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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと裏切りの十六番
148/154

第九話

 サンレガシ領へは途中まで馬車を乗り継いでいく。最後は歩きだ。出てきたときは途中で足が痛くなった道だが、成長したものである。

 殺風景ではあるがのんびりとした牧歌的な空気が広がり、小さな森と集落が見え始めると、いよいよミルは生唾を飲み込む。

 故郷が目の前にあった。

「ここが領地の境です」

「門衛の人? なんか寝てるけど起こしたほうがいいかな」

「大丈夫ですよ」

 小さな小屋の中、受付窓口ですやすやと寝ている老人がいた。膝に乗ったウキキの子供が同じように寝ている。

「ウキキ可愛いね。図鑑より可愛い気がする。子供だからかな」

「図鑑のウキキはおすまし顔なのです」

「そうなんだ」

 驚いているうちに、ミルは受付の手帳に名前を書いて判子を押した。

 これで手続き完了である。

「勝手にいいの?」

「出てくときもこんな感じでした! それにちゃんと見張りがいるので大丈夫です」

 ほら、と指さす先に成体のウキキがいた。

 ふわふわとした毛に大きな丸い耳。明らかにミルより大きい。今度は図鑑そっくりな表情に、なぜか関心してしまう。

 そのウキキは早足で近づいてくると耳の後ろを掻くように触る。考えているのだ。

「ウキャ?」

「ウキャ! お久しぶりです。こちらはシャリオス・アウリールさんで、吸血鬼です。私と一緒に迷宮探索をしてくれてる冒険者ですよ。こっちはアルブムで、使い魔です」

 手招いたウキキは匂いを確かめる。

 ちらりと見られ、軽く会釈をしてみた。

「こんにちは」

「キュアキュ!」

「ウキウキウキウキ、ウキャ!」

 挨拶が終わった途端、ぬいぐるみのように可愛い顔になった。

 シャリオスは「本当におすまし顔だったんだ」と感動した。

「ウキュ。ウキウキュ?」

「ええと、その……こんな感じなので」

 怪訝そうなウキキがシャリオスによじ登ってお面を捲ると、眩しそうな顔をして戻す。仕方ないなと頷いて、本人確認が終了する。吸血鬼の顔面が種族を越えて通用することがわかった瞬間だった。アルブムはなぜ大丈夫なのだろうか。今更ながらミルは疑問に思う。

「ウキュウ」

「……わかりました。すぐに出頭します」

「どうかした?」

 不穏な言葉に尋ねると、困惑した顔で振り返る。

「ウキキに家出したと疑われているみたいで、事情聴取したいそうです。先に集会所に行っていいですか?」

「かまわないけど、ウキキが警備をやってるの?」

「我が家の領地はウキキが住居にしてる森とくっついてますから」

 確かに半分森に埋まっているような領地である。

 そういうこともあるんだな、とシャリオスは再び驚きながら頷く。昼間の人は社交的だと。他領の者でも困惑するとは知らない。

 行ってよしと親指を立てるのを確かめ、ミル達は領内へ入った。

「……ミルちゃんの交渉能力はここで培われたんだ。感慨深い」

 長く滞在すればアルブムと話せそうな気さえしてくるシャリオスだった。


 集会所は森の中にある、少し開けた場所にあった。ひときわ大きなウキキがいた。体長はシャリオスと同じほどもある。二人をジロリと見たウキキの耳に、別のウキキが何事かを囁く。

「ボスウキキです。森を縄張りにしているので父上とよく喧嘩をしてますが、ちゃんと仲良しですよ」

「そう、なんだ……?」

「ウキ」

 来いよ、と言う風に手招きされたミルは一瞬でウキキに取り囲まれる。

 あわやリンチかと思えば、意外にもウキキ達は冷静に質問しているようだった。

 静かに話を聞いていたボスウキキは頷く。

「ウキ。ウキウ」

 俺は外のことはしらねぇが、お前が立派になって戻ってきたのはわかる。だがな、お前がどんな出会いをして、でかくなって帰ってきたとしても、何も言わず家を出たんじゃ親は家出と思うだろう。兄妹に言ってたとしてもだ。そこは反省しろ。心配をかけるんじゃねぇ、という感じに鳴いた。

 家出のつもりはなかった、としゅんとしたミルを大きな手で撫でる。

「ウキ」

 しょうがねえから俺が一緒に謝ってやる、と男らしく鳴き、巨体を起こす。背中にひょいと乗せられたミルは、両手足でしっかりとしがみ付いた。あの抱きつき方はここで培われた技だったのだ。

 静かに歩き出したのでシャリオスも後に続く。

 いよいよお宅訪問。


「ここが我が家です」

 ぽかんと口を開けているシャリオスの目が輝いている。

 それもそうだろう。

 増改築を繰り返したせいでおかしな形になっている邸宅は、歴史ある名家と言うには首をかしげる有様だ。家の上に別の家が建っているような状態で、デザインに統一性はない。石造りから木造住宅まで合体しているが、逆に子供心くすぐられる形である。

 自宅を見られる恥ずかしさに、ミルはもじもじした。そそくさと呼び鈴を鳴らすと、家の奥で何かが崩れる音が。足音が複数続き、扉が開く。

「ふぎゃ」

「ミル! ああ、よかった。大きく……大きくなってるわアナタ、あなたあ!」

 出てきた中年女性が、帰ってきた娘を抱きしめ押しつぶし、身長が伸びていることに取り乱して絶叫する。すると丸眼鏡をかけた男性がメジャーを取り出し「がんばったなあ」と涙ぐむ。優しい父親の表情をしていた。腰にはよくわからない道具入れがつるされている。

「おねえちゃ、おねえちゃんっ」

 更に後ろ。若い青年の腕に抱っこされた小さな女の子が手をばたつかせている。下ろされるとミルにしがみ付いた。小さい頃のミルがいたらこんな感じかな、と思える血の繋がりを感じた。

「ウキ」

「ああ、なんだい。そうだったのか」

 一瞬身構えたミルの父親は、ボスウキキが決闘しに来たわけじゃないと知って「まあ、上がっていきなさい」とドアを大きく開けた。ウキキと普通に会話をし、普通に家へ入れている。

 取り残されたシャリオスは「こちらですよー!」とミルに呼ばれて、おずおずと中に入った。

 一家がきょとりとしていた。

「ミル、こちらはどちら様かな」

「シャリオス・アウリールさんです。私と一緒に迷宮に潜ってくださったのですよ」

「は、初めまして! そ、その。お会いできて光栄です。僕は魔導具が好きで、話を聞いて、一度お話したいと思ってました」

 顔を真っ赤にして震えながらいうと、ぽかんとした一家は動揺する。

「ミル、だが……その。……シャリオスさんとは下着を盗まれるような感じで。……。あー、女性ではなかったのかな?」

 気を利かせたボスウキキが一瞬だけお面を上げ下げする。

 心の準備をする前に顔面公開となり、ミルは目を剥く。ハラハラしたが、目が眩んだ家族が呻きながら納得した様子にほっとする。どうやら初めての邂逅は上手くいったようだ――と思ったが、妹が失神して騒然となった。

 子供には刺激が強かったようだが、シャリオスはやっぱり気づかず「か弱いんだね」と心配顔をした。


 ボスウキキがミルと一緒に謝ったり、家族間での話し合いがあったりと、その日は大忙しだった。

 翌朝、シャリオスは改めて客室に招かれた。

「昨日は慌ただしくて失礼したね。娘がようやく帰ってきたので気が動転してしまって。はは……。改めて、クオーレと言います。サンレガシ領を預かるジェントリです」

「妻のオルカです。息子はフォール、末の娘はシャミーです」

 おっとりした感じがそっくりだな、とシャリオスは考えていた。夫婦共に緑の目と金髪で、日の光でキラキラとしている。優しく育てられたとわかっていたが、いざ目にすると感じるものがある。

 ミルは兄妹に引きずられて近所へ顔見せに行ってしまったので、今はいない。

「それでだね。あー、滞在中に一つ注意してもらいたいのだが」

「なんでしょう!」

 前のめりに聞くと「いや、普通に話してかまわないよ」と手を振られた。

「末娘が検体登録のお願いをしてきても、絶対にサインしないでほしいんだ」

「んんっ?」

 小首をかしげた。

 クオーレはほとほと困った顔をして続けた。

「君は吸血鬼だろう? この辺には人族とウキキくらいしかいないから、絶対目を付けられるだろうからね」

「ごめんなさいね、いきなり変な話で。あの子、機械人形を作るのにはまって、人族ソックリなのを完成させてしまったの。今度は別タイプを作りたがってるのよ」

「いや、それは正確じゃない。自己修復型の自動人形が、自らを改造して勝手に人族そっくりになってしまったのだよ」

「それって魔導具なの?」

 二人は悩ましげな表情をする。

「分類はどうかな、一応技術は入ってるけど機械魔科学になるかもしれない。彼は使用人の仕事をやってるんだ。後で紹介しよう。今はおやつ作ってるから」

 「見たい!」と言いかけたシャリオスは高速で頷いた。

「落ち着くまで大変だったわ。突然納屋に立て籠もって、反抗声明を読み出して……。アイデンティティーなんて気にしなくてよかったのに」

「それだけ思い詰めてしまったのだろう」

「相談してくれればよかったのに」

 オルカは息子の反抗期に悩む母親のようなことを言うが、相手は機械人形である。

「シャリオス君、ミルが迷惑をかけなかったかね。世間知らずなのに妙に行動的だから、大変だったろう」

 紅茶のカップを置きながら、首を振る。

 ミルがいなければ最下層まで攻略することを諦めていた。

「助けてもらっていたのも、大変な思いをさせたのも、僕のほうだと思う。出会ったときからずっと優しかったんだ」

 自分に出来ることを探すという曖昧な目標は、当初家族のためだった。ミルはそれ以上を求めなくてもよかったのだ。それなのに先へ進もうとしたのは、シャリオスのためである。

「こういうのをお互い様っていうんでしょう?」

 二人は「そうかもしれない」と笑った。

 その後は魔導具談義が始まり、お茶のお代わりを入れるとオルカが逃げ出したことにも気づかず、二人の議論は白熱した。


 新しく家に発生していた使用人兼自動人形のポットさんと顔合わせをしたミルは、その後、近所に挨拶回りに出かけた。珍しいお客さんと一緒に帰って来たのは筒抜け。全員興味津々だった。犯人はウキキである。

 アルブムは食べ物をくれる奴を子分認定する癖があるので、顔を出す度に子分が増えてご機嫌だ。そのうち友達に昇格する人も出るだろう。

 おやつの時間になって、ぐったりしながら帰宅すると二人が喧嘩をしていた。

「お義父さんは全然わかってない! あの造形と発想力が凄いのに!」

「シャリオス君は古い考えに囚われている。機能的に変更したほうがよい点が多々あるにもかかわらず、素晴らしいと言うのは褒めすぎだ!」

 フォールがあからさまに嫌そうな顔をする。

「……父上、何を揉めているのですか」

「シャリオス君が分からず屋なんだ!」

「お義父さんだって!」

「二人とも冷静に。なぜお義父さん呼びになっているんだ……」

「心のお義父さんになったからだけど、今大切なのはそこじゃない!」

「そうだぞフォール」

 実は喧嘩をしていないのでは。

 訝しみながら話を聞いたフォールは、二度頷くと腕組みをする。

「機能美と創造性は別視点の問題で評価基準が違うのだから、それぞれ認め合ったらどうでしょうか。父上は創造性を否定してるわけでもないし、シャリオス殿は機能性の欠点を認めたとおっしゃってるのでしょう?」

「……そうなのかな」

「別に中身が変わっても素敵な表現は凄いままだし」

 二人はお互いをチラリと見ると、固く握手を交わした。仲直り完了である。

「いや、すまないね。研究には熱くなってしまうタイプなんだ」

「僕も魔導具の可能性とか議論とかに熱くなってしまうタイプなんだ」

 仲良くなっていた。

「ありがとうフォール。あなたは母上の救世主ですよ」

 横でげっそりしていたオルカが、息子に感謝の抱擁を贈った。

 よくわからないが、全てが円満に収まったのである。ミルは「検体……」と恋い焦がれるような顔でシャリオスを見る妹の視線にただならぬものを感じたが、今日はもう疲れたので休みたかった。

「ところでミル、ちょっと話があるんだが」

「なんでしょうか、父上」

 ここでは不味いからとミルは引っ張られていった。



 ポットは細身の男性型だ。使用人ぽく燕尾服ときっちりした髪型を好んでいる。けれど人間じゃないと一目でわかるように、栗色の髪の毛に光沢があった。これはわざわざ繊維を作って特注したものだ。フォールは空間魔法に属する魔導具制作が得意だが、繊維の開発は不得手で、いい練習になった。

「二人はいつまで家にいるんだ? たくさん迷宮を突破したのだから、しばらくはいられるんだろう」

 食事中に何気なく聞いたフォールは、シチューをすくう。その横ではオルカが熱心にテーブルマナーを教えていた。シャリオスの顔が真っ白になったために。

「僕は一月くらい休んだら次の迷宮に行こうかなって。ミルちゃんは行きたいとこある?」

「私は……、家族とも話したのですが、結婚しようと思います」

「そうなんだ。その人は前衛? 後衛? 二人だったから心強いな」

 一大決心をして告げたのに、のんきに返すシャリオス。

 口を拭きながらクオーレが言いにくそうに説明する。

「シャリオス君、結婚したらミルは冒険者を辞める。君と二人で会うこともできなくなるだろう」

「え」

 シャリオスはスプーンを取り落とし、クオーレを見た。

 人妻になれば他の男性と二人で会うなどもってのほか。遠ざかった貴族社会に戻るのは、ミルにとっても予想外だ。しかし縁談が来たと言うのは本当で、釣書が現実に存在しているのだからしかたない。

「アルラーティア公爵家と懇意にしているという話が、重要視されたようなんだ。あそこはまだ落ち着かないからね。我が家と繋がりを持って、少しでも安定させたいらしい」

「誰が」

「王家がだ。相手は王族ではないけれど、その血筋だ。我が家の家格では断れない」

 重いため息を吐いたクオーレは「権力と距離を置きたいが」と呟く。

 本心だった。

 研究もそうなのだが、しがらみで作りたくないものを制作させられることがある。先祖の中にはそれを嫌って、賜った爵位を返すためにポンコツを献上し、わざと笑いものになった当主さえいた。クオーレはこっそり称えている。

「いや本当に、なぜうちの子を……余所とやればいいものを。そもそも冒険者になった子を娶ろうなんて裏があるに決まってる。正気だったら正気じゃない」

「あなた、しっかりして」

「と言うわけでして。シャリオスさん、ごめんなさい。一緒に行けなくなりました」

 ミルにとっても突然だった。話を聞いて父親の正気を疑ったほどである。だが本当だったのだから、世の中は何があるか判らない。ミルは困ったように頬を掻く。

「待って。ミルちゃんは結婚したくないの?」

「親としては歓迎しない。他貴族なら喜ぶだろうが……」

「あなた、しっかりして!」

「じゃなくてミルちゃんは? 前からしたいって言ってたよね。なのに暗い顔をしてる。いい人じゃないの?」

 話をしてみなければわからない。どころか王族の血筋から縁談が来るという緊急事態。正直不安しかない。おかしなことだらけだ。

「でも、私も貴族の端くれです。政略結婚なら臨むところです」

「納得してるなら止めないけど……僕らの冒険は、終わってしまったんだね」

 シャリオスの胸がチクチクと痛んだ。

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