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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと暗黒魔法使いは邂逅する
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第三話

 何か大切な物を失った気がする冒険を終え、一行は地上に戻ってきた。

 とても嬉しいと全細胞が喜んでいる。

「それじゃ、換金しに……いや、いったんお風呂に入ってからにしよう? 個室の予約とってからのほうがいいし」

「個室ですか?」

「大量の持ち込みは査定に時間がかかるから、カウンターじゃなくて個室申請が出来るよ。向こうも準備があるから、いつ頃行けば良いか教えてくれるし」

「そうだったんですか」

 そそそ……とスプラの元へ行って挨拶すると、数日ぶりの帰還に彼女は微笑みながら出迎える。いつも微笑んでいるが。

 今日はいつも以上に笑顔が眩しいな、と思いながら個室申請をすると心得たように三時間後なら準備が終わるという事だった。

 いったん戻ってお風呂に入り、しっかりと旅の垢や砂や泥や匂いもろもろを落として一階に降りると、既に着替えを終わらせていたシャリオスが早めのおやつを食べている。肉うどんだった。バイザーの隙間から、器用に麺をすすっている。

 積み上がった皿は既に十杯を越え、咀嚼速度はゆっくりになっている。

「あ、すっきりしたね。部屋で休んでなくて大丈夫?」

「お腹が空いてしまって」

「甘めのお肉だよ。おかわり下さい!」

「おらよ」

 椅子の上で浮くのも久しぶりだ。

 同じ物を二つ注文してアルブムにも食べさせると、あっという間に時間となり、二人と一匹はギルドへ向かう。

 こころなしか重いマジックバッグをひっさげて訪れると、一階の奥にある空き部屋へ連れて行かれた。中は広く、ギルドホームのように広かった。右半分に防水布がひかれ、長靴をはいた漁師のような屈強な男性四人とギルド員が二人、なぜか迷宮ギルド長が立っている。二人は鑑定士だとして、人数が多くないだろうか。

 シャリオスも疑問に思ったようで、首をかしげながら先に質問する。

「人数が多いようですけど、どうしたんでしょうか」

「すまないね、話を聞いたら例の未分類モンスターが多いというじゃないか。丁度、領地の水質調査で研究員の方が来訪されていて、話をしたら是非見たいというのでね。すまないが協力してくれないか? もちろん、君達の事は口外しないと魔法契約をしてもらっている」

「そういう事なら……ミルちゃんはいい?」

「かまいません」

「よかった、ありがとうよ! 俺はギャルズ、王宮で研究員をしてるんだ。このチームのまとめ役をしている。でも下っ端だ」

「私はベルベルト。同じく下っ端研究員さ」

「クルズだよ」

「ベイガーだ。良いもん見せてくれよ」

 気の良い男達はそう言って、順番に握手をすると防水布の端まで戻った。

「せっかくだからモンスターから行こうか」

「そう来なくっちゃな!」

 マジックバッグを開け、中からサメ型モンスターを引っ張り出す。それを傷つけないよう障壁の上に置き、そっと防水布の上に置く。

「お? 今の魔法か?」

「はい。あ、すみません。少し下がっていただけますか?」

 自滅した三種類のモンスターをまるごと出すと、彼らは感動したように涙ぐんだ。

「部位じゃないな」

「内臓も揃ってますし、直ぐ買い取りして冷凍保存しねぇと」

「凍ってるのならあるけど、そっちにする?」

「なにぃ!? まだあるのか!?」

「雌雄があるかもしれないので、よく見せて下さい!」

 しかし一体がとても大きいので、いちいち出し入れしないといけない。状態が一番良いものをとはやし立てられるが量が多い。

 研究者達は夢中になってモンスターを調べ始めている。完全に自分達の世界だった。

「これじゃ進まないね……」

「すみません、こちらも無理を言って来て貰っている手前……」

「そういう繋がりだったんだ」

 ガックリしたシャリオスだが、気を取り直して次に多いドロップ品を出す。二人はようやく仕事に取りかかれるとほっとし、作業に入っていく。

「いや、凄いですな」

「そうですね。皆さん手早いです」

「ほっほっほ! いやいや、お二人のお手並みですよ。一時期どうなるかと思いましたが、稼ぎ頭が戻ってきたようで安心しました。領地から高額商品が激減しましてな」

 そう言って茶目っ気たっぷりに笑う。

「今回の探索は六日でしたな。あれなら相当額になるでしょう」

「いや、あの……ははっ」

 目をそらす。本番はここからなのである。いや、鑑定次第なのだが。

 一つ目のマジックバッグの中身が終わって職員はほっとしたのもつかの間、二つ目のマジックバッグを取り出すのを見て顔を引きつらせる。

「今回は大量だったようですな……。ところで、どれくらい数をお持ち込みに?」

「あと四袋ですね。あの、私の分のマジックバッグもあって……。その、同じ物がたくさんあるのですが」

「たくさんとは?」

 問題の三色魔石は二人で山分けになった。それでも一千二百九十三個だ。一種類十個手持ちに残すとしても、一千二百六十三個になる。更に家族一人に三つずつ配っても一千五十二個は売るつもりである。そもそもシャリオスも一千二百九十三個も魔石を持ち続けるとは思えない。少なくとも半分は売るだろう。

 ギルド長は静かに涙目になっている職員を見て「運ぶのに増援をお願いしてきましょうか。この時間なら暇な職員の一人や二人」と言いながら退出している。神のように職員が見送る中、シャリオスは淡々と物をだしていく。

「毎回この作業が辛い。人を雇いたいくらいだよ……」

「替わりましょうか?」

「重い物もあるからいいよ。やってくれるなら、そっちのお肉のバッグを出してくれる? 防水布にひっくり返すだけで良いから」

「待てやめてくれ! それって未分類モンスターの肉だろう。俺達がやる!」

「むしろ私達に手伝わさせてくれ。二人はそっちのマジックバッグの中身を出してくれればいい。これで全部かな?」

「魔石がまだですが、こちらは鑑定してからどれだけ売るか決めるつもりなので」

 ギャルズがにやりと笑う。

「お? 良いもん出たんだな。質の良い魔石は魔法の助けになるし、冒険者なら一つは持っておきたいだろう」

 そう言って中身を出す作業に移っていく。

 しばらくすると無言になり、静かに感動している様子だった。冒険者の買い取りを見るのは、実は初めてらしい。

 眺めているだけになったミルが所在なく立っていると、職員を引き連れたギルド長が帰ってくる。

「多い」

「多いわ……」

「鑑定士の増援を呼んでくる」

 瞬間的に表情を消した三人。一人はさらなる増援を求め旅立っていく。

(やっぱりこの量は普通じゃないわよね)

 そしてまだまだ増える予定である。

「いやはや、この熱気は久しぶりですな。一級冒険者が帰ってくると、大体こんな感じなのですよ。彼らは何日も潜りますからな」

 初めての四十階層進出を思ってか、そんな解説をしてくれるギルド長。ギルド員は心なしか落ち着きを無くしている。どうしたのだろうと思っていると、鑑定を続けていた一人が立ち上がり、ギルド長に耳打ちする。

「金庫を二つ開けなさい。それより、お相手を不安にさせてはいけないよ」

「ありがとうございます!」

 輝くような笑みは一瞬で、真顔に戻り無言で鑑定作業に戻っていく。

 ギルド長の顔が引きつり始めたのは、職員がチラリと見て頷く、と言うのを七回繰り返した頃だった。肉の鑑定を終えた職員が「俺達も買い取りたい」と言い始めた水質調査チームと揉め始め、ギルド長はますます引きつった。

「これで全てですかな? でしたら時間もかかりましょう。上の客室でお待ち頂けますか?」

「あ、まだあるんだけど、これを」

 ミルがいつ出そうか迷ってもぞもぞしているうちに、まるでその辺の石ころのように差し出したシャリオス。

 手には大きな赤い魔石。凍り付いた一同に気付かず無造作に床に置く。そして青、白と並べて置くと、ギルド長は喉の奥が見えそうなほど口を開けてしまう。

「シャリオスさん怖いっ、一級冒険者怖いっ」

「ええっ、なにが!? ミルちゃんも一緒でしょう?」

「そうですがそうじゃないというか、この豪胆さというか気づかなさというか……」

 顔を覆ったまま、ぶつぶつと口ごもってしまう。

 先に鑑定をお願いすると、震える手で鑑定したギルド員は静かに――白目をむいた。

「待て落とすなよ。俺はこっちの白いのを――」

 声が聞こえなくなった。

 戻ってこない同僚を見て、怖々と最後の青い魔石を鑑定したギルド員も、静かに止まった。

「え、怖い。何だろう……」

 シャリオスすら空気に気付いて戦き始めたとき、ほろりと涙を流したギルド員が口を開く。

「ウズル迷宮から、こんなに素晴らしい品が出るなんて。鑑定しただけでレベルが上がりました」

「俺も」

「わ、私もよ」

 三人とも泣いている。

 いち早く状況を理解したのはギルド長だ。

「鑑定結果をこちらへ!」

「もちろんですよ、こちらをご覧下さいギルド長!」

「おお……!」

 目を見開いたギルド長の目に涙が浮かぶ。

「ウズル迷宮から、このような素晴らしい魔石が出るとは! 高濃度で品質も他迷宮に劣らずの一級品。大きさも申し分ない!」

 これならば、領地に来る冒険者も増え活気づき、取引も増えるだろうという。

「すみません、こちら売っていただけますかな。ウズル迷宮から持ち帰った証拠として是非公開したいのです」

「その前に触媒に適しているかとか、色々教えてもらわないことにはなんとも」

「これは失礼を」

 ギルド長は小躍りしたいような雰囲気で鑑定用紙を差し出してくる。

 受け取った二人は頭を付き合わせて魔石の用途の幅や、適した方向性について話し合う。

「高い」

「高すぎて怖いです」

「今までよりずっと上質だからなのかな? これは次の資金源として、やっぱりきっかり確実に産出方法を調べておく方が良いよね?」

「私は心臓が止まりそうです。一生遊んで暮らせそうで怖いです。売って大丈夫なのでしょうか」

「僕は全部売る。だってさ、闇属性魔法の触媒とか全部駄目だし、よく考えたら大きな魔石を持ちながら戦闘できない。鎧に塗布するなら品質はあまり関係ないし。ミルちゃんはどう?」

「私は実家に送ったら喜びそうなので、いくつか手元に残します。こういうの、見る機会も少ないですし」

「あ、そっか。……僕も送ってみようかな」

 条件がわからないが、わかればウズル迷宮の四十二階層は人で溢れるだろう。他の場所でも出るかもしれないが。

 最初に取りまくって保存しておくのもありかもしれない。それは容量が大きなマジックバッグをオーダーメイドしてからでも遅くない。何より今回のお金で余裕で作れる。

「そう言えば作ってくれる錬金術師を探さないとだよね」

「任せて下さい、そこは考えてあるので!」

 速達で実家に送るだけなのだが、ミルは胸を叩いて「大船に乗ったつもりでいて下さい!」と自信満々に言う。頼もしいとシャリオスは感心した。

 はらはらしていたギルド員達は、売る方向に話が纏まってほっとしつつ、何やら謎めいた会話に首をかしげた。水質調査チームは未分類モンスターに夢中なので話を聞いていない。

「それでは、一千二百六十三個で行きます」

「僕は一千二百九十三個……いや一千二百九十個にする。一種類ずつ送ろっと」

「……ギルド長、お客様は何を言われていましたか?」

「うむ。……うむ」

 そう決まれば全部出さなければ、と座り込んだミルはマジックバッグを開き、掻き出すようなぞんざいな手つきで魔石を出し始めた。その横で「あ、それ簡単だね」とシャリオスが更にぞんざいな手つきで真似する。

 ギルド員達は目頭を押さえた後、飴玉のように転がってくる上質な魔石を拾い、鑑定士の前に持っていく。直ぐに動き始めた鑑定士だが、いちいち持ってくるのは大変だという事で、自らも床に座り、メモ帳片手に鬼気迫る様子で鑑定を始めた。

「君は鑑定した物を向う側へ持っていって下さい」

「木箱持ってきます!」

「私は増員を」

「ちょっとまって、暇な職員がいたら二人くらい追加をお願い! 木箱もありったけでお願い!」

「凄いなぁ、これで領主様の家格も上がるんじゃないか」

「私はその領主様に連絡を飛ばしてこよう」

 ふらりとした足取りで出ていったギルド長に戦いたのはシャリオスだけだった。

「え? なんで領主様に連絡を取るの?」

「きっと魔石がたくさん出て嬉しかったんですよ」

「そうなんだ。……こっち来ないよね? 今の服装大丈夫かな、無礼打ちされたらどうしよう」

「どなたか無礼打ちされた方がいたのですか?」

「そう言えば無いかも」

 そもそも、一級冒険者を無礼打ちする領主は存在するのだろうか。

 上質な魔石は手に入りにくく、大振りな物はもっと少ない。つまりシャリオスは大事な金の成る木なのである。ミルはもたらした利益を考えて、このランクの魔石が及ぼす影響なども想像してやめた。

「とにかく出しましょう! 出して、鑑定してもらって、お金をもらって、とにかくもらって帰りましょう!」

 この先に何が待ち受けているかわからないが、大事の気配は察した。ぽやっとしたシャリオスは小首をかしげながらも、魔石を転がしていく。

 領主が来たのは一時間ほど後だった。なかなか信じてもらえなかったギルド長が頑張った話を遠くで聞きながら、怠い手を振る。魔石を転がすだけでも腕が怠くなってしまった。

「この量はどこから? 未到達領域でもあったのか」

 自ら積み上がる木箱の中身を確認した後、ユグドが口にした言葉はそれだった。信じられないとしきりに呟くと、早足でシャリオスに近づき、その手を力強く握った。今日は青い服を着て、コート代わりのマントを肩に引っかけている。

「なんにしろ、これで領地が潤う。どこにあったのか教えていただきたい。これは定期的に採掘できるのか? いや、ドロップ品なのだろうか」

「それが……かくかくしかじかな感じで、僕らも条件を調べようと思ってるところです」

「素晴らしい! 是非調べてほしい」

 ユグドは微笑む。ずいぶん興奮した声だ。彼は連れて来た使用人に用意を言いつけ、椅子を持ってこさせると端に座った。優雅に足を組む領主の傍らで仕事をすることになり、ギルド員は緊張したように背筋を伸ばしている。

 ギルド長が客室で待つようにそれとなく告げるが手を振って追い払ってしまう。すると何を思ったのか振った手に鼻先を当てたアルブムが、クンクンと匂いを嗅いだ。湿った鼻を押しつけられた領主はおや、と小首をかしげて手の平を見せる。

「キュ?」

 お前は会った奴だなと気付き、興味を無くしたようだ。その使い魔の暴挙を、結果がわかるまで耐久レースなのかしらと死んだ目をしていた主人は見逃してしまう。

 水質調査チームは領主が来たことにすら気付いていない様子で盛り上がっている。その傍らに移動したミルは邪魔にならないよう静かに腰を下ろした。アルブムが寄ってきて膝の上で丸くなり、頭を撫でるよう要求してくる。シャリオスも手持ち無沙汰になり、近づいて問いかけてきた。

「疲れちゃった?」

「量が多かったですし。私達はこのまま終わるまで待ち時間でしょうか? でしたら荷物をまとめたいのですが」

「おや? 旅行かな」

 すかさず入ってきたユグドは紫の目を向けてくる。シャリオスは少し萎縮したように半歩下がってしまった。

「これからマジックバッグを作る材料を送るので、その準備をしようかと思っているのです」

「そうだったのか。いや、失礼」

 実家に帰ってしまうのではと思ったのだろう。ほっとした表情の領主に笑ってしまう。そのうち時空魔法で暗黒魔法の記憶を消す予定なので、心配ご無用だ。

「それにしてもマジックバッグの材料か。失礼だが迷宮からドロップした物ならば、目録を作らせていただいても? 無論、あなたがたの得た物を奪ったりしないと約束しよう」

「いえ、自分達で作った物なのです」

 一つ銀色の魔石を出すと、ユグドは感嘆の声を上げる。

「これは見事な。何度か時空魔法を閉じ込めた物を見たことがあるが美しい。部屋に飾っておきたいくらいだ。おっと、欲しいという意味ではないよ。安心してほしい」

 あからさまにギクリとしたシャリオスは、胸をなで下ろした。

「冒険には容量の大きなマジックバッグがないと、何かと不便でしょうね。欲しい物があれば、こちらで対応することも可能。君達は私が支援しているのだから遠慮しないように」

「ありがとうございます。本職の方には劣るでしょうが、出来上がったものを見るのを楽しみにしております」

「見つけた魔石に試し入れをしたのか。冒険の醍醐味と言うものだな。ついでに鑑定してみてはどうだろうか。彼らもやったことがないだろうし、喜ぶだろう」

 ユグドが視線を向けた先には期待に胸を膨らませた鑑定士達の熱い眼差しがあった。ゴーレムの魔石は鑑定するだけでレベルが上がったようなので、やりたいのだろう。それはユグド領にとっても良いことだ。

「シャリオスさん、いいですか?」

「いいよ。魔力はミルちゃんが入れたんだし」

 領主の指図なら別料金を取られる事も無いだろう。せっかくだから鑑定書の写しをもらえるか聞いてみると、喜んでと頷いた。

 ウズル迷宮から出る物は殆ど鑑定してしまったので、下層から出てきたアイテムを鑑定する機会は滅多にない。鑑定士達のやる気は俄然上がるし、ミルも鑑定書があった方がマジックバッグを作りやすいのではないかと考えた。

「じゃあ、四種類お願いします」

「これはまた……美しいな」

 作ったのは四色だ。銀、金、虹色と透明な魔石を見て彼らは息を飲む。<止まれ(ストップ)>の魔法も続いているようで、魔力は隅々まで淀みなく整っている。

「銀色の物は採掘品より品質が良いですね」

「金は通常より容量が深くなりそうですよ。可動領域の桁が大きそうです。ちょっと待って下さい、領内で出回っている物の詳しい資料が倉庫にありますので」

「虹色と透明な魔石はなんでしょうか? うーん、私のレベルじゃ見えない物が多すぎる」

 三人の鑑定士が額を付き合わせてああでもないと話し始めた。

 まとめた資料を差し出した三人は、仕事を一つ終えほくほく顔だ。一日でレベルが二も上がったと喜んでいる。

「銀色はどうしましょうか。市販品と同じ物しか出ないのなら、売ったほうが良いと思います?」

「でも他の色もどれだけ容量が大きくなるかわからないよ? 作ってもらったほうが安く済むなら、そうしたいな」

「受注先は決まっているのかな?」

 一瞬声が鋭くなったような気がして、ユグドを見る。

「私のほうで手配する予定なのです」

「なるほど、確かに専門だ。輸送はこちらで手配しておこう。ちょうど挨拶をしなければと思っていたところでもある」

「ええと、それはなぜでしょうか」

 その言葉でユグドが何かしようとしている事を悟り、引きつった顔になってしまう。麗しき領主は一瞬だけ鷹が獲物を刈るような抜け目ない表情をして「深く考えずに」とだけ告げた。けれども、言葉をそのまま受けるには怪しすぎる。

「これから大量の魔石が出るならば、輸出先もいろいろと検討しなければ。本職ならばそちら方面の事情も存じているはず。これ以上ない相談相手だ。物の価値を知らなければ市場を混乱させることになる」

 それはユグド領内だけではなく、他領で持ち込まれる魔石の暴落を防ぐためだ。良い物を安く出しすぎれば買い手しか得をしない。恨みはユグドに積もる。一度決めた価格を変更するにしても、混乱は避けるのが上策だ。

 たじたじになっている二人に、他にないのかしっかり確認した後、魔法のように魔石を根こそぎ鑑定させギルドに確認させた。ミルが持っておこうと思って残して置いた残りもだ。それは直ぐに返されたが、四色の魔石は巻き上げられるように手を離れた。

 最後に「良い物を見せていただいた」と満足そうにユグドは帰って行った。ひらめくマントを見送り終えると、どっと疲れが出てくる。

「なんだったんだろうね? 領主様、いつもより口数が多かったし」

「楽しいことがあったのだと思います」

 その楽しいことにはシャリオスも含んでいるが「やっぱり良い魔石が出ると違うんだね」と微笑んでいる。

「楽しいと言えば、魔導具品評会が行われるんだって! 前から見たかった品も展示されるみたいなんだ。領地主催なんだって。たくさん集まるといいなぁ」

(シャリオスさん、それは貴方を他領に出さないための措置では……)

 涙ぐましい努力と言うべきか、恐ろしい領主の知略と考えるべきか迷う。純粋な吸血鬼は何も疑わず、呪文のように魔導具の話を聞かせる人になっていた。


 領主の期待を背負ってしまったせいなのか、次の冒険のため、準備を入念に済ませることになった。シャリオスは武器の点検から物資の調達。ミルは実家に領主から連絡が行く旨と「私は大丈夫なので、家にとって良いように進めてください」と言う手紙と共に魔石を送った。かさばるのでマジックバッグに入れて送ったのだが、妙にギルド員の対応が丁寧な気がして警戒してしまう。

 夜、妹と母から「ユグドの領主様は、いつ四色の魔石を送ってくださるの? お父様が頑張りますからね。お父様が」やら「おねえちゃんすき」という謎めいた返事が届いた。恐らく男性陣は夢中になって返事を忘れたのだろう。ちょっぴり寂しかった。


「気付いたんだけど、いくらで受けてくれるかな……」

「大丈夫ですよ! そこらへんは現物支給で満足してるみたいなので」

「それミルちゃんの取り分だよね? 売っちゃったんだけど、次見つけたら半分貰ってくれるかな。お金でもいいけど」

 新しい魔導具を転がしていたシャリオスは顔を上げた。相変わらず人のいない宿なので、食堂のテーブルに集まっている。アルブムは最近外に興味を持ち始めたので、使い魔とわかる首輪をして散歩に出かけている。

「ところで、さっきから何をしてるの?」

 ポーションの瓶を指さして小首をかしげる。

「これはポーションを百倍に薄めた物ですよ」

「そこは見てた」

「これに<回復増加魔法(ヒールアップ)>を十回かけます。すると何てことでしょう! 重ねかけ効果で普通のポーションと同じ回復力になりました! さらに時空魔法の<止まれ(ストップ)>! これで一ヶ月は効果がそのまま、追加魔力なし! 倹約ですよ!」

「凄い! ケチ臭いけど凄い!」

「こういう所で物資の節約をですね、しないとです」

 かつて三十四階層で起こった事件。あのとき救出した三人にポーションをがぶ飲みさせれば、少なくとも歩けるだけの体力は戻っていただろう。過去を糧に、何があっても大丈夫なように供えるのだ。それに効力が一ヶ月なのはマジックバッグから出していたらの話だ。

「でも一ヶ月で使えるかな。……しばらく三種のもの悲しモンスター相手なのに」

「その命名はいかがなものかと」

 浮遊階段で出くわす三種類のモンスター、四十二階層の三色のゴーレムの数を取って三種のもの悲しモンスターと名付けてしまった。衝撃は今なお残っているようだ。傷は深い。

「えーと、水の羽衣はそろそろ強化が終わってるのでは」

「おじちゃんの店だから夜取ってくる。影を通れば一瞬だし。マジックバッグがどれくらいで仕上がるかわかれば、合わせて地上に戻ってこよう。魔導具品評会もあるし」

 最後の一言が全てだろう。

 来たる魔導具品評会の事を思い浮かべて、嬉しいと全身で語っている吸血鬼。生暖かい目で見つつ、ミルは百本目のポーションに<止まれ(ストップ)>をかけた。

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