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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと赤服の生徒
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第八話

 一階に降りると、朝食は恐ろしいことにカレーうどんだった。

 ツルツルとした喉ごしの麺に、最後まで(すす)ってしまうこと間違いなしのカレースープ。大喜びで二人前注文するアルブムに乗っかり、ミルも自分のぶんと、少し考えて十五人前頼んだ。

 二度見してきたドーマは、シャリオスへのお見舞いだと言うと納得して奥へ戻っていく。ドーマの中でもよく食う客として認知されているので、その後はスムーズだった。うどんとカレースープを分けた鍋を出してくれて、入れ物は食べたら返しに来れば良いと言う。なんて親切なのだろう。確かにどんぶりを十五皿もマジックバッグに入れるのは大変だ。

 ミルは自分の腰を超える高さの鍋を見て、いや、ちょっとこれは大変さが変わってないんじゃと思ったが、黙ってマジックバッグに入れた。とても重かった。

 さあ行くぞ、と尻尾を振るアルブムについて行こうとしたとき、珍しく客がやってくる。すれ違おうとしたミルはあれ、と足を止めた。

 ラーソン邸の門番だった。彼もミルに気付いて足を止める。

「ミル・サンレガシ様。お手紙をあずかっております」

「私にですか? ……シャリオスさんだわ」

「お返事もほしいと仰っていました」

 食事の調達かなと思いつつ封筒を開くと、便箋が一枚入っていた。読んでいくうちにミルの表情は曇り、足下でお座りをしているアルブムが、もう一杯食べたいなとソワソワしだした。カレーの香りはお腹をすかせるのである。

「……本当にシャリオスさんから渡されたのですか?」

「そのように(うかが)いました」

 頷いた門番に返事は待ってほしいと伝え、ミルは部屋へ引き返す。

 不思議そうに見上げてくるアルブムを膝に乗せ、ベッドに座る。

 手紙には、こう書かれていた。


【ミルちゃん、朝早くからごめんね。

 こんな形で話すのは不誠実だけど、部屋から出られないので手紙を頼みました。

 三十階層まで行けたら僕とパーティを組んでくれる話、あれを無かった事にしてほしい。

 今回、僕は四十階層を抜けて四十二階層まで足を進めたのだけれど、ミルちゃん達を守りながら行ける場所じゃないとわかったんだ。君達に原因があるわけじゃなく、僕の方に問題があったんだよ。

 四十階層からは砂漠が続いているのだけれど、地上の日光と変わらないんだ。僕は歩くのもやっとになって、モンスターにやられてしまった。新しい装備も試したけど駄目だったし、これ以上改良できないと言われてしまったんだ。

 二人がいれば一緒に進めるんじゃと思ったけど、足手まといにしかならないだろう。

 君達の成功と夢の実現を祈っている。

 シャリオス・アウリールより親愛を込めて】


「アルブム、シャリオスさんとパーティを組むのは、無しになりました」

「ギュ!?」

 ミルは手紙をもう一度読み、そして驚くアルブムを抱き上げながらギルドへ向かった。

 真っ直ぐスプラの元へ向かい、ミルは五十七階層までの地図を買い占めた。最初は手も出なかった値段なのに、階層を進めるにつれ、多くの依頼をこなせるようになり、ミルはいっぱしの冒険者とも言える稼ぎを得ることが出来ている。

「五十七階層までの地図はこちらとなりますが……いかがされましたか?」

「四十階層からの詳細な情報を知りたいのですが、閲覧できる場所はありますか?」

「それならばギルドの資料室にございます。申請しますので、カードをどうぞ。サンレガシ様、お顔が強ばっていらっしゃいますが、レベルに見合わない階層の攻略は危険です」

 それでも知らなければならないことだ。

「ありがとうございます。今すぐ行くつもりはありません。カードの返却はどうすれば良いでしょうか?」

「資料室に受付がありますので、そこでお返しいただければ……」

 不安そうなスプラに礼を言って、ミルは資料室へ向かう。人気は少なく、いる冒険者もまばらだった。入り口で簡単な署名を済ませたミルは四十階層からの資料を探す。

 小さな図書館のようになっている資料室にはテーブルがあり、書棚から出した本を持って椅子に座る。

(四十階層からは砂漠が続いているわ。一昼夜日が沈まない)

 気温は四十度を超え、出てくる魔物の攻撃は炎系統が多い。

 吸血鬼にとって墓場とも言える環境だ。

(シャリオスさんは、行き詰まってしまったのだわ)

 迷宮は風は吹き、川も流れれば植物も芽吹く。モンスター達は階層の中で暮らし、繁殖し、またはどこからか突然現れる。空が存在する階層もあり、シャリオスが日光と同じだと言うなら、そうなのだろう。シャリオスは夜が来ない不利な場所で、何日も戦い続けることになった。

 ミルとアルブムが加わればどうだ。アルブムはまだ良いかもしれないが、ミルは付与魔法使いだ。闘いの中心は一人と一匹となる。予定されていたメンバーでパーティを組むならシャリオスの力が必要だ。

 ミルが出来ることは、前衛の盾役の変わりに障壁を貼ること、ポーションを投げること。攻撃力が足りなくなれば、次々とやってくるモンスターに対処しきれなくなる。

 文字を追いながら嘆息を噛み殺す。

 もしもミルが、付与魔法使いではなく剣士であれば、もしくは魔法使いであれば。

(シャリオスさんは悩まなかったはずだわ)

 下層に行くほどモンスターは狡猾になっていく。強く、思いも寄らない魔法を持っていたりもする。安全を確保できない場所で、他に埋め合わせることも出来ないなら、メンバーを変えるか諦めるか――力を手に入れるしかない。

 三十レベルから上は上がりにくくなってくる。階層を更新してもレベルアップし辛く、ミルも体感し始めている。アルブムはもうずいぶんレベルが上がっていない。

 シャリオスに次の一手はない。

 少なくとも彼は出来ることを全て試したのだ。それから答えを出した。

 他のパーティメンバーも望めないのだろう。

「アルブム、私達は諦めなければならないようです」

 そんなぁと耳をぺたりと伏せてしまったアルブムは、前足でミルの腕を押した。諦めきれないのだろう。ミルもそうだ。

「シャリオスさんが、私達と一緒にいても大丈夫だと思ってくれないと駄目なんです。だからアルブム、私と一緒に頑張ってくれますか? 今まで以上に危険で、誰かとパーティを組めなくなります。でも私は、シャリオスさんを放っておけません」

「キューン!」

「ありがとう、アルブム!」

 一人と一匹は頬を寄せて微笑みあった。



 迷宮を攻略しなくても、世界はきっと平和だろう。

 毎日が何事もなく進んでいき、日が沈んで朝がやってくる。

「僕も、ここを引き払う準備を始めないとなのかな」

 手紙を渡してから数日が経っていた。

 領主には現状を報告した。出て行けと言われればそうするつもりだったが、まずは体を万全にしてからだと言われてしまった。

 立ち上がれるようになったシャリオスは、まだ痛む体を引きずって、甲越(かぶとご)しに窓の風景を見る。彼らと同じ景色を見てみたかったが、どうやら夢で終わりそうだ。

 行き交う人々の波に冒険者達の姿があった。今日の探索を終えたのだ。

 苦く思いながら目を伏せたとき、知り合いを見つけた。

「ミルちゃんとアルブムだ」

 ここ数日見なかった二人は、託した手紙の返事をくれなかった。使用人に聞いても返事は待っているように言われたという。代わりに持ってきたカレーうどんは美味しかった。

 返事を持ってきたのかなと考えていると、二人は門前で止まった。

「どうしたんだろう? 中に入らないのかな」

 小首をかしげる。門番に止められるようにも見えた。

 そして遠目にも二人は汚れて、装備は草臥(くたび)れているようだった。


「お嬢様、申し訳ありませんが面会謝絶中となります」

「体調が思わしくないのでしょうか?」

「ようやく起床許可が医師から出たところでして。吸血鬼の体調は我々と違うようなので、神経を使っているようです。お嬢様方が帰宅後、高熱を出されたのが原因かと」

「そうだったのですか」

 しかしカレーうどんを食べたら治ったのだが、門番は言わないでおいた。領主家の食事が合わないのは使用人全員の共通認識だが、わざわざ人通りの多い場所で話す事ではない。

 ミルはそんな門番の心中も知らず顔を曇らせた。

 部屋の前まで行っても良いか聞いても門番は断った。うっかりシャリオスが部屋に招くのではと考えたのだが、ミルには通じていない。

「では、ここから話すのは大丈夫ですか?」

「ええと、まあ、それならば……」

「では、失礼します。――<音声増加(コールアップ)>」

 聞こえないのではと思った門番の予想を裏切り、遠くまで音を響かせられるように、こっそり魔法を使う。

 アルブムが「キュンキュン」とシャリオスを呼ぶと、声が響いて、なんだなんだと通行人が振り返った。

「シャリオスさん、ご無沙汰しています」

 ミルの声はラーソン邸の部屋の中まで響いた。

「お手紙ありがとうございました! それから返事ですが、私は構いません。あの話は、無かったことにしてください」

「キュキューン」

 きりりと表情を引き締めたミルは、続けた。

「シャリオスさん、私は最初パーティのお話をいただいたとき、正直に申し上げますと、気後れしていました。私は低レベル冒険者で、しかも付与魔法使いです。あなたは一級冒険者ですから、足手まといになるし、ご迷惑をおかけするのは心苦しかった。だから一緒にご飯を食べる仲間で良いのではと思っていました」

 関係を崩すのも怖かったのだ。せっかく他領にやってきたが、親しい人は出来ず心細かったのもある。失望されて離れて行くのを見ていられるほどミルにも余裕がなかった。

 シャリオスはそれを感じ取っていたに違いない。だからベルカに言われるまで口に出さず、窺っていたのだろう。

「三十階層にソロで行けたらパーティを組む約束も、重く感じていました。でもシャリオスさんが私と似たことを考えていたとわかって、自分の不甲斐なさを恥じました」

 本当に申し訳ないと思う。たくさん気をつかわせたが、シャリオスも一人じゃ限界を感じていたのに、自分のことしか考えていなかった。

「今日、私はソロで三十階層を突破しました! これから三十七階層へ行き、一級冒険者になります。そうしたらシャリオスさん! 私とパーティを組んでください!」

 今度はこちらから申し込むのだ、とミルは背筋を伸ばす。

 アルブムが尻尾を振った。

「キュキュキュ!」

「そうですね、アルブムも一緒ですよ。――というわけなので、私は迷宮に潜ります。必ず一級冒険者になりますので、お返事はそのときにいただければと思います。長くは待たせません。四十階層からの探索方法も、そのとき話しましょう! だから私達が追いつくまで休んでいてください。お疲れのようですので、これで失礼します!」

 では、と魔法を切ったミルは通行人にはやし立てられて頬を染めつつ、せかせかと帰って行く。


 ぽけ、と聞いていたシャリオスの口に、みるみる笑みが広がっていく。

「うん。待っているね」

 呟いた目元は、穏やかに緩んでいた。

二章(完)

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