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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと裏切りの十六番
146/154

第七話

 目にも止まらぬ一閃の後、人形使いが甲高い鳥の鳴き声のような悲鳴をあげた。

 逆方向から寸分違わず放たれた一撃が、青黒い体をちょうど半分ずつ切った。二つに割れた鬼灯の模様が、ボロボロ剥がれていく。まるで寄生虫が薬剤で死ぬように。

「月が崩れ星となり、砕け、太陽が昇り沈んだ。希望は地上へ流れ、ここから先の未来があるべき場所へ戻った。君が奪った魔法は返してもらう」

 二人に切り捨てられた人形使いが溺れたように泡を吐く。

 モンスター達が苦しみだし、泡となって溶け始めた。地面の色は人形達の残骸や灰でわからなくなった。

「今のは……」

「停滞を切り遙か先へと流すための、必殺の一撃。終わりの先を告げる魔法のようだ」

「でも死なねぇんだよなー」

 悪魔に戻ったイルが泥のようになった人形使いの肉塊を踏み潰しながら歩き、一つの頭蓋骨を拾った。指先でつまむそれは、粘液でネトネトしている。

「お? 今度は持てたな。前回は触っただけで消し飛びそうになってよ。しかたなく封じたんだ。なぁお前ら、こいつの名前知らねぇ? 復讐する千載一遇のチャンスだぜ」

 転がっていた人形達が凄まじい形相で頭蓋骨を見た。恨みよりもなお深く、憎悪と呼んでも足りない感情を持て余している表情だ。

 ガタガタと揺れる頭蓋骨は怯えていた。それを見て湧き上がったのは怒りだった。

「こうなると判っていたのではないのですか。今更結果に怯えるなんて!」

「違うよミルちゃん、あいつは何もわかってなかったんだ」

「魔法を得て万能感に溺れたのでしょう。星の民という天敵と相打ちになり……彼らが時の彼方に消え、自らに敵う者などいないと思いましたか。残念でしたね」

 冷たくスールは言う。足下の【遊び頃(タドミー)】が這いながら人形使いに近づいても、攻撃する気すら起きなかった。

 人形使いと繋がっていた魔力の線は聖剣が切った。もう支配できない。


――俺は滅びぬ者クレル。消滅などしないぃ!


「嘘つけ、お前の名はクレルじゃねぇ。お? 待てよ? 滅びねえならここに置いてっちまうのはどうだ? 魔法は回収してよ。楽しいパーティにこいつらも俺も大喜び。この世の天国と地獄を見られるぜ。ハッピーエンドといこうじゃねぇか!」

 地獄のような目にあわされるのは人形使いだ。

 人形達はゆっくり立ち上がって「それをください」「私の人生返してよ」「ひどい、ひどいいいい」「家族を殺させられた。街の人も」「化け物になって、もう帰れない」「苦しい」「死にたい」「同じ目にあわせてやる」「今度はお前の番だ!」口々に絶叫した。

 ひいいと悲鳴が上がった。

「おうおう、大賛成じゃねえか。期待に応えなくちゃな」

「やめてください」

 消沈した様子で、ミルは俯いた。こんなことをさせるために人形達と戦ったのではない。けれどそれは、ミルの勝手な願いだ。彼らがお願いしてきたわけではない。

「お願いです。この酷い連鎖を終わりにしてください」

 一番近くにいた人形の男がミルの胸ぐらを掴み、崩れるように膝をつく。彼は泣いていた。

「俺達に我慢しろって言うのか。こんな酷い事をされたのに我慢しろって!」

 踏み出そうとしたシャリオスの肩を、バーミルがとどめた。

「確かに俺は犯罪者だ。たくさん殺したが、他の奴だってやってた! なんで俺が選ばれたんだ。他の奴はとっとと死んだのに!」

「私は何もしてない! ただ毎日洗濯をして、ご主人様のお世話をしていただけよ」

「俺も家族と暮らしていただけだ」

「子供を攫ったさ! だがここまでされるほどの罪なのか!」

 口々に叫ぶ。声が重なり、もはや誰が何を言っているのかわからない有様だが、誰もが人形使いを恨んでいた。許せなくて苦しくて泣いている。

 言葉を失う。ミルはこみ上げる涙を我慢できなかった。それが目の前にいる人形の肌に触れたとき、波が引くように彼らの言葉が止まる。

「ごめんなさい」

 黄金の花弁が、どこからともなく降っていた。

「でもどうか、どうか抑えてください」

 一瞬の静寂が過ぎると、彼らはわあわあと泣き出した。

 どうしてと繰り返しながら、母親を呼ぶ幼児のように、癇癪を起こす子供のように、人形使いを許したくなくて泣きじゃくった。許そうとしてもできないのだ。彼らは苦しんだ。とても長い間辛くて、泣かずにはいられないほどに。

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 花弁が灰を埋める頃、胸ぐらを掴んでいた彼が耐えるように言葉を吐き出した。

「お前のために許すんじゃない。花を見に行くだけだ」

 言い捨て、そのまま崩れていく。

 最初の一人が消えたのを皮切りに、【遊び頃(タドミー)】達が次々と灰になり始めた。

「私達は人形使いを許すことができない」

「でも」

「あなたの心に免じて眠るわ」

「ここには」

「還ってこない」

「花をありがとう」

 この花弁には見覚えがあった。ススルがかつてミルにもらったと言った花だ。どこからやってきたのだろう。

 花弁の中を進みながら、つまらなさそうにしているイルに手を伸ばす。

「あずかります」

「つっても持て余すだろ? 今なら俺が喰ってもいいぜ」

 違う。食べたいのだ。

 首を振ると、案の定「なあ、取引をしねえか」と食い下がった。

「イル。パーティは無しだ。こちらに来なさい」

 渋々ミルに骸骨を渡して舌打ちする。イルもアリアを殺されて怒っているのだ。あわよくば復讐したいと願うほどに。

 人形使いはミルの両手に余るくらいの大きさだ。

 今も小刻みに震えている。


――頼む、許してくれ。反省した


「同じことを言った人を、あなたは許さなかった。優しくもしなかった。違いますか」

 今なら禁術が何か判る気がした。鬼灯は死者への手向け。それを添えるのは生者自身のためでもある。ハーベルディの創った魔法は優しいものだった。それを奪った人形使いは、何もかも冒涜したのだ。

 花弁を避けて地面に置くと、両手で杖を持つ。

「先ほど切ったのは、あなたを包んでいた禁術だけで、本体に当たったわけではありません。私の杖にも、必殺の一撃は分け与えられています!」


――なにをするんだ、止めろ!


「砕きます!」

 大きく振りかぶったとき、ガタガタ揺れていた頭蓋骨からぎゃああと悲鳴が上がる。

 しかし杖は、大きな肩に阻まれた。

「魔法剣士さん……どうして」

 まだ残っていたのかという驚愕と、どうして庇ったのかという疑問が渦巻く。


――そうかお前、そうだ! おれ達が組めば再び……


「バあああああああカアアアアアアアアアアアアア!!」

 おそらく歓喜の声だった。腹の底が冷えるような嘲笑を浮かべ、魔法剣士は指先に力を込める。骨に亀裂が入った。


――やめろお!


「長い長い時間が過ぎた。俺は歪んだ。歪んでしまった! ああ今なら判るぞ。俺がクレルだ、俺が十六番目の魔法使いだった! お前はスシェンですらない。迷宮よりもなお暗い隠世に沈められし矮小な小人。名無し妖精(ボガート)!」

 真冬に吹きすさぶ風のような音がして、とうとう人形使いの真実が暴かれた。

 時を巻き戻したかのように、頭蓋骨に血肉が戻っていく。それは無様に震える中年の頭となった。禿げ上がった頭皮に残る髪はドブ色で、落ちくぼんだ目をぎょろぎょろとさせている。

 ボガートは首だけで生きていた。

「アカシックレコードにたかる、邪悪でどうしようもない種族。滅びたと思ったが生き残りがいたとはな。寄生虫め、スシェンの体を乗っ取りでもしたのか。いいやどうでもいい! 俺は魔法を完成させることができなかった、世界を守ることができなかった。俺のせいで……俺が」

 怒れるクレルの目にはボガートしか映っていない。

「なぜ満たされなかったのか判った。ああそうだとも、俺はお前のこの顔が見たかったのだ。怯え希望を失い本性をさらけ出したそのざまを! これからはいつでも見られるな。クヒャヒャヒャヒャ!!!」

「待ってください!」

 ボガートを連れ去ろうとしている。

 フードの下から覗く顔に睨まれながらポケットからネジ巻きを取り出すと、目に見えて顔色が変わった。

「それはこいつが俺に捨てさせたものだ。どこにあった!!」

「ハーバルラ海底迷宮の最下層です。あなたが本物のクレルなら、ハーベルディさんが約束の場所で、ずっとあなたが来るのを待っています」

「……ハーベルディ。俺の友の名」

「そうです。わかりますか」

 ほんの少し殺意が薄れた。

「さらば」

 クレルは奪うようにネジ巻きを取り、空を駆けて闇へ消えた。

「待って! ボガートを置いていってください!」

「駄目だ、いない」

「イル、お前は牢屋に戻ってなさい」

「ちょっ、このタイミングで――」

 イルが消える。

 バーミルは天井を指さし、大きく入った亀裂が広がっているのを教えた。

「何あれ」

「迷宮が本来の形を取り戻そうとしているのだろう。ここはボガートのせいで歪んでいた。留まっていた魔力も正常な流れへ戻ろうとしている。巻き込まれる前に脱出しよう」

「待って。禁術を置いてくわけにはいかないよ」

「それはお父さん達がどうにかする。お前達はクレルを追いなさい」

「追うって……あ。ハーベルディがいる場所」

「そういうことだ」

 アルブムを呼ぶと、すぐに大きくなる。

「本当に大丈夫なのですか?」

「もちろんだ。さあ、はやく行きなさい」

 またがったミルとシャリオスは、頷いた。アルブムが走り出す。

 その背中が見えなくなると狼達は膝をついた。

「君達も速く行きなさい。モンスターが来る」

「いや」

 ビーの腕が崩れ始めていた。服の下からも、サラサラと灰が零れ始めている。

「必要ない」

 スールは首を振った。

「回復魔法が効きません」

「肉体の限界か……禁術を使おうか。ちょうど使えるのがある」

「必要ないと言っている。我々は既に、稼働時間を超過していた」

 体の奥から灰が零れるようになってからどれほどか。

 よく持ちこたえたとビーは誇らしかった。感情が擦り切れていたと思っていたのに、今は感慨無量だ。

「感謝する。あなた達のおかげで、我々は復讐を果たせた。先に逝った同胞も嬉しく思うだろう」

 落とした銃を逆の手で持つと、引き金を引く。弾丸は現れ始めたモンスターの眉間を正確に打ち抜いた。

「貴公らが用事を済ませる間くらいは、持つだろう。――これより最後の任務へ臨む。その前に、意思を確認する。望みある者は降りてかまわん。各々好きな場所で死ね」

 顔を上げた生き残り達は静かにビーを見ていた。

「離脱者零名。貴公らは馬鹿者である。最後の命令だ。前途ある若者を必ず地上に戻せ」

「この年で若者と言われるのは複雑です」

「だが事実だ」

 ビーは喉の奥で笑った。全ての柵から解放された笑みだった。

「猊下、さっさと回収しちまいましょうよ」

 既にバーミルは青黒い沼へ変わったハーベルディの魔法を、特殊な模様が施された瓶に流し込んでいた。

 禁術をそのままにすれば迷宮が異常な変化を遂げるかもしれない。それは望むところではない。

 スールも足を向けた。

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