第四話
「ミル殿、相談したいことがあるのだが」
「なんでしょう?」
十二階層へ続く門の前で休憩を取っているときだった。考え込んでいたベルカは口の中のものを飲み込むと鞘を撫でる。
「私の剣はどうだ?」
「研ぎに出しますか?」
「そうではなく、剣筋のことだ」
首をかしげると苦笑する。ベルカはモンスターとの闘い見て、どう思うか知りたいと言う。しかし魔法使いのミルにはさっぱりわからない。
良いも悪いも、ベルカはモンスターと戦えているので問題ないように見える。
そう伝えると困った顔をした。
「手習いしたのは対人戦が殆どで、相手は兄だった。あとは学校で習うのだが、それだけでは下に降りるのが難しいように思う」
「理由をお伺いしても?」
「うむ……なんというか、今はミル殿がお膳立てしてくれているだろう? しかし実践ではそうもいかない」
障壁でモンスターが一度に集まらないようにしているのを、ベルカは自分の実力不足だと思っているようだった。なら、モンスターを多めに流してみたらどうかと提案するが、捌ききれないだろうと言う。
「前衛冒険者の動きを見たい。誰か頼める人に心当たりはないだろうか? なければ依頼を出して、パーティの人数を増やしたいのだが。マジックバッグを買う分を回しても先にするべきだ」
金銭的に余裕はある。
できれば高レベル冒険者か下層に進出している冒険者がいいというので、依頼すれば高額になるだろう。受けてくれるかもわからない。
悩んだ後、ミルは一日待ってほしいと言って、その日の探索を早めに切り上げた。
迷宮で課金を終えたあとベルカと別れる。
真っ直ぐ向かったのは、ユクド領の門だった。兵士を見回して目的の人物を見つけると声をかける。
「ズリエルさん、お久しぶりです」
「これはサンレガシ様。何か問題が起きましたか?」
青い髪からのぞく獣耳がピクリと動く。相変わらずビシッとした格好の兵士だ。
「いえ、そうではないのですが……相談事がありまして、お時間があれば話を聞いていただけないかと」
「では、場所を移しましょう」
「あ、いえ! ここで大丈夫です」
ミルはいきさつを話す。
するとズリエルは難しい顔をする。
「申し訳ありませんが、御領主様に雇われている身。ゆえにクエストをお受けすることはできません」
「そうですか……」
「失礼ですが、今回の話はシャリオス・アウリールに依頼された方がよろしいのでは?」
「え? シャリオスさんですか?」
意外なことを聞いた、という表情のミルに、ズリエルは頷いてみせる。なぜ知り合いなのを知っているのか疑問に思っていると、それも説明された。
「問題が起こりましたので、周辺の調査もさせていただいております。お二人が親しい間柄なのも調査の結果でわかっていました。この度は未だ犯人が捕まらないという不手際をお許し下さい」
「いえ、納得しましたので、頭を上げてください」
「ありがたく。シャリオス・アウリールはソロで四十階層を突破した一級冒険者。双剣使いなので剣の扱いもわかるでしょう」
「剣士と双剣では扱いが違いませんか?」
「迷宮内での立ち振る舞いも含め、最も適しているのは彼でしょう」
そんなお墨付きを貰ったので、その足でシャリオスが宿泊しているラーソン邸へ向かった。
ラーソン邸は大通りにあった。活気ある街中は一般市民や貴族が入り交じっている。冒険者もどこか装備が高そうで、それに合わせた高機能な商品を並べた店が多い。店構えも立派だ。
「うわぁ、大きい……」
まるで貴族の宿泊施設だ。建物の裏には練兵場がある。使用人が庭の手入れや掃除をしている。洗濯物も干していた。黒い鉄柵は見上げるほど高く、泥棒も入りずらそうだ。これだけ人がいて、なおかつ一級冒険者が住んでいるので入ろうと思わないだろうが。
左右を見回したミルは、入り口の門番に声をかけた。
「ごきげんよう。シャリオス・アウリール様はご在宅でしょうか?」
門番はじろじろと上から下まで見ると、無表情で言う。
「お嬢様、お名前とご用件をお願いいたします」
「ミル・サンレガシと申します。本日はご相談があり、お伺いしました。お出かけ中でしたら伝言をお願いできますか?」
「承ります」
ミルはベルカが剣の師匠を探していて、よければ教えてもらいたいことと、駄目な場合は他に良い人がいないか紹介してほしいという事を告げた。
門番は腰からメモ用紙を取り出して書き付けると、担当に伝えると言ったので宿に戻ることにした。
担当がいるなんて一級冒険者は凄い。
シャリオスが宿に来たのはそれからしばらく経って、夕食を食べているときだった。勢いよく入ってきたかと思うと、すっと影に潜ってしまう。
「ちょっとアンタ! ここに人が来なかった!?」
「押さないで!」
「どこなの、私の暗黒騎士様は!?」
口や目から何か出てはいけないピンク色の物を出しているお姉様方が、雪崩込んでくる。びくりと硬直する客が何か言う前に、奥から出てきたドーマが積み重なるお姉様を睥睨するかのように、仁王立ちした。
「ここは正直者しか入れねぇ場所だ。メシを食いたきゃ座れ、用がないなら消えろ。金を出せ」
「ギャー! 熊男!」
「筋肉になぶり殺されるっ!?」
「カツアゲよ! カツアゲされるわ!」
逃げていったお姉様達に舌打ちすると、ドーマは奥へ戻っていった。
「な、何だったのだ今のは」
「わからないですけれど、一瞬知り合いが見えた気が……」
「ミルちゃん、いるから。ここ、ここ」
「あ、こんばんはシャリオスさん」
「ど、どこから入ったのだ!?」
店内の奥の席から手招いている。杖を振って日光が入らないようにすると、シャリオスは怖々と近づいて来た。全身鎧で一部も隙間なく真っ黒だ。兜をとって、ぷはりと息をはいた。
「もういないよね? 相席良いかな? すみませーん、十二人前ください」
「十二!?」
「よく食べる方なので」
「キュキュ」
よく来たな、とアルブムが椅子を引っ張ってあげている。水を飲んで落ち着いたシャリオスがほっと息を吐いた。なにやら大量のお姉様方に追われていたが、何があったのだろう。
「この時間帯になると客引きが凄くて。どこで顔バレしたんだろう……」
「シャリオスさんが有名人だって改めて知って感慨深いような、そうじゃないような……」
「いや、そこは同情してほしい。それより門番の人から連絡聞いたよ」
「もしかして、わざわざ来て下さったんですか? ありがとうございます」
「ううん。その子が言ってた学生さん? 僕はシャリオス。初めまして」
知り合いか何かかと静かにしていたベルカは、自分も関係あるのだと気付き慌てて答えた。
「ベルカ・バーウェイと申します。ミル殿、その……こちらが一級冒険者の方か?」
「はい! ここへはよくお食事にいらっしゃるので。シャリオスさん、その……どうでしょうか?」
「おまち」
「わ、良い匂い!」
そのとき五人前が一気にテーブルに乗って、ミルの尻が数セメト浮き上がる。
本日は煮込みハンバーグカレーなので食欲を誘う良い香りだ。
跳ねたミルが尻を落ち着け直すのを待って、シャリオスはスプーンをとった。
「実は装備の手直しが二週間かかるから、休むつもりだったんだ。護衛依頼を受けても良かったけど、最近やらしいことをしてくる人が増えて……」
色気ダダ漏れな美丈夫が小刻みに震えだした。顔と中身が一致しないのは不幸だな、と遠目になりながら話を聞いていると、雇い主が安全かわからない依頼をこなすなら、気心の知れた知り合いと一緒に迷宮にいた方が安全なのだそうだ。ラーソン邸にいると人が尋ねてくるし、誰かと一緒なら不用意に人が近づいてこないらしい。
経験則を語っているシャリオスは、口の回りをどんどん汚し、カレー皿が積み上がっていく。四皿片付けると、追加分の六皿がやってくる。
痴漢ストーカー被害にあうシャリオスの話はしばらく続き、ミルはそっとベルカを盗み見る。ぽかんとしていた顔が不憫そうに歪んでいた。
「……この領地の女性は積極的なのだな。ミル殿、なぜ彼とパーティを組まない? 二人とも一人で大変そうじゃないか」
「グフッ」
なぜかシャリオスが喉を詰まらせた。
「えっと、その……まだちょっとほら、あれだし。心の準備的な」
「なぜ貴殿が動揺するのだ?」
そっと相手との距離を野生動物を懐かせるがごとく測りあっていた二人に、無神経な破壊活動がクリティカルヒット。瀕死の重傷を負ったミルは、血を流す傷口を感じないふりをする。
「ははっ。私はシャリオスさんが戦ってる階層までは行けてないので。まだ全然なので。シャリオスさんは、四十階層突破したんですよね、ソロで! 凄いですよねー。わー、本当に、私なんてアハハハハ……」
「なるほど、ならば仕方無いな」
ほっとしたのもつかの間、
「うーん、ねえミルちゃん。三十階層まで行けるようになったら、僕とパーティ組んでくれる?」
「ングフっ」
いつの間にか伏兵にジョブチェンジしていたシャリオスがミルの心臓をさした。視線は右、何もない所をウロウロと見ていたが、はっきりと口に出している。
むせる喉を押さえたミルは、逃げ場を探すように視線を泳がせ、しかしどこにも行き場がないのはわかっていたので頷くと、シャリオスの表情がパァっと輝いた。
「うっ」
「うっ」
目が潰れそうだ。眩しそうに顔を避けたのは一人じゃなかったので、気のせいではないはず。
「じゃあ、明日からの予定を立てよう! 僕にしてほしいことがあったら言ってね。明日はいつから迷宮に行く?」
まるで遠足の準備をするかのように快活に笑った。
にこにこ顔のシャリオスは大体の予定を聞くと頷き、ギルドでパーティ申請する時の契約内容を話すと頷き、そしていつの間にか魔導具の話になって止まらないおしゃべりを始めた。
「ミル殿、いつもこんな感じなのか?」
「魔導具の話ができる友達がいないらしくて。まぁ、広い心で受け止めてください。そのうち楽しくなりますよ!」
「あなたは心の広い女性だ。尊敬する」
ベルカは、腹も頭もいっぱいになった顔をした。