつ口を尖らせながら、机の上に顎を乗せる。

 地図を引っ張ると、じろじろと眺め回した。

 火山階層の地図は【探求者】がずっと調べていたルートを記入した。情報は根こそぎ吐き出させ、自分の物と擦り合わせを行っているのだ。この作業が終われば物資を調達し、迷宮に突入することになる。

 と、ドアをノックする音にシャリオスは顔を上げた。

「シャリオスさん、いらっしゃいますか?」

「どうぞ」

 扉を開けたると、柔らかな甘い香りがした。一抱えほどあるバケツに山盛りのクッキーがあった。

「お夜食を持ってきました。ドーマさんが作ってくださったので」

「わぁ、焼きたてだ!」

「資料はまとめ直しですか?」

 窺うように見てくる頭を撫で、シャリオスは彼女を招いた。アルブムはタオルにくるまって毛を乾かしている最中だという。

「無理を言ってごめんなさい……。何か手伝うことはありますか?」

「じゃあ、そこの資料を並べてくれる? グロリアスがくれたやつ。そういえば二人は帰った?」

「はい。明日、また来るとのことでした」

 紙束は分厚かった。地図もあり、シャリオスは無造作にひろげる。

「上層はギルドに出されてる物と同じですね。詳細な情報は五十五階層からになってますけど、理由があるのでしょうか?」

「二人なら行くのに損害が出ないからだと思う。グロリアスはレベル二百十四だったし。ギフト持ちなら当然だ」

 途方も無い情報に、シャリオスは落ち着き払って言う。

 ギフトとは神から送られた特別な能力の事を言い、魔法とは違う。教会で調べると適性と共に出てくる、とても希な能力だ。



 少し時間は遡る。

「ギフトの名は完全鑑定(ア・テリオス)。口に入れた全ての物を鑑定できる。鑑定レベルの制限は無い」

 グロリアスはそう言った。

「なるほど。鑑定士は鑑定でレベルも上がるしね。……まさかミルちゃんの口から水グミ取ったのは!」

「鑑定するために決まっているだろう」

「聞けば良いじゃないか! この破廉恥変態!」

「貴様らが正直な証拠などどこにある。秘薬ならば口を割るわけがない」

「その疑わしい相手に依頼するわけ?」

「申し訳ありません。代わって謝罪致します。グロリアス様は婚約者を失ってから気が立っておりますゆえ。皆様が隠し事をしない事は、すでに承知しております」

 十年変わらないなら、もう性格ではという言葉を飲み込んだシャリオスは、アルブムを撫でて気をそらした。さっさと話を進めて、さっさと帰ってもらうのだ。

「僕らは四十八階層までマッピングした。そのときゴースト系のモンスターが出たんだけど、君らの地図には載ってない。どういうことだ?」

 首を捻ったシャリオスは資料を斜め読みして調べていく。テーブルからはみ出すような大きな紙を取り出してインクにペン先を浸すと、ゆっくりと地図を書いていった。途中色を変え、マップにモンスターの情報も付け足していく。

「ほうほう、これはたいしたものです。うかうかしていられませぬな」

「ポロさんは地図を書く方ですか?」

「いかにも、マッパーでございますれば。シャリオス様、何か気になる事でも?」

「ウズル迷宮は階層でモンスターが切り替わる迷宮じゃない。次のメインモンスターを予想できるように、属性が入り交じる。けど、おかしいんだ。僕ら以外ゴースト系のモンスターと出会ったって話をしない」

 初見殺しとも言えるスピリットにはまった冒険者のなれの果てを見たが、あれだけだとは思えない。他にゴースト系のモンスターがいてもおかしくないにもかかわらず、情報が少ない。

 現在、迷宮に潜っている一級冒険者は百三名。そのうち、死亡と思われる者は七十名。五年以上消息が分からない者が中心だ。そして残りの冒険者は濁流の都で活動をしている。沼地を越えた先にあるうまみの少ない階層に、用はないと言う事だ。無論、中には超えられないと諦めた者もいる。

 情報を隠し持っている可能性は十分あるが、彼らが対ゴーストアイテムを購入した話も聞かない。

「五十一階層から火山の海が広がり、五十七階層にはドラゴニア迷宮と同規模の火竜がいる。その向こうには大断層……。ポロ、これは沼地の断層より深いかな?」

「目視できる限りでございますが、五階層は確実に超えております」

「火系モンスターは四十階層から五十七階層まで続いてた。もしもゴースト系のモンスター中心なら……僕のターン!?」

 暗く光の届かない大地。バイザーで遮られた視界から故郷のように飛び出せる。重い全身鎧も脱ぎ捨てて、思うままに振る舞える。それは信じられないほど胸躍る期待だった。知らず溜まった鬱憤は驚くほど強い。

「むぎゅ。シャリオスしゃん、ふぎゅぎゅ」

「ギュー?」

 気付けばもちもちとしたミルの頬を揉んでいた。手甲越しで全く感触が分からないが、もしそんな階層があればアルブムの毛並みも堪能出来てしまうかもしれない。いや、今も部屋を真っ暗にすれば触れるのだが、けっきょく日光対策で鎧を全部脱ぐ事はできない。気兼ねさが全く違う。

「アウリール様、その辺で」

 しっかりと腕を掴まれ手を離すと、ミルは両頬を押さえて椅子一個分遠ざかってしまう。

「どうなさったのですか? 私の頬に何かありますか?」

「ううん、無意識に触ったみたい。ごめんね」

 無意識に頬を揉まれるとはどういうことだろう。思わず腰を引くと、グロリアスは付き合ってられないとばかりに足を組む。

「それで、何を考えている」

「もしゴースト系の階層に切り替わるなら、次は日の差さない場所になるはず。ただ、大断層が六十階層より下まで続いてるなら、もう一つ別の環境を挟みそうだなって」

「火系モンスター最難関、火竜の次など想像も付きませんが」

「竜より上位となると、天にまつわるものですな。炎鳥から予測できるのは不死鳥。もしくは人形のモンスター。であれば、なかなかに厳しい」

「んー」

 首を捻ったシャリオスは資料を睨み、そして何かに気付いたように顔を上げる。ミルは背筋を伸ばして見返した。バイザー越しにうっすら見える目がじろじろと上から下まで見ている。

「そうか! 砂漠階層は自爆階層だったし、沼地も素通りできた。大断層も素通りできるかな――と思って僕らに依頼したのか」

「今更気付いたのか」

「風魔法使いに頼むより安定するのは確実で、技量はユグド一でしょう」

「そ、それほどでもっ」

 なるほどと納得する面々に顔を赤らめてもじもじするミル。風魔法使いに飛ばしてもらった事がないのでピンとこないが、褒められると嬉しくなってしまう。

「階層については明日までに情報をまとめておくよ。それから方針も。二人には悪いけど、僕はマッピングをさぼって足を速めたりしないから」

「なんだと?」

「君の婚約者が生きてるにしろ死んでるにしろ、帰れなければ話にならない。道を知らなければ、逃げ場所も分からない。共倒れは御免だ。僕らは死ぬつもりはない。これは決定。従えないなら話は無しだ」

「チッ」

「後は人選だ。改めて共有しよう。僕は双剣と闇系統の魔法が使える。得意なのは暗黒魔法で、魔法剣士。中距離から前衛まで行ける」

「私は付与魔法使いです。使える魔法は光属性、無属性、時空魔法が使えますが、攻撃魔法はからきしです。足止めが得意です」

「剣と盾を使います。魔法は少し。<挑発(アンスタン)>は使えます」

「わたくしめは戦闘はからきしでして、日々の雑務や荷物の運搬、マッピングを中心にやらせていただいております」

「ふん。投擲だ。前衛も出来る。使うのは身体強化系の魔法だ」

「投擲は中距離?」

「そうだ。長距離魔法使いには威力も距離も劣る」

「となるとポロは、地上で待機して貰うことになるけれど。主人が心配なら、二人で残っても良い」

「いいえ。わたくしめは一人、地上に残りましょう。我が主は何の問題もございませんゆえ」

「そう。置いて行けた方が楽なんだけどなぁ」

「おい」

「事実だ」

 シャリオスは溜め息を吐く。

 三人と一匹ならば、影に潜れば緊急時の脱出が叶う。だが、一人多くなるだけで魔力の消費量は跳ね上がる。

「いっそ人数を増やしてみてはいかがでしょうか?」

「付け焼き刃の連携で、更に数を増やす……。逆に命取りになると思うな。とくにミルちゃんは、置いて行くことに抵抗を覚えるだろうし」

 全くその通りだったので、ミルは唸った。

「でも、そうだね。回復魔法使いを一人ひっぱろう。本当は嫌だけど、保険をかけた方が良い」

「では、教会で問い合わせをしましょう」

「付いてきてくれるかなぁ。僕は出禁なんだ」

「ええ!? 何でですか!?」

「皇国出身だから。ほら、皇国は魔族の国だし、教会は勇者を守護した精霊を祭ってるでしょう? 昔より緩くなったけど、まだ確執残ってるんだ。あと、目指すのは五十七階層より下で、依頼内容は十年前に失踪した女性を探す事だろう? 普通の依頼じゃない。期間も年単位で長いし」

 言葉を失う。

 教会と皇国に確執が残っていたのもそうだが、教会が入出制限した事も。

 大それた依頼をした当の本人は、鼻で笑う。

「教会の神官など、どれも平和ぼけした阿呆ばかりだ。使えん連中はいない方がいい」

「何言ってるんだよ。年単位の探索なのにポーションだけじゃ困るだろ」

「グロリアス様、ここは《《薬師》》に依頼をされてはいかがでしょう」

「チッ。また現地調達か。迂回路が増える」

 まあまあ、とポロが諫める。

 薬師とはソロで迷宮に潜っている一級冒険者の通称で、通称で呼ばれるのは名乗らないからだという。四年上がって来ない冒険者。五十五階層で見たという者もいれば、上層での目撃情報もある不思議な女性だ。

「あれは薬学に通じているし、回復魔法も腕が良い。連れて行くには十分だろうが、条件を一つ出される。ほしい物資と交換する時もあれば、階層更新に手を貸す事を条件にする場合もあった」

「共闘は三回でしたが、それはそれは面倒なご依頼も多く」

「変な条件なら連れて行けないな……他に当ては? 無いならユヒトの所の人に紹介してもらおう」

「あのパーティにいた冒険者なら全てゴミだ。ケツを拭く紙ほど役に立たん」

「お下品な罵倒は止めろ。僕はユヒトと仲が良いんだぞ」

「友情ごっこで足手まといを入れられてはかなわんからな」

「口の減らない……!」

「まあまあ、シャリオスさん。話を進めませんか」

「ミルちゃん、こいつに優しくない? まぁいいけどさ」

 ぶすくれたシャリオスだが、今はグロリアスの婚約者が生きてると仮定して動く事にした。他にパーティが崩れたときの詳しい場所を聞いて、一度解散となったのだ。



 美味しそうにクッキーを食むシャリオスに、ポケットから鍵を取り出して渡す。『魔法の部屋(マギア・オーダ)』と同梱されていた物だ。

「これはもしかして!」

「『あなただけの部屋(ルームキー)』です。いつもお世話になってるからと送ってもらいました。これで護衛依頼を受けたり、他の宿に泊まるときも安心ですよ」

 下着を盗まれちゃう系吸血鬼シャリオスは、感激したように両手でそっと受け取ると、すぐに首に提げて嬉しそうに指先でなぞった。

「ありがとう、大事にする!」

 やる気も機嫌も直り、ちゃっかりアルブムを部屋に持ち込み作業する。お茶を準備したミルは、邪魔をしないように退出した。

(準備は大変だわ。いつもお任せして申し訳ないけれど……)

 細かなところまで気がつくし、過剰なまでに準備をする。けれど、何かあったときの生存確率を上げるために必要な処置だ。

 ましてや、今回はわがままを言って依頼を受けたのだから。

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