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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと裏切りの十六番
145/154

第六話

 魔法剣士は変わらず目深にフードを被り、左手に短い杖、右手に長剣を持っていた。

「この迷宮内は何者かの夢が現実となる。寝ても覚めても夢の中。(うつつ)と幻が交わる場所。曖昧な境界は存在をも飲み込むだろう。己を見失えば誘われ、悪夢を見ることとなる。気張れよ、小僧共。血反吐を吐き、のたうち回れ。俺を喜ばせろ。俺かお前達が滅びるまで、この遊戯は終わらない」

 眠る【遊び頃(タドミー)】は悪夢に閉じ込められている。目覚めぬかぎり終わりのないそれは地獄と言っても差しつかえない。スリープの夢でさえ、あれほど精巧だったのだ。

 背後の道が閉ざされ、魔法剣士が喉の奥で笑う。


――ころせ、はよう殺せ!!


 頭に声が響く。

「黙れよグズが、そこで黙っていろ」

 魔法剣士が怒鳴り返す。

「人形使いです。人形使いがいます!!」

 きいい、と金属がしなる音。まるで実家に帰ったかのように『誘惑の手』が青黒い何かに飲み込まれていく。導かれるように顔を上げたミルは、今、ようやく求めていた者と目が合った。

 鎖に絡まった青黒い何かに鬼灯の模様が浮き出ていた。ぎいぎいと唸るような、軋むような音を出し、模様を歪ませ怒った顔をしている。動物が歯をむき出して威嚇するように。

 何一つ怖いと思えなかった。あの魔法剣士のほうがよほど怖い。

 睨み返したミルに相手は更に苛立った。

 しかし魔法剣士が従わないとわかると、他の人形に呼びかけた。


――あれらを殺せば第三章からは解放してやろう!


 一瞬で、まるで溺れた人が藁を掴むように殺到する人形達。眠っていたはずの者も、這いずって意識すら無さそうな個体さえ我先にと動き出す。それほど彼らにとって、ここは悪夢だったのだろう。

「各々、彼らを守れ」

 返事はなく、狼は四方に散った。

 舌打ちしたのは魔法剣士だ。邪魔が入り、せっかくの余興が台無しである。自らを作った者を憎々しげに見上げるが、それは人形使いにとって喜びだった。


――お前はおれに手出しできない、できないぃいいい!


 ざまをみろと吠えている。

 とても仲のよさそうな様子に寒気しかしない。

「屑が! いずれお前も殺してやるぞ――」

 魔法剣士は言い、跳躍した。人形使いの言葉に乗ったのではない。彼は解放などされないことを端から知っているからだ。

「<光障壁(ウォール・ルクス)>!」

「既知だ馬鹿め」

 光る障壁が矢のように襲いかかり、水の弾丸で消し飛ばされる。

 けれど、あのときのように怖くなかった。

 ミルを守るように背に庇う姿がある。

「僕が相手をする! リベンジだ。お父さんは人形使いの相手をして。あれが消えれば、【遊び頃(タドミー)】は滅びるかもしれないし」

「ほざいたな小僧」

 魔法剣士が双剣を抜き、唱える。

「<纏う闇(ダークネス)>」

「<氷矢(アイスショット)>」

 一瞬で肉薄したシャリオスの腹に、氷の矢が直撃する。しかしそれは、影を伝って後方に散った。鋭い舌打ちが耳朶を打つ。

 宙返りして距離を取ろうとする魔法剣士の背後には、光の壁が展開されていた。体当たりで砕くが背中が焼ける。しかし、それも一瞬で回復されてしまう。

 この回復の秘密、供給はどこから来るのだろうか。秘密はこの場所だった。人形使いから流れ込んでいたのだ。感覚強化魔法を使わなくてもはっきりと、彼らの繋がりが黒い線となって見えた。

「<浄化(ソーンメス・ルクス)>」

「絶てぬぞ絶てん」

 浄化魔法を使っても、両者を結ぶ黒い線は消えない。

「これは古き魔法。最も強く願われ、原始より発生したもの。故に軟弱な魔法の全ては排除される。どれほど足掻き、藻掻こうと。クヒヒヒ、ヒハハハ!!!」

「あなたの課せられた脚本はなんなのですか、もしもわかれば――」

「知らん知らん。あれは俺の記憶を削ぎ落としたのだ!! 忌々しくもこざかしい、無様で哀れ。鼠のような心臓の塵芥よ!」

 合間に飛んでくる氷矢をアルブムが噛み砕いて弾く。スールは後方でサシュラに守られながら回復魔法を飛ばしている。敵は増え、増援はない。

 高笑いする魔法剣士に、痛ましさを感じた。

 【遊び頃(タドミー)】は皆、狂ったように踊っている。叶えられない願いを課せられ、己を見失いながら。



「気をつけていくんだよ」

 散歩にでも送り出すような気軽さでバーミルは聖剣を振る。近くの【遊び頃(タドミー)】が三体、何もわからず灰と変わった。彼らが第三章からどこへ行くのかわからないが、今度こそまともな場所へ行けるだろう。

「君、人形使いと言うのだったか。我が皇国と因縁があるのはご存じかな。知らなくてもこちらは関係ないのだが」


――誰もおれを滅ぼせやしない。おれは不滅となった!


「違うだろう。君には未来がないじゃないか。未来が無い者を不滅とは言わない」

 筆舌に尽くしがたい表情をした人形使いは手下を向かわせるが、一瞬で消し去られてしまう。

「どうしても君に会いたがってる悪魔がいてね。私も思うところがあるから、召喚しよう」

 傍らの地面に複雑な魔方陣が出現する。と、瞬きの間に逆さ釣りにされた男が現れた。昼寝でもしてるのか鼻提灯が膨らみ、それが割れると「うお」と目を覚ます。

「なんだよ昼寝中だぜ。孫娘もどっか行っちまって暇だしよ――」

「イ※△%#$ル&*」

 常人には聞き取れない発音で呼びかけると、ふざけた表情が消えた。

「私の後ろのが見えるかい。懐かしい光景だろう」

「あ? まあ、そうだな。やっべ、あいつらの杖があんじゃねえか。よお、元気してっかー? つーか誰だっけ?」

「君の孫娘に【遊び頃(タドミー)】をけしかけた張本人だ」

 イルの表情が能面のように消えた。瞳孔を開き凝視する様子は異様の一言に尽きた。

「俺を呼んだ理由を教えろよ、ええ? まさかこのまま指をくわえて見てろってんじゃねぇだろうな」

「もちろんそうだ……と言いたいけれど。行儀よくできるなら縄を解いてもいい。一時的にだが」

「いいぜ、条件を飲もう。全てだ」

 縄がほどける。解き放たれた悪魔が着地した。皺を伸ばすように黒い蝙蝠の羽を広げる。そうしている間も人形使いから目を離さない。

「この聖剣、眠ってしばらく経っているんだ。時をかければ、このままでもいいだろう。けれど約束をしてしまってね。すぐに行かなければいけない」

「おう」

「だからイル、少し戻ってくれないか。術の芯はあの子でいいだろう」

 待てをされる犬のように微動だにしなかったイルが、「巻き戻ってくれるかな」と問うた瞬間にたりと笑う。

 それまで動いていた【遊び頃(タドミー)】が凍ったように止まった。


 強烈な魔法の発動を察知したのはシャリオスだけではない。

 魔法剣士も注意を向けバネのように飛び去った。

「待て!」

 頬の傷を拭いながら走る。ミルもまた、氷矢の傷で血を流していた。

 向かった先にはバーミルともう一人。懐かしい顔がいた。

 それが魔法の発動と共に、姿を変えた。


「<逆行魔法(ミーク)>」

 悪魔が発動させた魔法は時間を操る。近づいて来たミルをちょうどいいとばかりに引き寄せた細長い尻尾も、瞬く間に消えていく。羽が消え、角が引っ込み、肌の色が変わった。服装さえ足首まであるマントに替わる。

 額に十二芒星が浮かび上がれば、まさに星の民だった。

「よお、あんた。元気そうだな」

「イ……ルさんなのですか?」

 彼は首に手を当て、骨を鳴らす。

「おうよ。まあ、昔のことはいいじゃねえか。それよか呪文だ。唱えてくれよ。ほら、俺は杖持ってねーし。あんたならできるだろう」

 いつかのように言い、襟首を持ち上げてくる。

「それではわからないだろう。君、魔法書を出しなさい」

「ねえ! ちょっと【遊び頃(タドミー)】!」

 シャリオスが魔法剣士の相手をしながら怒ったように言う。

 その周辺では人形達が止まったままだ。


――ああああアアおまえお前おまえ!


 星の民の出現に絶叫する人形使い。鬼灯が歪む。ギチギチと音を立てて始めた人形達に、わけがわからないまま、ミルは特上級の魔法書をマジックバッグから取り出した。

「あと十秒はそのまんまだが、急がねぇと間に合わねえぞ」

 バーミルが懐から取り出した冊子と魔法書を重ねると、冊子が吸い込まれていく。

「今のはなんですか」

「呪文集だ」

 短く答え、そういうことじゃないと戸惑うミルに開くよう促す。知らない呪文が増えていた。

「今からあれを倒すために聖剣を起こす」

「――何を言っているのですか、バーミル! わたくしは許しませんよ!」

 聞きつけたスールが吠えた。

「それでも世界は揺らがない。調和はすでに成っている。勇者は現れない。既に命運は決した」

「バーミル!」

 スールの怒声に一切怯まずバーミルは促した。

「全てがいいように終わり、人形達もあるべき姿へ戻るだろう」

「呪文詠唱が終われば効果も終わる。それほど時間はねーよ」

 二人を見上げたミルはアルブムを肩から下ろし、シャリオスの援護を頼む。

(わからないことばかり……でも、これで終わるなら)

 選ぼう、とミルは息を吸い、浮き上がる呪文を唱えた。

「<聖剣よ、大いなる光の精霊よ。使徒を選びたまえ。曇天を切り裂き導きを降らすがごとく、目も眩むような希望の顕現。その勇気ある者を>」

 遠い地で鳴った鐘の音を聞く者はいない。けれどこの場の何人かは、その澄んだ音を聞いた気がした。遠い過去の思い出。戻らない日々を思う。

 沈黙し続けていた剣が呼びかけに光を放つ。目も眩むような温かい光は、まさしく太陽。吸血鬼をも滅ぼす必殺の剣となる。

 光の中に一瞬女性の姿を見た気がした。彼女は微笑むと両手を広げ、そして消える。見間違いかと思う前に光は飛び散り、仲間達の武器へと宿る。

 太陽の力が付与されたのだ。ミルの杖も不思議なことに、ほのかな燐光を放っていた。

「貴公ら、攻撃が通るようになったぞ」

 ビーの問いに答えたのはイルだ。

「光の加護を賦与する魔法だ。あんま続かねぇから、さっさとやってくれや。昼寝中に叩き起こされたと思ったら、ハッピーなパーティじゃねえか! 最高だぜ」

「そうか。――切り込め」

 号令が変わる。防戦から攻勢に移った狼は的確に急所を狙っていく。【遊び頃(タドミー)】の数が減り始めた。

「おら次だ。ぼさっとすんじゃねーぞ! まあ、俺の役目は維持だけど」

 白黒させているうちに、イルは唱え出す。

「<天辺の星々よ、語り給え。我ら語らぬ言の葉よ>――あとはあんたが続けるんだ」

 消え始めていた聖剣の光が再び戻る。

 唱えている間だけ続く魔法と気づいたミルは、シャリオスに目配せする。魔法剣士との激しい鍔迫り合いのなか、ようやく通りだした攻撃で、押し始めていた。

 しっかり、と合図され視線を戻す。

「<大いなる光よ。我が魂は誇り。我が声に果ては無く。ならば鐘の音が鳴る地に敗北はない。(ルーメン)。目も眩むような希望が顕現する>」

 不思議な気持ちになった。呪文はほぼ同じなのに効果が違う。ほんの少し文章が違うだけで、別の誰かの呪文になっていた。これはミルの呪文ではない。遠い昔、知らない誰かが唱えていたのだと、なぜかわかった。

 心が、魂とでも言う場所がぽかぽかと暖かくなっていく。

 呪文の持ち主が誰なのか、答えはすぐにわかった。

「<始めにぬくもりがあった。ゆりかごのような闇。そして光りがあった。柔らかな月光の姫。その涙は艶やかな炎に飲まれ、世界の全てを創り出した。太陽は身を焼く炎の精霊を生み出し、対極に沈められていた水の精霊が目を覚ます。大地の精霊が生まれ、風の精霊が吹き荒れると、ありとあらゆる精霊が興った――>」

 怯える人形使いへ跳躍したのはバーミルだ。

 人形使いは拘束されて逃げられない。己を不滅と言ってなお克服できない恐怖に支配されている。滑稽だった。たくさんの人形を支配して隠れていたのは、こんな弱々しい小物だったのだ。信念もなく、ただただ有害で愚か。

「<――最後の精霊が眠りから覚めるまで命が生まれ、そして滅んだのである。私は問いたい。ぬくもりを欠いた世界に安らぎはあるのだろうか。始まりの勇者、千草>」

 ぬくもりとは闇のことである。

 毒とも言える強烈な魔力が、風に流されるように広がり正常に戻った。


――ずるい狡いずるい! なぜお前達ばかり与えられるのだ!


「世界に元々あった望みが形を創っただけだ。君はやりすぎた」

 バーミルは鬼灯に聖剣を突き立てながら続ける。

「世の法則を歪めたいなら、それこそ自らの一生、未来をもつぎ込む勇気が必要だ。只人にはできない。だからこそ勇者は魔法を手に入れた。君がハーベルディの魔法を奪い、世界を歪めても戻せた理由だ」


――だまれ、だまれ!


 表面がぶくぶくと泡立ち、傷から流れた血から【遊び頃(タドミー)】が生まれた。蟻のように小さな個体から見上げるような巨大なものまで。それからゴーレムも、火竜も。思いつくほとんどのモンスターが現れる。

「なにこれ!?」

 シャリオスがぎょっとしている。

「アカシックレコードの記録を盗み見て、怪物を複製しているのだろう。大丈夫、お父さんこういうの慣れてるから」

「僕らは慣れてないんだけど!?」

「ギュー!?」

 尻尾の先を青黒い小さな何かに囓られ、アルブムが慌ててブレスを吐く。見間違いでなければ青火(あおび)ノミではなかろうか。寄生されると、とても痒い奴である。

 尻尾と毛を膨らませたアルブムは可哀想だが、今のミルは詠唱することしかできない。

 次の呪文が浮き出していた。

「<千年戦争が終わり、世の全てがすり切れ疲れ果てた命が残った。我々はただ一つの願いを求めるだけであったのに、いつしか志が歪んでしまった。誰もが悲鳴を上げていたことに、目を瞑ったのだ。三代目勇者、カリオストロ>」

 陰り始めた光が息を吹き返すが如く強くなる。人形使いはようやくバーミルから視線を外し、ミル達を集中的に攻撃し始めた。


――あれを殺せ!


「スール」

「わかっております!」

 憎々しい様子を隠しもせず、ミートハンマーを振りかぶったスールが近づいてくる。一振りで周辺の地面が綺麗になるような、強烈な一撃だ。そのハンマーにも淡い光が宿っていた。

 近くまで来たスールは荒っぽくハンマーを振りながら、時折耐えかねたように呻き、回復魔法を飛ばしている。

「あの過激派は何とかするから気にすんな。それよか魔法切らせないように頼むわ!」

 サシュラに背中を叩かれミルは視線を戻した。

 次に浮いた呪文にひくりと口の端が引きつったが。

「<物事をたった二つにわけるなど到底不可能な話。だと言うに人々は己の小さな枠の中で戦い続ける。心が萎縮し行き詰まり、やがて世界をも狭めるとも知らず。愚かな子等よ全てを別ける事ができないことを、知るべきである。五百二十二代目勇者、ラズーァシュタイン>」

 一気に三桁に飛んで呆然としてしまう。勇者は何度生まれ、魔王は幾度自らを捧げたのだろう。その献身は理解しがたく、けして真似できない神業に思えた。それでも、終わりには遠い数字だった。

 呪文は飛び飛びになっている。おそらくミルが唱えられるものだけ選ばれているのだ。

「<世界は壊れかけている。世界はほどけかけている。一人で世界を改変するなどできはしない。だが誰かがやらねばならぬというならば、この俺こそがふさわしいのだろう。二千六十三代目勇者、バルク>」

 【遊び頃(タドミー)】と違い、モンスターにとってこの魔法は必殺ではない。だからこそ人形使いは呼び出したのだ。

 炎が舞い、モンスターの絶叫が響き、痛みと苦しみ、終わらない戦闘が続く。仲間達の気力が削られていく。

「<怯えた人々はとても攻撃的で、彼らを先導し煽るのはとても簡単です。誘惑に負けない者はとても少ないのだから。けれど、だからこそ恥じぬ生き方をしたいと思います。一万三十九代目勇者、涟漪(リィェンイー)>」

 決着を急がなければ犠牲が出るだろう。

 もうそんなのは見たくなかった。

 自分が選んだ道に引き込んだ責任をミルは取らなければならない。

 望むのは勝利、この争いの終焉だ。

「<帳尻を合わせるために全てを賭していた人達がいたことなど知りたくなかった。神よ、なぜこのような運命を創ったのか。四万八代目勇者、タルジュ>」

 嘆いても現実は変わらない。どれほど願ってもミルが助けることができるのは、ほんの少しだ。仲間でさえ取りこぼしてしまう。

 過去を振り返り反省できるのは、確かに生者の特権だ。バーミルが言うとおり人形使いに未来はない。生きながら死ぬ、死ぬように生きる。その様子は哀れでもあるのだろう。

 だが、同情とは別の話だ。

「最後の呪文です!」

 まだ戦闘の半ば、モンスターの追加は終わらない。

 バーミルに刻まれ苦痛の声を上げていた人形使いが、ゲラゲラと笑い出した。まだ余力があるのだろう。

「んじゃ、やっちまえ」

 余裕な様子でイルは欠伸を噛み殺す。状況から見るに不自然な様子だが、自信の表れだろうか。

 人形使いが一瞬、不可解な顔をしたが鼻で笑う。


――強がりだな。しょせん矮小な生き物がおれに勝てるわけもない!


「矮小の意味知ってるか? 実はな――お前のことだよ」

 人形使いがきいい、と不快な金属音を上げる。

 イルは哄笑した。

「ミルちゃん、大丈夫だから!」

 不安を見抜いたシャリオスに頷き、息を吸う。

「<(くずお)れる勇者の蛮勇が世界を救い、滅ぼすならば、焼けた大地を癒やすのも、全てを救うことすらできはしない。酩酊の陽光は輝きを失い、我ら永遠(とわ)の楔と化し、大地を歩む。終わりの勇者、晴天>」

 武器に付与されていた魔法が消えた。


――勝った! これで勝ちは決まったあああ……!


「違う、必殺の技は完成した」

 バーミルの言葉に応えたわけではないだろう。

 それなのに魔法書には一つの呪文が出現していた。終わったはずの先に、新しい呪文が現れている。

 ミルは震えながら混乱した。

 今まで自分がしてきたのはちっぽけで、人に迷惑をかけて生きてきた。役に立っている人は他にたくさんいたし、ミルのために命を落とした人もいる。困った人だって、きっと知るより多いはずなのだ。

 なのに魔法は創られた。何も捧げてはいないのに。

 代償はなんだろうか。自らの命と引き換えれば家族は悲しむだろう。

 それでも唱えようと思った。

 シャリオスもアルブムも、他の人達も戦っている。モンスターの巣窟で一斉攻撃を浴び、傷ついて痛む足を引きずって、けれど空っぽの魔力を絞るように詠唱しているのだ。

 ここで応えなければ、生きている意味すら見失う。

「<私達は力を合わせることができる。調和とは魂の平穏であり、全ては終結する。結びの先へ往く者。ミル・サンレガシ>!」

 もう勇者はいらなかった。

 これはそう言う呪文だった。

 誰に解説されるわけでもなく悟ったのは、魔法が自らが何かを示したからだろう。言葉でも効果でもなく、その魔法の在り方、そのままで。

 燦然と輝く太陽の光は陰り、人形使いは終わりだと嗤う。

「シャリオス、来なさい」

「人使い荒すぎる」

 その嗤いは真っ二つに切り捨てられた。

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