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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと魔剣の継承者
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第一話

【前回までのあらすじ】

パーティを組んで早速迷宮に挑んだミルは暗黒魔法の余波で精神をガリガリ削られながらも、シャリオスに言い出せず自己解決の方法を模索中。


そんな中、ユグド領を【遊び頃(タドミー)】が襲撃。狙いはストラーナの新薬のレシピだった。

ミルは犯人の一人、少女連続誘拐殺人犯的な剥製狂、ススル・ドミトルトの性癖に刺さってしまい、結婚を申し込まれた。

そうとは知らず喜んだのもつかの間、すぐに正体がばれ、傷心したミルを見たシャリオスくん大激憤。


なんやかんやあってユグド領のケモ耳兵士ズリエルくんが領主の命令でパーティ入りし、ススルは倒され、領内は平和となった。


 台座は小さな亀裂一本残したまま、あるべき物を失っている。

 それが意味する事は、一つの真実だ。希望であるかもしれないが、真綿で首を絞めるような絶望が知る者を包むのも、また真実の一つだった。

 ディオニージは溜め息をつくと、埃っぽい床を踏みしめた。

 目の前には大きな背中。ずっと見上げるばかりだと思っていた男がしゃがみ込み、項垂れている姿があった。

「義兄さん、諦めてください。少なくとも、我が家は当主が帰還するまで、もたないでしょう」

「まだ生きている」

「盗人に財は食い潰され、権力は暴力となって民を(なぶ)る。姉上は間に合わない」

「ならテメェは何もしないのか? ええ?」

「アルラーティア一族は動けません。少しでも手を伸ばせば契約が反故にされ、それこそ何も残らないでしょう。盗賊は欲深いのが、わからぬわけもあるまいに。……侯爵位は本当の空位となる。今できるのは、静かに息を殺し、爪を研ぎ澄ます事のみ」

 もしくは台座に収まるべき物が帰ってくるまで待ち続けること。それがどれほど先の未来か見当も付かないが。

 どちらかに天秤が傾くまで、自らの命も守らなければならないことを、彼は知っていた。

 アルラーティア侯爵家は、歴史上類を見ない失策で領地を奪われようとしている。

 もしも自分が成人していれば。

 過程の妄想が現実であれば、このような事にはならなかったろう。だが、もしかしたら、選ばれたのは姉ではなかったかもしれないと言う思いはあった。

「迎えに行く」

「誰が許すと? そちらの現当主は良しとしないでしょう。義兄さんは何の力も権限も持たされません。泥をかぶることはないのですよ」

「親となど、縁を切れば良い」

「簡単に言いますね」

「ディオニージ」

 名前を呼ばれ、知らずに下げていた視線を上げる。猛禽類のような金の目が、静かな怒りを湛えていた。もともと聞き分けの良い男ではなかった。性格も貴族的ではない。激情家で、執着心も強い。

 次の言葉は、当然の成り行きだったのかもしれない。

「あれほどいい女が死ぬわけが無い」

 言葉が石のように重く吐き出された。

 義兄と姉は、両親の決めた婚約者だった。最初は合わないかと思われたが、二人は心を結んでいた。


 ありし日の光景を思い出し、胸に詰まるような思いが刺さるのは、待ち人が帰らないと知ったときの表情を覚えているからだろう。


+++


 ユグド領のウズル迷宮は、未だ全貌のわからない高難易度迷宮と言われている。まだ見ぬ宝を求める冒険者の多くは、その迷宮に夢を見て命を落とす。

 しかし需要は高まるばかり。特に美食を求める料理人達は、ウズル迷宮から出る貴重な食材を勝ち取りたいと願い、輸出されるのを待っている。

 つまりシャリオス・アウリールと言う冒険者は、求められる需要を満たす、ユグド領の大切な稼ぎ頭なのである。

 四十一階層。

 次の階層に続く黒門の前で、三人と一匹は肉を囲んでいる。

「このソース、もぐ。凄くもぐもぐ。美味しいもぐ」

「後味が少し苦いですね。何が入っているのでしょうか。もぐもぐ」

「わからないけど、股肉取ったらもう一瓶くれるって」

 静かに話を聞いていたズリエルは、口の中の肉を飲み下すと、パンを千切って口に放りこんだ。

 ユグドの領主はシャリオスを特に保護している。莫大な利益もそうだが、迷宮内を丹念に調べ、情報をもたらすからだ。

 今まで組んだパーティは、領主の意向でそれとなく外された者もいるが、今度は絶対に脱落させないよう全力でサポートをする意向だ。だからこそ、ズリエルが随行することとなったのだ。

 ミル・サンレガシという錬金貴族家出身の少女は、シャリオスの横で焼きたての肉を頬張っている。平均咀嚼数が多く、胃袋の小さい女性だ。身長も低く、初めて出会ったときから伸びた様子がない。本人は毎日ミルクを飲むという涙ぐましい努力をしているが、絶望的である。

 ズリエルが説明を受けた限りでは、錬金貴族というのは準男爵よりも下の位で、つまり爵位がないジェントリだ。一人で支配できる範囲の領地を持った貴族で、騎士もこれに当たる。ただ、一代限りではなく、代々錬金術を専門に扱ってきた一族であり、国の貢献にも深く関わっている。小さいが歴史ある貴族家だった。

 ユグド領とサンレガシ家との繋がりは、順調に構築されている。王族に上質な魔石を献上した後、水面下で流通に乗せ、広めている最中だ。彼らの知る人脈が流通経路となり、高騰しつつあった魔石市場が緩やかに落ち着き始めていた。

 それに比例し、出本を突き止めた貴族が上質な魔石を手に入れるため私兵を送る事が多くなっている。魔石は魔導具の材料だからだ。

 今、ユグド領は政治的に重要な位置付けとなり始めている。

 目の前で脳天気に焼き肉をされようとも、彼らはユグド領の大切な冒険者に変わりない。それをあらゆる面で守り目を光らせるのがズリエルの役目だ。

「ズリエルさんはソースどう思います? とても美味しいと思うのですが」

「そうですね……確かにうまい。ですが股肉と物々交換するならば少ないのでは」

 ソース一瓶と交換するには、求められた肉の方が多すぎる。

 そう言うと二人は困った顔をする。

「例えばどれくらい?」

「十二ダース追加できるのでは?」

「そんなにですか?」

「……ソース屋さんになっちゃう。ドーマはあずかってくれると思う? 部屋に冷蔵庫買った方が良いかな」

「ソースがぎっしり詰まった冷蔵庫……。うーん、私の空いてるマジックバッグ使いますか?」

「あ。そっか、そうしようか。後で貸して」

 手に入れたい物を直接冒険者に話を付けて融通しようとする依頼人も多く、話を聞き出して適正に対処させるのもズリエルの仕事だ。

 二人は「ソースたくさん」と喜んでいるのを見ると、少しだけ頭痛がする。今までどうやって生きてきたのだろうか。

 まだパーティを組み始めて一ヶ月だが、ギルドを通さない依頼が増え、ズリエルは頭を悩ませていた。買取額を頭に入れなくてはいけないし、ギルドの積み立て金が追いつかなくなったせいで、二人は荷物を持て余している。

(そこをつけ込まれているとも言える。誰かから漏れているのだろうが。……しかし、なぜアウリール様はゴーレムの魔石に執着する。レベル上げにしてもやり過ぎている)

 迷宮四十二階に降りて半月。

 やっていることと言えばゴーレムが勝手に死んでいく傍ら、肉を焼いて食うだけだ。こんなの迷宮探索じゃないと冒険者が泣いてしまうような状況だ。

 さすがに美味しくとも半月も続けられると胸焼けがする。

「それじゃ、食事も終わったし五十三万二千八百回目行ってみよう!」

 二人の目が、瞬時に光を失う。

「も、もうこの辺で止めませんか?」

「でも行こう? 腹ごなしもできるし」

「あああー!」

 子供のように腕を引っ張られ、引きずられていく。ズリエルは拳で二回胸を叩き、真っ直ぐ指を伸ばして敬礼する。

「お気を付けて」

「裏切り者がいます! シャリオスさん、裏切り者がー!」

「キ、キュゥゥゥ」

「アルブムも裏切り者ー!」

 キュと目をそらし、使い魔はズリエルの足の間に頭を突っ込みふせをする。完全に籠城体勢に入っていた。行きたくないという強い意志を感じる。一番やってないのに主人について行かない酷い使い魔である。

「ミルちゃんいないとできないし、行こー?」

「やだやだ! 皆で一緒に行きましょうよ、あー!」

 完全に子供返りして暴れるミルを抱き上げ、シャリオスは黒門をくぐった。

 その後、まさかの百万回マラソンを終えた直後、四十階層にモンスターが出現した。

 亡霊系モンスターで、ユグド領が食べられてしまいそうな巨大な頭を持つ、腐乱竜だった。腐りかけの肉体は異臭を放ち、階層を超え咆吼が轟く。

 しかし倒し方を悩む間もなく砂が纏わり付き、足を(もつ)れさせた腐乱竜は下層を踏み抜き、砂に溺れ死んでしまった。

 到着したときには腐肉が液状に溶けて砂に吸い込まれていくところで、後に残ったのは骨のみだった。

「そうそう、これ! 巨大な骨があるのにモンスターが出ないから気になってたんだ。やっぱり条件があったんだ!」

 とてもすっきりした顔でシャリオスが叫んだ後、一行はようやく魔石採取から解放されたのだった。

「それより魔石は? こんな数、誰も引き取ってくれないですよ。お裾分けだって限度があるんですからね!」

 すん、と泣きべそをかいているミルの肩を、そっとズリエルが叩いた。


 執務室で事の顛末を報告されたユグドは一瞬真顔になり「自爆階層……」と呟いてしまう。報告書を詳細に確認した後「ご苦労だったな」と労うにとどめた。他に言葉が出なかったのかもしれない。

「溢れかえっている魔石ですが、買い取りのほうはいかがでしょうか」

「最優先させる。……言いたいことがあるならば聞くが」

 ピクリとも変わらない表情ではなく、へたった耳を見つめながら問いかける。ズリエルは考え込んだように押し黙ったが、ゆっくりと待つと、やがて口を開く。

「魔石ですが、サンレガシ様がご実家にお送りするかと」

「しかたないだろう。本題は違うな?」

「……へそを曲げております。アウリール様も自分も、女性の機嫌を損ねた場合、どうすれば良いのか見当も付かず」

「花束と菓子を用意させよう。誠心誠意謝るがよい。女性の機嫌を損ねると死ぬまで恨み言を吐かれるぞ。いや、待て……確か他領から取り寄せたミルクがあった。栄養が豊富でご婦人方が好んで飲んでいるという」

「ミルク、ですか?」

「体型に効くようで、身長が伸びるかもしれん」

 絶望的な状況に一筋の光のごとく、言葉が染みた。

 尊敬の視線で見られたユグドは少し得意そうな表情になる。他貴族の前では隙のない笑みを浮かべるが、領民の前では素が出るようだ。

「良い冒険者を領地に留めるためには工夫が必要だ。暗黒魔法の使い手とパーティを組んでいることもあって、心労もあるだろう。それで機嫌をとるがいい。全て持っていけ」

「ありがたく頂戴致します」

 ミルクタンクを受け取ったズリエルは、花と菓子も一緒に持ち帰った。

 部屋の前で右往左往しているシャリオスとアルブムを掴まえて部屋を訪ねると、うろんな目つきをしたミルが、ドアの隙間から顔を出す。

「なんですか皆さんお揃いでいったい私に何のご用があるっていうんですか魔石多すぎて遊んで暮らせちゃうシャリオスさんや裏切り者達がいったい私に何のご用があるって言うんですか! つーん!」

 口がにょきりと尖っている。

 う、とシャリオスは口ごもった。

 ここで話に乗っては更に機嫌を損ねるのが目に見えていたので、素早く品物を床に置く。

「こちらをお納めください。今の物より効果があるかもしれません」

 ミルクタンクを見た途端「まあ」と目をきらめかせ、効能を聞くと「まあ!」と感動する。

「私のために、こんな素敵なものをくださるなんて」

 今だ、とばかりにズリエルは横で立ち尽くしている吸血鬼の背中を叩いた。すでにアルブムは足に顔を擦り付けて媚びを売り、許しを請うている。

「しつこくしてごめんね」

「本当ですよ!」

 ミルクタンクに釘付けになっていたミルは非難の視線を浴びせる。しかし尖りきっていた口が治ったので、シャリオスはもう一息とばかりに誤り倒す。

「その、前のパーティでは何もなかったら凄く怒られたんだ。でも、今度は二人にちゃんと相談するよ。約束する。本当に反省してる!」

「今度があるのですか?」

「魔導具見つけたいし」

「そうですよね……」

 遠い目をしたミルだが、ミルクタンクとシャリオスを見比べ、現金な心で全員を許すことにした。

「次はご相談してください。終わりがあるとわかれば、気構えもできますし。ははっ」

「ミルクですが、毎日一杯ずつお飲みください。では、これで」

「お二人とも、ありがとうございました」

「また後でね」

 二人はほっとしながら扉が閉まるのを待った。

 アルブムは無事に部屋の中に入れてもらえていたので、もう大丈夫だろう。

「ありがとう、ズリエル」

「これに懲りたら、ほどほどになさってください」

「そうだね。パーティ解散の危機だったと思う」

 見捨てたことを棚に上げながら言えば、シャリオスはしょぼんと頷いた。

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