第五話
驚愕と戸惑いを浮かべた視線を向けられ、スールは「そういうことになります」と告げる。
魔族が星の民のなれの果て。
であれば皇国がハーベルディの故郷であり、シャリオスのご先祖様ということになる。
「星の民が禁術に触れたことで変わってしまったのですか」
「おそらくは」
「では……では皇国とはいったい何なのでしょうか。魔王が世界征服をたくらんでいたというのは、お伽噺は」
「献身によって世界を支え裏切られた一族というのが、わたくしの所感です。語られねば名誉は名誉とならず、星の民は権勢を望みません。遙か遠い昔、今よりもモンスターの脅威は酷く、人々は希望を探しておりました」
そこへちょうどよく現れた救世主。
人々は希望を持ったが、ハーベルディは失敗し、彼の魔法は奪われた。
星の民は奪われた魔法を取り戻そうとしたのだろうか。それとも人形使いが目に余ったのか。
少なくとも人々は失望しただろう。そう言った思いがいろいろな物をねじ曲げてしまった。
遙か昔に起こったことが今に繋がっている。それも、問題を残して。
「僕らのご先祖様……。おかしいと思ってたんだ。魔王のことを聞いても、誰も教えてくれなくて。勇者が光をくれた理由は、本当に僕らを助けるためだったんだね」
「彼らのことを深く知りたくば、エヴァンジルを尋ねるしかありますまい。彼女は星の民と共に住み、慈しんでいたと聞いております」
「聖域の森にいるんだよね。うわあ、どうしよ。僕のこと何か言ってた?」
「すぐに皇国人だとわかったみたいでした」
それにしては興味が無いように振る舞っていたが、違ったのだろうか。
次々にわかる驚きの連続に、目眩がするような気がした。
「エヴァンジルが誰かと会話をするのは、実に数千年ぶりでしょう。他に何を話しましたか」
「追われてる理由と、関係を聞かれたくらいです。二度と来るなと言われたので、会いに行けないのですが……別れ際、泣いていました。シャリオスさんのことを、わかっていたのかもしれませんね」
「なら話を聞きに行くのは無理かな――」
ふと止まったシャリオスが窓に頬をつけ、外を窺う。なにかいた気がするが、怪しい姿を見つけることができなかった。
気のせいだったようだ。
「中断してごめん。帰ったら国の皆に話を聞いてみる。隠してた理由があるんだろうけど」
「お父様に聞かないのですか?」
「僕の父親は人族から吸血鬼になったから、古い話は知らないと思う。母親に聞いたほうが確かだよ」
「人族から吸血鬼になれるのですか!?」
おや、とシャリオスは首をかしげた。
「前に話さなかった? 僕らと契約を結ぶと、命が繋がって短命な種族は長生きできるんだ。体は皇国に住んでるうちに吸血鬼に変わったみたい。外国にいれば問題ないらしいよ」
とんでもない話だ。長寿を求める権力者が知ったら婚活に行くかもしれない。
頷きかけたミルは、はたと止まる。
「なんだか禁術の効果と似ていませんか? 皇国に迷宮ってあるのでしょうか」
「あ! 聞いてみる」
シャリオスは平謝りした。
怪しさで言えば断トツである。
滅多に契約を結ぶ者がいないので忘れ去っていたシャリオスは、慌てて紙に書き付けた。これで一つ、めぼしい場所が出た。
もしも皇国に迷宮があれば、リッチさんなど喜んで手伝ってくれそうだ。
「なんだか色々見えてきましたね。人形使いにたどり着く日が近いかもしれません」
「そうだね。でもまずはクルーセ迷宮を攻略しないと。早速だけど明日から潜っていいかな。サンプルを送りたいから、昼過ぎから」
「五日ほど開けていただけませんか。あの偽物が先に潜るようなので」
「モンスター素通りできるし、いいよ」
快く頷いたシャリオスは早々にギルドへ報告に行き、ミルはお風呂に浸かることにした。もちろん終わったら、使用した薬品などの確認が待っている。
五日後。
迷宮へ挑んだ一行は、迷宮三十九階層のモンスターが再配置されるのを待った。
黒門の側に見張のミノタウロスがいる。姿を消した一行が近づき、ミルが障壁を滑らせ口を塞ぐと、そのまま縛り上げる。目だけがぎょろぎょろと動き、必死で侵入者を捜している。
見張りを抜くと二十頭のミノタウロスが奥で待機している。部屋の中を巡回し、四十一階層へ続く黒門を見張っている。背中を向けるように立っているキュクロプスは二頭。
スールが肩を叩き、シャリオスの注意を引く。
見つけたのだ。
指さす方向には巡回兵と混じったミノタウロスがいた。黒門に背を向けた個体だ。
「順繰りに回っているようですが、必ずあの個体へ連絡しております」
「確かめてみる」
ピクリと耳が動いた瞬間、両手を打ち鳴らしたスールはミルの後ろへ回り、シャリオスが地を蹴った。
魔法の範囲から離れたシャリオスを、敵は突然現れたと思っただろう。咆吼をあげるキュクロプスを避け、斧を振り上げるミノタウロスを素通りし、指揮官とおぼしき個体へ接近する。その首を跳ねたとき、一瞬だけ残りのモンスターが動きが止まった。
「取った!」
「入り口を塞ぎます!」
慌てたキュクロプスが後ずさり、後ろにいたミノタウロスを踏み潰す。それからは連携が消え、仲間割れが始まった。半数以上殺されると、ようやく喧嘩を止めて襲いかかる始末。出入り口から逃げようとする個体は一頭もいなかった。
最後に残ったキュクロプスの脳天に双剣を突き立てたシャリオスは、着地しながら周囲の安全を確かめる。
「前回と動きが違った。確定でいいと思う」
「懸念点があるとすれば、毎回動きが変わることでしょうか」
「罠も問題だよね」
足下のタイルを踏むと凹み、壁から複数の矢が発射された。
「発射まで遅いから避けられるけど、混戦になると面倒くさい」
「怪しげな場所は聖下の障壁で確かめてから戦闘を始めては。多少減るでしょう」
「見つけるの手伝ってくれますか?」
丸投げされると辛いものがある。
じっとりと見つめれば、三人は軽く頷く。なかなか怪しげな反応である。
一行は同じように四十四階層まで攻略した。
四十一階層には鳴竜というモンスターが始めて出現した。一つ足の竜で目が三つ。口が顔と背中にある。酷い声で鳴き、衝撃波で体内にダメージを負わせる。凶暴で、囓られると肉を削ぎ落とされると言われている。
四十二階層には一つ目鬼が。巨人でキュクロプスより小さいが小狡い。こちらも残虐で冒険者を食べてしまう。ただキュクロプスより顎の力が弱く、鉄を噛み砕くほどではない。
四十四階層は鳴竜の衝撃波で遠隔攻撃からの、巨人達の投擲が主体だった。その間にミノタウロスが隊列を組んで突進してくる。罠は足下から槍が突き出すものから、スライムの毒攻撃が天上から振ってくるなど様々だ。毒性は強くないが、魔法の効き具合から少しずつ強くなっている。
「勇者と会わなかったってことは、最高到達点より下に行ったんだ。八属性も使えればサクサク行くんだろうな。羨ましい」
「シャリオスさんも羨ましいって思うことがあるのですね」
剣も魔法も上手に扱っているので、悩みなど無さそうなのに。
シャリオスにしてみたら、手数が多ければ迷宮で生きやすくなる。ミルと冒険を始めてからそう思うことが多くなっていた。別の魔法も覚えられたらと。
「パーティは互いを補えるという利点がございます。全部を一人で賄う必要はございませんよ」
「わかってるけど、負担が大きくなってる。解毒魔法も使用回数が増えてきた。ここで首切りが入ったら、もうぱんぱん」
二度試したものの、攻略難易度が低かったこともあり使っていない。数が多くなれば、いよいよ攻撃を仕掛けることになる。効果は刃物で切ったときと同等だ。堅さも魔力量に応じてできる。
「魔力の減りなら<星のねむり>で補えてます。二百も三百も増えると、ポーションに頼るしかありませんが」
「一階層ごとに小休止を取ろうか」
誰かが行けたなら自分も、と思う者もいるだろうが危ういことだとシャリオスは知っている。最高到達点が更新されない理由は深刻な状況が多い。火炎竜の群れを超えたら不死鳥がいた、などなど。初見殺しがないとは限らない。ミルの魔力回復を待って順番に攻略するのはありだ。
その手が使えるのは四十四階層までだったが。