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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第七話

「……今回地上に戻る事になったのは、私が戦えなくなってしまったからなのよ」

 そう言ったジュディットは眠ったおかげで幾分顔色が良くなっていた。小休止のため料理をしているメンバーを、横になった状態で見ている。

 妊娠が発覚する前、七人がついて行けず離脱したのもあり、グロリアスは地上に戻って人員補充をする事にしたという。

 セドリックもジュディットもパーティを抜けることになり、違約金を支払わなければならないそうだ。それ以上に稼いだ金額が大きいので問題はないと言っているが、本当のところはわからない。

 グロリアスは【探求者】というパーティのリーダーだ。

 例の大男である。

 鋭い目つきで言葉も悪い。性格も冷たそうだったので意外に思ったが、外見よりずっと協調性があるのかもしれない。

 彼は数年単位で迷宮攻略の計画を立て、出る度にメンバーを変えているのだと言う。

 五十人近く募集したこともあり、隊を率いるなら随一の腕だそうだ。死人が少ない事から、他領からの加入希望者も多いという。

「良いパーティでしたけど、他に安全そうな迷宮があれば移るわ」

「でしたら、それまで魚を釣ると良いかもしれませんね。三十五階層のものなのですが、釣れるようになったので」

「興味深い話ですな。是非情報提供者と話をしたいものです」

「詳細はギルドに行けばわかるよ」

 暖かい食事のトレーを持ちながらポロが近づいてくる。その後ろにはズリエルとシャリオス、セドリックもいた。

 いつの間にか漂う昼食の香りに、アルブムは顔を上げた。

 なんとなく近寄りがたい雰囲気になった二人を遠巻きにしていると、ズリエルと目が合う。

「お気を付けください、サンレガシ様。グロリアス様は並々ならぬ興味を向けておいでです」

「ええと、私にですか?」

「先ほど、年齢から出身、扱う魔法の種類まで細かく追求されましたので、間違いないかと」

「わ、わぁ……そうですか」

「はい、ミルちゃんのぶん。アルブムはこっちだよ」

 シャリオスは器用に持っていた三つのトレーを床に置くと、横に座った。本日はポトフと黒パンだ。アルブムはちぎれんばかりに尻尾を振って、ご飯が降りてくるのを待った。

 セドリックは食事をとれるかジュディットに聞くが、彼女は匂いを嗅いだだけで口を押さえ、顔を避けてしまった。

 妊娠中の母親を思い出し、ミルはマジックバッグから一抱えほどのガラス瓶を取り出した。中にはサラダが入っている。ドーマに頼んで作ってもらったものだ。

「レモンのドレッシングなのですが、こういった物はいかがでしょうか」

「美味しそうだわ」

 ゴクリと生唾を飲んだジュディットは一口囓ると目を見開き、猛然と食べ始めた。酸っぱい物が欲しくなるタイプだったようだ。

 セドリックは感激したように涙ぐむ。

「しばらく何も食べられずにいたのだが、何て礼を言ったら良いか……!」

「見てないで僕らも食べよう? このあと、【探求者】も合流して三パーティで地上に戻る事になったから」

 お互い目的地が一緒なら、距離を取って牽制し合ってもしかたないという事に落ち着いたのだという。

「移動中の戦闘は全て【探求者】と【ラージュ】がする事になったよ。分布図の確認も手伝ってくれるって。その代わり、情報は全て渡すことになるけど。隠すつもりもないし、いいよね」

 もともとギルドに提出する予定だったものだ。何も問題はない。どころか、暗黒魔法を見なくて済むことに、内心ほっとする。

「お三方は組んで長いのですかな?」

「二ヶ月も経ってないよ。言っておくけど、僕らは僕らのペースで攻略するから【探求者】には入らない」

「おや、牽制されてしまいましたね。サンレガシ様はいかがです」

「シャリオスさんとご一緒する約束なので」

「へへへ。そういうわけだから!」

 障壁を上手く使いこなせないときから気にかけた事も、約束したのも誘ってくれたのも一番だった。二人はお互い信頼しあい、頼っている。

 しきりに残念がったポロは、グロリアスがウズル迷宮に潜り始めてからずっと共をしているという。ならば正式なメンバーは二人で、後は臨時と言う事なのだろう。

 運営費の捻出から会計、アイテムの鑑定なども一気に引き受けているポロは「そろそろ五十七階層に行きたいものです」としきりに口にする。

「何か目的があるの? ちなみに僕は魔導具を探してる」

「奇遇ですな。我々も捜し物をしておりまして。『記憶の箱庭』という宝物を見つけましたら、是非ご連絡ください」

「ここドロップするの!?」

 『記憶の箱庭』とは映像と音声を記録できる魔導具の事だ。色彩までも詳細に映し出されることから技術的価値は計り知れないのだとシャリオスは言う。解析できれば情報伝達や娯楽に革命を起こすが、研究に回ったことがない。産出される迷宮は貴族家に管理され、冒険者は立ち入ることが出来ないからだ。

 期待に目を輝かせたシャリオスだが「いえ、まだ見つかった情報はありませんね」とポロに言われ落ち着きを取り戻した。

「そっか……。最下層まで攻略するつもりはあるから、見つけたら連絡するよ」

「ありがとうございます。こちら【探求者】の在住先となりますので、我々と連絡が取れない場合は、ここに一報をお願い致します」

 綺麗なカードは表面につやのある塗料で覆われ、濡れても平気なようだ。

 マジックバッグにしまったシャリオスは、二十七本目の黒パンにたっぷりバターを付ける。胸焼けするような光景だ。


 分布確認を三日かけて終えると、ようやく火山を抜け砂漠階層へ戻った。

「おっしゃ! 修行の成果を見せてやりましょう。見事全員送り届けてやりますから。わたしはやればできる子なのです!」

「床抜けは勘弁な?」

「はいそこ! お静かにです! <障壁(ウォール)>」

 ユヒトを半目で睨んだユティシアは、障壁を広げた。おそるおそる乗った【ラージュ】や【探求者】のメンバーだが、楽に四十一階層へ上がれることに喜んだ。

「私達も行きましょう」

 振り返ってシャリオスを見上げる。

 ユティシアは元気な冒険者達を練習がてら上げ、体調が悪い者はミルが運ぶことになっていた。頭上で「揺れた!?」や「まて、この傾き方はまて!!」という悲鳴が聞こえてくる。恐る恐る見るが、幸い誰も落ちていないようだ。

「障壁は透明だから、足下が透けて怖いわ……」

「ジュディット、私の手を取って」

 仲良し夫婦が乗り込むのを見ながら少し考える。

(確かに見えないと怖いわ。でも色を変えるのはやった事がないし、付与魔法は触れると発動してしまう)

 悩んだミルは乗っている障壁の下に別の障壁を重ね、それに付与魔法をつけることにした。これなら魔法は発動しない。<魔法攻撃強化魔法(アルメナーラ)>をかけて赤くなった障壁が足下の景色を隠す。手すりの付いた障壁魔法が現れた。

「まぁ! ありがとう」

「揺れないように致しますが、くれぐれも身を乗り出さないでください」

「ところでさ、なんで健常者が乗り込んでるんだ。ユティシアの所に行けよ」

「申し訳ございません。どうかご容赦いただければ……」

 ジロリとシャリオスが睨んでいる先には、腕組みをしたグロリアス。当たり前のように仁王立ちし、冷たい視線など微風とばかりに周囲を見回している。

「なかなかだな」

「キュアキュ。キュキュ?」

「……ふん」

 ちらつく赤髪に興味を持ってしまったアルブムを抱き上げて拘束すると、ミルはゆっくりと障壁を動かした。

 相変わらず横壁に住んでいる爬虫類系モンスターは、時折火を吐き、頭上では鳥系のモンスターが様子を窺っていた。触らないようそっと通過するのだが、それ以上に背中に注がれる視線が痛い。

(何かしら。……とても見られている)

 焦げ付きそうな視線に冷汗を流す。到着したときは、まるで十連戦したかのような精神的疲労を感じた。

「いい加減、うちの子を見るの止めろ」

「ふん。貴様の子供ではないだろう」

「やりにくいって話。ほら、手汗が酷くなっちゃった!」

「やめてくださいズレます!?」

 手汗の酷いミルは必死な形相で手を取り返すと、首を振った。

 その後も視線は沼地まで続く。

「おっし、それじゃ(マチリ)釣りと行きましょう! 今日のために網と革袋をたくさん持ってきたんですからね!」

 ようやく三十五階層へ行くと、ぐったりしていたのが嘘のように復活したユティシアは、ユヒトの背中から飛び降りた。

「あ、ごめん。炎鳥入れるのに使っちまったぜ」

 アークライトが「悪いな」と歯を光らせる。

 未だにマジックバッグを買えていないユティシアは、頭をかきむしった。

「本当だ無い! イケメンこの野郎ー! キメ顔してんじゃねーですよ!!」

「いてててて。でも魚より炎鳥の方が高いって! もっと稼げるぞ」

「一人で稼げるように下見も兼ねてたんです! 一級冒険者様には低レベル冒険者の金策の難しさなんてわかんないでしょー!」

「そこは俺達とパーティ組めばいいんじゃね?」

「命がいくつあっても足らんわ筋肉がー!」

 筋骨隆々の魚ハンター達の仲間入りをしたいユティシアは吠える。しかしマップ探索中で慣れきってしまった【ラージュ】のメンバーは軽くいなしてしまう。頬をぱんぱんに膨らませ耳を振り乱したユティシアは悔しそうに地団駄を踏む。

 少し不憫になったミルは障壁を動かした。人のいない場所に隠れていた(マチリ)をすくい取ると、穴の空いた部分から水だけが流れていく。

「これなら袋無しで持って行けますよ」

「ナイスお師匠様! さすが暖かさの固まりです。それに比べて筋肉ときたら!」

 後ろ頭を掻いたユヒトは「なんだよ。いいじゃねーか」と言ってむこうずねを蹴られていた。

 障壁を維持しながら歩くのは一苦労らしく、足下がおぼつかないユティシアを肩車しながらユヒトは進む。端から見れば二人は良いコンビだが、ユティシアが納得するのには、時間がかかりそうだ。

「セドリックさん、ジュディットさん。お二人は私達と参りましょう。お体を冷やすのはよくありませんし。……でもなんでしょう? 皆さんこちらを見てます」

「有名人が多いからね」

 進んでいく一行を見て周囲がざわめいていた。グロリアスを指さして探索を切り上げる冒険者も出ている。考える以上に有名人と言う事だった。



「ようやく迷宮から出られたぜ。シャリオス、この後どうする」

「ギルドで買い取り予約してからかな。グロリアスもいるし、もしかしたら明日になるかもしれないし」

「ええ!? 魚が腐ります!」

「先に精算しろよ。もともとお前の取り分だしな。ほれ、このまま連れてってやるから落とすんじゃねーぞ。他はラーソン邸で待機な」

「やった!」

「では教会に一時帰宅します。そうそう、サンレガシ様。この後休暇をとられますでしょう? 教会で沐浴などいかがでしょう? 気分も晴れますし」

「沐浴……!」

「……うん。行っておいで」

 意味深な視線をシャリオスに投げて微笑むシシリは「後ほどお迎えに上がりますからね」と頭を下げて身を翻した。他のメンバーも大荷物を抱えながら「シャバの空気はうまいねぇ」「……お前さ、それ止めた方が良いよ?」など雑談混じりに帰っていく。

 疲れたようにシャリオスは溜め息を吐く。

「二人とも先に帰ってて」

「キュアキュ? キュー? キュア。クルルッ」

 さっそく甘えるように屋台の食事を所望するアルブムを諫めて帰宅すると、ドーマに巻き上げられるように料金を払い、夕食を頼む。

 すぐにシャリオスも帰宅し、買い取りは五日後と言う事になった。

「グロリアス達が持ち帰ったアイテム数が多かったって。凄い騒ぎになってた」

「年単位での探索です。見たところ、大容量のマジックバッグも多く取りそろえていたようでした。お二人が持っているものと遜色ありません」

「見てたんだ?」

「これでも護衛を兼任しておりますので」

 もしものために、相手の持ち物や立ち位置などを観察していたという。

「ズリエルさんのマジックバッグどうしますか?」

「運び屋を雇うわけにもいきませんので、二つほど用意立てるつもりです。サンレガシ様にお任せしてもよろしいでしょうか」

「構いませんよ。今回お休みをどれくらい取りますか?」

「み……いや十日にする。僕は話の分かるリーダーだから、うん。次は長くなると思うし、ゆっくり休んでおいで。シシリはいつ来るの?」

「急いでは事を仕損じるかと」

「そっか。そうだよね。でも買い取り日まで五日あるし、その間に時空魔石用意して注文しよう。一回潜らないとだから……荷物はミルちゃんの部屋に置いといていいかな。あそこなら盗まれないし」

「この宿に盗みに入る時点で難しそうですが」

 ドーマという壁は不良騎士でさえ突破できなかった実績がある。侵入した【遊び頃(タドミー)】は例外中の例外だ。

(ベルカさんは無事に過ごしているかしら)

 時折届く手紙に綴られる絶望だが、暗黒魔法に比べればどうって事無いはず。勇気づけるために送った手紙の返信が『気をしっかり持て!!』と励ましの言葉で埋まっていた。その優しさをミルは眩しく感じたものだ。

 大人になるって大変だな、という話はともかく、しっかりと身も心も精神も休ませるべきだ。

「潜るのは明後日にしよう。日帰りするから荷物は三日分の食料でいいよ」

「でしたら手持ちのあまり分で足りますね」

「私もです」

 方針は決まった所で夕食が運ばれてきた。

 まるごとキャベツをチーズと一緒にオーブンで焼いた物に、大盛りのパスタ。サラダが山盛りに乗っている。本日はデザートの代わりに冷たいシェイクだった。

「……肉が少ない」

「迷宮で捕った物を、主人に焼くよう願い出ればいいのでは?」

「それだ!」

 キッチンに消えていったシャリオスは、喜びを隠しきれない様子で帰ってきた。

「カリカリに揚げてくれるって!」

「キュ!?」

「ちゃんとアルブムのも頼んだから」

「キュア! キュアキュ。キュキュー!」

 言うと同時に、油が跳ねる音が聞こえてくる。

 頭を撫でられて上機嫌なアルブムはパスタ皿に鼻先を突っ込んだ。

「明日はお休みですよね。アルブムの耳の中を洗いに行ってきたいと思います」

「お供します。確かに洗った方が良い」

「ギュ!?」

 耳の中の匂いは日増しにツンとしたものに変わっていた。

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