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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと三十六階層の壁
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第三話

 一時はどうなるかと思ったが、支払いを終えて無事に装備を手に入れた。

 今日からはまた三十階層下に潜る。

 改造されたブーツの底は土踏まずに当たる部分にカバーが取り付けられ、足の裏全体で体重をかけられるようになった。踵に体重が集中しなくなったので、沈まなくなった。溝も付いているので滑りにくい。

 ボロボロの装備も補修され、綺麗になった。武器にしか出来ないと思っていた酸に対するコーティングも追加されている。

 アルブムには飛沫を弾く特製のアンクレットを作ってもらい、飛んでくる酸の一部は弾けるようになった。これでポーションの消費は減るだろう。それが誤差のような本数でも、積もれば山となる。

 シャリオスの体調は良くなっているようだった。たまにラーソン邸に食事を持っていくのだが、そのときに門番に教えてもらっている。

「今日は三十一階層にある金剛石を取ってくる事になっています」

「キュ」

 ツルハシは持ったし、採集ポイントも頭に入っている。

 水の匂いが濃くなった薄暗い道を進んでいく。泥に足を取られることもなく、アルブムもいつもより動けている。

 慎重に進むと、一面青いクリスタルに包まれた場所へ出る。

「ありました、青い姫君ですよ! アルブム、私は採集するので、モンスターが出たらお願いします」

 よしこーいと尻尾を振ったアルブムに任せ、ミルはツルハシを振り上げた。袋一杯に詰め込んでマジックバッグに入れる。

 今回の採集依頼は、スプラに頼まれた物だ。また納品日が近くなって困っているのだと思う。冒険者が受けず、残ってしまった依頼はギルドの職員が代わりに作業することもある。人数が足りなければ領内の兵士が受け持つ場合もあり、依頼が残るのは好まれない。兵士の中には元々冒険者だった者がいて、仕事が出れば彼らが受け持つことが多いが、特に三十階層下からは到達できる者がぐっと減る。

「よし、それじゃ三十二階層まで行って、調子を見たら帰りましょうか」

 そして半日をかけて探索した結果、以前よりずっと戦いやすくなり、三十三階層への門まで行けた。

 目標まで残り四階層となるが、濁流の都からが本番だ。

 ギルドへ戻ると、買い取りカウンターへ行き今日の納品をする。するとスプラに呼ばれた。

「本日の納品が完了したと報告をいただきました。ありがとうございます。ギルドカードを更新させていただきます」

「またあったら言って下さいね」

「ええ、もちろんです。それと本日分の手続きで、サンレガシ様のギルドランクを一つあげることとなりました。おめでとうございます」

 何を言われたかわからずきょとんとしていると、スプラは口元に手を当てて、たおやかに微笑む。

「ランクをEから、(ニオブ)への変更となります」

「え、ええっ! でも私、まだ二年も経っていないのに!?」

「それだけ目覚ましいご活躍をとげたのですから」

 ギルドのランクは八種類。

 初心者講習前の、言わば仮登録の者をF。初心者講習を終えた新米がE。それからは二年の経験を積むか、誰かの紹介が無ければ(ニオブ)には上がらない。ギルドは冒険者だけではなく、領内の全ての業種に関わってくるからだ。八百屋の店員もランクを持っている。

「今回は我々ギルドからの推薦です。(ニオブ)は一番人数が多いランクであり、(チャ―ル)へ上がるには、更に経験を積んでいただくことになります。サンレガシ様なら大丈夫だろうという事になりました。……私としては、もっと安全な場所で頑張っていただきたいですが、そうもいかないようですし」

「スプラさん」

 困った子供を見るような目をして、彼女は「いいのですよ」と続ける。

「ギルドはあらゆる人達が集まります。ここ迷宮ギルドは人の出入りが激しく、私の担当者も、何度も帰ってこない事がありました。だからサンレガシ様、これからも能力を伸ばし、生き残ってください」

「キュン!」

「は、はい。ありがとうございます!」

 才能がないと知り、家を出て奮起してから、始めてミルは公的な場で認められた。込み上がるものを飲むように差し出された手を握ると、スプラは優しく微笑んだ。


「アルブム、やりましたよ! 今日のご飯は豪華に――豪華だと良いですね!」

「キュキューン! キュァ。キュァ」

 豪華にしようにも量と選ぶ余地のないメニュー構成なのを思い出す。ドーマの店は毎食違う物が出るが、一つしか種類が無い。毎食日替わり定食のようなものだ。でも、とても美味しい。

 意気揚々と宿へ入ると、ドーマに金をせびられて夕食の注文をし、ミルは――

「だから、あんたさえ届け出を戻せば全部丸く納まるのよ! 頭になに入ってるわけ!?」

 いつかの日。

 ミルの頬をしっぽで叩いた猫人族の冒険者に、再び絡まれた。



 何が起こったのかわからない。

 通報した方が良いのではと思うが、猫人族の冒険者に肩を掴まれ動けない。その間にも彼女はわけのわからないことをまくし立て続ける。早口すぎて聞き逃しそうだ。

「ちょっと、なんで黙ってるのよ。アンタさえ黙ってれば丸く収まるのよ。ねえ、悪かったと思ってるわ。謝罪するし、お金だって払うから誰にも言わないで!」

「おい」

「うるさいわね、今――」

 はなしてるのよ、と言いかけた彼女はドーマに気付く。

 蒸気の上がる大皿には本日のメインディッシュ、魚のオイル漬けと塩パン。デザートに小ぶりなドーナツが三つ。おいしそうすぎる。

 しかし彼女は視線をゆっくりと腹から顔面に昇らせて青ざめた。耳がぷるぷる震え、尻尾の毛が逆立ち、瞳孔は開いていた。息すら止まっているのではと思うくらいピクリとも動かない。

 そんな相手をジロリと睨み「俺の店で絡むテメェは何者だ」と圧をかけた。

「ヒィイイ!?」

「あ、いた。何してるんだよパルル! おーい!」

 そのとき、店内の声に気付いた少年が入り口を覗き、手を振った。パルルと呼ばれた猫人族の冒険者は飛び上がる。

「シェッド!? ちょ、今は用事がっ、じゃなくて立て込んでるから帰って!」

「え? でもお前に用事あったし。それに凄え良い匂い。おっちゃん! それいくらなの?」

「ちょっ!? 相手は豪腕のドーマだからっ」

「え、マジで!?」

「テメェ、客なら銅貨五枚だしな」

「やった、じゃあ三人前で! パルルも食うだろ?」

「ちょ、ちょっと!」

 なにやら聞き慣れない二つ名を聞いた。ミルはドーマを見上げるが、彼は鼻を鳴らすとミルの襟首を掴んで椅子に座らせる。目の前に食事を置き、足下に纏わり付いていたアルブムのために、床にも食事を置いた。

 その間にも騒がしくドーマの逸話を話すシェッドをあしらい、奥に戻っていく。

「凄え凄え! 俺、五十七階層に行って生き残った冒険者、初めて見た! なんで引退しちゃったんだろうな。――そう言えば久しぶり!」

 突然話を振られ、ミルはびくりとする。口に入れていた塩パンを噛まずに丸呑みしてしまったのは、パルルの眼光が鋭くなったせいだ。

「お、お久しぶりです……。あれから仕送りは無事に届いていますか?」

「うん。金はかかるけど紙を同封して返事を書いてもらうことにしたんだ。全部だまし取られるより、ちゃんと届くほうが良いしさ」

 蚊の鳴くような声で「そうですか」と返すが、視線で射殺されてしまいそうだ。

「パルル、こっちは前話しただろ? 仕送りの時に助けてくれたミル。で、こっちが俺のパーティメンバーで斥候やってるパルル。二人とも知り合いだったのか?」

「そうよ! 奇遇なことにね」

「……」

 二人は同じパーティで、リーダーをシェッドがやっているという。他にも二人メンバーがいて、同い年位の女の子だという。

 内心、原因はお前かと叫んだミルだったが、口の端をヒクつかせて耐える。やっとパルルの話がわかった。

 シェッドを助けて兵士に報告するさい、領内は市で人がごった返していた。人にぶつかってばかりいたミルの手をシェッドが引っ張ってくれたのだが、それを見て勘違いしたのだろう。後日、腹いせで悪い噂を流したのだ。

 それが続いていることからも、パルルは嫉妬深く陰湿な性格をしている。二人を並べると、特に顕著だ。

 ミルにシェッドが話しかけるときは睨み、シェッドが見ているときは可愛く笑っている。

 恐ろしい二面性。斥候役は伊達じゃないと言うことか。

 しかし被害をかぶったのは事実。どうして謝りに来たのかわからないが、聞かねばなるまい。

 おほん、と咳払いをして注意を引きつけたミルはパルルに問いかけた。

「先ほどのお話ですが、事は既に領地の兵士が知るところになっています。私はあなたの流した噂のせいで、まともにパーティが組めなくなりました」

「ちょっと、今する話じゃないでしょう!」

「突然尋ねてきて、自分の都合が良いように進めろと押しつけてきた方の事など、私は知りません」

「……何の話だ?」

「この方に一度絡まれて、大変迷惑を被っております」

 ドーナツをかじりながら言う。迷宮探索よりずっと面倒な来訪者は、片方は俯きがちにミルを睨み、もう一人は二人の顔を見比べる。

 いやだな、と思いながらもシェッドに説明すると、みるみる顔色が変わる。話が終わるや否や、テーブルを叩いて怒鳴った。

「なんでそんなことをしたんだ!? ああクソっ! 下手すれば領地を追い出されるんだぞっ」

「だ、だって」

「だってじゃない! 子供かっ!」

 嫉妬に狂った女であるという言葉は飲み込んだ。シェッドの怒りにパルルがどんどんしぼんでいく。

 まあまあと取りなす気にもなれず、ペロリと夕食を平らげた頃には、すっかり落ち込んだパルルと頭を下げたシェッドがいた。

 所属がわかった事でズリエルに連絡しなければならないし、ミルは魔法契約で契約書を書いて貰うことにした。同じ事を繰り返されたら困る。

 魔法契約書は用紙に契約を書いて専用の魔方陣を描く。すると契約は魔法的な罰と、どの契約書より重要な重い約束となるのだ。破ったら社会的なペナルティはもちろん、契約書によって罰が下される。

 翌朝、早くから門へ行きズリエルに事情を話した。

 すっかり関所の業務に戻っていた彼だが、話を聞くと「担当したので」と詰め所に行って調書を取ってくれた。

 魔法契約書を既に交わし、二度としないと誓ったことを言うと、ズリエルは難しい顔をする。

「領内の兵士も動いた件です。サンレガシ様、罰を軽くするのは他に示しが付きません。その冒険者には罰金はもちろん、ランク降格、パーティにはペナルティを課します」

「領地からの追放は無しですか?」

「彼らの働き次第でしょう」

 結果、無料奉仕一年という刑罰が追加された。

 パーティの知るところとなり、パルルは肩身の狭い思いをしているらしい。

 朝のゴミ拾いをしているメンバーと鉢合わせたとき「ごめんね、猫人族って気まぐれな割に嫉妬深くて」など「ご飯は猫まんまオンリーにしたから。許してやって」と頭を下げられた。猫まんまは三食らしい。想像して、ミルはあまりの残酷な行為に冷や汗を流す。

 そして問題の評判だが、回復は時間がかかるという事になった。こればかりは時間が解決するのを待つしかないという。

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