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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと想望の勇者
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第六話

 四十五階層に続く黒門を抜けたとき、下から吹き上げる風を感じた。ミノタウロスが豆粒に見えるような広さの部屋が広がっている。

 螺旋状に続く道は一人がやっと通れる程度の幅で、手すりがない。落ちたら間違いなく死ぬ。途切れた道の手前にある黒門が、先の道へ繋がっているのだろうか。崖を通せんぼするように対になっている。奇妙な配置だ。

 部屋の中心は大きな空洞なため、見晴らしのよさにぶるりと震えた。

「十五ある」

「え?」

「黒門が、十五。……。十五本目はあそこ。たぶん六十階層に続いてる」

 底には眠っている何かが転がっている。黒い体毛を持つ以外、遠くて判らない。

 一本道の戦闘から大部屋で総力戦になると思わせ、再び一本道。

「嫌な迷宮だ。ショートカットしたら一斉に襲われそう」

「試してみましょう」

 刃こぼれだらけの剣を取り出したスールが、ポイと投げる。その瞬間、矢、槍、酸などあらゆる攻撃が飛び、跡形もなく消えた。

 道と同じ色で判らなかったが、黄色いスライムが崖にびっしりと張り付いている。黄色のスライムは酸を出すのだ。矢は巨人、槍はミノタウロスだったが、両方とも腰に斧を吊している。武器を豊富に持っている。

「検証したいけど、大人しく進んだほうがよさそう。投擲したミノタウロスの鼻息が荒くなってる」

「全ての武器を失ったら突進してきそうです」

「だよね。生きたまま下に落としても何か起きそうだ」

「縫い付けます。<障壁(ウォール)>」

 ほんの三十歩先にいたミノタウロスが、足を固定され藻掻く。双剣を振り抜いて首を切り飛ばしたシャリオスが、落下する頭に注目する。くるくると回りながら落ちる途中で、スライムが跡形もなく溶かした。

「慎重に進もう」

 一列になると後退が難しい。しかし道を外れるわけにもいかず、五歩分の間隔を開け進む。

 すり鉢状の道は長く一日で抜けるのは無理だ。

 見張りを立てるのは逆に危険かもしれない。夕暮れの時間になると『魔法の部屋(マギア・オーダ)』に引っ込み大休止を取ることにした。再配置時間が変わっていることを懸念したのもある。

「本当にこれがあってよかった。あそこで野宿とか幅的に無理だし」

 寝返りするだけで落ちてしまう。スライムの餌食になるのは必須だ。

 ため息を吐いていると、サシュラが洗濯場の扉から顔を出す。

「おーいガキ共、飯ができたぞ」

「やった! 今日は何の丸焼き?」

「鳴竜。鱗は全部はがした。あと猊下がスープ作ってたぞ」

 出汁の香りがする。

 誘われるように奥の扉をくぐると、芝生の上に置かれた大皿に、鳴竜の丸焼きと野菜が乗っていた。野菜は大きく切って茹でてある。ドレッシングで食べるタイプだ。

「鳴竜って薬の材料になるよね。食べてよかったの?」

「十日以上迷宮におりますし、体が疲れる頃ではありませんか。滋養によいのでいただきましょう。こちらは骨を煮出したスープです。目玉は磨り潰して溶かしました。体が温まりますよ」

 鍋を下ろしたスールは、そう言って野菜たっぷりのスープを出してくれた。

 三人より大きなお椀を見て、ミルはしばし沈黙する。

「あのぅ、目玉はすり潰したのでは」

「ええ。残り二つは聖下に召し上がっていただこうと思いまして」

 お椀の殆どを占領する二つの目玉。鳴竜の大きさを考えれば不思議ではないが、拳より大きい。確かに鳴竜は三つの目玉を持っているが、なぜ二つも。

「健康は大事だよ。ズリエルもきっとそう言う」

 静かに中身を見下ろす。

 優遇されるのは嬉しいが、普通はこうじゃない気がした。


 その日まで攻略は順調だった。

 再配置は三日と判明し、螺旋状に続く道は中腹まで突破。強くなってきた敵だが、シャリオスにかかれば一撃だ。

「下が騒がしくなりました」

 立ち止まったスールが呟く。

 その瞬間、確かに悲鳴が聞こえた。見れば猫人族の女性が、六十階層へ続く黒門から転がり出てくる。その後ろに続くのは、ボロボロになった七人の冒険者達。

「だから言ったのよ、戻ろうって!」

「静かにしろ!」

 騒ぐ一人の口を押さえたがもう遅い。

 眠っていたモンスターが立ち上がり、咆吼をあげる。同時に七体のモンスターが地面からぬるりと這いだす。

「ドレッドクマーですね。黒い体毛を持つクマー型モンスターで、毛の流れが特徴的。怪力で闘争本能が強く危険と言われております」

 悲鳴を上げた一人が、我先にと螺旋状の道に踏み入った。刹那。血飛沫があがり、首が転がった。べちゃべちゃと大量の血を噴き零しながら胴体が嫌な音を立てて転がる。遺体にのしかかったドレッドベアーが血のついた爪を払い、遺体に噛みついた。

「隊列を組め! 全員、一人一匹。倒した奴から先に行け!」

「待って、待ってよ!」

 シャリオスは「まずいな」と呟く。

 前衛職は武器を構え、あっという間に倒して道を駆け上がる。置いてけぼりになった一人が六十階層へ逃げようと後ずさる。

 その更に後ろから、悲鳴を上げた冒険者が新しく現れた。体は血まみれで、一目で恐慌状態とわかる形相だった。それが三人。

 再び地面からドレッドベアーが三体現れ、素通りしようとした二人のうち一人が殺された。もう一人は道を駆け上がっている途中で足を滑らせ転倒。モンスターが武器を投擲し、最後はスライムの酸で絶命した。

 残された二人は呆然とへたり込む。両者共に後衛で、満身創痍の風体だった。

「全員、引き返せ!」

 鋭く言ったシャリオスをぎょっと見るのと、最後尾のサシュラが身を翻すのは同時だった。

「でもあの方達は――」

「すれ違うだけならよかった、助けにも行けた。彼らだけなら」

 厳しい顔をしたシャリオスは吐き捨てるように言う。

 追い立てられるよう走り始めたミルは、地響きに気付いた。

 サシュラが悪態を吐く。

「あいつら、下層からモンスターを連れてきやがった!」

 六十階層へ続く黒門から夥しい数のミノタウロスがあふれ出す。

 蹲っていた二人の冒険者が飲まれ、見えなくなった。



 ミノタウロスが床を踏む度にドレッドベアーが増殖し、近くのミノタウロスに襲いかかっては、また別の個体に踏み潰される。やがて血で血を洗うような戦闘で死体が積み重なり、すり鉢状の道に接触した。するとスライムが酸を吐き始め、酷い匂いが漂う。

「毒素です、吸ってはなりません」

「毒耐性の魔導具を付けてるのに、効果が薄いなんて」

 もうすぐ四十四階層へ続く黒門だ。

 後ろから「待ってくれ、置いて行かないでくれ」と縋る声がする。彼らはもうくたくたで、中腹からはモンスターがいないにもかかわらず崩れ落ちそうになっていた。

「<星のながれ(サルー・アステール)>、<移動補助魔法(ラピド)>!」

 幸いにもミノタウロスは押し合って道から落下していく。追っ手の数は確実に減っていた。

 強化付与を後方の冒険者達に飛ばすと、スールも回復魔法を投げた。二人の魔法は後方へ飛び、生き残った彼らは持ち直したように走り出した。

「いいの?」

「今日、たくさん死にました。もうじゅうぶんです。<星のねむり(ハルト・アステール)>、<障壁(ウォール)>」

 五つに別けた障壁をミノタウロスの足下に伸ばす。躓いてぼろぼろと落ちていった。当然のようにドレッドクマーが増殖し、下は地獄の有様だ。あの二人は、もう生きていないだろう。

「過去も同じようになったんだろうな。行くなと言う理由がわかった。このままでは、スタンピードになる。どうにかして、食い止めないと」

 追いついて来た四人の冒険者達は、四十四階層へ続く黒門の前でへたり込む。もう一歩も歩けないという有様の彼らに水を飲ませ、何があったかを聞く。

「イデア様が死んでパーティが瓦解したんだ」

 息を切らせながら彼は項垂れた。姿がなかったことでもしやと思っていたが、ミルは気持ちが沈んでいくのを感じた。知り合いの死は、何度体験しても慣れない。

「僕らが大部屋から出て七日経ってる。最低でも三十一階層まで抜けないと死ぬよ。早く行くんだ」

「待ってくれ、あんたらは一緒に来ないのか」

「ここで食い止めなきゃ群がられて死ぬ。だったら一本道のここで蹴散らしたほうが安全に倒せる」

 広い空間で四方から襲われれば数の暴力で死ぬしかない。その後は簡単だ。地上へ溢れたミノタウロスが領民を殺し蔓延る。

 話している間にも近づいてくる。落下しても死なない程度には死体が積み上がり、入り口が塞がりつつあった。

 彼らは顔を見合わせ頷きあった。立ち上がって武器を構える。

「逃げなくていいの?」

「あんたらが失敗したら、俺達だって死ぬ。少なくとも仲間を見捨てたぶんくらいは、手伝いたい」

 表情に後悔があった。見捨てなければ逃げられない状況でも、憎んだ相手ではない。

「各自戦闘準備。ミルちゃんは補助と敵が近づきすぎないよう牽制。なるべく下に落として。アルブはブレスで後方のミノタウロスを減らす。サシュラは正面、スールは回復」

「お前はどうすんだ」

「這い上がってくるのを、彼らと焼き払う」

 仲間の死体を踏み台にし側面から上がろうとしている。スライムは死体に埋もれつつあり、増え続ければ確実に周囲に群がる。

 突進することしか考えていないミノタウロスに、シャリオスは手の平を向けると唱えた。

「<混乱魔法(パニック)>、<認識阻害(カース)>」

 混乱した状態で受けた認識阻害(カース)はよく効いた。糸の切れた人形のように、ミノタウロスが倒れていく。

「<暗黒炎(ダーク・ダーク)>」

「<星のねむり(ハルト・アステール)>! 皆さん、続いてください!」

 黒い炎は燃え広がっていく。

 星魔法の効果か、いつもの暗黒魔法より精神負担が少なく感じた。はっとした彼らが魔法を撃ち始めた。

これならばと油断したときだった。

 ミルは足下に異常を感じ、飛び退いた。闇魔法の効果が切れたミノタウロスが、黒炎に焦がされながらも道を砕こうと斧を振っている。

「崩れます!」

 スールが投げた短剣がミノタウロスの額を貫くと同時に、階層がきしみ始めた。壁も天井もボロボロと崩れ落ちていく。

 そして階層の底が、穴の空いたゴミ箱のように――落ちた。

「退避!」

 我先に四十四階層へ逃げ出すのは、なにも自分達だけではなかった。死に物狂いで登ってくるミノタウロス、六十階層へ引き返すドレッドクマー。

 ぶら下がった剣士を引き上げたとき、右足に痛みが走る。落ちかけたミノタウロスが足首を掴んでいた。障壁を天上へ全てずらしたせいだった。

「ミルちゃん!」

「この人を、お願いします!」

 黒門から手を伸ばすシャリオスへ渾身の力で投げ渡し、ミノタウロスと共に落ちていく。天上の破片が雨のように降り注ぎ、ゴミのように命を潰していく。

「だめだやめろ!!」

「キュオオオ!」

 悲鳴が空気を震わせる中、飛び込んだのはアルブムだ。

 吐き出したブレスがミノタウロスを屠り、足首から手が離れる。

「来ないで! ――必ず戻ります!」

 後を追おうとしたシャリオスは唇を噛みしめ、崩れる階層から去った。見る間に黒門が瓦礫で塞がり、もはや脱出は不可能。

 スルリと肩に着地したアルブムを抱きしめ、周囲を堅く障壁で覆う。ぐらぐらと揺れ続ける体に吐き気を覚えながら、瓦礫や死体、色々な物に押され飲み込まれていく。

 底に空いた穴は、見たこともない巨大な黒門だ。

 門はゴミ入れのようにあらゆるものを飲み込んでいく。

(逃げられない)


 全ての瓦礫が落ちきり、崩れた階層が残った。

 静まりかえった階層が一瞬だけ震えると、全てが再生する。ミノタウロスも、スライムも、眠るドレッドクマーも。崩れた道すら夢だったように、傷痕一つ残らずに。

 冒険者達の死体すら影も形もなく消えていた。

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