第十一話
「理由を聞こうか」
シャリオスはしかめ面だ。
歓迎しない雰囲気に怯むことなく、イデアは顔を上げていた。
「話したとおり、このまま帰れば処分を受けるだけだ。ならば、少しでも強くなって身を守る必要がある」
確かに一定レベル以上の冒険者は一目置かれる。迷宮突破者もそうだ。箔がつくし、名が広まれば国の体面もある。イデアの処遇に手心が入るかもしれない。
未攻略迷宮――それもウズル迷宮を超える迷宮が攻略されたなら、人々は必ず話題にするだろう。
「そうかもしれないけど……見ての通り、嫌がってる人がいる」
小刻みにスールが首を振っていた。顔が三つに見えるほど速い。しばらくすると気分が悪くなったのか、顔の辺りを抑えて俯いてしまった。
「あなた方も既に巻き込まれている。俺が国に帰って報告をあげれば、うるさく囀るだろう。もともと教会をよく思っていない連中だ」
「そういう政治的な駆け引きなら御免だ。言っておくけど、君達の冒険は終わった。ミルちゃんは僕達の所へ帰ってきたし、僕がリーダーだ。この子ほど甘くないぞ」
「だから頼んでいる」
意味がわからずシャリオスは顔を顰める。
「俺は未熟だった。神官が同行を拒否するし、集まったのは烏合の衆。統率さえできなかった。だからこそ貴殿から学びたい。攻略や作戦の立てかたを彼女から相談されたが、俺は立派だと思った。ならば、そのリーダーから学ぼうと思うのは自然なことだ」
突然矛先を向けられたミルはきょとりとする。
「あれはトリシャさんが酷すぎるだけです。一般のかたと組めば楽ですよ」
「その時間がない。面倒ついでに頼む」
「お断り致しましょう」
きっぱりとスールが言うが、シャリオスは顎に手を当てて悩み始める。
「ミルちゃんは三人でパーティを組んだんだよね」
「はい」
「……こんなに酷いのを探すのは骨が折れるしなぁ。でも、ここは未攻略迷宮だし……いや他の迷宮なら安心ってわけじゃないけど」
ぶつぶつと言っている。サシュラとスールは顔色を変えた。
「まさかと思いますが、一緒に行こうなどと思っておりませんね?」
「頼むから待て!」
「でも、こんな人滅多にいないんだよ。すぐに死ぬから。だったら手間がかからない今がチャンスかもしれない。――よしイデア、トリシャ含めて僕らと一緒に行こう」
「なに言ってんだ、そっちの女は止めて!?」
しかしシャリオスは頷いてしまった。喜ぶイデアと反対に、正気を疑うサシュラが剣呑な雰囲気をだす。
「てめぇ、被害が出たら落とし前つけんだろうな」
「ダメならお尻の穴を二つにするから大丈夫。サシュラできるよね?」
「俺の槍が穢れるわ!」
全く大丈夫ではない解決方法にミルが青ざめているうちに、シャリオスは道具を取り出し始めた。こうなると止められない。
「冗談だよ。もちろんタダじゃない。――君が国へ帰ったときに、僕らのことは報告せず、面倒ごとを一人で片付けること。魔法契約書も書いてもらう。これが条件の一つ」
「いいだろう」
大きくため息を吐いたサシュラは「どの程かわからない政治問題を避けるためにか? 代金があわねぇぞ」とぼやく。
トリシャと一緒に行くと考えただけで、ミルの胃がキリキリしだした。
「帳尻は別であわせるよ」
何を考えているのか、シャリオスは話をつめていく。
魔法契約書を交わし、パーティを一緒に組むにあたって、別の契約書も書かせる。これはミルが書いたものと一緒だ。違うのは臨時扱いで迷宮から出たときに解散することと、報酬の配分。明らかに少ない。
「イデアは国の支援があるから。本当はこの位の額だから、他の人と結ぶときは確認して。わからなければギルドの職員を通すんだ。手数料かかるけど助言くれるよ。問題があれば訴えてもいい。方法はその辺の冒険者からも聞ける」
「助かる」
あの襲撃するやつだと、ミルは遠い目になった。
「目が覚めたらトリシャにも書いてもらう」
「……シャリオスさん、本当に本当に、一緒に行くのですか? 仲良くできる自信がないです」
「仲良くする必要はないんだよ。それぞれが仕事をすればいいんだ」
不安そうな頭をなでたシャリオスに、イデアは聞く。
「本当に申しわけない。だが、よろしく頼む」
「正直、僕は君達がどうなってもいい。でもパーティを組むなら役割を果たすよ」
冷たい言葉に聞こえて、思わずイデアの顔色を窺う。少し強ばった顔をする彼に、シャリオスは続けた。
「君達は言わば教材。ミルちゃんは面倒な人に会ったときの対処法に疎いんだ」
「ふむ、そういうことでしたら」
「はやく言えよ」
「どうして納得するのでしょうか……」
リトス迷宮でギルドに搾取された件や、浮浪児に騙されたことも筒抜けだからだ。教会の目はあらゆる場所に存在する。
「キュ。キュルクキュキュ! キュ」
「大丈夫です」
どうしても嫌なら囓ると鳴くアルブムを抱き上げ頬ずりする。しばらく水浴びをしていなかったが芳しい。
現実逃避をしていると呼ばれ、渋々顔を上げる。
シャリオスがサムズアップしていた。
「起こすよ。よく見ててね」
しっかりと念を押され、しかたなく頷いた。
+
「起きたね」と言うシャリオスを睨んだトリシャは、自分が縛られていることに気付き、イデアを窺う。彼は無表情で、壁に背をつけてしゃがむ。口を出さないというポーズだ。
「状況を説明する。君が気絶中に、イデアは僕らと攻略することに決めた。トリシャが地上に戻りたいなら荷物を渡す。不眠不休で走れば、戦闘を避けられるかもしれない」
再配置時間を考えればギリギリだが、大部屋さえ抜ければ何とかなるだろう。
彼女は目を剥いた。
「イデア様、どういうことですか!」
「もしも一緒に来たいと君が言う場合、扱いは見習い荷運びになる。パーティが普通に行う連携や迷宮内での立ち回り、やってはいけないことの区別もつかないみたいだから」
「魔族め、イデア様に何を言ってそそのかした!」
「どちらを選んでもいい。帰り道、君の遺体があれば持ちかえるよ。良識はあるからね。余力がなければ無理だけど」
シャリオスは徹底的にトリシャの話を聞かなかった。
「時間がないから契約内容を説明する。報酬額は見習いの平均額とする。装備諸々の修理費は自己負担。こちらから武器防具類の貸し出しはしない」
幸い武器を持つモンスターがいるのだ、壊れたら奪えばいい。
つらつらと契約事項、遵守されなかった場合の違約金、もろもろの説明を追えたシャリオスは、やっとトリシャへ契約書を渡す。
「イデアが返事をしない理由だけど、君みたいに自己中心的で周囲を冷静に見られないタイプ、まともなパーティなら見捨てる。彼も悟った」
はっとした顔が、みるみる蒼白になっていく。
「私を見捨てるのですか?」
「君に与えられた選択肢は二つだ。契約書をにサインして僕らと下に行くか、一人で地上に戻るか」
どうする、とロープを切る。
「書けばいいんだろう!」
ペンをひったくろうとした手を叩き、用紙を届かないところへ持ち上げる。
「何をするんだ!」
「交渉は決裂した。君は一人で戻れ」
「書くと言っているだろう」
「まだ立場が判らないようだね。僕達が君を勧誘したくて契約書を出してるとでも思ってるのか。置かれた状況を理解できないのは、冒険者として致命的すぎる。死にそうだからしかたなく持ちかけているだけだ」
「なっ」
「僕らがまともでよかったね。でなければ荷物もろとも命を奪われてたところだよ。そうじゃなければ冒されるか囮だ。君らの同胞がそうしたように」
どちらにしろ屍をさらすことになった。ここでは何でも揉み消せる。
ひやりとした声が暗い重みを持って心を揺さぶる。
「いいか、君の綿が詰まったような軽い頭でもわかるように教えてやる。迷宮はピクニックを楽しむ場所じゃない。僕はイデアほど甘くないぞ。一人で、地上へ、戻るんだ。君の命運が残っていれば、明日も生きていられるだろう」
足下に荷物を投げたシャリオスは背中を向けた。
促され、障壁を通路いっぱいに貼る。トリシャは阻まれ、近づけなくなった。
先頭はシャリオス。ミルの後ろにスール、イデア、サシュラと続く。
イデアは体半分だけ振り返ると言った。
「助けてくれたことは感謝してる。だから再配置される前に行くんだ」
背中越しに障壁を叩く音、イデアを呼ぶ声がする。
誰も振り返らなかった。
+
都会って怖いな、と思いながら遠い目になったミルは、とぼとぼという言葉が適当な足取りだ。その後ろに、すっかり大人しくなったトリシャがいる。
いろいろ割愛するが、かかったのは三時間。
彼女の心はバキバキに折れてしまった。
「本当は時短したいけど、癖がある人は長くやらないとあとあとね。とりあえずあんな感じ。駄目なら十二セットくりかえす」
「二回ではなくてか」
「嫌なことを二回やるのと十二セットやるのじゃ折れかたが違う。僕は他の迷宮でいろいろなパーティを見たけど間違いない。性別も関係ないし、スタンダードに効く」
シャリオスが話すたび、トリシャがびくびくする。顔色も青い。
冒険者をすることの難しさに、ミルは自信を無くしていた。戻ってきた平和を噛みしめていいのか迷う。
トリシャの荒れようは嫉妬からきていた。助言や、方針を立てられること、イデアがミルを頼るから面白くなかったのだ。一生懸命助けようとした自分を蔑ろにしたと思い、許せなかったらしい。
稚拙な考えだ。イデアはお礼の言葉を忘れなかったし、ずっと気づかっていた。それを当たり前として受けていたのに、自分には特別に接しろという。
「迷宮は別世界だ。この場所にとって僕らは侵略者でしかない。浅い層のモンスターは弱いのに、深く潜るにつれ強くなるのは、安全と知ってるからだと言う話がある」
再配置されるモンスターを見ると、言い切れないが。
「一理あると思った。迷宮は弱者に宝をやりたくないんだ。だから奥に価値あるものを隠してる」
「迷宮に意思があると考えているのですか?」
「可能性の一つとして。あったとしても僕らのような意思じゃないだろうな」
進む足に迷いがない。
ミルが作った地図に新しい線を書き足しながら、シャリオスは前だけを見ていた。暗い洞窟で、明かりを必要としない吸血鬼は有利だ。特性を持ちながら奢ったところがないのは、太陽を前にすれば焼かれるしかないと知っているからだ。
「揉めて争っても、喜ぶのは迷宮とモンスターだ。どの迷宮も意地が悪くて自分の利益だけを追求してると考えれば、嫌がることがわかるよね」
「私達が結束して、一生懸命進むことですか?」
「そう! やるべきことはたくさんあるけど、一人では限界がある。グランドパーティーを見たことあるでしょう。それぞれ役割を持っていた」
神官、前衛、魔法攻撃職、荷運びから薬師まで上げればきりがない。彼らはたった一つの目的のために集まるのだ。
「耳が痛いな」
「君は一人でなんでもやりすぎたんだ。迷宮は心も技術も絆も、あらゆるものが試される。相手は狡猾だ。誰かに任せることを覚えなよ。イデアは、たくさん魔法が使える凄い奴なんだし」
「……俺を凄いと思うのか?」
「僕はほら、闇魔法の適性はあるけど、それ以外がからきしで。他の魔法が使えたらいいなと思うときがある」
洞窟は暗く静かで二人の声しか聞こえない。たまにしたと思えばミノタウロスが歩く音。シャリオスが放つ一閃で絶命する。
先の見えない恐怖を抱いていたのに、今は落ち着いている。ミルは信頼できる仲間と一緒にいることの意味を改めて感じた。
いつのまにかトリシャも落ち着いて話を聞いていた。
「でもね、無いものねだりをしてもしかたない。必要なものを手に入れられる人は多くない。皆やれることで道を選ぶんだ」
分かれ道から出てきたミノタウロスを鮮やかに屠ったシャリオスは、手早く袋にしまい、再び進む。
「その必要なものの一つに俺達が入っているのか?」
「……どうだろう。逆かもしれない」
少し表情を陰らせたシャリオスはミルを振り返る。視線の意味がわからないミルは、小首をかしげた。
かわりにイデアが問う。
「どういうことだ」
「そのままの意味。必要とされたのは僕らだったってこと。これが本当かは、先へ進めばわかる」
「わからないほうがいいけどね」という言葉は誰の耳にも届かず消えた。
「僕らの利害は一致してる。宝物庫を越えよう」
強ばった顔をしたイデア。無意識に剣の柄を握りしめた。
宝物庫。
それはイデアに傷を負わせ、パーティ瓦解の原因となった階層主がいる階層だった。