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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと想望の勇者
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第七話

 気絶していたことに気づき、ゾッとしながら目を開ける。体は鉛のように重く、魔力が限界までなくなっていた。

 ふらつく頭を抑えながら周囲を見回す。洞窟のような場所に倒れていたようだ。

「アルブムっ」

 いない。

 はぐれた――いや、そうじゃない。ミルは直感的に悟った。

 あの奇妙な黒門をくぐった瞬間、手の中から感触が消えた。別の場所に飛ばされてしまったのだ。現れたのは普通の黒門ではなかった。転送陣だったのだろうか。

 考えてもしかたない。

 ミルは立ち上がると、青ポーションを飲み干した。頭痛が消える。

 杖も荷物もある。リュックにベルトを増やして、しっかり固定していたのがよかったのだろう。昔やらかした反省が生きていた。

 『魔法の部屋(マギア・オーダ)』や食料品も揃っている。均等に配分していたシャリオスに感謝だ。

(はぐれたときは、周囲に危険がないか確かめて、少しずつ移動する。飲み物を探す、モンスターの種類を確認する、だったわ)

 後は地上へ続く黒門を見つけて進むのみ。しかし今何階層にいるか判らない。迷宮の横穴に落ちて階層を跨ぐことがあると聞いた。そうなればモンスターの強さは一人で対応できるものではない。

 はぐれたアルブムを探しながら攻略を進める必要がある。向こうがミルの匂いを辿ってくれれば簡単だが、魔力が枯渇気味だったのを考えると心配だ。

 体力と魔力用のポーションを取り出したミルは、少し考えて薄めた物を道の端に刺すことにした。これなら失う薬品の量は一本。時空魔法を事前にかけているので、魔力消費もない。

「地図も作らないと」

 シャリオスがやっていたのを思い出しながら歩幅を数え進んでいく。

 洞窟は一本道で、足跡もない。岩肌のような感触で、触れると土がついた。

 つまずかないようそっと進んでいくが、モンスターの泣き声一つしなかった。

「もしかしてイデアさん達が倒したから、再配置まで時間があるのかしら……。だったら、すぐに進まないと」

 足に沈黙魔法をかけたミルは、速めに歩き出した。百歩ごとにポーションを地面に刺し、地図を書く。

 進んでいくうちに黒門を一つ見つけた。

 そっと顔をつけ、向こう側に何もいないことを確かめると進み始めた。

 感じたのは、やはりモンスターが事前に倒されていたということだ。再配置が十日が三日になっていた事を考えると、できるだけ進まなければならない。

 独りぼっちで戻っているのか進んでいるのか判らない迷宮の中を彷徨うのは、思った以上に精神を削った。洞窟の中は暗く蒸し暑いが、そうじゃない汗も滲んでいた。小まめに水を飲んでいるが、はやく水場を見つけなければ。

 『水差し魔導具(ジャグ)』と水グミを合わせると、半年なら耐えられる。十分な時間だと自分を励ましながら進んでいく。

 先ほどよりずっと時間をかけて黒門を捜し当てたとき、真新しい傷が壁についているのを見つけた。血のついた武器を見つけ、小さな明かりを手の平に灯す。

「うっ……」

 食い残された骨の一部と装備品が転がっていた。血は数メルト先から続いている。ミルは急いで袋を取り出すと、残っていた残骸を集めた。

 血が続いていた場所にモンスターがいたのかもしれない。地図に×印をつけ、急いで抜けた。

(イデアさん達は最高到達点を更新した。けれど、帰ってこられなかった)

 多くの冒険者がそうして消息を絶つ。後続は痕を見つけ、敬意を持って進んでいく。勇気と無謀さと、ほんの少しの憐憫を胸に。

(はやく、速く戻らなくちゃ……)

 なぜだか嫌な予感が膨らんでいく。逆走しているのではないかと不安ばかりがよぎった。アルブムが見つからない。無事だろうか。

「大丈夫、大丈夫」

 だが、大丈夫ではなかった。

 血の跡から直ぐにもう一つの死体を見つける。踏み潰された頭部から目玉が飛び出し、腹の中がバックリと無くなっていた。踏み潰されたのだ。大量のミノタウロスの足跡が後方へ続いている。けれど、その先に足跡などなかった。

「……どうして」

 その言葉に反応でもしたかのように地面がうごめき、足跡が消えていく。これもミルが来た方向からだ。全ては消えず数メルト先には残っていたが、これも時間が経てば同じように消えるのだろうか。

 言葉にならない不気味さを覚えながら死体を袋につめようとしてとまる。

 遺体は人族の魔法使い。折れた杖には何かの紋章があった。彼の足に深々と刺さる短剣にも、同じ紋章が。

 もう一度周囲を見回す。

 道の奥には火魔法で焦げた痕が残っている。

 思い出すのは見捨てられた後衛の冒険者達。ミノタウロスに飲まれ死んでしまった。

「……魔力が、なくなったから」

 喉がカラカラに渇いた。

「お、囮にするために」

 そんなはずは無い。そんなのは人のすることではない。

「足の腱を」

 嫌な汗が流れる。

「き、切って……」

 助けた冒険者達の顔が浮かぶ。

「仲間を、置き去りにした」

嘘だと思いたかった。

「シャリオスさん達が危ない」

 震えながら、何度も何度もツバを飲み込む。


――あなたは仲間が怪我をすると動揺する。それは致命的な隙になります。結果、余計な人死にを出すでしょう。


 かつてズリエルはこう言った。

(大丈夫、ゆっくり息をする。落ち着いて、息をする)

 シャリオスはミルより経験豊富で大人だ。三人固まってもいる。傷ついた冒険者達が襲えるほど弱くない。影に潜れるし、返り討ちにできるはずだ。

「<星のねむり(ハルト・アステール)>」

 落ち着きを取り戻したミルは遺体をしまうと、再び歩幅を数え始めた。



 周囲を注意深く見ようとしても、疲労は限界を超えていた。速く安全地帯へ行かなければと心ばかりが急ぐ。

 引きずるように歩いてどれくらい経っただろうか。

「イデア様、大丈夫。あなたを地上へ、きっと戻れる。はやく休めるところへ行きましょう。治療をしなければ」

 気絶しているイデアは、トリシャの背中でぐったりしている。傷は深かったが血はとまった。峠は越えたのだ。

 二人分の血で滑る靴底。なんとかバランスを取っていたが、ついに足を滑らせたトリシャは転がった。無様さと痛みに歯を食いしばる。彼女の左足はずいぶん前から折れていた。ポーションはイデアに全部使ってしまったので、治療することもできない。

 仲間達は二人を見捨て、とうに地上への道を進んでいる。幸いだったのは大量のモンスターを引き連れて逃げたこと。残り数頭のミノタウロスを倒すことで、トリシャは何とか生き延びることができた。

「……なんだ」

 通路を曲がったところで、地面に刺さった何かを見つける。細長い瓶、ポーションが入っていた。

「これは――!」

 誰かがいた。

 トリシャの仲間であればまずい。だがもう一組の冒険者達が来ているなら、神官がいるはずだ。

 トリシャの目は素早く地面を見つめ、足跡が向かった方角を睨む。足跡はミノタウロスよりもずっと小さい。

「おかしい、一つしかない」

 それでも追う以外の選択肢はない。

 かすかな衣擦れが聞こえてきたのは直ぐだった。

「誰か、誰かいませんか!」

 必死な思いで叫べば、声が反響する。

 神官であってくれと祈りながらもう一つ角を曲がり、彼女は全身から力が抜けるような心地がした。

 仲間達ではない。その点は希望があった。だが神官でも、あの強そうな双剣士でもなく、たった一人――最も弱そうな魔法使いがいた。聞いた話では付与魔法使いだ。

「待ってくれ、敵じゃありません!」

 顔を強ばらせた相手に待ったをかける。

「君は確かミルといいましたね。他の仲間はいますか。神官は近くにいますか!」

 首を振る。

 何か不測の事態で、彼らもバラバラになってしまったのだ。

「ではポーションは? 上級ポーションはありませんか。イデア様が酷い怪我を負っているんです、どうかわけていただけないか」

「……怪我をなさっているのですか」

 優しげで気遣う声音に、知らず安堵のため息が漏れた。


 薄暗い通路の中で目をこらしたミルは、手の平に明かりを灯す。

 這い上ってきた冒険者達はイデアが死んだと言っていた。だが、彼らは生存者を見捨てて逃げただけだったのだろうか。

 唯一イデアを守っていた彼女は信頼できるのか。

 悩みながら一歩近づいたミルは息を飲む。

 トリシャは血まみれだった。生きているのが不思議になるほどに。

「怪我を、している……?」

「そう、そうなんだ。頼む、お願いします。このままでは死んでしまう!」

 すでに気力や体力が限界なトリシャは懇願しながら、ずるずるとしゃがみ込む。その拍子に、背負っていたイデアの首がぶらぶらと揺れた。巻かれた包帯は白い部分がなく、血が染みわたっていた。だらりと落ちた腕に力はない。イデアの背中にはミノタウロスの物と思われる大斧が刺さったまま。

 イデアは死んでいた。

 うつろな目は間違いなく、生者の光を失っている。

「……できません」

「君もはぐれたのだろう!? わ、私達は一緒に地上を目指すことができるし、彼の怪我が治れば、直ぐにこの階層から出られる。イデア様は強いんだ。道も覚えている!」

「そうじゃないのです」

「怖がらないでくれ、傷つけたりなんてしない! もうすぐモンスターが再配置されるでしょう、時間がないんだ。行かないでくれ!」

 蒼白で後ずさるミルに縋り付くよう手を伸ばす。

「お願いします、どうか……どうか、イデア様を助けでくだざい」

 泣きながら蹲り、額を地面にこすりつけて、惨めに懇願している。

「だずげでぐだざい」

 イデアの血が染みる衣服を纏ったまま、彼女は壊れていた。

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