第五話
火山地帯に戻った後は連携の再確認がてら順調に階層を更新していく。
炎鳥と呼ばれる小型の鳥は全身が燃えているモンスターで、最初は不死鳥かと見間違う様子だったが、本物は発見されていないと言う。
精霊に似ており、魔力の塊と言われているカーリーと言うモンスターとも遭った。物理攻撃が全く効かず、暗黒魔法の黒い炎と共にミルの精神も燃え尽きそうになったが、なんとか耐えた。驚いたことにズリエルには耐性があるらしく、痛ましそうな顔で気遣われてしまう。
「ズリエルさん、精神的ダメージを軽減させるコツとかありますか?」
シャリオスが斥候をしている間、それとなく聞いてみるが「思いつきません」と返ってくる。がっかりしてしまう。
やはり記憶削除の方法を一日でも早く確立しなければ、と密かな決意を新たにしていると、なにやら可哀想なものを見る視線を寄越される。
「慣れるしかないかと」
「そこまでたどり着くまで、何年かかるのか見当も付きません……」
「自分は五年ほどかかりました」
意外なことを聞いた。
他領の迷宮でも暗黒魔法の使い手はあぶれていて、その関係で行動を共にしていたとズリエルは言う。盾職も嫌がられているようなので、その関係かもしれない。
「コツとは言えませんが、景色の一部だと思えば、気が楽になった覚えがあります」
「景色……。ありがとうございます。領主様はそれも含めてズリエルさんを派遣したんですね。たくさん苦労されたのですね」
「アウリール殿に、このことを伝えましたか?」
「傷つくかもしれませんし、迷宮は危険です。控えてほしいなんて言えないですよ」
鉄面皮に浮かぶ表情が心なしか曇って見える。
五年以内に精神崩壊しないだろうか、やはり時空魔法で記憶を消し去るしかないのだと考えていると、問題の吸血鬼戦士が帰ってきた。
「ヘルハウンド釣ってきたよ! 群れで四頭」
犬に酷似した外見だが、頭が二つと炎を纏ったモンスターだ。毛皮が黒いので纏う火がより赤く見える。吐き出される炎を障壁で反らせばズリエルが走った。袈裟懸けに閃いた剣が首を落とし、瞬く間に二頭切り伏せられる。注意が逸れた一瞬で、残りの二頭を両断したシャリオスが、血糊を払って双剣を鞘に収めた。
「砂漠より階層が広いな……黒門が全く見えない」
煙もそうだが、焼けた大地が黒ずんで同化している。現在は四十六階層まで進んだがリトルスポットとなる場所も無く昼夜連戦だ。疲労が溜まり、一度引き返す事を決断したシャリオスは食料を確かめて先頭を歩く。
「聞いた話だと半分は超えてる。でも、壁が見えない」
「休養の問題をクリアすれば先へ進めるのではありませんか?」
「ミルちゃんもわかってるでしょう? ここは何かおかしい」
進めど山は近くならない。
十日歩き続けているが道は遠く続くままで、果てが見えない。
「景色も匂いも変わりません。右辺ゴーレムの群れ発見! ……多いですね」
「各個撃破でよろしく――<移動補助魔法>」
目視できる範囲で十体、その後ろから更に雪崩のように追いかけてくる。
魔法を使った瞬間、シャリオスの姿がかき消えた。次に現れたのはゴーレムの核を二つに裂いたとき。一瞬で数十メートル飛んだように見えた。
「<攻撃力増加魔法>」
次にズリエルが大盾を振り回す。叩きつけた部分から罅が入り、ゴーレムが二体同時に砕かれた。
ミルは障壁を体から外し、二人に殺到する直前で転ばせる。足を切れるほどゴーレムは柔らかくなく、上から振り下ろすこと四度。やっと砕けて倒せた。
(二人とも付与魔法も直ぐに身につけたわ。私とは物が違うのね)
ちょっぴり羨ましく思いつつ、釣り上げたゴーレムを地面に叩きつける。重いゴーレム同士を合わせるように投げると一度で倒せるので、よく使っている。
一掃して一息ついたあと、ミルは提案を一つする。
「<感覚強化魔法>で、周囲を見てみませんか?」
「目と耳を良くする魔法だっけ」
「はい。<回復増加魔法>が重ねがけできるので、多分これもできると思うんです。上空に上がって遠くを見てみませんか?」
「やってみよっか」
頭にアルブム、背中にミルを背負ったシャリオスの隣にズリエルが立つ。
「行きますよ」
そっと上空に浮かぶ。黒い煙はずっと続いていく。天上がないかに見えたが、ゴツゴツとした岩肌が見えた。
「待った、こんなに早く上に行く?」
「何か惑わし系の魔法がかけられているのでは」
「兎に角、周囲を見てみないことにはわかりません。<感覚強化魔法>をかけますね」
幻想系のモンスターだろうか。周囲に目を巡らせ、ズリエルは耳を立てる。
三度重ねがけしたとき、シャリオスはほんの少し首を伸ばす。
「わかりましたか?」
「全然景色が違う。ここは洞窟の中だし、犯人はスピリットだ」
「ゴースト系の?」
岩の固まりのようなモンスターだ。ゴースト系とも言われている。スライムのように核があり、それを岩で覆い粘液で固定している物や火や風を纏っている物もある。属性があるのだ。
「色は紫。レア種だね。水と火の属性が混じると幻影を吐く場合がある。あ、これ別の迷宮で聞いた情報。見たのは初めてだ」
「サンレガシ様、<感覚強化魔法>の重ねがけをいただいてもよろしいでしょうか」
「あ、はい!」
早口で唱えると、ズリエルの尻尾が一瞬膨らんだ。ミルも怖い物見たさでかけていく。
すると三度目の<感覚強化魔法>をかけた瞬間、視界一杯に広がっていた煙が晴れた。
「ひい」
一行を囲うように紫炎のスピリットが群れている。
夥しい量に顔を引きつらせていると、先ほど倒したモンスターの群れにスピリットが殺到しているのに気がついた。死骸を食料にしているのだ。
「見て。あそこに僕が付けた目印がある。何本も同じ場所についてるなんて……踏み固められた道からして、ずっと回っていたみたいだ」
「しかしスピリットは、なぜ襲ってこなかったのでしょうか」
「レア種の生態かな。何匹か持ち帰った方が良さそうだ。じゃないと犠牲が増える」
指さしたのは朽ち果てた冒険者達の骸。一つや二つではない。
「幻想系モンスターが出た時点で、警戒すべきでした。属性が入り交じるのがユグド迷宮の特徴だったと言うのに……面目ない」
「まさかゴースト系が出るとは思わないよ。取り返しが付くうちに気づけて良かった。次に行こう」
「次?」
「あれを殲滅する。というわけで、ミルちゃん。良い機会だからやってみて!」
「ええっ!?」
「駄目そうなら<暗黒炎>叩き込むから。ね、お願い」
「がんばります」
目の前で苦しそうに燃えるモンスターを見続けるなら、修羅場へ行こう。そう決意して障壁を体から離すと、投げた。背後のズリエルが横目でシャリオスをジロリと睨んでいる事には気付かない。
「わ、何か紫色の煙を出し始めましたよっ」
「幻影の元でしょうか。ここまでの高さは飛べないようですね」
「あ、そうだ。<毒状態付与魔法><感覚低下魔法><不調和魔法>!」
障壁に追加した行動阻害付与魔法は、モンスターに触れた瞬間発動する。動きが鈍くなったモンスターを叩き、一体ずつ仕留めていく。ゴーレムのように核を刺せば、スピリットは死ぬ。
「目視できる範囲にモンスター無し。下に降りよう。魔法も解けたみたいだ」
「まさか洞窟の中にいたとは思いませんでしたね」
外に居たと思っていたのが、実は洞窟。どおりで天上が低かったわけだ。
すっかり煙は消えており、洞窟の中に三人と一匹は立っていた。
「スピリットって何を食べるんでしょうか」
「それを調べて貰おっか。状態の良い物を十体ほど四方から選ぼう。要らない布あるし」
「食い散らかされたモンスターの死骸も持帰りましょう。そのほうが食料がわかる」
「ズリエル詳しいの?」
「新種回収は利益が大きかったので、良く探しておりました」
「なら任せるよ。僕は犠牲者の供養をする」
「私も手伝います」
砕けた岩の下に古い装備品の山があった。帰ってこなかった一級冒険者達だろう。完全に風化して骨になっている。
「キュア?」
「アルブムはズリエルさんの護衛をお願いします」
キュウキュウと鳴きながら降りたアルブムは、真っ直ぐ走ると、ズリエルの足下に纏わり付いた。
遺骨は装備と共にまとめ、マジックバッグへと収納された。
全部で十六。
下層へ向かった冒険者の数を数えると、見つけられたのは運が良い。遺体の中には同士討ちした痕跡もあった。引き返しても門が見えず、食料を奪い合ったのだろう。
「モンスターの死骸ですが、殆ど炎鳥にヘルハウンドですね」
「わかった。荷物をまとめて外に出よう」
スピリットが生息型ならば良いが、再配置されたら再び幻影に惑わされることになる。
耳を向けたズリエルは首を振り、何も居ない事を確かめた。
洞窟は出入り口は一つ。岩の中に丸い空間があるだけで、光りは殆ど無い。
そっと頭を出し、一気に上空へ退避する。
するともやがかかり、奥から紫色の光りが見えだした。入り口付近までやってきたスピリット達だが、それ以上出てこない。
「再配置されましたね」
「ミルちゃん、<感覚強化魔法>はずっとかけてる?」
「はい。切ると景色が歪んで見えます。歩いたら中に誘い込まれてしまうかと」
「ゴースト系の対策を練ってから再挑戦した方が良いと思う。二人はどう?」
「異論ありません」
「私も同意です。……ウズル迷宮は次の階層がわかるようにモンスターが出ますよね。なら、五十七階層から下は、ゴースト系のモンスターが出るのでしょうか」
「幻想系かもしれない。ここに来た冒険者は、情報を持ち帰る前にはめ殺しにされたんだ。僕らは運が良かった」
そのまま上昇した後、シャリオスは地図と見比べて現在地を割り出した。けれど地図も探索されきっていない階層だ。殆ど記録がない。さらに、どこから惑わされていたかわからないのだ。
罠の範囲を調べるために、何度も地面に着地しては浮き上がると言う事を繰り返す。不思議な事に、あれほど雪崩込んでいたゴーレムの群れは一切現れなかった。
スピリットはあまり強くない魔物なので、掴まえたモンスターや冒険者に用心棒をさせていたのかもしれないとシャリオスは予想する。
現に、近くに居たヘルハウンドが誘われるように洞窟へ入り、ゴーレムの群れへ突っ込まされていた。
「同士討ちさせ、死ねば魔力を食っていたようですね。ゴーレムから出る素材はそのままでしたが、全てスピリットが吸い取っていたのでしょう」
食い尽くされてシワシワになっていく死んだヘルハウンド。倒れたゴーレムにも群がって土塊へ変えている。
「もう一回行くって言わないですよね?」
「今回は止めとく。安全確保が厳しいし、この状態で変な条件は踏みたくない。観察もしたし、範囲も調べたから地上に戻ろう。炎鳥が出たら僕が打ち落とすから、このまま西に飛んで」
「出ませんように……」
祈りながら進むと、直ぐに黒門が見えてきた。
「もう一つ黒門が見えてきました! どういうことでしょう」
「ここも沼地と一緒で黒門が無いルートがあるみたいだ。あーもう、地図が全然役に立ってない。最初からマッピングしようと思うんだけど、良いかな。地図があった方が安全に進めるし」
「賛成します」
「これではいくつ命があっても足りません……」
珍しく疲れたように耳をへたらせたズリエルは溜め息を飲み込む。
正しく同じ気持ちだったので、頷いたミルは速度を上げた。
結果的に言うと、歩いた距離は四十三階層へ行くまで五つの黒門を通った計算になる。
知らずに四十八階層まで降りていたらしい。これはかなり危険な事で、探索の予定を大幅に変える事となった。
持ちかえったスピリットの残骸と、冒険者達の骸はギルドに預けられた。遺留品から割り出された冒険者達は、全て領主公認の一級冒険者。身元は直ぐに割れ、遺族の元へ運ばれた。引き取り手がいない者は共同墓地に埋葬されることとなった。
領主から礼金が届き、魔法を重ねがけした効果も一緒に情報提供したので、そのぶん代金があがっている。帰還する冒険者が増えれば、対策も更新されていくだろう。
地図が間違っている事について、シャリオスはユヒトを探す。不良品の水の羽衣を掴まされていた彼らは、ラーソン邸に待機中だったので直ぐにつかまった。
「ああそれか。俺達あんまり地図見てないんだよな。風魔法使いがいるから、方角は見失わないし。一回黒門の場所覚えれば視界が悪くても何とかなる。悪かったな」
他のパーティも一緒なのだろう。
風魔法使いが憎いという八つ当たりを押し込めて、シャリオスは首を振る。
「確認を怠った僕も悪かったんだ。教えてくれてありがとう」
「悔しそうな顔してんぞ」
「そりゃ多少は役に立つと思ってたのが全然違ったんだよ? 自分の不明を恥じるばかりだ。やっぱり地図は更新する」
「お前几帳面だよな。あそこ熱いのによ。門までまっすぐ行きゃぁいいのに」
「そんなことしてるから安全地帯が見つからなくて、走って逃げる事になったんだろ。反省しないと全滅するよ」
「うぐっ。わかった……じゃー、合同調査するか?」
シャリオスは嫌そうに首を振った。
「ユヒト適当に地図描くからやだ」
「子供みたいな事言うなよー。どうせ三人じゃ戦力たんないだろ。ていうかなんで三人で潜れんだよ!」
「ふっふっふー! それは期待の新人さんが! 頑張ってるから! 大丈夫!」
「くっそー! 羨ましいぞー! 親指立てんな」
「ユヒトだって付与魔法使い入れたんだから、同じ条件だろ?」
ぐったりとテーブルに突っ伏したユヒトは「むちゃくちゃ逃げられてる」と切ない声で呟いた。
地上に上がって装備品の点検をした後、彼らは真っ先に目的の人物へ会いにいった。
ユティシアは自身のレベルと役割をしっかりと聞き出した後、お断りしたようだ。口説くまでは潜らないと言うユヒトに、メンバーは呆れ顔らしい。
サムズアップを止めたシャリオスは溜め息をつく。
「でもさ、真面目な話。お前んところの付与魔法使いが、どうやって潜ってるのか見てみたい。ユティシアが無理でも他が同じ動き出来るなら、一から育てるぜ」
「珍しく執着するね」
「お前なぁ。ちゃんとした水の羽衣装備すればロックビーストは何とかなる。俺達は四十五階層から下に行ける。けど、レア種のスピリットに合えば間違いなく死ぬぜ?」
紫のスピリットはレア種だが、ウズル迷宮で言えば違うようだ。現在ギルドが調べているが生態の詳細がわかるか不明だ。
「俺達はいずれ最高到達点を突破する。知識も情報も無い場所へ行くんだ」
「僕らの方が速いと思う」
「へいへい、そうかよ。兎に角、打てる手が一つでも多くなって、パーティの負担が減るとくれば引き入れたくなって当然だろ? 俺はお前だってメンバーに入れたかった」
「何度も断ったろ」
ユヒトがリーダーとなれば、シャリオスはくまなく階層を調べることができなくなるだろう。さらに、ユヒトは性格が大雑把なので、吸血鬼なのを忘れてオーバーワークさせられそうだ。そうしたら死ぬしかない。
半目で睨むと肩を竦める。
「はいはい、お前は頑張り屋のミルちゃんと一緒に探索してろよ。冷てー奴だね、まったくさぁー。あーあ、冷てー!」
「うるさいな」
「冷てー! すっげー冷てー!!」
「うるさーい! やめろ、しがみつくな!! どっちが子供だよ!?」
頭を押さえて腰から引き剥がそうとするが、さすがのシャリオスも筋肉だるまには敵わなかった。




