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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと裏切りの十六番
150/154

エピローグ

 種族違いの婚姻はときに悲劇を生む。長命種と短命種の寿命の違い、文化、考え、生活習慣。違うことはいいことだが、尊重し合えなければ意味がない。心が離れ惨事が起こり、ただの戦争に変わってしまう。

 ミルが寿命の違いを受け入れるならば、契約をしてもしなくてもシャリオスはどちらでもよかった。死ぬまでの時間をくれるなら。

 それは友人に対する情にしては重く、恋人相手にはずれた思いだ。

 幼さの残る考えは長命種特有のものかクオーレにはわからないが、それはどうでもいい。

 今の彼が、娘を預けるに足る男なのかが問題だ。

「願ってもない申し出だが甘えるには重すぎる。我が家が差し出せるものは多くないんだよ」

「そう言うのが欲しいと思ったことはないよ。お義父さんと話すのも楽しいから好きだけれど、僕はミルちゃんとずっと一緒にいたいんだ」

「他の人じゃだめなのかな」

 困った顔に頷く。

「昔から昼の人と同じ景色を見たかった。願いが叶って、今度は世界を見てみたいって思った。でもアルブムと十日間旅をしたけど、やっぱり寂しかった。きっとミルちゃんが死んだ後も、僕は寂しくなるんだと思う」

「一時の感情ではなくかね」

「自慢できることじゃないけど、仲間を失うのは始めてじゃない」

 迷宮で、突然失踪し――様々にあった。どれも引きずっている。だが今度はその比じゃないだろう。

「なら少しでも後悔したくないし、思い出が欲しいと思ってはだめかな」

「うーむ、娘が好きだと?」

「大好きだよ」

 臆面もなく言ってのける。

 それは恋ではない。愛とも違う愛しみに似た何かだ。長命種特有の、言葉を尽くしても表現できないなにか。

 クオーレは頷く。彼と添い遂げることは並大抵の意思ではできず、親の命令で耐えるには酷だろう。人族であれば何度も生まれ変わるような長い生だ。

 ならば答えは一つ。

「娘に決めさせよう。あの子はもう、自分で考えられる歳だ」

「やった! ありがとう」

 飛び上がって喜んだシャリオスは部屋を出て行くと、真っ直ぐ目的地へ向かう。

 扉を開けるとミルがいた。オルカとお茶を飲んでいたようで、お茶のカップが二つある。

 目を丸くした二人に笑いかけ、シャリオスは座るミルの手を取って、跪いた。

「お義父さんが、ミルちゃんが決めていいって」

 後ろからついてきたクオーレが、入り口付近で立ち止まると頷いた。

「お答えする前に聞いてもいいですか?」

「なんだろ」

 心してかかろう、とシャリオスは気を引き締める。心なしかミルの顔も緊張している。今までジロジロ見てきたおかげで、何を考えているのかだいたいわかるようになった。もっと時を重ねれば今より深くわかるだろうか。

 そんなことを考える。

「もしも冒険者を辞めて、契約だけ結びたいと言ったらどうしますか?」

「かまわないよ。でも旅行なら行っていいよね?」

「契約は嫌だけど結婚したいと言ったら?」

「死ぬまで僕と一緒にいてくれたら、寂しいけど我慢できると思う」

 ぐ、とミルは息を飲む。自分が思う悩みはシャリオスが抱える問題と同じなのだと。

「本当は私に、どうして欲しいと思ってますか?」

 シャリオスはくしゃりと顔を顰めた。

「やっぱりいっぱい、ずっと一緒に冒険をしたいよ。だから僕と契約を結んでほしい。……でも、断っても僕達の関係は何も変わらない。ミルちゃんのことを大好きなのも。尊重したいと思ってる」

 胸がいっぱいになって、ミルはほころぶように笑った。

「私もシャリオスさんを尊重したいです。たくさん世界を回って、冒険をして、一緒にいたいです」

「じゃあ、僕と結婚してくれる?」

「喜んで!」

 わっと歓声を上げ、ミルを持ち上げたシャリオスがくるくると回った。嬉しさで目が輝き、いつもより澄んで見える。興奮で頬が赤くなっていた。

 しっかりミルを抱き上げながら止まったシャリオスは、クオーレの手を握った。

「今の聞いた!? 結婚してくれるって! よかった、幸せにするようにがんばるね。結婚式はどうしよう。スールに頼めば教えてくれるかなっ」

「そこは両家で話し合おう。シャリオス君のご両親とも話さないと。王家のこともあるし、来月には済ませてしまわないと」

「どうしよう。『鎮めの輪(レーンタテス)』の数が足りない」

 早速問題が見つかり二人は顔を見合わせた。

「ミル」

 母親に呼ばれて振り返ると、オルカが頬を撫でる。

「結婚おめでとう。……シャリオスさん、この子は甘えんぼうで世間知らずなところがありますが、真面目な子です。娘をよろしくお願いします」

「僕こそ、よろしくお願いします」

 頭を下げ合った二人もしっかりと手を握った。



 翌月、二人は式を挙げた。

 王族関係のことはアルラーティア公爵家と皇国側で処理するという。

 もろもろの準備は速やかに行われ、ファニー達もわざわざ出席してくれた。さりげなくズリエルもいて、二人は感激してしまった。

 ファニーは「ようやくスッキリするぞ」と祝い酒を持参してくれた。ボガートは消え、【遊び頃(タドミー)】もいなくなり、尻尾を掴めたのだという。

 王族側は現在、大混乱だそうだ。帰ったらまた忙しく働くと言う。その労働があまり血生臭くないといいな、とこっそりミルは思った。

 急だったので近くの貴族と親戚達、シャリオス側はバーミルの出席だけだったが、交渉用と言う名の皇帝衣装のおかげで何も言われなかった。頭に乗ってる禍々しい王冠が怪しく光っている。分厚い何かのマントに周囲が青ざめた理由は、後で聞こう。

 ご近所のリスメリット領主が「派閥が、まずい。文句が」と青ざめていたのは見なかったことにする。

「子供はどうするのだ?」

 ファニーの問いに、シャリオスは赤くなりながら挙動不審になった。

「こ、子供!? は早いと思う!」

「そうだね。契約すると体が変化するから、整ってからじゃないと」

 バーミルが普通に返し、そういうものかとファニーは頷いた。

 小さな教会で挙げるには大仰な参加者だったが、無事に終わった。


 初めての夜、お風呂を済ませて自室に帰ると、シャリオスが緊張しながらベッドの上で正座をしていた。なんだかミルも緊張してしまう。

「ここここここんばんは」

「つ、疲れましたね」

 目が合った二人は、さっとそらす。なぜか照れくさかった。

「そうだね。……途中でスールが泣き出してビックリした。あとハンカチ欲しがったからあげたんだけど、よかったかな」

「かまいませんよ」

 布面を取ったスールは素敵な男性で、お爺ちゃんには見えない。私物の紛失が凄いのでは、とミルは冷や汗を流す。隣に似たような経歴の吸血鬼がいるので、思い当たる節があった。シャリオスのパンツが盗まれた事件は、永遠にミルの中で語り継がれるのである。

「名前を刺繍したハンカチセットを差し上げたほうがいいかもしれません……」

「じゃあ僕も半分手伝うよ」

 くすりと笑ったミルはベッドの縁に座った。

 すっかり緊張が解けていたシャリオスが不意打ちにびくつく。

「シャリオスさんはいつも半分手伝ってくれますね」

「これからもそうなるよ。……ところで、その。契約をしてもいいかな」

 目をそらしつつ言う。耳が真っ赤になっていた。

 頷くと引き寄せられる。

 下ろした髪を払い、首筋に唇を寄せた。緊張したように体が強ばり、濡れた息がくすぐったい。なによりも首筋に当たる指の感触が壊れ物を扱うようで、いつもと違う。

 内心挙動不審になっていると、

「それじゃ――いただきます」

「痛い!?」

 突き立てられた牙が皮膚を破り、赤い血が零れた。白い光が二人の体に走り、血を媒介に魔法が発動する。

 驚きの痛さに声をあげる傍ら、血を飲み下したシャリオスの目尻から涙が零れた。

「……どうしてだろう」

「シャリオスさん?」

「ごめん、ポーションをかけるよ。手当てをしないと。魔法が発動したから、これで契約は終了だ」

 甲斐甲斐しく治療する間も涙が止まらない。

 ミルはシャリオスの頬を両手で包み、親指で涙を拭う。

 いつかとは逆だ、とそんな風に思った。

「どうなさったのですか」

「わからない。どうしてか大切なことが終わった気がして。ほっとしたけど寂しくて……なんだろう。……涙が止まらないんだ」

「じゃあ、今日は添い寝をしてさしあげます」

 ちょっと冗談めかして言うと、シャリオスの口にみるみる笑みが広がった。

「じゃあ、お願いしようかな」

 二人は身を寄せ合う。

「ところで結婚式の夜は特別らしいけど、何かあるの?」

「母上に旦那様の言う通りにするよう言われましたが、それ以外は知らないです」

「そうなんだ。……つまり僕!?」

 シャリオスは怪しく目を光らせ、素早く何かを取り出した。一抱えほどもある本に見えるそれに、ミルはゴクリと生唾を飲む。

「ま、まさかそれは!?」

 怪しげな笑い声を出すシャリオスに、布団の隅へ追い詰められた。

「フフ、封印されし第七のすごろく。開封するときが来てしまったようだね」

「ま、待ってください……落ち着きましょう、もう私達にはスールさんがいないのですよ!」

「それでも僕は進む! いざ」

 掛け布団を捲って広げられたすごろくに「あー」と間抜けな声を出した。

「封印が解かれたので、今から骨肉の争いが始まる」

「始めたのでは……ですがこうなった以上、負けるつもりはありません。いざ!」

「尋常に勝負!」

 じゃんけんをすると順番にサイコロを振りだした。

 契約が終わるのを待っていたアルブムがベッドの下から顔を出し、白熱する戦いに小首をかしげる。

 ごろごろしながら始まった戦いに決着はつかず、勝負は持ち越された。しっかりとくっついて添い寝をしたミルは、有言実行の人である。

 なにはともあれ、二人にとって思い出に残る素敵な日となった。



 世界は広く、見たことがないもの、知らないもので溢れている。

 色とりどりの宝石より価値あるものが迷宮にはあった。アカシックレコードさえ、その価値の前ではかすむだろうと言うくらいには。

 雲一つ無い晴天が広がっている。

 契約を済ませた二人は再び荷物をまとめ、本日旅立つ。

 今度はミルも一緒だとわかったアルブムが、すっかりご機嫌で尻尾を振っている。ウキキのおかげでかわいい顔に磨きがかかったので、子分達をさらに増やせたのもあるだろう。今も撫でられて目を細めている。

「気をつけていくのよ」

「シャリオス君、また面白い魔導具ができたら連絡するよ」

「ぜひ!」

 シャリオスは新しい家族と楽しみが増えて嬉しそうだ。

 兄に抱っこされ「……検体っ」と泣きべそをかいている妹の頭を、よしよしと撫でる。

「元気でいてくださいね」

「おねえちゃんも」

「シャリオス殿、妹をよろしくお願いします」

「もちろん」

 胸がぽかぽかと暖かい。

 ポットさんお手製のおやつを荷物に入れ、見送られながら歩き出す。

「それでは行ってきます!」

「しばらくしたら帰ってくるね」

 これから先、辛いことも楽しいこともたくさんあるだろう。喧嘩をしたり、相手に嫌気がさすことも。それでも最後は仲直りできると知っている。


 約束の先へ往く二人の冒険は、これからも続いていく。

付与魔法使いと星の光の眠る場所-(完)-


ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました!

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