旅人を見送って
あったかもしれないファニーとユグドの会話
「姉上、なぜ国外へ逃がしたのですか」
「その方がよいと判断したからだ。不服か?」
「吸血鬼は一国を滅ぼすほどの種族です」
弟の言葉にファニーは笑いながら「そうだな」と答えて続ける。
「アレの力を借りれば楽だろうよ。だが自らの手で成さねば。シャリオスは旅を選んだ。この地に留まることはない」
続かないものを頼りに生きて行くことを選択するほどファニーも領民も弱くはない。
「あの男を白銀の枢機卿は悪い男と言ったが、私から見ればこれ以上ない目付役。そうそう危険にはならん。また巻き込まれてもな」
いつも間に合うとは限らないのだ。ならば安全な場所で楽しく笑っているほうがいい。勇者は既に役目を終え、意思を引き継いだ者達が生きている。
釈然としないままも当主の決定だ。ユグドは姉の部屋から去り、残されたファニーは紅茶に口をつける。
『嘘つきだなぁオイ。ええ?』
足音が消えると魔剣ゼグラムが下品に笑う。
『なぁにが安全な場所で、だ。あの流浪人は足を止めることなく進み、お前が死んだ後も危険を伴う冒険が待っている。キヒヒヒヒ! それほど支払いを減らしたいか?』
「一番に願っているのは誰か私は知っておるぞ。そなたが言うところの泣き虫エルフが笑ったではないか」
スールはこのことを喜んでいた。転生を繰り返す、勇者だった者の末路を一番知るのはスールだからだ。最後の勇者が消えてから、見ているこちらの胸が詰まるほどの努力を重ね保護しようとした結果、より悪い運命を引き寄せたのは一度ではない。
執念とも言える彼の行いを止めたのはバーミルだ。運命を変えようとするほど悲惨な最期を迎えるのを見て、黙っていられなかったのだろう。
結果、酷い喧嘩をしたがスールは手出しを止め、静かに見守ることになった。
『あいつの支払いは終わっていない』
「ゆえに最も心強いともがらと行かせるのがよろしかろう。魔王の支払いは終わった。……あの者はいずれ気づくのであろうか」
『知らねぇよ。オレサマに未来が判るわけねぇ』
「幾度も自らの代わりに死に、アレは学習し強くなった」
ふと空気が冷えた。魔剣ゼグラムが剣呑な気配を契約者へ向けている。
『気づかねぇほうが幸せな事もある。お互いにだ』
今世、ミルとして生まれる前。幾度もシャリオスに会っていたのを彼らは知った。スールは目を動かすことだけは止めなかったのだ。
「わかっておる。私は無粋ではないぞ」
空になった紅茶のカップを置くと使用人を呼ぶ。
「仕事を始めようではないか」
その顔に浮かんでいた笑みは消えていた。