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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと想望の勇者
135/154

第十二話

 迷宮七十二階層。

 黒門の先で待ち構えていた階層主(アートレータ)は、一頭のミノタウロスだった。

 大理石の床、財宝で四方を埋めた部屋の中心で、巨大な椅子に座っている。椅子は酷く悪趣味だ。白骨で組み上げられている。

 双剣を抜いて立ち上がる階層主(アートレータ)。黒い鎧に甲姿。通常の個体ではありえない装備だ。隆々と動く筋肉に自然と構えた。

 静かに立っているだけなのに、どこにも隙がない。

「周囲に注意して。僕が行く」

 踏み出したのを皮切りに、ミノタウロスが動く。大きく息を吸い、胸部を膨らませるのと同時に、ミルが唱える。

「<沈黙魔法(サイレンス)>」

 怯むような強烈な咆吼が打ち消される。

 残った風圧をものともせずシャリオスは踏み出した。双剣を袈裟懸けに振り下ろす。激しい鍔迫り合いが始まった。

 同時に椅子が動き出す。カタカタと音をたて、五体のスカルナイトへ変貌した。どれも四本腕で、武器を持っている。

「聞いた数より少ないようです。五十九階層と同じように、挑んだ者と同じ数になるよう設定されているのでしょうか。――<回復魔法(ミナス)>」

「<空間収納(バッグ)>! 首を切っても倒せません。どこか別の急所があるみたいで――<障壁(ウォール)>っ!」

「額の宝石じゃねぇか、よっと!」

 前衛を抜いた個体に攻撃したが、頭が転がっただけだった。その転がった頭を踏みつけたサシュラが額の碧い宝石をつくと、ようやく胴体が崩れた。

 と同時に、スカルナイトが一斉にサシュラへ向く。敵意が向いたのだ。

 長い柄を生かして突き刺し牽制し、隙をイデアが突く。

「額の石で違いない。そっちはどうか!」

「防具は魔法防御だと思う。当てれば弾かれるし、傷が一秒で回復する。普通なら魔力切れで使えなくなるくらい切ってるけど効果なっ――シッ。どこからか魔力が補充されてる。スカルナイトの殲滅よろしく!」

「宝物が目覚めるぞ」

「防げば平気。あとは各自怪我をしないよう準備。スールは皆をよろしく。僕は大丈夫だから。それに――僕の父親ほどじゃない」

「やってくれ!」

「スカルナイトいきます!」

 転がす端から障壁で関節技をきめていく。無防備になった額を突けば、あっという間に殲滅だ。

「こりゃ楽だな」

「ああ。障壁魔法がこれほど使えるとは思っていなかった」

 だがイデアは緊張を解けなかった。

 本番は、ここからなのだ。

 周囲の宝物が命を吹き込まれたように動き出した。金貨は弾丸に、首飾りや指輪は魔法攻撃を、宝剣は宙に浮きながら斬りかかる。

「指名ありましたとおり、僭越ながら指揮を取らせていただきます。聖下、まずは敵の数を減らしましょう。散らかったものは、片付けるのがよろしいかと」

 展開した障壁で宝物類を絡め取ったミルは、ばくばくと口を開ける宝箱に目を付けた。次々にしまい込み、暴れる剣は束ね、いっぱいになれば宝箱の口を締め上げる。

「キュ!」

 金貨は叩き落とせば動かないよ、とアルブムが鳴く。スールの周辺で飛来するコインを前足で叩き落としていた。本日の任務はスールの護衛である。

 ミルは特別大きな障壁を作ると、右から左へ仰ぐように動かした。大量の宝物や金貨が音をたてて飛び散った。

「金貨! 足もと滑るから寄せて!」

 器用に避けながらも、シャリオスがいう。慌てて刷くように寄せて場所を確保する。足場が安定したシャリオスは、再びミノタウロスに迎撃を始めた。

「四方にトーテムがあるぞ!」

 大量の金貨で見えなくなっていたが、散ったおかげで見つけられたのだ。

 トーテムはミノタウロスの顔が描かれている。イデアが剣で叩き折ると、シャリオスの攻撃が通り始めた。

 沈黙魔法がなければ、叫び声で鼓膜が破れていたかもしれない。それほどの咆吼をミノタウロスがあげている。そして体を何倍も膨らませ、イデアへ攻撃の先を向ける。間に滑り込むシャリオスの攻撃など歯牙にもかけず。

 イデアは足をすくませた。

 頭の中に何かがよぎったのだ。

 死の瞬間だと気付いたシャリオスが叫ぶ。

「しっかりしろ!」

 我に返ったイデア。ミノタウロスの背に乗りながら<纏う闇(ダークネス)>で拘束するシャリオスと目が合った。

 イデアは藻掻くミノタウロスの脇を走り抜け、トーテムを二つ、三つと壊していく。最後の一つはサシュラが蹴り折った。

「くそ、こいつ、様子がおかしいっ。全員黒門へ退避!」

 大量の障壁を動かして全員を内側に回収したミルは、口の中に放り込んだ水グミを噛みつぶす。

 その瞬間、膨れ上がったミノタウロスが三つに裂け――違う、分裂した。

 大きさはそのままに、瓜二つのモンスターが同時に仰け反り息を吸う。

 咆吼だと思われたそれは、灼熱の炎だった。

「うあ、あああっ!」

「これは、<挑発(アンスタン)>だッ」

 ごうごうと空気が音を立てる。肌が焦げ付くような暑さ。そして強烈な敵意に意識が引きつけられる。口が、手が、足が、全身がミノタウロスへ特攻しそうになる。戦術も役割分担も、なにもかも放りだして。

 そんなことをしたら火魔法を防げなくなる。

 頭ではわかっているのに引きずられる。すでに障壁の制御を失いかけていた。

 唇を噛みしめるミルの肩に、両手を置いたスールが唱えた。

「<感覚低下魔法(ネーベル)>」

 感覚を鈍らせる、行動阻害付与魔法。

 本来なら敵に与えられるべきそれが、全員に付与された。

 怯むより速く、異常な衝動が引いていく。

「挑発は、感覚低下魔法で相殺いたしました」

 攻撃を防ぎきったミルは、特攻する三体のミノタウロスの顔面を叩き押しとどめる。血走った目がぎょろぎょろと周囲を見回して、大理石の床を削りながら無理矢理進もうとする。

 このままでは持たない。

 ミルは宝箱を浮かせ、後頭部に打ち付けた。背後から攻撃されたミノタウロスが振り返る。

「僕は真ん中。他の位置取りはまかせる!」

 一番にシャリオスが飛び出した。もっとも難しい場所を選んで。

「おら、勇者様どっちだ。さっさと決めろ」

「うっ!? 何をするんだっ」

 尻を蹴飛ばされたイデアはサシュラを睨むと、ムカムカと怒りながら左のミノタウロスへ襲いかかった。サシュラは吐きそうな顔をしながら右へ走っていく。

「うぇっ、気持ちわりぃ。俺だけ調整ミスってねーすか!?」

「申し訳ありません。優先順位が……<星のながれ(サルー・アステール)>」

 解除されて犬のように頭を振ったサシュラが、スールに指を突きつける。ミルが教えた星魔法をスールは見事に使いこなしていた。

 槍を振り回したサシュラが怒りながら突進していく。

「終わったら話し合いっすからね!? このクソッタレ牛が! どんぶりにしてやる!」

「ま! お口が……!? 丸焼き以外ですね、忘れません」

 感動しているが、そんな場合ではない。

 厳しい顔をしたシャリオスが尋ねる。

「誰か剣に詳しい人いる? 火が出てるんだけど」

 ミノタウロスが双剣を摺り合わせると、炎が出現した。かすった大理石の切り口が変色している。

「魔剣だ! 波紋に独特の文様がある。時間経過で武器破損は狙えない」

 同じように火を纏わせた個体と対峙したイデアが答える。

「なんで俺だけ雷なんだよっ! お前も火ぃ吐いてたじゃねぇか!」

「サシュラのは珍しいタイプかもしれない」

「感電するわっ。ふざけんなー!」

「状態異常用のポーション投げます!」

 黄色の液体がつまった障壁を後頭部に当てる。液体が体にかかると、全身に走っていた雷が消えた。

 攻勢に移ったサシュラがミノタウロスの両目を真横に切って潰す。

 仰け反って空いた喉をついて素早くさがる。

「<攻撃力増加魔法(アタックアップ)>、<移動補助魔法(ラピド)>。イデアさん、魔法攻撃強化いりますか!」

「頼む!」

「<魔法攻撃強化魔法(アルメナーラ)>」

 同じミノタウロスに見えるが、サシュラの相手の武器が違うように、個体差がある。三体の中で、尤も強いのはシャリオスが相手にしている中央のミノタウロス。サシュラの相手が二番目だろう。お尻を蹴って左のミノタウロスへ行くよう、誘導したのだ。

 イデアが気づいているかわからないが、サシュラは基本いい奴だ。

 そのことを判っているミルは、それでも苦戦するイデアを注意深く見ていた。

 イデアはずっと魔法を剣に纏わせる方法で戦ってきた。実践で魔法攻撃をするのに慣れていない。魔力暴発を起こさないだけ立派といえるが、つまり慣れない魔法を使用するくらいに、攻撃力が足りていないからだ。

 鍛錬、経験、技量、研鑚。分厚いミノタウロスの皮を切るには、何もかもが足りていない。補うには時間がなさすぎた。

「<氷矢(アイスショット)>、くそっ」

 攻撃力増加、移動補助に続き<星のながれ(サルー・アステール)>を追加でかける。魔力が切れたら牽制できない。劣勢に追い込まれる前に叩くか、増援を待つしかない。

 他の二人は確実にミノタウロスの体力を削っている。シャリオスに至っては、左腕を切り飛ばし、右足を切っていた。決着が近い。

「<沈黙魔法(サイレンス)>」

 切れかけの沈黙魔法を追加していると、スールの後ろで戦闘を見守っていたトリシャが、ぽつりと言った。

「剣に魔法を纏わせれば、あのようなモンスターなど屠れるでしょうに」

「異なことを。今までのように戦えば、武器が破損した瞬間、死にますよ」

「その前に倒せばいい!」

 器用に防具の関節を狙っていたサシュラが、とうとう胸部の装備を剥がした。

 心臓を一つきにし、それでも動く敵を二度三度と刺していく。

 膝をついて、とうとうミノタウロスが絶命した。

「<回復魔法(ミナス)>。――できぬから敗走したのでは。小鳥よ、小鳥。囀るのはかまいませんが、姦しいのはおやめなさい」

 トリシャは答えず、イデアを凝視している。

 不穏なものを感じたミルは、視線でアルブムを呼ぶ。周囲を警戒していたのをやめ、大きくなった。耳をぴんと立てる。

 不安が的中したのは、その直後だった。

「イデア様!」

「きゃっ!」

「聖下っ」

 イデアが避けそこねて腕に裂傷を負った瞬間。障壁で追撃をガードしようとしたミルを背後から突き飛ばし、トリシャが走り出す。

「やめてください!」

 追撃を避け、イデアは体勢を立て直そうと後退する。それが正解で、彼は再び戦闘を継続できただろう。スールが回復魔法をかければ、怪我の問題もない。

 けれどトリシャは後退するイデアをとどめるように、背後から飛びついてしまった。助けようとしたのはわかる。だがそれは、最もしてはならないことだった。

 前に押し出されたイデアの首に、ミノタウロスの双剣が振り下ろされる。

「馬鹿女!」

 投擲された槍がミノタウロスの肩を貫通した。サシュラだ。

 片方の腕がだらりとさがり、軌道が変わって刃先が地面を削る。

 イデアは混乱したままに叫ぶ。

「くそ、離せトリシャ! 何のつもりだっ」

 一度挑んで負けた相手との再選は、度胸が必要だった。それでも乗り越えよう、進むんだと踏み出した。情けないほど足りない技量に、羞恥にも似た無力さを感じながらも、戦闘は維持できていた。助けがあることのありがたみを噛みしめた。自分には足りないものが多すぎると。

 イデアも馬鹿ではない。シャリオスと戦う個体とくらべ、自分の相手が弱いことなどすぐ知れた。フェイントなく、最初の一撃以外、火を噴かない。だというのに横では常に炎が舞い、間合いを詰めればシャリオスの頭を噛み砕こうと牙を剥く。雲泥の差だ。

 ならばこの程度、凌げないでどうするのだと、ちっぽけなプライドを奮い立たせていたとき、背後から突撃された。しがみ付かれて動けない。

 かっと頭に血がのぼる。

「また殺すのか! 俺をまた!!」

 とっさの言葉に、イデア自身が絶句する。

 振り返れば顔を歪めたトリシャの顔があり――

「グルガァ!」

 横からもの凄い力で押し出され、トリシャから引き剥がされた。それはアルブムの後ろ足だった。

 転がったイデアが呻きながら肘をつく。顔を上げて見えたのは、ミノタウロスの片腕に噛みついたアルブムの足下で、呆然と座り込むトリシャだった。

「私が、ころした……?」

 呆然と呟いていた。

「聖下、ミノタウロスの様子が」

「何だこいつら、くっついたぞ!」

「ここはいいから、サシュラはイデアのほうへ行け!」

 ミルは迷宮が狡猾だと言う言葉を思い出していた。

 イデアの相手をしていたミノタウロスは、最初の一撃から火を噴かなかった。なのに今、口に業火を溜めている。頭をイデアに向けて。

 下から顎を叩きあげるが、首の力が強すぎた。

 頼みのシャリオスは、サシュラが倒した個体と融合した階層主(アートレータ)を反対側に引き寄せている。火と雷が混じった魔法攻撃を繰り出し、雨のように襲う。こちらに向けば、ただでは済まないような猛攻だ。

 サシュラは遠い。

 障壁を増やすか――できない。これ以上増やせば制御が疎かになる。宝物は宝箱の中で、未だに動いている。失敗すればそれこそ敵の増援を許すようなもの。窮地に陥る。

(アルブムと退避させる……無理よ。火球でどちらかが致命傷を負ってしまう)

 未だ放たれていない火球、障壁の制御数、魔力、状況を天秤にかけたミルは唱えた。

「<空間収納(バッグ)>、動いて、トリシャさん! <空間収納(バッグ)>!」

 牽制するアルブムを助けるように、ミノタウロスの腕を切っていく。けれどどういうことか、一瞬で生えてきてしまう。

 何が起こっているのかわからなかった。

 わかることと言えば、トリシャが動けばイデアを助けられること。唯一、二人が助かる道だ。

「逃げて!」

 目まぐるしい思考の中、出した結論。

 けれど相手は嘲笑うように仕掛けてきた。

 不意にイデアから顔を外し、アルブムを見たミノタウロス。反射的に避けたアルブムは、尻尾でトリシャを遠くへ転がした。両者が引き剥がされる。

 それが階層主(アートレータ)の狙いだったとも知らず。

 転がされたトリシャが童女のように顔を上げる。そのときにはもう、投擲された剣が心臓を貫いていた。

 大量の血を吐く。

 同時に、火球がイデアへ放たれた。

「申し訳ありません」

 スールが投げたミートハンマーが当たり、火球が起動を変え、イデアを避けた。

「交代だ、クソガキ!」

 槍を回収したサシュラがイデアを蹴り飛ばす。

 黒焦げになったトリシャをくわえたアルブムが退避する。

 スールはイデアの折れた腕を伸ばし、もう一度回復魔法をかけた。

「神官殿、トリシャは……」

「死んでいます。聖下」

「わかっています。私は付与魔法使いです」

 時間はまだあると、そのときのミルは思っていた。


 雨のように魔法攻撃が降り注ぐ。

 ときには影を伝って巧みに避けたシャリオスは、星魔法の素晴らしさを感じていた。とくに星のながれ(サルー・アステール)はいい。魔力回復はシャリオスの欠点を補ってくれている。回復量は地味だが。

 闇魔法の魔力消費は他と比べると多い。吸血鬼は日中の活動でハンデを背負うため、とくに消費する。それは『鎮めの輪(レーンタテス)』のおかげでクリアでき、戦闘で使える魔力は大幅に増えた。

「それでも、あれば使い道が増えるし」

 独りごちて跳躍する。

 死骸と融合して化けの皮が剥がれた階層主(アートレータ)。ミノタウロスの形をしている別の何かである。

 ふいに引っかかるものを覚え、シャリオスはジロリと眺める。

 サシュラは何度も心臓を貫いて殺した。普通のミノタウロスなら死んでいる。では魔法攻撃をするか。というかくっついたり分裂しない。

「サシュラ、何回心臓刺した?」

「四回。それがどうした」

 その瞬間、敵の正体に思い当たったシャリオスが絶叫じみた悲鳴を上げる。

「わあああ、嘘だろこれ!? ミノタウロスじゃない!」

「はあ? じゃあなんだってんだ」

「確かめる――<吸血魔法(ドレイン)>!」

 肉薄したシャリオスは手の平をつけ唱えた。

 そして中身を吸い取られた虫のように、ふにゃふにゃになったミノタウロスの皮が、どろどろした液体と共に床へ落ちた。

「は?」

 切るのをやめたサシュラは心臓辺りを滅多刺しにする。堅い何かにあたり、どろりとした液体が流れる。

 階層主(アートレータ)が全滅した。

「スライムだ……。スカルナイトの額の核も、スライムのだったのかな」

「ふざけろ! ……クソッたれ」

 粘液を蹴り飛ばしたサシュラに、珍しくたしなめがなかった。

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