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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと三十六階層の壁
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第四話

 やっと片づいた――気が全くしない。

 朝、起き上がったミルは、窓を突く鳥に気付いた。腹の上に乗って丸くなっているアルブムを横にスライドし、そっと窓を開ける。

「誰かしら? 伝書鳩だわ。……古風ね」

 今は配達屋に頼むのが主流だ。

 鳥の足には手紙がついていて、足から外すと伝書鳩は翼を広げて行ってしまった。餌も貰わずに勤勉なことだ。

「ベルカさんからだわ」

 手紙を読んだミルは「ははっ」と乾いた笑い声を出し、今日の準備を始める。中には首席卒業をして実力主義の騎士部隊へ入団したが、そこにいたのは盗賊騎士達だったので辛いと書いてあった。常識人が一人しかいないのだそうだ。

 人生とは、ままならないものである。



 三十四階層に踏み込んだのは三日後だ。

 猛威を振るう灰色の王(バニッシャー)を専門に扱うパーティができており、彼らは効率よく灰色の王(バニッシャー)を河から沼地に引きずり出し、餌絶ちさせて狩っていく。おかげで水系モンスター相手に堅実な闘い方が出来た。良い時代になったものだ。

 思ったほど時間をかけず三十五階層に突入したとき、ミルのレベルは三十五、アルブムは三十八にまで上がっていた。三十六階層をギリギリ突破できるかどうかのレベル帯だ。

 三十五階層には濁流の都から流れる河が滝のように降り、沼は消え、一面水没している。水位は腰まであった。

 障壁を張って移動すれば、自ら跳ね出たモンスターは足に噛みつくことは出来ない。灰色の王(バニッシャー)ほど力も無いので、比較的安全な階層だし、練習にはもってこいだ。

「<止まれ(ストップ)>! ああ、また失敗しました」

 飛んできた魚類系モンスター相手に使うが、止まった気配はない。よく見ると眼球が止まっているのだが、そこを止めても意味がない。どころか、狙った場所を止めることが出来ない。

「<止まれ(ストップ)>、<止まれ(ストップ)>、<止まれ(ストップ)>! ……コツは掴めてきたと思うんですけど」

 よくて尾ひれが止まった程度だ。

「キュ」

 気まぐれに氷を吐いてモンスターを冷凍しているアルブムは、ぷかりと浮かぶ氷の塊を鼻先で突く。そして振り返り、こうやるんだぜと教えてくれている。しかし氷魔法は使えないのであった。

「しかし……水系のモンスターって、こんなに倒しやすかったんですねぇ」

 袋状にした障壁を動かし、水中のモンスターを掬い上げると面白いように入る。そのままモンスターごと浮かせて水を抜くと、息ができず死んでいく。まるで漁をしているみたいだ。

 他にも投げるポーションの応用で、水ごと閉じ込めたモンスターで<止まれ(ストップ)>の練習をしている。端から見ると、水面に浮かぶ一人と一匹。回りにはモンスターの死骸が固まった状態で大量に浮いているという、目を疑うような光景だ。

「ね、しばらくこの階層で、時空魔法の練習をしようかと思います。お暇になると思うのですが、アルブムはどうしますか?」

「キュ、クルグ。キュ」

 魚を食べると尻尾を振る。

 つまり釣ったらくれと言う事だろう。鱗をナイフで削いで囓ったら、味が濃く美味しかった。脂が多いのも特徴なので、ドーマに渡したら美味しく調理してくれそうだ。

 ゴクリと生唾を飲んだミルは水中を見る。灰色の水は汚いが、三十四階層と比べれば底が見えるほど澄んでいる。

 悩んだミルは、息絶えたモンスターを数匹マジックバッグへ入れると、魚釣りに興じることにした。

 ちなみにモンスターの名前はわかっていない。図鑑にもギルドの情報にも魚類系としか書かれていなかったからだ。



「と言うわけで、この魚を次のご飯に……ごはんに」

 ぐわしと頭部を掴まれたミルは「ひい」と久々に悲鳴を上げた。ドーマの大きな手の平が、まるで果物を持つように頭部に触れている。

「あの魚を釣ったってのか? ええ?」

「ご、ごごごめ、ごめんなさい。釣ってはいけないとは知らずっ」

「ギュギュン!? キュキュ」

「俺はあいつを釣るのに百万回失敗したんだぜ」

「ひい」

 そのまま持ち上げられ、ぷらんと足が浮く。椅子の上に下ろされ、慌てたアルブムがドーマの足に噛みつこうか迷ってウロウロしている。

 蒼白になったミルの肩に手を当てたドーマは、ギラついた目をしつつ笑うという、子供には絶対見せてはいけない表情をする。それはまるで鬼を模したような、ドラゴンを人に変えたような、そんな形相だった。

「詳しい話を聞こうじゃねぇか、ダチ公」

「だれかたすけて」

 根掘り葉掘り話を聞き出したあと、ドーマは上機嫌になった。

 なんでも、現役の時は食材を求めてウズル迷宮へ潜っていたのだという。

 ウズル迷宮には肉や魚が豊富だ。他の迷宮の話はとんとわからなかったが、四季折々のものが揃っている迷宮は珍しいのだという。果物や魔物の肉も大量に輸出できるので、食材の宝庫なのだそうだ。ドーマがここで宿を開いたのも、美味しいものを食べるためだという。

 おこぼれに預かれたミルは喜んで良いのか迷った。ドーマの顔は狂気じみている。

 そして問題の三十五階層。

 百万回釣るのに失敗したのは、モンスターを退治すると全て消えてしまうからだという。一匹も消えなかったので、わからなかった。

 ただ、陸地や地面が水面より高い場所がなかったので、モンスターを窒息させるのは確かに難しい。今まで出なかったのも、仕方ないのかもしれない。

 アルブムがやったように一瞬で凍り付けにするか、じわじわと窒息死させるのが条件ではないかとドーマは予想した。氷魔法を使う者は雪国に多く、平地では殆ど見ない。なので、あの魚達はギルドに納品されたことがなく、名称がわからない。もしくは決まっていないのだそうだ。

 上機嫌なドーマは受け取った魚を手に厨房へ。しばらくすると味見をしたのか「クソうめぇ!!」という雄叫びが。

 何やら怪しげな機械音や地震と間違うような衝撃に度々尻を浮かせていると、刺身の盛り合わせを持って帰ってくる。

「クソうめぇからポン酢で食え。あと百万匹釣ってこい」

「無理です」

 金貨の入った大袋を一緒に置かれ、顔を見ないように押し戻した。けっきょく新しい魚を料理しつくしたい、試したいという情熱に押し負けて、百匹釣ってくることになったのだが。

 代わりに食事の料金が、半額になった。



「というわけで、見つけた四種類の魚を持ってきたのですが……。あのー?」

「キュー?」

 なぜか「これも持っていけ」といわれたドーマの魚類系モンスターレシピを数枚つけて出すと、読んだ丸眼鏡の青年が硬直した。買い取りカウンターでお馴染みの顔だが、こんなに動揺するのは初めてだ。壊れたように「こここここ」と残像のように口が動いている。

「これは凄い!! ので! 二番目にお待ちのお客様。申し訳ありませんが、隣の窓口に並んで下さい。閉めます!!」

「ええっ!?」

「なんだなんだ、次だったんだぞ!?」

「すみません閉めました! すみません! あー、すみませんすみませんすみません。行きますよ!」

「あー!」

「キュヒッ」

 襟首を掴まれたミルはカウンター側に引きずり込まれた。ブーツに乗っていたアルブムも一緒に釣れてしまう。

「やった、これで迷宮経営が黒字だー!」

 などと喜んでいるが、意味がわからない。

 わかったのは二階に上がって一番奥の部屋に入ってからだった。

 飛び込んだ青年ギルド員は、真っ直ぐ机に向かって行くと、壮年の紳士に詰め寄った。

 彼は職員に目をやり、溜め息をつく。

「迷宮ギルド長、凄い良い知らせが!」

「わかったわかった。だから、そちらのお嬢さんを離してやりなさい」

「おっとこれは失礼をば。つい興奮してしまい……」

 やっと解放されたミルはアルブムの背後に隠れた。小さくなっているので全身丸見えだが。

「一体何事なんですか? 今日は魚をドーマさんに献上しないと御夕飯が……」

「失礼、直ぐお帰りいただけますので。それでギルド長、これを見て下さい。あと魚を! こちら三十五階層でサンレガシ様――こちらの冒険者が採ってきたようです」

「ほう! とうとう釣り方がわかったのだね」

 生臭い魚(モンスター)を渡されたにもかかわらず、ほくほく顔のギルド長。用紙を受け取ると、みるみる顔を明るくさせていく。

「迷宮で採れる物が多くなれば、冒険者も来て領内は潤う。あなたの貢献を、ギルドは心から感謝いたしますよ」

「は、はあ……」

「それでは、こちらの四匹の納品をもって、モンスター図鑑と情報の更新をお願いしますよ。サンレガシ様も、お気をつけてお帰りください」

「はぁ……」

 一瞬で終わった偉い人との接触。

 小首をかしげながら出ていく一人と一匹を見送ったあと、ギルド長は満面の笑みを浮かべる。

「食べると回復力、俊敏、力、魔力への一定期間補正と自動回復。ポーションへの転用ができれば種類が増える。これは金になる」

「領主様もお喜びになるでしょうね。ずっとカツカツで、シャリオス・アウリール様が休業してからは、みるみる高額商品の持ち込みが減って」

「ほっほっほ! 君も良いことがあったんじゃないかね?」

「いや、生きててこんな代物を鑑定できるとは。レベルが上がりました」

「それは良かった。なら仕事に戻りなさい」

「ところでギルド長、サンレガシ様に指名依頼を出すおつもりですよね? あの豪腕のドーマがうまいと言う魚ですし」

「ほっほっほ!」

「こちら冷蔵庫に入れてきますね」

「あ、待ちなさい! ……仕方ない、分けるのは少しだけだぞ?」

「ありがとうございます!」

 貰ったレシピ通りに食べたのだが、領地で採れるどんな魚よりも旨かったと、後に彼らは語る。



 三十六階層。

 ここを超えるとユグド領では一級冒険者と認められる。領主からラーソン邸への招待状が届き、支援を受けることができる。これはギルドの定めたランクは関係なく、領主が独自に定めたものだ。

 では、なぜ三十六階層なのか。

 それは常駐型の階層主(アートレータ)毒蛇(ウェネーヌム・オピス)がいるからに他ならない。全長二十メルトを超え、太さは一メルトから三メルトまで様々ある。どれも巨体なのは間違いない。

 攻撃は名の通り毒を吐く。他に麻痺、酸など水系のモンスターが使う状態異常攻撃をランダムで仕掛けてくる場合もあると聞く。

 階層の面積は三十五階層と同じ。泥濘みきった地面に天上は若干低く、鍾乳洞となっている。天井からの落下物で冒険者が死んだ例もいくつかあった。

 障壁に乗って攻撃するにも、高さが不安だ。

 毒蛇(ウェネーヌム・オピス)は倒されると三日の間隔を開け、再び現れる。目撃証言から、まるで転移でもしたかのようだったとあった。迷宮に生息しているモンスターではなく、直接生み出されるのだと証明されている。多くの冒険者が三十六階層を超えられずに諦めるか、命を落とす難所の一つだ。

「<止まれ(ストップ)>」

 水中を優雅に泳いでいたモンスターが、まるで切り取ったかのように止まった。尾びれも全て停止し、移動させた障壁ですくい取る。新しく魔力魚(テレティ・マチリ)と名付けられた、食べると魔力が一定期間、自動回復するというモンスターだ。

「<止まれ(ストップ)>」

 右から飛んだ飛沫が空中で止まる。アルブムが尻尾で払えば水の粒はそのまま水面に落ちた。時が止められた水は、まるで石のように他の水と混じらない。

 使い物になるレベルまで制御できた。これなら三十六階層で噴射攻撃も役に立ちそうだ。それに<障壁(ウォール)>より魔力消費が少ない。

 障壁の方も魚を捕る傍ら、いろいろ動かしたおかげで更に精度が増している。

「ええと、治癒魚(ヒール・マチリ)魔力魚(テレティ・マチリ)俊敏魚(ラピド・マチリ)体力魚(フォジ・マチリ)がそれぞれ三十匹ずつ……あと十二匹体力魚(フォジ・マチリ)捕らないと……」

 まだ四匹のモンスターを食べたときの効力について公開されていないが、安全性と効能調査が済めば直ぐにでも情報公開が行われる。今日は調査用にギルドから指名依頼で魚を捕っている。公開時は捕り方も一緒に出されるので、ミルは情報料として金貨六十枚をもらった。

(この階層にいるモンスターは迷宮から生まれているのかしら)

 そうでなければ、価格は酷い事になるだろう。ミルが気付いたのは魔力魚(テレティ・マチリ)が一瞬で現れた場面だけだ。これもギルドに報告しなければならない。

「うっ。生臭い」

 依頼を終わらせたら、宿に帰ってお風呂に入りたい。

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