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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと三十六階層の壁
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第二話

 助言通りに手紙をしたためたミルは、写本が終わった三冊と共にヘテムルに郵便を送る準備をした。

(返事がいつかわからないし、ドーマさんに言付けておこう)

 そう考えながら降りると騒がしい。

 何事かと顔を出すと、ちょうどドーマが腕組みを解いて振り返ったところだった。入り口からさっと出ていく影が。

「おはようございます。何かありましたか?」

「冷やかしだな。最近よく来るが速攻で逃げる。……それより金をだしな」

「はひっ」

 凄まれて小銭を出す。

 今日は装備屋に行ってブーツのメンテナンスと相談をするので、久しぶりにゆっくり朝食をとる。

 本日のメニューはウィンナーロールと丸ごと野菜のローストだ。皮をむいて口に入れると、野菜の味とバターが絡まって美味しい。ウィンナーロールも焼きたてで、肉を噛むごとにポキリといい音がする。これは「美味しく食べてね」とウィンナーが言っているに違いない。

 アルブムは無言で咀嚼していた。野菜は皮ごと食べて首をかしげつつも、尻尾を高速で揺らしている。

 ペロリと食べた一人と一匹は、食後のミルクをグビリと飲んだ。

「それでは行ってきます!」

「キュキュ」

 首を伸ばしてシュッと左右を見回したミルは、ギルドへ走る。速達にするか聞かれたので、荷物の輸送を依頼し、手続きを終えて装備屋へ爪先を向けた。



「はぁん? 沼地でも歩けるようにたぁね。小娘がいっぱしの冒険者になるたぁな」

 などと褒めているか、貶しているかわからない言葉を吐いて、店主は「五日後に来い」とミル達を追い払った。料金は前払いで金貨十枚。引き渡し後は、更にかかった値段を払えと言われた。

「とんでもない額を言われて、借金になったらどうしましょうか……」

「キュキューン!」

 あれ食べたい、と屋台の方を向いたアルブム。肩に乗っているので、尻尾が首に巻き付いてきて暖かい。

 全然話を聞いてない相棒に嘆息しつつ、串カツを買う。

 端に寄って囓り始めると、口の中に幸せの味が広がった。ユグド領は食事が美味しい。

「美味しい物を食べるためにも、明日からは上層の依頼をたくさん取って、お金を稼がないと」

「キュキュ? キュッキュー」

「確かに、下の方が金額が良いですよね。でも、私達は余裕を持って探索できていないので、慣らしもしないと。それに、これから行くのは濁流の都ですし……」

 今の階層主(アートレータ)が何かわからないが、灰色の王(バニッシャー)ほど大変じゃないと良いなと思う。聞いた話だと、やはり魚類系のモンスターらしいのだが。

 八百屋の呼び込みに呼び止められたり、アルブムを触りたがる子供達に囲まれたり、かつあげに遭いながらも無事に宿へ帰ると、ヘテムルから返事が来ていた。

「え、もう来たのですか!?」

「さっき置いてったぞ」

 送ってから半日も経っていない。どういうことだろうか。

 ドーマが持つと小さく見えるが、小包は意外と大きい。食堂のテーブルを借りて、中身を確かめることにした。

「速達って言うか即日配送? もしかして荷物の輸送も魔法でやってるのかしら」

 謎は深まるばかりだ。

 小包には本が二冊と、手紙が差し込まれていた。

 便箋を開けて中を確かめると、ヘテムルから送られて来たのは時空魔法の魔法書だった。最近増刷したばかりで運が良いと書いてある。それから、迷宮についてはわからないが、魔法についても書かれていた。

 魔法開発は発想が命で、構成が同じでも扱い方一つで別物になる。魔法習得は一つの始まりであり、本番はそれからなのだそうだ。

 謎めいた言葉に小首をかしげながら、文末を見たミルは目をむく。

「書籍代、金貨五十枚と銀貨六十枚!?」

 驚いている横で、ずっと様子を見ていたドーマが腕組みを解き、大きな手の平を上に向け差し出してくる。

 なんだろうと見上げた途端、

「金をだしな」

「着払いだったんですね……」

 にやっと笑う強面ドーマに代金を渡すと、奥へ帰って行った。まるで巣穴に戻るクマーのように。

 返品しようにも、既に代金はヘテムルの懐の中だろう。お爺ちゃん先生はただでは教えてくれないのだと、ミルは学習した。

 ちなみに無属性魔法書が銀貨六十枚。時空魔法書が金貨五十枚だった。


 お金が無くなってしまったので、明日からは馬車馬のように働くことになるだろう。ちょっと憂鬱になったミルだが、時間は有限である。

 ということで無属性魔法を開いてみると、実家で学習した初級魔法が載っている。違うのは、魔方陣が書かれている事だった。

 馴れない魔法使いが呪文を唱えると、足下に魔方陣が広がる。ヘテムルとの初心者講習のさい、光魔法を使ったときに足下に現れたのだが、それと同じようになる。馴れていくうちに魔方陣は消え、一瞬でその効果が出る。ロスタイムが無くなるのだ。

 その魔法のロスタイムが無くなる過程が丁寧に書かれている。図解があるのでわかりやすかった。

「初級魔法の本でも、魔法の構成本なのかしら?」

「キュキュ?」

 のぞき込んできたアルブムだが、全然わからないので、さっさと部屋の隅に行ってしまった。そこには小箱があり、アルブムが気に入った拾い物や玩具などが入っている。

「魔法の発動ってこういう流れだったんですね。改めて読むと勉強になります」

 しかしなぜこんな本を、と思いつつ進めていく。

 薄い本だったのですぐに読み終わり、ミルは問題のお高い時空魔法書に取りかかった。

 時間という概念は解明されていない。

 かつてもてはやされた<空間収納(バッグ)>と言う時空魔法も、マジックバッグの出現で廃れていった。

「あれ? でもこれは……マジックバッグは<空間収納(バッグ)>の応用で作られた魔導具だったんですか! 錬金術の範囲かと思ってました。へー」

「ギュー」

 発見が多すぎてのめり込んでしまう。

 ときどき遊びに誘うが全然反応しないので、アルブムは不貞寝を始めてしまった。九本の尻尾から順番に毛繕いするが、頭の後ろができなくて、ベッドの足に擦り付けてどうにかしようとしている。

(生活に応用されている魔法は多いと聞いていたけれど、時空魔法も転用されていたなんて)

 ということは、もしかしたら<障壁(ウォール)>のように変則的な使い方ができるかもしれない。

「まずは<止まれ(ストップ)>で試してみようかしら。あと、もうポーションの残りが少ないから、買いに行かないと」

 休日中にやることは多そうだ。


 翌朝、朝早くからギルドに行ったミルは、購買に青ポーションの残りが少ない事を告げられる。納品が遅れているらしく、店舗に行った方が速いと言われ道を教えてもらった。

「老練な店構えだわ……。ここが魔法薬店」

 木造の店舗は、傾いた看板そのままに、今にも朽ちてしまいそうだ。ただ、手入れはされているのでかび臭さはない。

 軋む扉を押し上げ、悲鳴を上げる蝶番に気をつけながら入店すると、薬品独特の香りが充満している。

「どなたかいらっしゃいませんか?」

「キュキュキュー」

 両側には小さな引き出しがびっしり並ぶ棚。天上にはランプが一つ。薄暗い店内はひんやりとしている。

 奥にあるカウンターに人の姿は無かったが、小さな声が聞こえてくる。

「ごめんください、青ポーションはありますか?」

「ひやぁ」

 のぞき込むと、奥のスペースにいた女性が変な声を上げる。緩慢な動作で顔を向けると、右側の目に黒い眼帯をしている。左目は緑で、長い白髪が頬に絡まってふわふわとしていた。よく見ると、髪から出ている耳がちょっぴり尖っているので、人族ではなさそうだ。真っ黒なローブを着ているが、ぶかぶかで埋まっているように見える。

 そんな女性が口を半開きにしながら三回瞬いた。

 ゆっくり女性の口が閉じ、赤い舌が見えなくなるまで返事を待っていたミルは、しかしそれでも女性が話さないのでもう一度声をかけた。

「あの」

「ひやぁ」

「……あの?」

「ひゃぁー」

「ええと、青ポーションはありますか?」

「ひ……まぁ、お客様、だったのねぇ」

 強盗かと思ったわ、と言う割におっとりとしていたような。

 困惑していると、彼女はゆっくりと言う。

「わたくし、魔法薬店の店主をしております……ストラーナと申しますの。お客様、青ポーションは、おいくつ必要です?」

「三十本ほどいただければと。あと、通常より濃い物があれば一瓶ぶんほしいのですが」

「まぁ……わたくしが一生懸命、つくったものを、そんなに持って行かれるの?」

「えっ」

 そんなそんな、とイヤイヤし出してしまったストラーナは、ローブをごそごそと動かした。よく見ると青い液体がたっぷり入った大瓶を抱えている。どう見ても青ポーションだ。

 魔法薬店の店主がポーションを売りたくないとは。

 困っていたミルを救ったのは、奥から出てきた少年だった。来るなり人差し指を突きつけて、大きな声を出す。

「あー! お師匠様がポーション売り渋ってる。いけないんだー!」

「お師匠様にむかって、何て言い草でしょう……ユックは、あっちでお絵かきでも、してきなさい」

「そんな歳じゃないもん」

 ぷっくり頬を膨らませた少年の頭には、大きな虎耳が乗っている。金色の髪に、茶色の目。ストラーナと同じ黒ローブ姿だ。ミルの腰辺りまでしか身長がなく、見るからに子供だった。

 人差し指をさすのを止めたユックは、素早い動きでストラーナの抱えている瓶をかすめ取った。小さな少年がやったとは思えない素早さに驚いていると、さっと差し出される。

「はいこれ。料金表はこっち。速くしないとお師匠様が追いついちゃうよ」

「待って、待ってぇ……」

 のそのそと這い寄ってくるストラーナ。

 どうしたら良いのかわからなくなったミルだが、とりあえず必要分を移し替え、さっとお金を払う。

「あぁ……こんなに。少なく、なって」

 中身の減った大瓶を抱えたストラーナに、恨みがましそうに睨まれた。


 恨めし顔のストラーナから逃れるように魔法薬店から出た後、ギルドの前で仁王立ちする。よくわからない事が起こったが、問題はこれからだ。

「行きますよアルブム! 私達にはお金がありませんので! 晩ご飯も怪しいですし」

「ギュ!?」

 空になった財布を振ってマジックバッグに投げ込んだ。

 掲示板に残っている採集物と、スプラに聞いて他に出来そうな仕事がないか出して貰う。いくつか依頼書を引っ掴んで迷宮へ行く。夕食がかかっているアルブムはいつも以上によく働き、ミルも常時障壁を展開しながらサクッとこなす。

 そのお金で夕食を食べて翌朝、再び迷宮でお金を稼いで装備屋に払う代金を稼ぐ頃には、ミルの所持金は半分にまで戻っていた。

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