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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと赤服の生徒
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第七話

 ベルカは今まで使わなかった魔法を解禁した。封じていたのは剣術を伸ばしたかったことと、あまり得意ではなかったからだと言う。

 シャリオスの指導とやけくそのおかげで、ベルカは最終的に三十一階層に到達した。これで学年上位は確実だ。あとは盗賊騎士様の評価しだいだろう。

 エトロット達の班は地上に出て早々、再教育施設に送られたという。毎年五パーティは送り込まれるのだが、経歴に傷が付く。

 侯爵は顔を真っ赤にして恥ずかしがるだろうな、と言うのが盗賊騎士様の予想だ。

 彼らは余計な事を教えて、帰還していった。

 胃が痛そうな顔をしたベルカを元気にしようと、シャリオスは魔導具店に連れて行った。自分が行きたかっただけだとミルは思う。帰ってきたベルカが、げっそりしながら「魔導具店には行きたくない」と言っていたので、ミルはそっと小さなアルブムを差し出し、胸の毛を触らせてあげた。


「この1ヶ月、本当に世話になった。あなた方と会えた幸運に感謝したい」

「僕も良い生徒に恵まれて楽しかったよ。帰ってからも元気でね」

「ベルカさん、辛いことがあったらいつでも転職して良いですからね。空きはありますからね!」

「だとしても冒険者にはならないぞ?」

「ははっ。そうですよね……」

「キュン」

 困り顔のベルカは、荷物を背負った。

「では、もう行かなければ」

 悲しい顔をする一人と一匹は何度も「待ってますからー!」「キューン!」とベルカが学校指定の馬車に乗り込み、見えなくなるまで言い続けた。シャリオスは困った顔で微笑むだけだ。全身鎧なので周囲にはわからないが。

 残された二人もまた別れ、それぞれの日常が戻ってきた。

 シャリオスはミルを待ちながら四十階層に挑む。

 ミルは二十三階層からの再挑戦だ。



 障壁は変化を自由に出来るまで精度が上がり、投げるポーションも完成した。投げる相手がアルブムだけという残念な状況だが。

「三十階層に行って良いのでしょうか。行けることに驚きだけれど」

 他の冒険者が聞けば贅沢な悩みだというだろう。ミルのレベルは三十四になっていた。少し心許無いが、アルブムが最近やる気を出しているので戦闘面の不安はない。

「キュキュキュ」

「あ、すみません。そうですよね。迷宮内で気を抜いてはいけませんでした!」

「ギュ。グルギュギュー」

「ベルカさんですか? 彼女――じゃなくて、彼は故郷に戻りました。お手紙をくれると言っていましたので、来たら読んであげますね」

 一緒に見送ったけれど、アルブムにはわからなかったかな、と思っていたミルは違う違うと訴えられ首をかしげた。

「キュルグ。キューキュグルキューキュキュ」

「え? シャリオスさん? シャリオスさんは四十階層に挑んでますよ。私達は三十階層に行ったら一緒にパーティを組みます。アルブムはシャリオスさんと一緒だと嬉しいですか?」

「キュキュー!」

 そうだよ、なら行こうよ! とミルを咥えたアルブムはのしのしと二十四階層への門をくぐった。アルブムは優しく撫でてくれるシャリオスが大好きなのだ。

 一人と一匹は順調に階層を進めていく。二十六階層に行く頃には、もう夕方だった。

(アルブムと二人だと、どうしても進みが遅くなる。泊まりがけの準備をしなくちゃ)

 必要なものはわかっているが、迷宮で一晩過ごすというのが不安で仕方ない。シャリオスと一緒にいるときも泊まったことはなかった。

「ギルドで聞いてみましょうか」

 探索を終え、慎重に上層へ戻りギルドへ付く頃には、とっぷりと日が暮れていた。


「迷宮で泊まるときの準備でしたら、モンスターよけの道具が売っています。寝袋や簡易テントなど、階層によって使い分ける方も多いようですよ」

 スプラがそう言うので、明日は店を回る事にした。



「というわけで、お品物を出していただけないでしょうか?」

「ここが道具屋に見えるなら眼科にいきな」

「でも、ありますよね?」

「……どっから聞いてくるんだ」

 半目になった装備屋の店主は後ろの棚を漁って、小さな布袋を取り出した。くすんだ水色の袋を開けると、ぽいぽいと道具を取り出す。

「寝袋にモンスターよけの魔導具、鈴、ランプ、温度計。こんなもんだろ」

「鈴と温度計は何に使うのでしょうか」

「そりゃ寝てる間に気温が激変して死ぬかもしれねぇからな。危険になったら鳴る。まあ、ウズル迷宮にそんな場所があればの話しだが。鈴はほれ、万一モンスターよけが効かねぇ奴が出たら困るだろう? 寝る前にここを触れ。そっちの使い魔にも触らせれば無駄になるこたねぇよ」

「博識なんですね」

「けっ! 一般常識のねぇガキが。おだててもまけてやらんぞ。銀貨九十三枚」

「それは残念です。銀貨三十枚!」

「てめぇ、いきなり六十枚以上下げやがって、どういう神経してやがる!?」

「在庫処分を手伝います! あとこれ中古ですよね? 入れ物はマジックバッグに入れるので必要ないですし、今までの経験で言うと二倍価格にふっかけてきてるのかと思いまして!」

 こんなやり取りにも馴れてしまい、ミルは銀貨六十七枚で購入することになった。

 ほくほく顔のミルを嫌そうに見た後、店主はふと聞いた。

「シャリオスが四十階層に行ったのは聞いたか?」

「はい、ご本人からお聞きしましたよ。凄いですよね、ソロで突破だなんて」

「そんなこたぁどうでも良い。あいつはまだ一人で潜ってるのか」

 ドキリとしたミルはそっと視線をそらした。

 おやおやとへの字口で見下ろした店主だが、溜め息を一つつくと、珍しく真面目な表情をした。

「誘われたなら組まねぇのはなんでだ? 他の奴らと違って吸血鬼だからって話じゃねぇだろ。何が悪い」

「悪いところなんてありませんよ! ただ……その、シャリオスさんは一級冒険者ですし、どんどんパーティの人が入れ替わると聞いてしまい。……色々と、想像を」

「けっ! ビビってんじゃねぇよ。口尖らせんな。そんな年じゃねぇだろ」

「いたいっ」

 デコピンされた頬を押さえる。

 店主はイライラしている。煮え切らないミルにいらついたのかと思ったが、どうもシャリオスのことを心配しているようだ。悪いことが起きなきゃ良いがとぼやいて、ミルを追い出した。

「何かあるのでしょうか?」

「キュン?」

 わからない、とアルブムはミルの肩に乗りつつ尻尾を振った。

 シャリオスが大怪我をして帰ってきたと聞いたのは、それから二週間後。ミルが泊まり込みで二十八階層を突破した後だった。


 冒険者が怪我をして戻ってくることはよくある。それが知り合いだっただけだ。

 なのに心臓は縮み上がり、気付けばラーソン邸へ来ていた。

 ラーソン邸の前には人垣が出来ていた。

「シャリオス様のご体調はどうなの!?」

「どきなさいよアンタ!」

「痛い! 誰よ私の足踏んだのは!」

 獣人から人間まで幅広い種族とご職業のお姉様方に圧倒され、ミルは三歩後ずさった。騒がしいお姉様達は奥から出てきた警備員に追い払われた。手慣れているのは良くある事だからだろうか。街がなんとなく静かになる。

 立ちすくんでいたミルはアルブムに頬を擦りつけられ我に返った。今はお姉様方より、シャリオスの体調が心配だ。

 すす、と門番に近づくと、まだいたのかとげんなりした表情をしている。

「お忙しいところ失礼します。ミル・サンレガシと申します。シャリオスさんの怪我は大丈夫ですか?」

「ああ、お嬢様でしたか。いや、すみません、朝から来客が多く……」

「はは……大変ですね」

「シャリオス様ですが、重傷でしたが、一命はとりとめました。現在は快方に向かっております」

「そ、そうですか!」

 ほっと息を吐く。

 門番は少し考えた後、見舞いをするかどうか聞いてくる。目を丸くするミルに「ご友人だと窺っていますので」と小さく笑った。

 ありがたく申し出を受けて中に入る。庭を進み、邸の中へ入るとメイドに案内を引き継がれた。案内されて向かったのは、一番日が当たらない部屋だった。

「シャリオス様、失礼いたします。お客様をお通ししてもよろしいでしょうか」

「どちら様?」

 いつもより静かな声だった。

 ミルの名前を告げると、入って良いと返ってくる。

 メイドがゆっくりと扉を開けると、中は真っ暗だった。備え付けの家具に、絨毯がランプの明かりで少しだけ浮かび上がる。窓はきっちりと閉められていた。

「奥へどうぞ。わたくしはこれで失礼いたします」

「ええ。ご苦労様」

 扉を閉めると、一気に暗くなる。

「テーブルの上のランプを持ってきて。足下がわからないでしょう? そこから右に真っ直ぐ、壁の方向へ歩いて。ごめんね、そっちへ行けたら良いんだけど、まだ安静にしていないといけないからベッドからでられないんだ」

「私こそ、突然尋ねてごめんなさい」

 優しい声だが、やはり元気がないように感じる。

 近づくとベッドの上にシャリオスがいるのが見えた。手と頭に包帯が巻いてあり、肌は青白い。眩しそうに目を細めたので、慌ててランプを背中に隠した。

「日光じゃなければ大丈夫だよ」

「いいんです。ここはシャリオスさんのお部屋ですし。それより具合が悪いなら横になって下さい。その、慌てて来たのでお見舞いの品も持たずに……」

「キュキュン」

 ならばとベッドに飛び乗ったアルブム。頬をシャリオスに擦りつけているようだった。嬉しそうな笑い声が聞こえる。

 殆ど何も見えない中、ミルはシーツが動くのを感じながら息を吐いた。話せるのなら本当に快方に向かっているのだろう。

 ただ、部屋にいると閉じ込められているようだと感じた。日の下を歩けないシャリオスは、満足に外出もままならない。

「ならごろってさせてもらうね。そこ椅子があるから座ってて。……へへへっ、アルブムはいつもふかふかだね。良い匂いがする」

「キューッキュッキュッキュ」

「怪我だけど、ポーションも一度に大量摂取するのは良くないから、しばらく探索は休んで体を治すことになった。ミルちゃんはどう? 階層更新は進んでるかな」

「二十八階層を更新しました。私とアルブムだけじゃ皆さんといたときと同じように進めなくて、泊まりがけになりましたが」

 それから装備屋の店主から道具を買ったこと、迷宮でどんな風に過ごしたかを話す。シャリオスは相づちをうっていたが、次第に声が小さくなっていく。

「眠りたいならお暇しますよ?」

「ん、ごめんね。なんだか体が怠くて。……それから、探索のことなんだけど、がんばってね。僕も、いろいろと考えなきゃいけない事ができたんだ」

「え? ええ。はい。ゆっくり休んで下さい」

「おやすみなさい、ミルちゃん」

「良い夢を見て下さい。アルブム、行きましょう」

「キュキュ」

 また来るぜと尻尾を振って、アルブムはミルの肩に飛び乗った。返事が返ってこず、そっとランプをかざすと瞼が降りていた。

(疲れているのね)

 辛い思いをしたからかもしれない。

 ミルは前髪を直し、布団をかけ直してから部屋を出た。

 使用人を捕まえてラーソン邸を出る。他の冒険者には一度も会わず、邸内は静かだった。まだ昼間だから迷宮にいるのだろう。

 モヤモヤした物をかかえながら帰宅し、久しぶりにゆっくりお湯につかる。

 ミルはシャリオスのことが気になってしかたない。

「ねえアルブム、迷宮を一人で探索して大怪我で帰ってくるって、やっぱり怖いですよね。一人ですし」

「クルルル」

 始めて聞く鳴き方におや、と視線を向けると、アルブムは桶の中で座りながら見上げている。湖面のような静かな眼差しだった。九本の尻尾がゆっくり揺れている。

「キュル。クルルル、ルル。キューキュァキュァキュァ」

「アルブムも群れを離れて一人だったんですね。青火(あおび)ノミ痒いですものね。うつらないけど、うつると思ってたんですか? 優しいですね。よしよし」

「キュー。ギュギュ。クルル」

「シャリオスさんも故郷を離れて……どれくらいかは知らないけれど、生活が一変して大変でしょうし、怪我をしたときは心細いですよね。アルブムは寂しくないですか?」

「キュー!」

「よかった! 変に考えこんでましたが、私はシャリオスさんに失礼でしたね。アルブムが良いのなら、泊まりがけで三十階層まで頑張ってみましょう? 次の探索からアルブムと私、シャリオスさんで冒険に行くんです」

「クルルル!」

 アルブムは喜んだ。今はミルを仲間の一匹だと思っているらしく、シャリオスが加わったら二匹に増えて嬉しいらしい。道具屋の店主は手下候補だそうだ。

 のぼせるほど浸かったミルは、魔法書を写すことにした。初級編と中級編が終わり、上級編へ移っている。三冊終わったらヘテムルの所へ本を渡しに行こうかな、とちょっと考える。もしかしたら他にも光属性の持ち主が現れるかもしれないからだ。

 そうしたら仲間だな、もっと増えないかなと思い止める。光属性以外の適性があったら、嫉妬でアルブムをモフリ倒してしまうかもしれない。アルブムは喜びそうだが。

 考え込むうちに深夜を回っていた。

 早く寝ろよ! と腹に軽い一撃を食らったミルは「うっ」とくの字になりつつ、飛んできたアルブムを抱き上げる。

 ランプを絞ってベッドに潜り込む。

 明日は十人前くらいドーマに食事を作ってもらって、シャリオスのお見舞いに行こう。

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