叔父さんと命運魔法使い
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ささやかではありますがお礼の番外編です┏○
長閑な田舎町に汗だくの魔法使いが近づいていた。猫人族で長い杖を持ち、背中には大きな棺桶を背負っている。彼女の背後には、棺桶を引きずった跡が続いていた。
「ウキ」
「……なんですかね、ウキキがたくさんいるんですが」
辟易した様子で呟くと、まるで返事をするように周囲を囲んでいるウキキ達が一斉に右手を挙げた。
「こわい」
尻尾を内股に挟んで震えると、ウキキ達は顔を見合わせて何匹か離れた。
門衛がいくら揺すっても起きなかったので中に入ったが、それからずっと付いてくるウキキ。謎は深まるばかりだ。
「しかし! ここが最後なので頑張らないと」
涙目になりながら目的地を見る。田舎町の中に可笑しな造形の家があった。何度調べても命運魔法はあそこを指すので、行くしかない。
次第に背後のウキキが増えているような気がする中、彼女は少し変な形の家のベルを鳴らした。
「いらっしゃいませ。ここはサンレガシ領主の屋敷です。お客様はアポイントをお持ちでしょうか。本日の来客は無かったようですが」
作り物めいた執事に怯んだ彼女だが、何とか棺を降ろして、届け物だという。
「私はアシリアーゼといいます。トーラ王国出身の魔法使いです。今は命運魔法使いになるため修行中の身です」
命運魔法使いとは、神殿に身を置く魔法使いの一種であり、流浪の旅をしながら魔法を磨く修行者のことでもある。特殊な魔法故、非常に使い手の少ない魔法使いだ。彼らはこの魔法を神殿の理念に基づいて使っている。枢機卿のシューリアメティルを行うようなものだ。
命運魔法とは占いの一種であり、その本質はアカシックレコードに繋がる事と言われている。非常に危険な魔法だ。ただし上手く扱えれば、未来を読める。
「スキャン……こちらの棺桶には時止めの魔法が仕込まれていますね。中に生体反応が見えます」
「この家に由来ある方だと思います。私は十年ほど前、まだ師と旅をしていた頃、生き倒れたところを保護しました。名前は知りませんけれど、師は命運魔法でこの方の運命を調べました。すぐに家へ帰すと死の運命から逃れられないと結果が出まして」
八年前、棺を背負える背丈になった頃。彼女が一人前になるための旅に出ようというとき、師から託されたのだ。それから棺を背負って諸国を巡っている。
「受け取ると死んでしまうのでは」
「それがですね、最近急に運命が好転して大丈夫だと結果が出たのでお届けした次第です。どうでしょう。駄目なら連れて行きますけれども」
「と申されても、一体誰なのかわかりませんしね。詐欺でも困ります」
「ウキ」
「ウキウ。ウキ!」
すると周囲に潜んでいたもの含めてウキキが騒ぎ出す。気のせいかもしれないが、先ほどより可愛い顔になっている。何十頭という数に毛を逆立てていると、執事は頷いて領主を呼びに行った。
「旦那様、弟君がお帰りになりました。旦那様!」
奥から何かが雪崩れ落ちる音がしたかと思うと、二階から中年男性が転がるように走ってくる。サンレガシ領主、クオーレだ。
「ピーターが帰ってきたのか! ……ああ、そんな」
喜びから一転、棺桶を見て膝から崩れ落ちてしまった。
「旦那様、気が早いですよ」
助け起こした執事が棺の前まで連れてくると、視線で開けるように促した。
十年間、けして開けられることのなかった蓋が開けられる。倒れたときそのままの姿で彼は眠っていた。
栗色の旅装束に金色の髪。無精髭で疲れた表情をしている。
棺から出すと、息をし始めた。
「誰かポーションを持ってこい!」
「旦那様のポケットに常備されております」
「そうだった!」
慌てすぎて取り落としそうになったのを取り上げた執事が、丁寧に蓋を開けて顔面にかけると、うめき声を上げて目を開けた。それはクオーレと同じ緑色の目だった。
「う……なんだ、ここは天国か。父上がいる」
「兄の顔が判らんのか。いや、いい。ピーター、よく帰ってきた」
しっかりと抱きしめながら背中を叩かれ、ピーターは目を白黒とさせる。
「本当に兄上か? 老けていないか。何があった、フォールとミルは? 義姉上は無事なのか」
「全員無事だよ。下にシャミーが生まれた。後で会わせよう。それよりお前は十年間行方知れずだったんだ。しかし年を取っていないのはどうしてだ」
「十年だって?」
「時止めの魔法の中にいたからですね。言っておきますけれど、出したら探知されていたので文句は受け付けませんよ。それよりウキキが凄い数ですが!」
「ああ、ピーターの匂いに気づいて集まったようだ。お前達、ボスのところに行きなさい。嫌だって? 困ったな」
全く困ったように見えないどころかウキキと話しているように見えて、アシリアーゼは困惑した。
「けっきょくピーターがこんな目にあった理由はなんだ」
「客室でゆっくり事情を聞きましょう」
ということになり、一同はウキキも含めて客室で仕切り直した。
命運魔法はそれほど万能ではないので、ピーターを狙っていた人物の特定はできなかった。しかし最近帰っても大丈夫になったと聞けば、理由は一つしか思いつかない。
「それでは行きますね。ご家族とも会えましたし、死の運命も遠のきましたし」
「もうか。是非礼をしたいのだが」
「命運魔法使いが一つ所に留まると碌な事がありませんって。気になるなら神殿に寄進をお願いします。巡り巡って活動資金になるので。失礼しますね」
幾ばくかの路銀をもらったアシリアーゼは軽くなった棺をマジックバッグにしまった。八年背負い続けた重みが消えると感慨深い物がある。
しかし帰り際、ウキキに連行されてボスの前で浴びるほどナバーナをもらうことになろうとは思っていない彼女だった。
見送った後、心当たりを話すとピーターは考え込む。
「公爵家の者かと言われたら、確かにそうかもしれない。後ろ盾がそうだったはずだ。奪われそうになった商業許可証と設計図は持っている。十年前だから立証するのは難しくないか」
「家の中身自体が変わっているしな。後で連絡だけはしておこう。それよりミルは結婚して家を出たよ」
「そうか、もう十六歳ならおかしくないな。相手は誰だ。結婚式に行けなくてすまない。晴れ舞台だったろうに」
「あの子もお相手も気にしないだろう。なんたって吸血鬼だからね。今は冒険者をしながら旅をしているよ」
「冒険者だって? まさか自分の娘を勘当したのか、この人でなし! こんな田舎領主にどんな面子があると言うんだ。見損なったぞ兄上!」
「待て待て。……思い込みが激しいのは変わっていないな。まずはお茶でも飲んで話を聞きなさい」
育ちはいいので殴りかからなかったピーターだが、完全に頭に血がのぼっていた。
積もる話をして誤解が解けたあと、クオーレの家族が帰って、十年ぶりの再会を果たした。
その日の夜はピーターの帰還を祝い、ささやかな宴が開かれた。
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手紙を受け取ったミルは、大喜びでシャリオスに伝える。
「よかったね。じゃあ僕もマットを注文していいってこと?」
「はい、喜んで!」
「やった! 予備と予備の予備も買おう」
二人は注文書と一緒にお祝いの返事を書いた。
あの命運魔法使いがハーバルラ海底迷宮へ行く馬車で乗り合わせた魔法使いだと、気づかないまま。
出てこないのでこちらでネタバレですが、叔父さんを狙っていたのはゴーンでした。