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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと暗黒魔法使いは邂逅する
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第二話

 果てがあるのかさえわからない砂漠から数百メートル上空。

 再び四十一階層に降り立った二人と一匹は障壁の上から階層を見下ろし、しっかりと周囲を確認する。

「シャリオスさんの予想通りですね」

「浮遊島で間違いない」

 島の他に大地は見えず、澄み渡る空は一面に広がり頭上には太陽が一つ。完全に隔絶した空間があった。

「まさか果てまで調べるとは言いませんよね?」

「さすがにいいや。帰ったらギルドへ行って報告だね」

 情報には対価が支払われ、評価に繋がる。冒険者は其の日暮しの乱暴者も多く、命をかけるせいか気性が荒くなる者もいる。

「シャリオスさんは隈無くお調べになりますよね」

 二年も沼地を彷徨ったのは、そのせいでは無かろうかという予想が浮かび、冷や汗を流す。年単位の探索は大変そうだ。

「どこに目的の魔導具があるかわからないし。あ、ごめん。もしかして下に行きたかったりする?」

「いえいえいえいえ! 太陽が一日中出てるので無理をしてるのではと思っただけです」

「ミルちゃんが反射してくれてるから平気! でも、見たところ水場が一切無いね。中にあるのかもしれないけど。降りたら野営の準備をして、明日は四十二階層に行こ?」

 魔法で水は出せるが、魔力も有限だ。青ポーションも持ち込める量に限界がある。

「キュァ。キュキュキュ」

「はいはい、もしもの時はアルブムに氷を出してもらいますね。頼りにしてますよ」

「キュキュー! キュァキュァキュァ」

 地上に降りると障壁を背中に回す。もう一度障壁を出すよりも、こうして体の一部に付けて移動する方が魔力消費が少ない事に気付いたので、最近は障壁を出しっぱなしだ。試しにアルブムにもくっつけているが消費魔力は変わらない。

「ねえシャリオスさん。砂ミミズ(サンドワーム)の肉も売れるんですか?」

「輸出品みたい。肥料になるから取ってきてほしいんだって。干して乾かすと真っ白になって、骨の代わりになるとか何とか。あと忘れたからギルドで聞こっか」

 持ってきてほしいというなら、貴重品なのだろう。見た目が気持ち悪いモンスターほど高い気がする。真っ二つにされネトネトと広がる死骸を死んだような目で見る。

(帰ったら、解体用のエプロンと手袋を買いたいわ……)

 体液を取るために何度も砂で洗った手を少量の水で流し、綺麗にする。綺麗になった感じがない。女性冒険者はこれを嫌って別の迷宮を専門にする者もいるくらいだ。その気持ちは理解できる。

 ではシャリオスはと言うと、鎧なので麻布で拭いて終了だった。

 ドロップ品の方も出た。いつもと変わりない数なのだが、ミルがとどめを刺すと全く出てこないので、シャリオスが担当している。

「なんでかな。鑑定しても呪いじゃなかったし、不思議だね?」

「そうですよね……」

 砂ミミズ(サンドワーム)からは火耐性の皮鎧、他のモンスターからは火属性のドロップアイテムが出ている。あとは角や魔石だ。体の一部が道具に変わる様子は、何度見ても不思議な光景だ。

 四十階層下のドロップアイテムは少なく、高額買い取りが多い。中には他の迷宮から出ない上質な触媒もあるらしく、需要は多いが供給が追いついていないという。その金額はミルが白目を剥くにじゅうぶんだった。シャリオスが魔導具をぽいぽい買い、装備の新調を頻繁に出来るわけだ。

 他の一級冒険者はもっと深い階層に踏み入れているので、更に稼いでいるだろう。珍しい素材を実家に送れば喜ばれそうだ。頭の中にメモをする。

「とにかく、ミルちゃんも欲しいものがあったら言ってね? 売っちゃうと買い戻せないし、毎回出てくるとは限らない素材もあるし」

「でしたら、この魔石を三ついただいても良いでしょうか? それからこっちの革素材も」

「それだけでいいの? 魔導具もいくつか出てるけど。あっ。こ、これは初めて見たやつだから僕が欲しい……」

「取りませんから」

 とぐろをまいた蛇を下から見たような魔導具を抱え込んだシャリオス。どうしようと顔をぎゅっとしていたらしく、鎧越しにも安心した雰囲気が伝わってくる。

「それにしても携帯食……味気ないよね」

「ランチをたくさん買って入れておけば良いのでは? マジックバッグはまだ数がありますし」

「ミルちゃん物持ちだよね。大容量なの売ってないかなぁ。増やすとマジックバッグだらけになって出すの大変だし」

 マジックバッグも数が多くなるとかさばっていく。マジックバッグにマジックバッグを入れるという技もあるが、それだと管理が面倒なのだという。店売りの物は一定の容量で売られている。一番需要があり、売れ筋の物だからだ。オーダーメイドするにも材料が高額になるわりに、量はそれほど増えない。

 冒険に使う道具がもっと充実すれば良いのだが。そんなことを思いながら魔石を一つ手に取る。

「そうだわ! シャリオスさん、この大きな魔石をいただいてもいいですか?」

「いいよー」

 顔ほどもある大振りな魔石。売れば庭付きの家が王都に建つほどの値段の物を二つ貰ったミルは、自分のマジックバッグに入れた。


 マジックバッグは時空魔法から転用されて出来たアイテムだ。作るには時空魔法使いが<空間収納(バッグ)>の魔法を魔石に閉じ込め、錬金術師がそれを使って錬成するのだという。時空魔法書には錬成の仕方は書いてなかったが、魔法の閉じ込め方は書いてあった。

 魔石の中に空間領域を決めて魔法を発動し、切り離す。その間、錬金術師が作業を終えるまで常時展開しないといけないが<止まれ(ストップ)>を使えば常時魔力を消費するのは抑えられるのだという。ただし、<止まれ(ストップ)>をかけるときに大量の魔力を消費するらしい。どっちにしろ魔力は大量に消費する。

 こんなやり方では普通、値段は跳ね上がり需要も満たせない。しかし迷宮から代わりとなる魔石が安定的に産出されているので、それほどでもないのだそうだ。

 魔石の大きさや質によって容量は変わるらしいが、一昔前のように殺して奪うような貴重品ではなくなっている。

 大きな魔石なら、魔法もたくさん入りそうだ。そうすれば大容量のマジックバッグが作れるかもしれない。

 野営準備と食事を終えた頃。じりじりと照りつける太陽の下で魔法を唱えた。

「<空間収納(バッグ)>――あつっ!」

「何だ!?」

 テントの中にいたシャリオスが素早く顔を出し、ミルの手元を見て「なにしてるの?」と首をかしげる。モンスターの襲来ではないと知り、アルブムもテントから出した顔を引っ込めて「ギュー」と鳴いた。眠くてご機嫌斜めのようだ。

「騒がしてごめんなさい。魔石に魔法を入れようかと思って……」

「もしかして昼間言ってたマジックバッグのやつ? ミルちゃん魔法入れたことあるの?」

「実は初めてです……」

「どれくらい魔力入れたら――この場合は広げる空間の大きさか。わかんないよね? よければ僕が合図しようか?」

 何度か工場を見学して見せてもらった事があるという魔導具マニアが言う。ヒリヒリした両手の平にポーションをかけてもらいながら、ミルは頷いた。一人ではとても無理だ。

「魔法を入れるとき火花が散るから、僕の手甲貸してあげる」

「え、でもそうしたらシャリオスさんの腕が日光で焼けてしまいますよ」

「だからテントの中で作業しよ? <纏う闇(ダークネス)>使うから平気だし」

 寝袋を端に放ったシャリオスは手甲をつけさせた後、テントの周りと魔石を覆った。黒い球体に包まれた魔石だが、ぴったりと覆うのではなく、人の顔が入る位の隙間を空けている。そこに顔を入れ、直接見てくれるらしい。兜をしているので、火花が飛んできても大丈夫なのだそうだ。

「じゃあ手だけ入れて魔石を持って。重かったら床に置きながらで大丈夫だから」

「ところで、容量を超えたらどうなるんですか?」

「粉々に砕けるよ?」

「えっ……それはもったいないので止めましょうか」

「大丈夫、砕けたらギルドで売れば良いし。容量が大きいマジックバッグは僕も欲しいし! 買うより絶対安いよ」

「そうですか……じゃあ、一気に行きましょう。<空間収納(バッグ)>」

「うわっ」

 ちょっと驚いた声にびくりとするが、続けてと言われる。

「どうですか? 埋まりましたか?」

「いや、全然。四分の一も行ってない」

「けっこう魔力消費しますね……青ポーション飲まないと駄目かもです。すみませんが水グミとってもらえませんか? 一つ色違いのがあって、濃いめの青ポーションを吸わせたものなのですが」

「なにそれ頭いい。あとで真似しよう」

 とってもらった物をぽいと口に入れられる。シャリオスが定位置に戻ると魔力を込める。黒い球体に手を突っ込んでいても何も感じないが、シャリオスは楽しいらしく「わぁ!」などと時々声を漏らして楽しんでいる。

「今三分の一くらいかな」

 一口ポーションを飲んで、一気に広げる。そもそも元の素材がどの程度の魔法を込めた物かわからない二人は、とりあえず容量一杯にすれば今より良い物が出来るはずと素人勘定をする。

「すみません、これ地上でやれば良かったですよね。物資調達難しいですし」

「んーん。この作業かなり危ないし、街中でやったら兵士が飛んでくる。あ……今、三分の二に行きそう……もしかしてミルちゃん、魔力量多い?」

「人よりは。でも青ポーションも飲んでますよ。ごくごく」

「あ、ゆっくりにしてみて!」

 それからシャリオスが細かく指示を出し、完成した魔石を見て首をかしげた。手が透けるほど色が薄くなっている。

「もっと赤くありませんでした?」

「隙間なく入れると綺麗に変わるんだって。そうしたらできあがり」

 まるで炒めた野菜のようだと思いながら<止まれ(ストップ)>をかける。

「これで終わりでしょうか?」

「さっき使った魔力量より少ないけど、配達してる途中で解けない? 職人さんはもっと強くかけてた気がする」

「もうちょっとやっておきましょう……<止まれ(ストップ)>!」

 青ポーションを飲みながら魔法をかけると、薄赤い魔石が銀色に変わっていく。

「色がまた変わってきたね。これで正解かも」

「危ない所でしたね!」

 早朝の雪原のようにピカピカに変わった魔石に、二人はほっと息を吐いた。それをマジックバッグに入れると、す……とシャリオスがもう一つの魔石を差し出す。

「素人が作った魔石だし、予備もつけておこうよ」

「あ、そうですね」

 父達が錬成を失敗したときを思い出し、キリリとした顔でミルは頷く。そうするとあと二つはやった方が良いかもしれない。そう提案すると、シャリオスは調達した魔石を吟味して、できるだけ大きい物を選ぶ。

「モンスター寄ってきませんよね?」

「<纏う闇(ダークネス)>使ってるから平気。それより青ポーション足りる? 足りないなら僕のたくさんあるから大丈夫だよ」

「……。実はシャリオスさん、もう一回見たいのですね」

「へへへっ」

 魔石をすぽっと影で覆ったシャリオスが差し出してくる。

 ミルはまた魔力を込め、銀色、金色、虹色の魔石を創り出した。

「全部色が違いますよ……なにが駄目だったのでしょうか」

「予備になる?」

「わからないです……」

 二人は大きめの魔石を再び選んで、同じ色が三つずつになるまで頑張ることにした。



 迷宮四十一階層。

 昨夜は夜更かしした結果、アルブムが「ギュー!」と不機嫌にミルを呼ぶので、お開きになった。仲間はずれが嫌なようだった。

 黒門は浮遊島の中心に一つあった。熱心にマッピングしているシャリオスは、光の屈折により、通常の階層のように楽になっており、砂漠地帯は死地と言えなくなっていた。

「なんだかここは……遺跡ですか?」

 切ったように滑らかな断面の岩。建物の中に入ったようだ。位置から考えれば地中だ。上から砂が降ってくるので、アルブムは何度も体を震わせている。

「あそこを見て」

「えっ、岩が浮いてる!?」

 階段のように螺旋を描いている平らな薄い岩が暗闇の中に浮き上がっている。

「螺旋状の浮遊階段だよ。踏むと沈み、乗っている物がなくなると元の位置に戻る。ちなみに乗ると上から飛行能力のあるモンスターが襲ってくる。一番下まで落ちると、砂の中を泳ぐモンスターが襲ってくるんだ」

「ここも罠が多いんですね」

「だから踏まないように行こう。障壁出してくれる?」

 少し考えたミルは、体に貼り付けていた障壁を伸ばして周囲を覆い、念のため頭上もすっぽり囲う。 

「あ、そうだ。壁を這うモンスターもいるから、あまり近づかないでくれると嬉しいな」

「モンスターの巣なんですね……アルブム、下に着くまで小さくなってくれますか? ありがとうございます、良い子ですね」

「キュアキュア」

 どうやら全体は円柱状になっているようだ。壁に所々穴があり、爬虫類系のモンスターがいた。目がぎょろりとして、鱗は黄色みがかった緑色。見たことがない種類で、鱗を持ち帰ったが名前はわからなかったという。ときおり口から火を吐いているので、近づいたら火炎魔法の餌食になりそうだ。

「飛べないから一匹ずつ倒してたけど、大変だったんだよね。足場は沈むし、上から鳥系のモンスターも来るし。種類がわからないのは他パーティも一気に駆け下りるからみたいだ。納品回数は片手で数えるくらいって聞いた」

「ラーソン邸の皆さんもそうなんですね」

「興味ある? 一匹釣ってみる?」

「いやいやいやいや」

 螺旋状の浮遊階段の中心を垂直に降りていく。モンスターは気付いていたが、攻撃はしてこない。

「止まって下を見て。あそこに魚類系モンスターいるの見える?」

「わ、わぁ……」

 砂をかき回すように三角形の何かが動いている。背中の脊髄だろうか。飛び上がった一匹を見ると、葉のような形で、表面はつるりとしている。

「サメに近いんだって。これも未分類」

 まともに戦いたくない外見だ。口の中は砂ミミズ(サンドワーム)のような歯並びで一囓りでバラバラにされてしまいそうだ。

 あれこれと説明が続き「あ、これ気になってるやつだ」と気付いたミルは、恐る恐る尋ねた。

「……釣ってみます? 釣りなら何とかなりそうですけど」

「あっちに足場が広い所があるよ!」

 ウキウキと言われた。

 螺旋階段の終わりは広く、そこも削ったように綺麗だった。

 障壁をくんにゃり曲げて一匹を釣る。しばらく待ったが窒息死はしないようだったので動かないようしっかり覆ってから寄せると、シャリオスがスッパリと首を落とす。断面を見ると魚の巨大版のようだ。

「毒は無いね」

 卵に突起をつけたような形の魔導具で断面を刺したシャリオスは言う。沼地でドロップした魔導具で、人が食べられないものや未確認の成分が混じっていると教える。食料確認(イートチェック)と呼ばれる種類の魔導具だ。他にも形があるらしい。

「ちょっと早いけどお昼にしようか」

「生で食べるのは怖いですよ……」

「焼く?」

「匂いでモンスター来ませんか?」

「そうしたら上に逃げよっか」

「足下に障壁伸ばしておきます」

 結果から言うと来た。

 匂いに釣られて鳥形のモンスターが飛来し、途中で壁にいた爬虫類型のモンスターと喧嘩になった。何匹かが階段の上に落ち、鳥形のモンスターが追加され、最終的に縺れあって落ちると、砂に潜んでいたサメモンスター達と生存競争となる。

 その結果を目の前にして、二人は立ちすくむ。

「こんなことが」

「……。何が悲しいって、今まで手こずってたこと」

 もの悲しい顔をした二人。シャリオスは背中に影さえ見える。

 鳥形のモンスターは足場が降りているのに、一匹も飛んでこない。飛べる個体は全滅したのだろう。飛べない個体がいるかは知らないが。爬虫類型のモンスターも、目視できる場所にいるのは喉笛をかみ切られた個体だけだ。穴には影すら見えない。最後にサメ型のモンスターだが、死骸に埋もれ、圧死してしまった。頭上から降ってくる物が多すぎたのだろう。

 ご飯の準備をしていただけで、戦闘を避けたモンスター達が自滅のち全滅。

 さすがにアルブムもご飯がたくさん降ってきたと喜ぶのを止め、悲しげに尻尾を垂らしている。

「キュウ……」

「とりあえず食べましょうか。解体はその後にしましょう」

「ついでだから他のお肉も食べようよ。これだけあるんだし、美味しい部位をたくさん持って帰ろう。鉄板出してくれる? 僕はお肉とってくるから」

「そ、そうですね……。焼き肉ですかぁ」

 死体の山を見て食欲が減退しないのだろうか。

 そんな事を思っていられたのは肉を口に入れるまでだった。モツは甲乙つけがたいくらい全部美味しく、今度来るときは焼き肉ソースを全種類揃えるとシャリオスは決意した。力強い拳だった。

 不慮の事故で大量に入手した未分類モンスターの肉をしっかり吟味した二人は、マジックバッグの容量を大量に消費してしまう。鱗や牙も容量を圧迫し、さらに大量すぎて面倒になった二人はまるごと入れてしまうという暴挙に出た。ただし、ぐっちゃりしてしまった個体は丁寧に分別し、砂地に積み上げた。

「次の階層は様子見して帰ろっか。でも……帰りもやるのか」

「考えてはだめです」



 残念なことに下へ続く階段があと二回あり、二人は切ない表情で肉を焼き、モンスターを全滅させていった。アルブムなど階段を発見すると下を覗き、見えない位置に陣取ってしまう始末である。同じモンスターとして思うところがあるのだろう。

 漏れ注ぐ日光を頼りに足を進める。四十一階層より四十階層の敵が手強いとは不条理である。

 更に三十分ほど進めば、四十二階層へ続く門が見えてきた。二人の背後には持ちきれず堆く積まれたモンスターの死骸がある。

「僕達の冒険はこれからだよね」

「そ、そうですよね! 次は何が出るんですか?」

「火魔法中心のモンスターだよ。ゴーレムもいるし魔法攻撃しか効かない幻想系モンスターも出る。入って直ぐ戦闘だから気を引き締めていこう。アルブム、出番だよ!」

「キューン!」

 ふぁさりと尻尾をふり、二人と一匹は踏み出した。

 温度が一気に上がり、火の近くにいるかのような錯覚をした。水の羽衣をマントの裏につけていなければ火傷していたかもしれない。

 中心にいるのは毒蛇(ウェネーヌム・オピス)もかくやという巨大なゴーレム。関節部分から火を噴き、全身が熱せられたように赤く染まっている。石炭の固まりかと見まごうような黒い煙を吹き出していた。煙は空気より重いのか、足下に広がり続けている。

「なんだあのゴーレムは」

 驚いたのはミルだった。シャリオスが立ちすくんだのは一瞬で、直ぐに食料確認(イートチェック)を取り出してかざす。

「煙は毒だから吸わないで。動きを調べるから、二人は煙の来ない高い場所から援護を!」

「お気をつけて!」

 浮き上がったミルは、天井付近の突き出た岩の上に身を隠した。それから障壁を周囲に展開し、別のモンスターが出ても即死しないよう配置。残りの十枚をシャリオスの援護に回す。

 巨大ゴーレムは、両手を組んで思い切り地面を叩き地面を凹ませる。かと思えば関節部分からモンスターを生み出した。焚き火のようなモンスターは話に聞いていた幻想系モンスターだろうか。数が多く、一度に八匹現れた。それらが一斉にシャリオスを囲まないよう障壁で牽制する。すると、大きくシャリオスが咳き込んだ。

「いったんこちらへ来てください!」

 幻想系モンスターを壁際まで叩き押す。

 階段のように移動させた障壁を伝って、シャリオスが一気に駆け上がってくる。

「アルブム、氷で牽制して下さい。私はシャリオスさんの様子を見ますから」

「キュ!」

「うぇっ。口の中イガイガする」

 バイザーの隙間から食料確認(イートチェック)の先をパクリと咥えると、滑らかな薄い黄色だった表面が赤く染まり『猛毒:目眩』と表面に文字が現れる。

「どおりで目眩が……」

「悠長に言ってないで解毒薬飲んでください!」

 突きつけた液体を飲み干したシャリオスは生き返ったように頭を振った。

「水グミに解毒薬つけてから、もう一回行こうかな」

「やっぱり戦うんですか? 向こうに出口っぽいものがありますけれど……」

「走って行っても良いけど、出られないかもしれないよ。ここに巨大なゴーレムが出るなんて聞いたことも見たこともない。何か条件を踏んだのかも。そういうときは回避不能で、通れなくなってるんだ」

 確かめるのも命がけだ。ならばと解毒薬を水グミにつけようとしたとき、アルブムが激しく鳴いた。

「げっ」

 見れば大きく後退したゴーレムが全速力で走ってくる。まさか飛びつくつもりかと身構えた瞬間、ツルリと足を滑らせて転倒した。アルブムが吐いたブレスで凍っていた場所が、ゴーレムの熱で溶け滑ったように見えた。

 まるでボールを転がすがごとく、ゴーレムは壁まで突っ込み砕けていく。同時に幻想系モンスターも消え、残骸も消えて赤い魔石が一つだけ残った。

「……」

「……」

「あ、シャリオスさん見て下さい! あの入り口からもう一体ゴーレムが!」

「今度は青いね。さっきの色違いかな……」

 まだ冒険は終わっていなかった。モンスターが出てほっとするとは何事かと思うが、そのゴーレムも勢いよく走ってくる。ミルは障壁を前面に構えた。赤いゴーレムよりもずっと熱い。火は高温になると青くなる。水属性ではなく上位種なのだと気付いた瞬間、大きく跳躍したゴーレムが襲いかかる。

「アルブム! ブレス、を……」

 しかしゴーレムの指先は届く前に失速する。そして着地の瞬間、自らの重量に耐えられなかったのか、足下から粉々に崩れた。後に残ったのは青い魔石が一つ。残骸も消えている。

「ま、待って下さい。三体目が同じ入り口から出てきました。ど、どうしましょう……」

「……」

「返事をして下さい! シャリオスさん!」

「いやだって走ってくるし……」

 現れた白いゴーレムは、青いゴーレムより更に強く燃えていた。肌が火傷したように赤くなっていく。

 近づいただけで焦げてしまうのでは。

 そう思ったとき、一行に手を伸ばすため跳躍したゴーレムは同じように失速し、足下から砕け散った。後に残ったのは白い魔石が一つ。残骸も消えている。

 シャリオスは胸を押さえた。

「僕の知ってるゴーレムと違う。……なんだろう、心が痛い。砂漠地帯は自爆地帯だったのかな」

「見なかったことにしませんか」

 そういうわけにもいかず、二人と一匹は辺りを警戒しながら降りた。熱気だけは残っており、肌をじりじり炙ってくる。火傷はポーションで綺麗に治ったが、帰還したらもっと強力な水の羽衣を買った方が良いだろう。

「何だったんだろうね。ここで半殺しにされたのにこんな……」

 打ちひしがれているシャリオスを元気づけるため、拾った三色の魔石を見せて一度戻ろうと提案する。美味しい物を食べれば気分も上向くはず、いや上向いてほしいと願う。

「こ、この魔石、今までよりずっと大きいですよ! ね、ちょっと戻って<空間収納(バッグ)>の魔法を詰めてみませんか? 昨日は途中で終わりましたし」

「そうだね。戦闘で青ポーション使わなかったし」

「うっ、この流れは不味かったのですね……」

 落ち込みシャリオスはのそのそと門へ引き返し、テントを張った。夕食を食べている時に悲しい負の連鎖が起こるが見なかったことにし、二人はテントに籠もった。

「それじゃ僕が見てるからよろしくね」

「<空間収納(バッグ)>!」

 出来上がったのは、赤い魔石は銀色、青い魔石は金色、白は透明に変わった。

「虹色の出ないですね。何の加減なんでしょうか?」

「帰りに砂ミミズ(サンドワーム)から出るまで狩ってみる? あと一つだし……この透明なのも二つ揃える?」

「さっきの白いゴーレムから出た魔石ですよね? ユグド領に出さなくていいのでしょうか?」

「言わなきゃわからないよ? でも領主様は喜ぶかも。虹色になった魔石より容量が大きかったし……。ね、やっぱり白い魔石集めてマジックバッグ作らない? 凄く広いのが出来そう」

「うーん、さっきのゴーレムの条件がわかると良いんですが」

「入り口どうなってるか調べてくる」

 そう言って出向いたシャリオスだが、直ぐに駆け戻ってくる。ミルの手を引っ張って、黒門から顔だけ出すよう促した。

「いる! また赤いゴーレムがいる!」

「えっ、そ、それは……行きますか」

 どういうわけかわからないが、二人は荷物を置き、眠っているアルブムを起こさないように四十二階層に行く。障壁で先ほどの突き出た場所に乗ってしばし。

 滑って自爆した赤いゴーレムも他の二体と同じようにジャンプしたあと、自重に耐えられず砕け散った。あとは言わずもがなである。

 簡単に手に入った三つの魔石。シャリオスは心なしか言葉少なになっていた。

 戻って三つとも魔法を入れてみると、しっかりと同じ色に変わる。

「……ミルちゃん、また出てる。さっきより間隔は短いのに。もしかしたら門を出た瞬間出現してるのかも」

「そ、それは……」

 良かったと言っていいのだろうか。

 シャリオスはミルと共に、再びゴーレムに挑む。

「お辛いなら私一人で構いませんよ? 他にも土蜂(ランド・ビー)とか角持つ兎(ボーンラビット)が勝手に自滅する場面に何度も立ち会ってますし」

「何かあったら危ないし。でもそうか……ミルちゃんはドロップアイテム出ない代りに、こういうことに出会う星の下に生まれたんだね。そんな話聞いたことないよ」

「そんな星の下に生まれたくなかったです……」

 直ぐ下では、自滅した白ゴーレムが消えるところだった。


 開き直ったシャリオスは、どこまでゴーレムが出続けるか確かめることにしたらしい。まともに戦ったら準備不足で負けるから、と言うのが理由だ。透明な魔石が三つ集まった時点で<空間収納(バッグ)>を入れるのは止めた。色々試したせいで青ポーションが少なくなったのもあるが、ギルドに鑑定してもらい、使い勝手の良い魔石なら装備品にする予定だ。

「五十七回目……出た。やはり門を出たら直ぐに出現するみたいだ」

「また行くんですか」

「行く」

 そうして回数が八十回を超えた。

「まだ行くんですか」

「行く」

 シャリオスがどうして一級冒険者になったのか、ミルは思い知った。

 めちゃくちゃ研究熱心な(しつこい)のである。マジックバッグに「何も入らないです!」と泣きを入れるまで続いた。総数二千五百八十六個。回数にして八百六十二回の挑戦をした後だった。

「大容量のマジックバッグ作ったら、条件を探してみよっか」

「だれかたすけて」

 ご主人様が燃え尽きているのに、お留守番係だったアルブムは帰れると喜ぶだけだった。

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