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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第四話

 【ラージュ】のメンバー達と砂漠階層まで戻り、シャリオスは最も安全な道を抜けリトルスポットへ招いた。

 応急処置をしたあと、野営の準備をして食事の準備を始めた。

「へぇ、こんな横道の先にあったのか」

「知らなかった?」

「お前みたいに几帳面に回ってねぇからな」

「いざというときに逃げ込める場所は探しといた方が良いよ。次は僕がいるとは限らないんだから」

「耳がいてぇや」

「もっと言ってやってくださいな」

 そう言って鍋をかき回すのは、鼠人族の女性を背負い続けていた女性だった。名前はシシリ。目元が涼やかで大きなふわふわの耳に合うような栗色の髪の毛だ。聞けば栗鼠人族だという。お尻のスカートがもこっとしているのは尻尾で、外に出すほど長くないからいつも仕舞ったままだと言う。花飾りの付いた皮鎧の冒険者で、教会所属の回復専門の魔法使いなのだそうだ。

 教会では回復魔法を専門に扱う魔法使いを常駐させ、怪我人の手当に当たっている。病気だと完治しない場合もあるが、地方に医者が少ない場所も多く、重宝されていた。今は【ラージュ】と契約を交わし、レベル上げと経験を積んでいる最中なのだという。

 倒れた鼠人族の女性は斥候役で、真っ白な大きな丸い耳をしている。名前はテレカルテ。未だ目を覚まさず、テントの中で眠っている。

 残りの二人は両方とも魔法使いなのだが、リトルスポットに着いた途端、座り込んで動かない。ローブから鱗が見えたので人族ではないだろう。

「すまん……暑いの駄目なんだ」

「おれも」

「アルブム、氷を出していただけますか?」

 くったりしてるのでアルブムに氷を吐いてもらうと、這いつくばった二人は氷の塊に頬を付け気持ちよさそうな声を上げる。

 二人を指さしたシャリオスは聞く。

「苦戦してる理由ってあれ?」

「おう。攻撃の要が暑さでバテてちまってよ」

「水の羽衣は?」

「イマイチなんだよな」

 顔を顰めたユヒトと情報交換を始めた。一度戻って水の羽衣を強化した方が良いことや、鑑定で品質をきっちり調べることなどなど。お勧め店舗の話にも飛んでしまったので、ミルは聞くのを止めてテントを張るズリエルを手伝うことにした。アルブムはへばった魔法使い二人を不憫に思ったのか、軽くブレスを吐き続け、崇められている。

 食事ができたので全員で囲んでいると、テレカルテがようやく目を覚ます。一番近くにいたシューリアーイゼルは手を握りながら顔をのぞき込み「大丈夫か?」と優しく聞き返している。それを見ながらシシリは青筋をたてていた。

「運んだのは別人ですけれど。ほほほ」

 二人は恋人同士なのだという。

 熱々な雰囲気に頬を赤らめていると左右から伸びてきた手に顔面を掴まれる。視界を塞がれ、遠くへ移動させられた。足がぷらりと浮き、アルブムが困ったように鳴きながら付いてくる。

 どこかに下ろされたかと思えば目を離され、犯人のズリエルが言う。

「二十歳未満は見てはいけません」

「母上」

「違います」

「そうだね、教育に悪いから耳栓をしよう」

「こちらには父上が……」

「せめて兄ちゃんって言って」

「いや、ちょっと、あの。なんですかそれは!」

「耳栓です」

 本当に耳栓をさせられ、男性諸君の体で壁を作られたミルは、もそもそとスープを飲み込むしか無かった。ユヒトが指さして笑っているのがとても気になる。

 恋人達の熱々な雰囲気はなかなか終わらなかったらしく、ミルは翌朝まで耳栓を取ってもらえなかった。というよりも忘れられたようで「まだ付けていたのですか」と呆れたようにズリエルに翌朝言われ、こっそり憤慨する。なぜ成人したのに未成年扱いされるのか。不服である。

 【ラージュ】は装備の洗い出しと物資補給のために上層へ戻る事となった。

「世話になったな。この借りはいずれ返すぜ」

「気をつけてね」

「お前らもな」

 そう言って、一行は黒門の向こうへ去って行った。見えなくなった途端、シャリオスは息を吐く。

「危なかった。ユティシアがいて助かったな」

「えっ、何の話ですか?」

 脈絡無く出てきた知り合いの名前に不安を感じ、顔をのぞき込む。しかしきっちり鎧を身に纏っているので表情が読めない。

「たいしたことないよ。パーティ編成のことだし」

「専門家達による検証を経た合理的な人員補充の提案です。彼女にとっても、悪いことではありません。ご安心を」

「加入は本人が決めるし、僕は提案しただけ。悪いようにならないよ」

「え、あ、そうですか……」

 余計に不安になる言い回しだ。妖しいがそれ以上言えることもなく引き下がる。

「とにかく今日を乗り切らないと。ちょうど良いから連携の話をしよう。ズリエルには今まで通り基本剣で、個人判断で盾使えば良いんじゃって話をしてたんだけど」

「そうでしたか。自己判断に任せていただけるなら、そうします」

「剣と盾のみの両方教えてほしいんだけど、何匹モンスター相手にできる? 基本的には僕が止めを刺す係になると思うけど」

「ふむ、ゴーレムなら全部引き受けても問題ありません。剣、盾両方です。サンレガシ様も攻撃に移っていただいて構わないかと」

「自爆は大丈夫ですか?」

「一度見たので、次は後れを取りません」

 頼もしすぎる言葉に感嘆の声が漏れる。

「引きつけは?」

「<挑発(アンスタン)>を使用します。使用魔力は今の規模で十戦連戦しても問題ありません」

「できれば私も守備がいいのですが……。攻撃力があまりなくて。障壁で叩くにしろズリエルさんの方が威力があるかと」

「攻守両方こなすとおろそかになり、取りこぼしが出るかと」

「てことは、問題はミルちゃんの立ち位置だ」

 緊張に背筋が伸びる。付与魔法使いの立ち位置は、こういうときに微妙になるのだ。新しいメンバー、新しい環境。これが魔法使いならば攻撃で迷いはないだろう。直ぐに決まったはずだ。

「モンスターの行動阻害は欲しいところだけど、役割が回復、攻撃、付与の三つになる。さすがに負担が多すぎるかな」

「先に全員の使用できる魔法の確認をした方がよろしいのでは。それから選択するのもありかと思いますが」

「わかった。ついでに知ってる魔法も書いてくれる? 戦略に使えそうなら練習してほしいし」

 シャリオスはメモ用紙を取り出すと破った。

 渡されたミルはペン先をインクに浸し、思い出せる限り呪文を羅列していく。

(そういえば、覚えたけれど使っていない魔法がたくさんあるわ。あの特上級魔法も、呪文は全部出てないのよ)

 最後のページに浮き上がった呪文は、未だに途中のままだ。

 やれることはまだあるはずだ。

 呪文は多く、一番最後となった。

 横でのぞき込んでいたシャリオスは低く呻くと、バイザーの隙間にハンカチを詰め込みながら鼻を啜り始めた。

「……頑張り屋さんだ。頑張り屋さんがいる」

「なぜ泣くのですか!?」

 裏面まで細かい文字でびっちりな紙を見てズリエルも感心した。冒険者は使う魔法以外覚えてないからだ。

「無属性魔法はこれほどあったのですか」

「行動阻害付与魔法は僕も使えそう。<不調和魔法(マラディ)>ってなに?」

「対象に吐き気などの体調不良を及ぼす魔法です」

「……分類間違えてない? 無属性じゃなくて闇属性の間違いだよ。<混乱魔法(パニック)>と同じ系統だ」

「残念なことに無属性魔法です」

「精神と肉体への影響の違いでは?」

「<認識阻害(カース)>は認識阻害の状態異常を引き起こすし、心神喪失にもなる。生命力を吸うなら<吸血魔法(ドレイン)>があるけど」

 あらためて闇魔法の恐ろしさを認識した後「分類は研究者の皆様方にまかせましょう」と言う事で話が戻る。

 シャリオスが使える魔法はミルの次に多く、ほぼ闇魔法と暗黒魔法の構成だ。話し合いは滑らかに進んだ。途中、超低確率即死魔法<死よ(デス)>は眉唾だと思っていたとズリエルが静かに冷汗を流す場面もあったが。

「お二人の使える特上級魔法は使用条件がそれぞれあるようですね。出現条件は?」

(ルーメン)の魔法は窮地であることが第一条件だと思います。使用中は敵を滅ぼすまで一切の攻撃魔法が使えなくなり、魔法を解くこともできません。もう一つは呪文が全て出ていないので、わかりません」

「僕のは本当に怒ったときしか使えないし、使えるときは感覚でわかる」

 ミルのように教本があるのかと問えば首を振る。頭の中に呪文が浮かぶそうだ。

 つくづくシャリオスは規格外だ。吸血鬼とはそう言う種族なのかもしれないが、強すぎる。

「怒りというのは、どのレベルでしょうか」

「呪文が出たのは兄ちゃんに夕飯横取りされたときだから、それが目安だと思う」

「発動条件が低すぎでは……いえ、どちらにせよ状況が揃わなければならないと。まるで音に聞く英雄譚のようですね。アウリール様は日没後とで魔法の威力に差がありますが、迷宮内でも同じでしょうか」

「夜の方が体調が良いよ。何て言うか、日が沈みきった深夜帯が一番体が軽い」

「なら、私達がシャリオスさんに時間を合わせた方がいいでしょうか?」

「それは駄目だ」

 鋭い声は予想外だった。

 顔を上げれば真剣な目と合う。

「昼に生きる人達は、太陽と共にいないと体を崩してしまうよ。僕は日光を浴びなければいいから、気を遣わないで」

 肩を掴まれるままに頷けば、シャリオスは安心したようだった。

「それじゃ立ち位置の決定に戻ろう。僕は攻撃、ズリエルは守備、ミルちゃんは回復と攻撃担当が良いと思う。行動阻害付与魔法はいくつか試してみたいけど、強化付与の方は任せて良いかな」

「私の攻撃力が足りない件はどうしましょう? 強化付与でも限度があります」

「攻撃力の無さをカバーするなら急所狙いかな。ゴーレムの核を狙う感じ。モンスターも心臓や首を絶てば絶命するように、急所は存在する。ダメ元でやってみよう?」

 障壁で叩けば魔法が効かないモンスターも相手取れるが、物理が効かない幻想系モンスター相手では、シャリオス中心に攻撃することになる。アルブムもいるが、シャリオスの魔力を温存する意味も込め、ミルには戦闘経験を積んでほしいと言う。

 無理なら変えるという言葉に頷き、杖を握った。

「わかりました」

「それじゃ、今日は休もうか」


 休憩していると、蒸留酒を片手にズリエルがやってくる。

 一口貰ったシャリオスは「苦い」と唇を舐め、口直しに果物を取り出す。

「どうしたの? 寝ないと体が持たないよ」

 簡易テントの中では、ミルとアルブムがすやすやと眠っている。あどけない顔から視線を外し、

「質問が終われば休みます」

「なに?」

「サンレガシ様のことですが、あれでは半端になります。将来苦労されることになりますよ。後方支援に徹した方がよろしいのでは」

「そうは思わない」

 取り出したのはミルが使える魔法を書いた一覧だ。

「今まで定跡に従っていた冒険者達はこれを見たら馬鹿にするだろう。でもさ、可能性の固まりだと思わない? 戦い方を知らない付与魔法使い(ワアド)と蔑まれる魔法使いが、三十七階層を超えられずにいる冒険者達を抜いて、最高到達点へ向かおうとしている。これがどういうことかなんて、三秒考えれば誰にでもわかる」

 無属性魔法は総じて魔力使用量が低い。味方がいなければモンスターへ決定打を与えられない属性だと考えられていた。

 ただし、いれば自らの力を上げる力を与えてくれる。それは窮地を脱出するために必要な力ではないだろうか。

 あと一歩を押し上げる最高のラッキーアイテムだ。

「僕は手に入れたからわかるんだ。ユヒトも気付く」

 シャリオスやベルカは障壁を上手く動かせなかった。けれど同じ付与魔法使いのユティシアはどうだ。彼女はたった数回教えを受けただけで、滑らかに動かせるようになった。

 適正という言葉が思い浮かぶ。

「ある物を配置するのは誰にだってできるけれど、育てるのは難しい。ミルちゃんはさ、これから誰もしなかった付与魔法使い(ワアド)の戦い方を切り開くんだよ。ね、わくわくするでしょう?」

 それは茨の道だ。シャリオスは自ら放り込もうとしている事を知り、薄ら寒い物を感じる。バイザー越しにうっすらと透けて見える表情は笑っていた。

「……酷い男だ」

「僕もミルちゃんも、冒険者だ」

 冒険者は誰もが欲望を満たすために迷宮に潜る強欲者だ。有用だとわかった瞬間、手の平を返す。そう言う者達の集まりでもある。残酷で情け容赦無いが力には正直だ。

 目を細めて笑う姿はまさに冒険者にふさわしい。

 誰もを惑わす蠱惑的な雰囲気が絡まり、貴族でさえ膝をつきたくなるだろう。

 振り払うように視線をそらした。上機嫌なシャリオスは背筋を伸ばすように腕を上げながら続ける。

「彼女が本当に何もできない魔法使いならば、どうされていたのです」

「……友達ではいられたと思う。でも、一緒に迷宮へ潜るのは無理だった」

 善意でパーティを組んで行くような場所では無いからだ。それはズリエルも分かっている。だが、何かの拍子に二人が決別するようなことが無ければ良いと、祈りにも似た思いを抱く。

 それは命令された事でもあるし、個人的に思うこともあったからだ。

「ズリエルは僕が酷い事をしないか懸念しているんだろう? でも、願いのためなら進まなければならない道だ。その先には誰も行けなかった場所がある。それじゃ駄目かな。ミルちゃんも望みがあってここにいる。邪魔をするどころか、手伝いをしたいと思ってるよ。ラーソン邸にミルちゃんがやってきて、パーティに誘ってくれた日から、ずっと新しい扉を開いた気がしているんだ」

 それは予言ですらない呟きだが、なぜか心に刺さる。

 警戒か期待か、自分でも判断できなかった。

 酒をなめていたズリエルは瓶をしまうと、立ち上がる。

 聞きたい事は終わったからだ。

「それではお休みなさいませ」

「お休みズリエル」

 あの日。

 門番として出会った冒険者と、遠ざかっていた迷宮に潜っている。

 領主の命令なのは分かっているが、まるで何かが引き寄せたかのようだとズリエルは感じていた。

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