第四話
魔導具品評会というのは領地で初めて開催される催しのようだ。
半年前にあった市のような賑わいで、市場はごった返している。噂を聞きつけた旅人や、観光目的の貴族も入り交じっていた。
「規模が凄いですね。まさか、海を渡った先から本当に輸入品が来るなんて……領主様は顔が広いのですね」
「迷宮があると、それだけ資産になるんだよ。今回来てる人の中には魔導師じゃなくて、魔導具師のほうが多いみたいだ」
「魔導具師ですか?」
「作ってる物が魔導具中心だと魔導具師。魔導師は魔法開発の傍らで作るから、比重の差かな。魔導具師はパトロン探しかな」
「シャリオスさん博識ですね」
魔導具マニアは照れたように笑う。
珍しい物が多いのでシャリオスの進みは子犬のように遅い。
(でもこの後、また魔石の条件捜索をするのよね……)
何も思い出したくないと、ミルは目頭を押さえた。
魔導具品評会は魔法具を中心に売っている商店の近くで開かれた。大きな広場は出店で一杯になっている。来訪した旅商人は首に許可証をぶら下げているのですぐわかる。
魔導具師は首に何もさげておらず、絵の展覧会をするように振り分けられたスペースに自分の作品を飾っている。売っている者は少数だ。シャリオスが足を止めるのは、もっぱら彼らの前だ。商人の前で足を止めても、見慣れない魔導具を見つけた場合で、数えただけで二回しかない。
本当に好きなのね、と思いながら後ろをついて行く。
人の多さに溺れると思ったが、シャリオスの後ろは人にぶつからないので助かっている。歩みも遅いので、はぐれることがない。後ろはアルブムが見守っていて、不審な輩が近づくと「ギュルガ!」と恐ろしい形相で追い払っていた。おかげで財布は無事だ。
「――ええ、そうなんですよ! よくご存じですね。こちらの動力部分の軽量化が成功して船に乗せることができたのです」
「やっぱり! 雑誌に載っていたときは僕の身長より大きくてうんぬん」
熱心に話しかけて聞いているので、シャリオスはどこへ行っても歓迎された。
飽きてしまっているアルブムをあやすように撫でながら立っていると、本日何度目かも忘れた台詞が出る。
「よかったら受け取ってください」
「ありがとうございます」
シャリオスが渡したのは手紙だった。
(この人は赤色だわ)
冒険の傍ら作った物で、中には小切手が入っている。パトロンにはなれないが良い物を見せてもらったし、今後の研究も頑張ってほしいからという思いが詰まったお手紙だ。赤は二番目に安い金額で、他に金と銀、黒がある。黒は少額だ。ちなみに銀が一番高い。
中に入れるお礼状の手伝いをしたミルは、どうして金ではないのかと聞いた。するとシャリオスは「その蝋封の原料は妖精の銀だからだよ」と答えた。迷宮から自分で採取した鉱石を粉末にして混ぜた物なのだという。
妖精の銀はウズル迷宮で希に見かけるレアモンスターで、ミルはまだ合ったことが無い。蝋封に混じっている量でも相当な値段だ。まだ、銀の封筒を貰った人はいない。
シャリオスは魔導具に詳しいが、見るからに冒険者なので名刺だと思っている人が大半だった。
話していた眼鏡の魔導具師もそう思ったようで、すぐにポケットにしまった。しかし、赤色と言えども研究資金になる程度は入っているので、あとで驚くだろう。金蝋封の手紙を渡されたならば、シャリオスを探し回ってパトロンになって欲しいというかもしれない。それくらいの料金だ。
(実家に仕送り……いえ、現物の方が喜ぶわね)
四色の魔石はいつ来るの? と催促していた手紙も、物が届くとぱったりと無くなる。ミルが領地に来た当初、毎週のように手紙で家に帰ってこい、ご飯は食べてるの? と心配されたことが懐かしい。家計簿を見せたら、全く心配されなくなった。そして、宿にお願いして秘伝のレシピと魚もちょっとほしいと遠回しにごり押しされたりもしている。これは家族を安心させられたと考えて良いのか、それともアイテムに目が眩んでしまったのか。
「フフッ」
「どうしたの?」
「あ、すみません。過去を懐かしんでただけですので」
「……突然田舎に帰ったユズフェル君と同じ目をしてる。悩み事? 相談に乗れると良いけれど」
それは暗黒魔法のせいではなかろうか。
本当に何もないと言うと、シャリオスは疑いつつも次の展示へ目を向けた。しかし気もそぞろになってしまい、半目になったミルは腰のマジックバッグの紐をつまむ。すると魔導具師と会話を再開したシャリオスは、いつもの調子に戻った。
「これで回りきったかな?」
「初めて見るものが多くて驚きました」
「楽しめたなら良かった」
黒蝋封の手紙は全て無くなった。銀色の物は一枚も渡せず、次は渡せる人が来ればいいなと、大切にマジックバッグにしまわれる。
品評会で最優秀賞に選ばれたのは、シャリオスが黒蝋封の手紙を渡した魔導具師となった。
大満足の魔導具品評会巡りを終え、次に向かったのが屋台だ。今度は魔導具を並べている出店ではなく、催しに合わせて出店した屋台だ。
「なにこれ美味しい」
「辛めのソースとよく合いますね」
螺旋状に切られたジャガイモを串に刺した揚げ物を囓ったシャリオスは、吸い込まれるように隣の剥き海老の揚げ物を注文し、白身魚のチーズ春巻きを食べることを運命づけられていたかのように別の屋台に流れていった。白身魚のチーズ春巻きには大葉がお好みでつけられているのだが、両方気に入ったようで、同じ個数頼んでいる。
かと思えば向かい側の団子屋へ引き寄せられて、作りたてのほんわか餡子餅を咀嚼し、真っ赤なベリージュースで喉を潤す。すっぱめなジュースで口の中の甘さを洗うように飲み込むと、まだ足りぬとばかりに魚の出汁がたっぷり染みた混ぜご飯へ誘われていく。
こんな事が幾度も続き、しっかり漬けた海鮮どんぶりを十杯完食する頃には、閑古鳥の出展者達が並び始め、自ら売り込みを始める始末。この驚異的な状況に突っ込む暇もなく、ミルは一生懸命ジャガイモを飲み下していた。
客の前に売り子が並んで順番待ちし、勘違いしたお客様も並んでしまうと言う珍事もあったが昼を終え、ユグド領ではあまり食べられない味に出会ったシャリオスはデザートを探し、彷徨うこととなる。
「お団子じゃだめですか?」
「この時期ならあるはずなんだけど……あ、梨のケーキ!」
子供のように列に並ぶと、女性客の中にぽつりと長身の全身鎧が混じるという目に優しくない光景になってしまう。笑顔で受け答えをした店員はしかし、十ホールの注文に顔を引きつらせた。
「一個しか売ってくれなかった」
「シャリオスさん、それは一個じゃなくて十二個です」
「そうだった!」
ホールケーキを持ってきたシャリオスは、一切れミルにおすそ分けする。チーズ春巻きでお腹がいっぱいになっていたので、一口囓って、残りはアルブムの口の中に消えた。
「おいしい梨ですね」
「今が旬だから。秋は美味しいものいっぱいだから好きなんだ」
ふと、背後でゾワリと何かが蠢いた気がして振り返る。物陰でハンカチを噛んだお姉様が、群れた狼のようにこちらを見ていた。
そっと、頭を戻す。
(本当に誰かと一緒だと追いかけてこないのね……)
存在すら忘れていたが、シャリオスにはファンクラブ的な何かが結成されている。何度か目撃した事はあるが、自分が恨めしそうな目で見られるとは思ってなかった。しかし暗黒魔法に耐性のある方なら、いつでもパーティにお呼びしてしまうつもりである。誰か勇気を振り絞って来てくれないだろうか。一緒に精神をすり減らしてほしい。
そんなことを思いながらもう一度振り返ると、びくりとしたお姉様方は青ざめた。手招きすると一斉に首を振り、瞬きの間に消えてしまう。
夢は幻となって消えてしまった。
「どうかした? 悲しい顔してる」
「な、なんでもありません。ちょっとお腹がいっぱいで苦しいというか、幸せ太りというか……!」
「疲れたなら休もっか」
もごもごしているうちに小首をかしげたシャリオスが喫茶店に入った。ごった返しているが、幸いなことに奥の二人席が空いている。
お茶を頼んで待っていると「ぴぎゃ」と何やら不穏な悲鳴が。
「どうしたんだパルル? ……あ」
「あ」
シェッドとそのパーティ一行だ。わからないシャリオスだけが静かに眺めている。
「久しぶり。四十階層超えたって聞いたけど凄ぇな!」
「あ、はい。ありがとうございます。シャリオスさん、こちらシェッドさんとパーティの方達です」
「え、じゃあこの人がシャリオス・アウリールなの?」
ドーマの時ははしゃいだのに、シェッドはやや目をそらして、初めましてと小さく言う。暗黒魔法の弊害に違いない。
「友達かな。シャリオス・アウリールです。よろしく。今日は皆で品評会へ?」
「いやぁ、俺達はその……」
「おーいガキ共! 休憩終わりだから帰ってこいや」
「今行きます! すみません、俺達用があるからこれで」
そそくさと出ていくのを見送る途中、不穏な気配に気付いたのかのぞき込むように見てくる。バイザーの奥は見えないが目が合っている気がした。
「今のは? たまに食べに来てるパーティ以外に知り合いはいなかったよね。どういうこと」
「な、なんだか怖いですよ」
「さっきから様子がおかしいし」
それは暗黒魔法的な事象が多分に混じっている。けれど疑いの眼差しを注ぐシャリオスにはわからない。包み隠さず風評被害の件を話すと、なんで甘いんだろうと言葉が出た。飲んでいる甘めのお茶ではないことは確かだ。
「謝っても許されない事が世の中にあるのはわかるね? 冒険者は店で雇われているわけでもないし、地元から離れてる人が多い。身軽だけど、それだけ何かあったら周囲に軽んじられるんだ。自分から減刑を願い出るなんてどうかしてる」
「ふぐっ」
「ここはちゃんと対処してくれる領地だからよかったけれど、そうじゃなきゃどうなっていたことやら……。あのパルルって子が出てきたのは、どうせ僕の話を耳に挟んだからだ。そうじゃなきゃ今も隠れてたよ。これ絶対、断言できる」
一級冒険者はそれだけ領主に目をかけられている。ユグド領に住む冒険者なら誰もが知っていることだ。
斥候役は罠やルートの確認をするため、それだけ周囲に溶け込む能力が高い。他領から来た冒険者であればレベルも高く、兵士が見分けるのは至難の業だ。仕草を変えるだけで別人になりすます者も居て、多くは貴族に雇われ情報収集を担当することが多い。ようは間諜だ。
パルルの場合は兵士に通報され、後ろ盾の匂いを察知してどうにもならないと悟ったからだろう、とシャリオスは言う。ならば技量は間諜に及びもせず、領主が本腰を入れて捜索されたら見つかるレベルだ。
「領主様はそこまでするんですか?」
「ミルちゃんは怖がってないみたいだけど、本当は凄いんだよ。僕が一級冒険者になったときは……知らないうちに三十人くらい追放刑になってた」
下着とか盗んだ人、と小さく続ける。
すっと真顔になったミルは大人しく座りなおした。そう言えば、ユーグをはめた冒険者は、彼女から物を盗んだ罪が一番重かったと思い出す。
しかし、下着。なぜ下着が盗まれたのだろう。わからないが酷い事が起こったような気がして、ミルは冷や汗を流す。
「領主様は他人の物を奪う行為が好きじゃない。だから、この領地は盗みが一番重い罪になる」
他領ではまた違う。
サンレガシ家の納めている領地は村と言えるくらい小さな場所なので、全員ご近所みたいなものだ。それでも揉め事は起こるが、盗みで追放刑や奴隷になる者はいない。
だが領主とは土地の法であり、民は彼らの資産なのだ。自由にできるだけの差が存在する。
「今回のことで示しが付かないと兵士が言ったでしょう? それでも軽く済んだのはミルちゃんが口添えして、領主様が特別にお許しになったからじゃないかな」
「盗まれたものは――」
「彼らは君が他者から受けるはずだった《《信用を盗った》》」
驚いて空いた口にお茶請けのクッキーをねじ込まれたミルは、むせながら口元を覆った。
「冒険者にとって信用は重い。ミルちゃんは少し運が良かっただけで、酷い事になった可能性もある。きちんと自覚しないと、もっと人を巻き込んでしまうよ」
「その、ごめんなさい……」
「ううん。これからは僕も一緒だから何かあったら直ぐに話して。でも領主様が手心を加えるなんて不思議だね。知り合い?」
「いやいやいや。……もしかしたら手紙の件かもしれません」
「なにそれ?」
冒険者から仕送りをせしめていた者達の話をすると、シャリオスはなるほどと頷く。
協力した実績が無ければ全権力を以て追放されていたようだ。
「でもそうか……うーん」
「な、なんですか」
じろじろと見られてたじろぐと、腕組みしながら言う。
「家とか買う?」
「え、なぜですか?」
「いや、市民権があったほうが安全かなって。ウズル迷宮は底もわからないし、年単位で潜ることになるし」
「シャリオスさんがそうしたいなら良いと思いますが……ご飯どうするんですか? 私、そんなにたくさん作ってたら疲れてしまいます」
「じゃあ今までと同じでいいや」
唐突な提案は唐突に終わった。食事の用意と安全が同じ重さなのか、それとも市民権を得て受けられる恩恵が、食事の用意と同じくらいしか無いのか。
ときどきシャリオスが何を考えているかわからないが、今のは特にわからない。
そうですか、と言うだけにとどめてクッキーを飲み下した。
そのとき、入り口を見たシャリオスがゆっくりと首をかしげた。振り返ったミルは、知り合いを見つける。
「お二人とも、ご歓談中に申し訳ない」
そう言って近づいて来たのはズリエルだった。青い髪と共に側面の獣耳を揺らしながら近づいてくる。制服の灰色と黒のマントを着けたままだったので、未だ仕事中のようだ。
彼は懐から取り出した手紙を差し出すと「御領主様からです」と短く言う。驚いているうちに挨拶をして、風のように去って行った。
忙しいのだろう。
「ミルちゃんにみたいだよ」
「え、何でですか」
怖い話を聞いたばかりでびくりとしながら受け取ると、宿に帰ろうと言う話が出る。人目がある場所で開けない方がいいという言葉に同意して、自室に戻った。
「何て書いてあるの?」
椅子がないのでベッドに揃って座っていると、アルブムもなにー? と頭を寄せてくる。
中には手紙が二枚入っていて、四色の魔石を届けたことと、依頼書が入っている。それは時空魔法を詰めた透明な魔石を四つ購入したいという話だった。それからもう一つ。作業する所を領内の者に見せてほしいと添えられていた。
首をかしげたのは、魔石を入手した直後に作業をしてほしいので、場所は迷宮の中。同行者は兵士をつけると言う事だった。
「ゴーレムの出現条件わかってないのに……」
二人は渋い顔をする。
「駄目だったら正直に言うしかないよね。同行者は手紙を渡してきた獣人みたいだ。なんで彼なんだろう?」
「ズリエルさんは私の知り合いだからかもしれません。領地に入ったとき、案内や相談に乗ってくださったのです」
「いい人なんだね」
なら大丈夫かな、と最後の署名に目を通したシャリオスは「間違いなく領主様のサインと印だし」と続ける。
「報酬と買取額も悪いものじゃないから受けようか。というか、断れる話じゃないけど」
「ですが不思議ですね。ズリエルさんは魔法使いでは無さそうですけど、どうして魔法を入れるところを見せるのでしょうか」
「知見が深いのかな。とりあえず直接依頼だから専用インクを取ってくるね」
「もしかして魔法契約ですか!?」
裏返してみると、確かに魔力で書かれた模様が浮いている。見たことがない種類だ。
シャリオスが緑のインクを持ってきて「これ、前の直接依頼でもらったやつ」と言いながら裏側に名前を書く。右下に線が二つあり、二人分の名前で埋まるとひとりでに消えた。
「これで領主様に届くよ。このインクは魔力を込めた人の所に条件を満たすと飛んでいくんだって。原理はわからないけど」
「魔導具マニアのシャリオスさんも知らないんですか?」
「だって魔法の研究分野だし」
何が違うのかわからないが、きっと違うのだろう。
ここで突っ込むと果てない講義が始まってしまうので、そうですかと頷くにとどめた。