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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第二話

 晴れ渡った空、澄んだ空気。

 季節の移り変わりで、厚手の服を着る領民が増えていた。その中で、行き交う冒険者は相変わらずの装いだ。

 見なくなった人物もいれば、新顔もいる。

 迷宮は今日も冒険者を吸い込むように飲み、飲まれた冒険者は命を掛け金に財を持ち帰るのだ。

 アルブムにスカーフを巻き付けたミルは、白い毛皮に指を埋め、優しく擦った。

「キュア?」

「取っちゃ駄目ですよ。これはアルブムを守るために必要ですからね」

「キュルク。キュアァ」

 欠伸をしながら、じゃあしょうがないよねと言う感じに鳴いたアルブムは、首に巻かれたスカーフを後ろ足でひっかくのを止める。

 いよいよ砂漠階層を超え火山階層へ向かう。そのために水の羽衣を強化し、他にも耐熱アイテムを揃えた。スカーフもその一つで、これは特別にあつらえた物だった。アルブムは体型が大きく変わるため、伸びてもちぎれない素材でできている。スライムが主要成分だと聞いているが、もちもちとした感触はなく、普通の布の手触りだ。

 他の一級冒険者達は、既に火山地帯に進み年単位で攻略をしていると言う。死んでいるかわからない冒険者も多い。

 今回、探索期間は半月を目処にしているが、危険な階層に行くこともあり、ミルは一年経っても戻らない場合、ギルドの預金をサンレガシ家へ移動させる手続きを済ませ、遺言も更新した。

 全ての準備が整ったのを見て、食堂を見回していたシャリオスは視線を戻す。

 黒い全身鎧は一部の隙間も無いよう設計された特注品で、砂漠階層から採れたアイテムを使って、強化付与を施した。蒸し焼きにならないよう、裏側には四重の付与が追加されている。

「ズリエルは領主様に挨拶終わった?」

「予定通りに。今回は四十三階層から下、四十五階層を目標に進むのでお間違いありませんか」

「うん。それじゃあ、出発しよう」

 宿の食事を終え、三人は外へ出た。

 今日が地上を見る最後の日かもしれないと思うと、なんとなく怖くなる。敏感に感じたアルブムが頬を舐めてきた。

「ありがとう、アルブム」

「キュアキュア」

 襟巻きのように首に纏わり付いたアルブムは大欠伸をする。

 この余裕さ、分けてほしい。

 見上げるほど高い天井。剥き出しの岩肌を思い出し、気を引き締めた。



 ゴーレムを避けて通常出現するモンスターを蹴散らし、四十三階層へ足を進める。くまなくマッピングするため、シャリオスは全ての小道を念入りに調べていく。

 ギルドの地図が正確ではない事を、シャリオスとパーティを組んですぐに知った。おそらくだが、現在最も正確な情報を持っているのはシャリオスで、彼は階層を探索することに余念が無い。

 今も地図に新しい道の存在を記している。

 乾いた空気が水気を孕み、枯れた土は水分を十分に吸って潤っていた。植物が生い茂り苔は茶色く、岩肌を覆っている。その中心に池とも呼べる大きさの水源があった。墓石のように連なった不揃いの石があり、頭上から垂れる水で濡れている。

「こんな所に水場があったのか」

 小さく呟くのはモンスターがいるからだ。未だに未分類のモンスター達が水面に口を付け、素早く引き返していく。争う声は一切無い。水中にモンスターはいないようだ。

「水が出る岩……でしょうか」

 ズリエルが目を細める。

 天上の岩から染み出すように水滴が落ちていく。モンスターが途絶えたタイミングを見計らい、シャリオスが食料確認(イートチェック)を池に浸す。

「飲めるね」

「シャリオスさん、シャリオスさん」

 青ざめたミルはそっと鎧の端っこをつまみ、ズリエルの服の裾も引っ張った。

「どうしたの?」

「いいから、お二人ともこちらに。アルブムっ、飲んではいけませんっ!」

「キュア?」

 口を付けようとした顔を上げ、大人しく戻ってくる。

「どうしたの?」

 「いいから」と声を潜める様子は尋常ではない。血の気が引いたように青ざめている。

 入り口付近まで下がったミルは、訝しがる二人と一匹に天上を見るように言う。

 しかし、そこには岩があるだけだ。

「何もありませんが」

「ちょっと待ってください……<(ライト)>」

 小さな光球が現れ天上を照らした瞬間、二人は素早く部屋の外へ走り通路の奥へ逃げていく。小脇に抱えられたミルは視界が残像のようにぶれて流れていくのを見ながら、半泣きになっていた。

 安全そうな場所に潜り込んだシャリオスは、思い切り振り返ってミルの肩を掴む。

「な、なにあれ顔が天上に張り付いてたけど!? 水はあれの涎だったってこと!?」

「とにかく洗いましょう!?」

「そうだね!?」

 綺麗になった食料確認(イートチェック)をマジックバッグに戻したシャリオスは、手帳に思い出せる限り詳細に天上に張り付いていた人面を描いた。

 しわがれた老婆のような顔にはギョロリとした目があったが、白目が黄ばみ、瞳は濁っていた。笑みの形に歪んだ口は、歯茎が紫色で、不揃いの歯から滴った涎がこぼれ落ち、下に溜まっている。これが水の正体だった。生きているようで、ミルが気付いたのは水面に反射した光が頭上に当たっていたからだ。背の高い二人は見えない位置だという。

 命があるようで、全員が外に出るまで視線は後を追うように動いていた。

「とりあえず、汲んでみようか? 襲いかかってくるかもしれないけど」

「ええっ。止めましょうよ、絶対怪しいですよ!」

「ギュ、キュアキュ! ギュギュギュ!」

 アルブムさえシャリオスの足に噛みついて止めている。

 しかし魔導具マニアはゴクリと生唾を飲み込むと、じりりと前進する。

「そうだよね。魔導具ドロップするかもしれないよね……」

「ああっ、これ駄目な流れでしたー!」

 腰にしがみついて必死に止めていた一人と一匹は、援護射撃を期待して振り返った。

「ズリエルさんも止めてください!」

 けれど、真面目な兵士は首を振る。

「サンレガシ様は通路付近でお待ちください。他の冒険者への情報提供が必要ですので、我々は行きます」

「ギュア!?」

 ギルド職員としての使命が足を動かしたようだった。

 そ、そんなと驚愕しているうちに引きずられ、入り口付近で置いて行かれる。

 震えているうちに戦闘が始まってしまい、気味の悪い老婆の笑い声と共に、男達の「うわっ、ずっとこっち見てる!?」や「くっ、剣が通らない、だと!?」と実況が。

 老婆は口から水の固まりを吐いたり、瞬きと共に破壊力のある光線を飛ばしている。魔法を使うモンスターのようだ。

「ズリエル、剣に魔力纏わせて! 切れた!」

「幻想系モンスターですね」

 ミルはソワソワしながら投げるポーションで援護したり、老婆の目に<目眩まし(フラッシュ)>を叩き込んで怯ませた。その間、アルブムは近づいてくるモンスターをブレスで凍らせる。

「ミルちゃん、足場お願い!」

「後で酷いんですからねー!」

「お、お手柔らかに」

 ちょっと及び腰になったシャリオスだが、螺旋のように現れた障壁の階段を駆け上る。双剣が顔面を両断したとき、白い煙と共に老婆の顔が包まれた。すると、果物の形をした虹色の美しい瓶が池に落ちた。中には透明な液体が入っている。

「うわ、なんだこれ」

「モンスターでありながら人と同じ顔をしているとは、気味が悪い」

「ドロップ品は水関係かな。池の水質が変わってないといいけど」

「……アウリール様。頭上をご覧ください」

「げっ」

 瓶を振るシャリオスの背後を見て、ズリエルが呟いた。老婆の顔がズルリと出現し、一行を凝視している。

 絶句したのは数瞬で、シャリオスは双剣を構え直した。

 気味の悪いモンスターに、なぜ果敢に挑んでしまうのか。

「どうしよう、若返ってる気がする」

「撤退ですか」

「魔導具の気配がするなら、僕に撤退の二文字は無いよ」

「あのっ――」

 シャリオスは空瓶に水を詰め、落ちてくる涎を回収すると、準備は済んだとばかりに人面モンスターへ挑む。

 待ってと言う暇さえ無かった。

「どうしてそこまで執念を……。理解者がいなくて辛いです」

「キュン」

 アルブムだけが慰めてくれる。ふわふわの胸毛に顔を埋めながら不気味な老婆に震えた。

 戦闘は二十五回続いた。

 老婆は若く美しい女性の顔へと変貌していく。最後は大きく開けた口から、大量の虹色の瓶を吐き出して消失した。

 階層を移動してもリセットされず、老婆の顔は出てこない。水場が枯れるかもしれないと思ったが、天上の穴からは水が染み出している。老婆の口があった場所と同じだった。

「瓶のデザインは違うけど、全部水だった。魔導具はこれ一つだけ。倒しても水質に変化はなかったよ。あのモンスターとこの水源は別物と考えて良いみたい」

 ドロップしたのは『女神の酌』という魔導具で、汲んだ水が酒に変わるという物だった。贅沢品なので、売れば金貨五百枚は堅いだろう。あの老婆から出たと知れば、美しい品々でも使う気にならず、シャリオスも珍しく売ることにしたようだ。

 自らが描いた二十五枚の老婆の顔と、一枚の美しい女性の絵を眺めた後、シャリオスは手帳に挟み、マジックバッグへ押し込んだ。

「それじゃ行こっか? あれ、ほっぺが膨らんでるよ」

 飛んできた人差し指を払ったミルは、恨みがましい目つきで男性陣を睨む。

 シャリオスは怯んだ。

 ふっさりとしたアルブムの胸毛に顔を埋めた姿を見て、困ったようにズリエルを振り返るが、耳を畳むだけだ。

「もしかしてオバケ苦手だったりする?」

「……ぎらいでずっ!」

 べそべそ泣き出したミルの足は、生まれたての子鹿のように震えている。

 さっと両手を広げて屈んだシャリオスに飛びついた一人と一匹は、両手両足で必死にしがみつく。

「ごめんね、心の準備が必要だったよね。おー、よしよし」

「ううううう」

「キューン!」

「よしよしよしよしよしよしよしよし」

 自分は弄ばれているかもしれない。

 心地よく頭を撫でられながら、ミルはそんなことを思った。

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