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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第九話

 記憶の彼方にあった事象を思い出したのは、荷物が届いた後だった。

 母から要求された白い魔石。手紙にあった「お兄ちゃんが頑張りますからね」という謎の記述に首をかしげたのを覚えている。

 久しぶりに兄から手紙を貰ったミルは、中身を見てゴクリと生唾を飲む。

「これは、良い物では!?」

「キュア?」

 自室で小包を開けたミルは包装紙を持ったままアルブムを振り返る。

 不思議そうに首をかしげながらもテーブルの上に乗り、匂いを嗅ぐ先には童話に出てくるような銀の扉があった。アンティーク調で真鍮のノブ。扉には太陽神の絵が描かれている。ミルが光属性を持っているから選んだのだと手紙には書かれていた。

 ズリエルのマジックバッグと共に届いた魔導具の名は『魔法の部屋(マギア・オーダ)』。

 『あなただけの部屋(ルームキー)』の応用で作られたもので、中に百メルトほどの空間が拡張されている。持ち運べる倉庫のようだ。

 当然寝泊まり可能で、許可した者しか入れない。火の中、水の中、空の上や傾いた岩場でも、どこでも設置できる。ただし空の上は出入りが危険と注釈があった。

 貴族の嫡男として育てられた兄は例に漏れず、簡易テントを見て衝撃をうけた。せめて妹の一人くらいゆっくり眠れるようにと思い、この錬金アイテムを作った事が添えられた手紙に書かれていた。

 ノブを捻ると、中にはベッドが置いてあった。実家の物で間違いない。床に円形状の魔方陣があり、アルブムはその円を超えられず「キュウキュウ」鳴いて、見えない壁に前足をつけていた。

 元々ミルの兄は空間に作用する錬金アイテムを作るのが得意だった。時空魔石が大量に手に入り、レベル上げの傍ら新作に取りかかったのだろう。

「もうっ。心配性なんですから」

 衝立を使えば着替えも出来るし、『聖灯籠』と合わせれば簡易リトルスポットになるかもしれない。迷宮で役に立つ道具は嬉しいが、過保護が抜けきらない所に、嬉しさと複雑さを半分ずつ抱えながら、ニヤつく口元を押さえた。

「ギュー!」

 入れてー! と尻尾を振るのでベッドに乗せる。

 アルブムは周囲を調べて安全を確認すると『魔法の部屋(マギア・オーダ)』に、お気に入りのクッションを入れ始めている。

「お二人に知らせないと」

 身長と同じ大きさの扉を横歩きで持っていく。すると、階下から揉めるような会話が聞こえてきた。

 ひょこりと顔を出してみれば、行儀悪く足を組んで座るシャリオスが居た。背後にはズリエル。向かい側には鼻を鳴らすグロリアス。

 傍らに立つポロがミルに気付いて黙礼する。

「断ってるだろ。しつこいな!」

「貴様こそ理解しろ。ミル・サンレガシを出せ」

「お二人とも、どうなさったのですか。そんな大きな声を出して」

 勢いよく振り返ったシャリオスは、狼狽したようにバイザーを撫でて、ズリエルを睨む。

「なんで止めなかったんだよ。足音、聞こえてただろう」

「本人でなければ、引かないと思いましたので」

 いつもと様子が違うように見えた。緊張したように耳が立ち、雰囲気も堅い。

「部屋で待っていてくれる? 取り込み中だから」

「お客様は私に用があるのにですか? 手遅れになって、またべそべそシャリオスさんになっても知りませんよ」

「うう……」

 『魔法の部屋(マギア・オーダ)』を立てかけながら言えば、胸を押さえたシャリオスが呻く。ススルにされたことは、記憶に新しい。

 隣に腰掛けたミルは、それでとグロリアスを見た。

「貴様らに共同探索の依頼をしたいと申し出た。この阿呆は拒否したがな」

「でしたら私から言う事はありません。リーダーの決定はパーティのものでもあります。それとも、個人的なご用件でもあるのでしょうか」

「依頼がある。俺達と共に五十七階層以下へ降り、十年前に失踪したファニーと言う女を救出したい」

「それは……遺体の回収でしょうか」

「あの女は生きている」

 言葉を飲み込んだのは、グロリアスの金目が獰猛な鷹のような鋭い光を帯びていたからだ。同時に彼が人捜しのため、迷宮に潜り続けていたことを悟った。

 シャリオスがミルに告げず断ったのは、絶望的な状況で危険な迷宮を彷徨い続けるようなものだと考えたからだろう。

 沈黙するミルに、契約書が提示される。

 中には救出作戦に参加した場合、受けられる報酬が記されている。成功報酬も明記されていた。

「グロリアス様は、本気でファニー様が生存していると考えておいでです」

「口を挟むな、ポロ」

「これは失礼をば。しかし僭越ながら、お嬢様にきちんとお話されませんと、納得していただけないかと。――グロリアス様とファニー様は婚約しておりまして、昔からたいそう仲がよろしく、お仕えする身から見ても、微笑ましく思っておりました。しかしファニー様はどうしても迷宮に潜らなければならず、そこでパーティは総崩れとなり、数人が帰還したのみでした。話によれば、五十七階層だったそうでございます」

「チッ。余計な事を言うな。……それで来るのか、来ないのか」

 そっぽを向いたグロリアスに、ポロは微笑んでいる。

 婚約者という事は、二人とも身分は貴族か裕福層なのだろう。

「行く理由がありません」

「なぜだ」

「おわかりになっているはずです。ですが、明確に口に出しましょう。一つ目は、ファニー様が生きていると確信していらっしゃるならば、事は緊急ではないということ。生きているならば、いずれ地上に上がってくる可能性もあります。さらに、十年の月日が経ってなお生き残りながら上がってこないならば、それ相応の理由があるのではと思うからです」

 刃のよう尖った目が剣呑な光を帯び陰った。

「なるほど。行く理由は確かに無い」

「……ですので、ですので、その。そのですね」

 ミルは、チラリとシャリオスを振り返るが、断ってほしいという念以外感じない。

「個人的に依頼を受けたいと思います!」

「何で!?」

「ふん、貴様の日頃の行いではないか? しつこい男は嫌われるものだ」

「うるさいな! ……僕とのパーティはどうするの。この契約は三年あるんだよ」

「へあっ!? シャリオスさん、お、お顔が近いです」

 しっかりと両手を握られたミルは、顔を寄せられ仰け反る。

 バイザーで見えにくいが、シャリオスは必死な顔をしていた。赤い目が潤み、淫靡な雰囲気がます。指先が柔らかな頬を撫でて顎にかかる。思わず後ずされば、手を握っていた方の手が腰に回り「ひい」と情けない悲鳴が漏れる。

「僕は離れるつもり無いよ。何を考えてるの」

「断ったら、気になってしまうなって事を考えています。ひいいい」

「どういうこと」

 ぐりぐりと当たるバイザーと同じ形に頬が凹む。

 もはや逃げ場は無い。最初から存在していたかも分からないが、背中を反らしながら弁解するしかないだろう。

「……手を尽くしたのだと思ったからです。今回グロリアスさんのパーティと一緒に上がりましたけど、失踪した人を探していると話した方はいらっしゃいませんでした。この契約書にも、守秘義務として記載されてません。――今回、初めて打ち明けたという事で間違いありませんか? 『記憶の箱庭』を探しているというのも、ただの方便では」

「チッ」

 否定は無かった。

 プライドの高そうなグロリアス。彼が家名も名乗らず依頼に来た事。それが意味するのは二つ。名乗らないか、名乗れないかだ。

(この人は手段を選ばない人だと思う。婚約者を十年も探し続けるなんて、普通は出来ないし、結婚していてもおかしくない年齢だわ)

 それすなわち、全部をなげうってしまっているという事だ。そうして探し続けて十年が経った。

 もしも自分の家族が迷宮から帰らず、それでも生きていると信じていたらどうだろう。

 ミルは考える。

 引き裂かれそうな精神をなだめすかし、薄氷を踏むように息を殺しながら迷宮に潜るだろう。誰の手を借りてでも暗い底を目指す自分が想像できた。そうして長い時が過ぎて手を尽くしきったらどうするのか。

 かすかな手がかりでも方法でも、試さずにいられなかった自分は粉々に破壊される。自分に失望し、望みもない。

 とても辛いことだ。

 これ以上言葉が見つからないと言うほどに。

「ごめんなさい、シャリオスさん。私、力になりたいです」

「助けてって言われたら、誰でも助けるの?」

 ミルは困って笑う。

 手を放したシャリオスもまた困った笑みを浮かべ、小さく首を傾けた。

「僕の時もそうだったね。なら、しょうがないや。一緒に行くよ」

「いいのですか?」

「うん。ただし条件がある」

 不承不承と頷いたシャリオスは、ジロリとグロリアスを睨む。

「リーダーは僕だ。探索中は必ず命令を聞く事」

 飲めなければ行かない、という言葉をシャリオスは告げない。意味が無いからであったし、できなければ従わせるつもりだった。その方法は問わないのだろう。

 グロリアスは頷いた。下へ行ければ何でも良かったからだ。



 幼い頃、世界はとても狭かった。

 ベッドとトイレ、壁に打ち付けられた本棚に積み上げられた書籍が彼の全てだった。口にする物は全て味気ない食事ばかり。メニューは同じ物が永遠と続く。

 仕方ないことだった。

 殺されなかっただけ幸せである。

 なぜならば、生まれたばかりの赤子は、長ずるにつれ奇妙なほどの怪力を発揮したからだ。母親の腕をへし折った事など、一度ではない。

 とうとう母親に瀕死の重傷を負わせたのが、三歳の頃だった。

 隔離されたグロリアスは室内に監禁されるように過ごす事となった。周囲の物全てが鉄製の特別な部屋だ。赤子の時の記憶は残らず、物心ついてからずっと記憶にあるのはその部屋だけだ。

 理由が分かったのは、当主である父親が司祭を呼びつけ鑑定を終わらせてから。


 六十七レベル。


 齢十歳にして高レベル帯となっていた男児は、化け物と蔑まれていた。

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