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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと赤服の生徒
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第三話

 階層主(アートレータ)は、しめて銀貨三十枚と銅貨十二枚。一番高い前足や触覚に傷が多いせいで価格が下がったのだという。体液は調薬に使うのでそこそこの値段だったが、匂いもするし思うより低め。次に出会ったら腹を中心に攻撃し、足などには極力傷をつけないようにしなければ。

「そういえば、稼いだ金額はどうやって提出するんですか?」

「ギルド証に記載されるから教員に提出すればいい。査定の仕方はわからないが、そこで審査が入ると思う。さて、焼けたぞ」

 帰りはベルカが川が見たいというので、観光地に寄り道している。その場で魚を焼ける釣堀があったので二人で挑戦してみた。

 こんがり塩焼きされた川魚は、小骨が多いが美味しい。

「ベルカさんは釣りもお上手なんですね」

「騎士になればいろいろな地へ赴任することになる。領地にも魚が捕れる場所があったからな。兄上とたまに行っていたんだ」

「……騎士になったら、その、大丈夫なのですか?」

「うう……。入団するときに実力主義の団を希望する予定だ。そこなら権力は関係ないと聞いたからな。厳しいが、立派な騎士になるにはうってつけだと思う」

 成績上位者から希望が通りやすいのだという。

 立派な夢があるんだなと魚にかじりつく。塩加減が絶妙だ。

「ミル殿はどうして冒険者に?」

「新しい魔法の発現と、自分に出来ることを探そうと考えまして」

「そうだったのか。女性一人で身を立てるのは大変だろう。それに、悪い噂もばらまかれているようだが、大丈夫なのか?」

「実害はありますが、出来ることはしたので待つことしかできません。生活は一人でなんとか出来るくらい稼げてるので、速く収まるように願っています」

「力になれれば良かったのだが。きっと、悪い噂を流した者はミル殿に嫉妬したのだろう」

「私にですか?」

「うむ」

 魚を貰おうと首を伸ばしたアルブムが、ミルの食べかけに齧り付く。頬を膨らませて尻尾を振った。

「組んで数日だが、良い魔法の腕をしている。学園には剣術科の他にも魔法を学ぶ科があるが、彼らと比べても実践的で理に適っている。とくに動く障壁が凄い。一度出したものを動かすのは難しい」

「ありがとうございます。な、なんだか褒められるの久しぶりで照れます……」

「世辞ではないぞ」

「ですが、私は付与魔法使いですし」

「それなのだが、光魔法の他に時空魔法も使えるのだろう? 評価が上がらないのはなぜだ」

「時空魔法も使い勝手がいいわけじゃないので。例えば<空間収納(バッグ)>はマジックバッグと同じことが出来ますが、常時魔力が吸われるので使い勝手が悪いのです。探索中にはモンスターが出ますし、魔力は節約するに限ります」

 他にも標的を一時的に行動できなくする<止まれ(ストップ)>があるのだが、魔力消費に見合った効果が出ない。しくじると体の一部分しか止まらないのだ。

「難しい魔法ばかり適性があるのだな」

「せめて回復魔法が……はぁ」

「そう落ち込むほどでもないが。一般的な冒険者はソロで二十三階層に行く事はできない。アルブムがいたとしても、あれほどの連携は出来ないだろう。いつから一緒にいるんだ?」

「ここへ来てからなので、半年経ったかどうかくらいです」

「それでこの動きか。前衛と攻撃力の高い魔法使いが入れば、パーティは安定するだろうな」

「一番大切な回復魔法使いがいませんよ?」

「そこなのだが、ミル殿がやれば良いのではないか? ああ、回復魔法ではなく、ポーションを使った方法だ。たとえば障壁にポーションを入れて仲間にかければ回復出来るだろう」

「なるほど。だったら障壁に<回復増加魔法(ヒールアップ)>を重ねがけすれば回復力上がりますよね。操作と正確さが必要そうですが、うーん、試してみます?」

「これができたら他のパーティも入りやすいのでは?」

 俄然やる気になったミルは激しく頷いた。そういえばと、ベルカの迷宮目標を聞く。

「私は評価を上げたいので、一月後には三十階層に到達したい」

「三十ですか!?」

「学園での最下層到達階層が二十八階層だった。ミル殿は三十四階層まで行ったのだろう?」

「アルブムに乗って突っ走っただけですけれどね」

 あれは何かの奇跡だったのだろう。

 ミルは遠い目をした。灰色の王(バニッシャー)にはもう会いたくない。

「どうしたのだ? なんだか視線に闇深いものを感じるが……」

「ハハッ、いいんですよ。今はパーティ組めてますし、限定ですけど」

「恨みがましい目で見ないでくれ。それより、明日の予定は?」

「……話題転換に乗って差し上げましょう。面白い提案をいただいたので、実験してみます。あと、十五階層を目指しませんか? もちろんベルカさんのレベルを二十以上にしないとですが」

「確かゴーレムが出る階層だったな。階層更新できるならありがたいが、なぜだ?」

「ゴーレム遅いじゃないですか。単体で出てくるので練習にはもってこいだと思います」

「なるほど。ならばあと四レベルか」

 十二レベルだったベルカは現在十六レベルまでアップしている。長期間の滞在をしたわけでもないのに、驚異的な上がり方だ。それはパーティを組んでレベリングした結果なのだが、本人も努力し、パーティでの立ち回りを考えて攻撃しているからでもある。

 効率的な戦闘は経験値をより多くつめるのだ。



 ぷかりと浮いた花の入浴剤を突っつく。お風呂場はフローラルな香りでいっぱいだ。

「やっぱり、新しい魔法の発現は難しいですね。後どれくらいかかると思います? ね、アルブム。聞いてます?」

「ギュギュギュ」

 三十レベルになるまであっという間だった。ここからレベルが上がりにくくなると言われている。

 新しい魔法の発現は、魔法の研究によって見つかる場合がある。他にはお伽噺の大英雄が苦労の末に手に入れたりするので、夢物語と思われる事が多い。しかしミルは夢物語とは思っていない。

 アルブムはくしくしと顔を洗う。長く青火(あおび)ノミに寄生されていたせいか、頻繁に体を洗いたがったので、三日に一度は一緒にお風呂に入っている。動物用のシャンプーは高いので、迷宮で採れた植物と塩などを混ぜたもので体を洗っている。

 今は背中に足が届かなくてミルを呼びつけていた。

「はいはい、ここが痒いですか~」

「キュ~ンッ」

 あーそこそこ、と言うように、とろけ顔をして小さな桶の中でお座りをしている。

「しかしポーションを仲間に投げつけるって、けっこう難しそう。……うーん。<障壁(ウォール)>! へぶっ!?」

 水を包み込むように円形にした障壁が潰れた。水が飛んでべしゃべしゃになる。

「こ、これはぶっつけ本番したら、お金が湯水のように消えるわ……!」

 なんて恐ろしい。無料の水で先に練習が必要だ。

 失敗した原因は、入れる水と障壁の大きさがかみ合っていなかったからだ。気泡が入るように作ると、今度は破裂しなかった。

「キュキュ? キュー」

「触ってくれますか?」

 鼻先でちょいとつついたアルブムは、弾力のあるそれに甘噛みしたり前足で押して遊び始めていた。気に入ったらしい。

 強度は大丈夫そうだ。パチンと弾けさせると、アルブムはもう一個ほしいとおねだりしてくる。

「うぷっ。けっこう消費が大きいかも。あとは<回復増加魔法(ヒールアップ)>の重ねかけでどれくらい回復力が上がるか実験しないと。これは一階層で実験体を確保しなければいけませんね……恨みはありませんが」

 角持つ兎(ボーンラビット)辺りを掴まえてやるしかないのか。それとも自滅してしまう土蜂(ランド・ビー)か。

 お風呂から上がると、ミルは写本の続きを始めた。初級編がやっと終わり、今は中級編を写し取っている。いつヘテムルがやってきて「返してくれ~」と言われるかわからないからだ。まあ、光魔法の魔法書は使わなさそうだけれど。

 二ページほどやったミルは、目を揉んでベッドに潜り込んだ。投げるポーションの練習で、いつもより遅くなっている。

 ランプの光を絞ると、特上級の魔法書を開く。

「新しい呪文が出ないかしら」

 レベルアップすれば出るかもしれないと思っても、あれから内容は変わらない。ざっくりと見て確認したミルは、最後のページに変化を見つけ、目を見開いた。

 文字が移動して、文章が変わってる。

「わ! なんの呪文でしょうか? ええと、<世界に夜が訪れる。されどこの運命、未だ光彩陸離にて輝かしく>……? 途中までしか出てない?」

 試しに唱えてみても駄目だった。杖を握ってもピクリとも発動しない。ヘテムルが呪文を全て見られなかったように、続きは何かの条件がないと浮かび上がらないのだろう。

「条件がわかれば良いけれど……不思議だわ。光魔法に夜の単語。闇属性に多いけれど、厳密に別れてないのかしら」

「ギュゥー」

 眠いと尻尾で叩いてくるアルブム。気付けば深夜を回っている。

 慌ててランプを消したミルは、布団をかぶって目を閉じた。



 翌朝、寝坊しかけたミルは慌てて着替えて身だしなみを整えると、一階に降りてベルカを探す。既に食後のお茶を飲んでいた。

「ごめんなさい!」

「おはようミル殿。大丈夫だ、時間には遅れていないし食事はゆっくりとった方が良い。昨日は遅くまで勉強をしていたのだろう? あなたは真面目だからな」

 うんうん、と頷いてマジックバッグからノートを取り出す。

「出現する魔物の種類を確認したい。今日、階層更新とレベル上げ以外にしたいことは?」

「昨日、投げるポーションをやってみたのですが、<回復増加魔法(ヒールアップ)>でどの程度あげられるか実験しようかと思ってます」

「それならギルドに資料があるはずだ。行くときに寄ってみよう」

「ベルカさんは物知りなんですね。あ、朝食二人分お願いします!」

「キュキュー」

 運ばれてきたのはホットサンドだ。悲しいことにお米は終わってしまったらしい。また入ったらメニューに入るので待つことにした。

 ホットサンドの具材はミートソースのスパゲッティと生野菜を挟んだもの、ソーセージと半熟卵、クリームとナバーナが入ったものだった。そして、カレーもある。

 ミルはゴクリと生唾を飲み、向かい側のベルカを見る。厳かな表情。ゆっくり食べろとはこのことだったのだ。

 朝食の半分は昼食にスライドされるので、中身がこぼれそうなクリームナバーナサンドを咀嚼する。朝からこんなに高カロリーな食事をとらせるなんて、ドーマは冒険者家業をわかっている。願わくば、横ではなく縦に伸びたいものだ。

 その後カレーと続け、牛乳を飲みつつ満腹になった。アルブムがペロリと平らげてしまったのを見て、もう二人分頼む。

「カレーを残しますか? うーん、食べるときは汚さないで下さいね。はいはい」

 尻尾を振って喜んだアルブムは、お昼ご飯がマジックバッグに入るまでミルの足にすり寄っていた。

「では迷宮へ行こう」

「ですね!」

 さっと出入り口から頭を出したミルは、素早く左右を見回して迷宮ギルドへと足を向けた。



 <回復増加魔法(ヒールアップ)>を使用した際、通常の回復魔法が二倍になるように魔力を調節するのが好ましく、魔力量一の消費で足りると言う。

 ふむりとミルは、ギルドの貸し出し図書を休憩スペースで読んでいた。ベルカは依頼を見に行っている。

 回復魔法一回とポーション一瓶を比べると、回復量はほぼ同じ。腹が膨れ飲む動作が必要になるポーションは戦闘時には向かない。だからパーティに一人は回復魔法持ちがいるのが望ましい。ギルドも推奨しているので、聖属性もちが上手く魔法を使えるように図書を揃えているという。ただし、読める人間は限られているが。

(<回復増加魔法(ヒールアップ)>を重ねがけしたときは、効果も増える。けれど、上限があるわ)

 十回が最高値だという。

 ポーションの回復量で見れば、三度かければハイ・ポーションなみの回復量になる。ハイ・ポーションはポーションの上位版だ。深い傷でも治すことが出来る。十回は瀕死の重傷者でも回復するというが、素早くやらないと<回復増加魔法(ヒールアップ)>の効果が順番に消えていく。

「舌を噛みそうだわ」

 早口言葉の練習をする時が来てしまった。

 ミルはきりりと表情を引き締める。

 そのとき、頭に何かが当たる。驚いて振り返ると、にやついた冒険者が三人いた。投げつけられたのは紙屑で、アルブムが低くうなり声を上げる。

「よぉ、アンタ付与魔法使いだろ? 俺達がパーティ組んでやろうか? あのひょろっちい奴じゃ、前衛きついだろ」

「今なら分け前は一割で良いぜ?」

「契約書もちゃーんと用意してあんだよ」

 そう言って、勝手に左右を固めてしまう。

「間に合っていますので」

「ソロでどんだけ潜ってるか知らねぇけどよ、きついんじゃないのか? そっちの高貴なる女王狐(クイーンテイル)のレベルも上がりにくくなってるだろう?」

 下に潜るなら仲間が必要だ。

 そう言って、彼らはにやついている。

「間に合っていますので」

「お試しでも良いんだぜ? さ、ここにお名前だ」

「間に合っていますので」

「おい、下手に出ているうちに――」

「間に合っていますので! 凄く! 間に合っていますのでー!」

「キューン!」

「あ、こいつテメッ!」

 勢いよく立ち上がったミルは、素早くソファーの背を飛び越えた。伸ばされた手はアルブムが踏みつけて落とす。

 ささっと本を戻したミルは、追いつかれる前にベルカを探す。

 ギルドの入り口付近にいるのを見つけて近づくと、慌てた様子に首をかしげている。

「情報はあったか?」

「十分見てきました。あと、絡まれたので逃げてきました」

「なんだって?」

「迷宮内で揉め事を起こされるかもしれないので、少し警戒しましょう? 私も前はよく絡まれたので」

 厳しい顔をしたベルカの背中を押し、持っている依頼書をのぞき込む。

「討伐ですね」

「ああ、行きと帰りでルートを変えれば行ける。私達はマジックバッグの空きがあるからな。……しかし、ギルド員に告げなくて大丈夫か?」

「言ってもまたかぁって感じでスルーされますよ。それに、暴力をふるわれたわけじゃないので、ギルドも何も出来ないのです。本当の目的は私ではなくベルカさんかもしれませんし」

「歯がゆいな。まあ、迷宮へ行こう」

 生徒同士の足の引っ張り合いが起こっている。雇った冒険者の引き抜きや、依頼品を駄目にしたりなど。金に物をいわせて、一級冒険者にレベリングをさせているほうがずっと健全という状況だ。

 レベルさえ上げれば基礎値が上がるので、それだけで強くなる。技術は身に付かないが、それは評価に入っていないのでしかたない。

 そもそも卒業後は騎士団に入団し、新米として鍛えるので、それからで構わないと思っている場合がある。学園は貴族中心なので、迷宮へ行くのも比較的安全にモンスターと戦う、という事を想定されている。なにしろベルカは来たとき十二レベルだった。上層なら死ぬ確率は低い。

「そういえば、先生方の引率はないんですね」

「そうだな。ただ、実家の護衛を連れている生徒もいるし、現地で冒険者を雇う事もできる。来る前にはパーティを編成するしな。……私はあぶれてしまったが」

「そういうときはマイナス評価が付かないのですか?」

 三階層の門が見えるが、雑談は続いていく。

「付かないんじゃないか? それに、仲間割れで死ぬのは避けたい」

「あー」

 評価方法はわからないが、死人が出たという話を聞いたことがあるという。責任問題にもなりかねないが、学園は入学時に一筆書かせているので追及されても勝てるらしい。貴族相手に勝てるとは。

「学校って凄いですね。<鈍足魔法(スロウ)>。アルブム、周囲に敵が来たらお願いします」

「なるべく私が倒す。速くレベルアップすると良いのだが」

「焦らず積み重ねていきましょう」

 剣を抜いて、ベルカは幻想蝶(パンタシア・ディエ)に斬りかかった。

 ベルカが前衛、周囲の警戒と補助にアルブム、ミルは敵の分断と後ろから襲ってきたモンスターをベルカに近づけないようにするのが役目だ。

 障壁を動かせるのは大変なメリットだ。魔物を後ろから前方へ押し出せるし、最近は障壁を二枚重ねて挟み込めるようになった。練習を続けていけば、ハンマーのように使えるかもしれない。

(それから投げるポーションもやらなくちゃ。回復の方法が増えれば、私とずっとパーティを組んでくれる人が現れるかもしれない)

 十階層で一度休憩を取った後、十一階層でレベル上げを始める。赤い制服の生徒がちらほら見えたので、二人はそっと場所を移したりしながら戦っていく。

 ベルカのレベルは一つ上がったが、帰宅したときの表情は優れなかった。

 気になるものの、あまり問い詰めてもいけないと思い、そのまま就寝となった。

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